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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
スピンオフシリーズ
153/161

二人の距離3

「……えぇ、社交界デビューを陰ながらサポートさせていただきます。学校を卒業して、ノエミ嬢が社交界デビューをして爵位を引き継ぐまでが私の仕事ですから」



「仕事…………」


「えぇ」


 ノエルさんは顔色を変えなかった。

 学校に通うのはあと半年。今度の社交界でデビューをして、学校を卒業して爵位を受け継いだら……ノエルさんとはお別れなのね。ふと、私の中に混沌とした哀しみが押し寄せて来る。


「ごめんなさい、気分が悪くなって来たわ。一人になってもいい?」


「では、侍女に着替えをーーーー」


「一人で着替えられるから、大丈夫よ! 出て行って!」


 私の少し尖った大きな声に、ノエルさんや侍女達は驚く。侍女達はささーっと私と言う腫れ物に触らないようにと、距離を保つため、すぐに部屋の外へと出て行った。ノエルさんと私だけが、部屋に残る。



「……どうしたんですか? 貴女らしくないですよ」



「…………私らしいって何かしら?」


「え?」


 跪きながら、ノエルさんの顔を見上げる。目の当たりが熱くなって、私は堪えきれなくなってしまった。


「あの頃は……私、ずっと、リースに憧れていた。転移者だったリースに。もっと大人になりたい、もっと大きくなりたいって。小さかったものっ。私」


「貴女はとても素敵になられましたよ」


 ノエルさんの声を無視した。堰を切ったように、目から熱いものが溢れ出て来る。



「……でも、こんなに大きくなりたかった訳じゃない。こんなに自分の想いを抑え込みたかった訳じゃないわ。…………大人になるのが……我慢しかないのなら、私はこのままで良い。貴方といられないなら…………私は、貴方を……ずっ



 止まらないまま、鋭く話す私にノエルさんは片膝をついて、そっと私の唇に右手を当てる。


「それ以上は……いけません」


「どうして?! ……私にとっては、心も体も環境もめまぐるしく変わっていく中で、貴方に対してだけは何も変わっていないの! 私は出逢った時から、ずっと……」



「お願いです」


 ノエルさんは私に今までで一番、悲しい表情で見つめる。

 金色の髪に、アクアブルーの綺麗な目。あまり見た事がない海の色と同じ澄んだ瞳は、真っ直ぐに私を捕らえていた。

 あの頃から貴方への想いだけは何も変わっていない。


 私はノエルさんが好き。




「……これ以上は、私を困らないで下さい。どんなに貴女が望んで下さったとしても、今の私が従者には変わりありません。誰かを守る一つの盾にしか過ぎないのです」


「守って欲しい……全て教えて欲しい……これまでも、これからもずっと……だから、離れるなんて言わないで」



「ノエミ嬢」


 静かに彼は首を振った。そして、私を宥めるように呟いた。


「マークス卿ならば、貴女を幸せにするのに全て必要なものを持ち合わせています。私は……これからも貴女が幸せになるその時まで、ずっと、ノエミ嬢を陰で支えますから」


 目から涙をたくさんこぼして、お化粧が落ちてぶざいくになった私に、ノエルさんは私以上に悲しい顔をして言っていた。

 彼は従者。貴族ではないから。私は、はっきりと言われてしまって、実感する他なかった。



 失意のまま、時は過ぎていく。あっという間に社交界デビューの日がやって来た。準備の為に、別荘へと早いうちから行くとそこには侍女達とマークス卿しかいなかった。


「…………ノエルさんは?」


「所用ができたらしく、数日前から出かけているんだ」



 彼がいないのがとても寂しく感じた。これまで、色々な事をノエルさんきっかけで教えてもらっていたから。貴族と言うもの、常識、マナー、勉強、ダンス……何でもノエルさんが最初に教えてくれたのに。



「そうですか……」


 私が俯いていると、マークス卿は理解するような顔をする。一言、ポツリと話した。


「君のエスコートは私がしっかりとやらせてもらうよ」


 今更気が進まないと言うのも、失礼になってしまう……

 私は不安を隠しながらも、社交界へと出かける準備をした。



 今日の夜は満月だった。


 藍色の空に、黄色いまんまるのお月さまがほんわりと浮かんでいる。

 そう言えば、リースもよく空を見上げている時があったわねぇ。あの時はわからなかったけど、こんな感じの気持ちだったのかしら。


 ゆっくりと深呼吸をして、私は不安をかき消す。


「ノエミ」


 マークス卿が私に声をかける。


「はい」


「緊張しているかい?」


 私はマークス卿のノエルさんとはまた違った、年上の男性が発する穏やかさを感じ取りながら、やんわりと否定した。



「いいえ」


 馬車の中で、彼の穏やかさが張り詰めた自分の想いを柔らかくする。私は申し訳ない気持ちでたくさんになってしまう。



「……悔しいな」


「え?」


 彼は品よく艶めいた黒のタキシードに身を包み、そこかしこ

 に色気が漏れている。リースを感じさせる顔立ちが私に益々の安心感を与えた。綺麗な顔立ち、かつ秀才。こんな人が、どうして私を想っていてくれているのだろう?




「ノエルが所用で外出したのを利用して……君の心をさらってしまおうと思ったんだよ。でも、君の心は既にもう決まっていたんだね。…………最初から私には勝因はなかった訳だ」


「マークス卿……っ」


「……何も言わないでくれ。この年まで一人でいた自分が惨めになるから。でも、ノエミ。……もし、君がノエルを好きだとしても、今夜だけは私の為に時間をくれないか? 君との思い出を大切にしたいんだ」



 彼はあくまでも優しく、穏やかだった。


 こんなに素敵な人に、こんな顔をさせるなんて、私って本当にバカよね。嘘つければいいのに。



「はいっ……わかりました」


 私が精一杯の笑顔をすると、マークス卿は眉を少しだけ下げて柔らかく笑う。


「うん、その顔の方が君らしくて素敵だよ。……ノエミ、今日は君の社交界デビューだ。楽しもう。君が夢見ていた、空想の世界が現実にやって来たんだ」



「えぇ」


 私はマークス卿に、もう一度だけ、にこりと笑いかけた。



 ブーケ国の首都へと向かう。長く馬車に乗っていると、ようやく足音が止まる。着いたのね! と私は思い、お城を見つめた。

 シンプルだけれど、茶色のお城に赤茶色の屋根がついた大きなお城。マークス卿の言う通り、空想していた憧れのお姫様の世界が、今この手にある。


 私はリースの顔を浮かべる。

 そして、マークス卿の手を取ると勇気を出して一歩、一歩と歩いて行く。



 重厚な扉を開けてもらうと、優美な世界が広がっていた。

 入り口付近では、バラバラに何人かの貴族が飲み物や食べ物を取ったり飲んだりしている。真ん中の方では、男性と女性がダンスをしていた。

 マークス卿の腕に手を触れながら、ポカーンと驚いてしまう。それに気づいたのか、肘で突かれてしまった。


「ノエミ」


「あっごめんなさい、驚いてしまって……! すごいわ!」



「驚くのは、まだこれからだよ」


 マークス卿にリードしてもらいながら、歩いて行くと私を見る数名が感激した表情になる。不思議な思いでいると、マークス卿が笑った。


「君が素敵だから、感動しているみたいだね」


「まさか」


「そのまさかだよ。ノエルの見立ては悪くないね。君を輝かせることに長けているよ。とても素敵だよ、ノエミ。……私と踊ってくれないかな?」



 ノエルさんの名前が出て来て、うろたえそうになったけれど場の空気にのまれて、私はマークス卿の誘いに満面の笑みで答える。


「喜んで!」



 マークス卿の手が腰と私の手に触れ、ダンスを踊り始めた。貴族の勉強をし始めて間もない頃、ノエルさんが私と一緒にダンスを踊ってくれた。



『ダンスは貴族になる上で必要不可欠です。素敵な殿方と踊る時に、踊れなかったらチャンスが無駄ですからね』


『わかったわっ!』



 まだノエルさんとの身長差に悩むこともなかったあの頃。貴族のあれこれを教えてもらって、未知の世界に何度も心がときめいた。ダンスは何度も彼の足を踏んでしまったけれど、ノエルさんは笑って、大丈夫ですよと微笑んでくれた。



 マークス卿を見つめながら、私はノエルさんが浮かんで来た。

 じんわりと胸が熱くなった。今、社交界にいるんだ。涙が出て来そうなのを必死に我慢した。


 何人かとダンスをしてから、私は食べ物を小皿へと乗せに行く。きらきらとした、いかにも美味しそうな食べ物。お気に入りだけを見つけて、少しをお皿に乗せた。

 マークス卿を見ると、沢山のご令嬢に囲まれている。困った表情をしていた。



「そうよねぇ、彼はイケメンだもの」


 しみじみと小皿を持ちながら、感心していた。ティルト家の人達は皆お顔が綺麗だものねーと思っていると、声をかけられる。


「貴女もお美しいですよ」



 私が驚いていると、左隣に少し離れて赤茶色の髪色にブラウン系の服を着ている男性がいた。誰のことかな? と思って、頭を左右に振ったら、もう一度言われる。


「貴女のことです」


 あぁ、私のことかと思って小皿を置いた。折角美味しそうな食べ物を食べようとしていたのに、話しかけられてしまったので、食べられないじゃないのよっ。



「いえ……そのような……おほほ」


 少しだけ口の中に残っていた食べ物をハンカチで口元を隠しながら、微笑んだ。


「この会場で、今日一番貴女が最も華やかな存在ですね」


「まぁ……大きいですしね。ありがとうございます」



 私は笑う。よく見ると、赤茶色は私よりも身長が高いなと思った。



「そのスラリと長い手足は神さまが貴女にくれたギフトですね。とても美しい。ガロ令嬢のお噂はお聞きしています」


 なんでこの人は私の名前を知っているのかしら……という余計な感情は無視をして、華麗な会話をする。



「あら、ありがとうございます。私をご存知でいてくれていますの?」


「えぇ、ブーケ私立学園で優秀な成績だと聞いております。特別美しいとも」



 あぁ、めんどくさそうだわぁという感情が頭をよぎる。

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