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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
スピンオフシリーズ
152/161

二人の距離2

「……どうして? 私が?」



「確かに、サラヴァン家は君に対して非常な態度を取ったと言って間違いはないが、君はそのサラヴァン家から懇願される程の従者として名を馳せた。ノエミ嬢が本当に想っているのは、君……ノエルだろう? 彼女の為に針を飲むくらい良いのではないかな?」


 侍女がハーブティーを持って来たので、私は軽やかにマークス卿の前へとティーカップセットを置いた。



「私は従者です。それに……今の私はノエミ嬢に並ぶ資格がありませんから」


「だから、引いて後ろからずっと眺めているのが丁度良いと?」



 マークス卿が柔らかさの中にも、怖さと強さを押し出した声色で話す。私は何も言えなかった。



「ま、君がそれで良いのならば、それで良いんだ。……でもね、ノエル。君は間違っているよ。私達貴族は政略結婚が多い。だからなのか、この世界には道ならぬ恋や間違いが実際多くある。どんなに想っていても、相手は違って、妹のように答えを出さぬまま旅をする人もいる。……でも、君達は違う。ノエミ嬢とノエルは想い合っているだろうし、一緒になる義務があると思う。その術があるのならば、尚更だよ。どうして、迷う?」



「…………マークス卿は私が彼女と並んで、お似合いだと思うのですか」


 不意に本音が出てしまった。彼は理解した表情で、眉毛を八の字にさせる。


「それは単なる言い訳だな。本当に大切なことはそこじゃないんだ」


「関係ありますよ」


 私は直ぐにマークス卿の言葉に被せるようにして話す。貴方には私の気持ちがわからないんだ。私は心底、貴方になりたい。


「じゃあ、ずっと彼女の後ろで彼女を支えてやっていれば良い。…………だけどね、彼女が君ではなく、他の誰かに心を奪われるようになるのも、後ろで黙ったまま見つめるしかなくなるんだよ。……人の気持ちは永遠ではないからね」


「……えぇ」


 マークス卿はぐぐっとハーブティーを飲むと、立ち上がった。

 帽子をかぶり、私を横目で見る。



「エスコートの件、引き受けよう。……だが、それと同時に、私が彼女を誘おうと一緒になろうと、文句なしだからね?」



 私はただ奇麗に会釈を返した。胸の奥が曇って、不安に撒き散らされそうになる。

 マークス卿はまたね、と挨拶だけして、帰って行った。


 彼とノエミ嬢であれば、見た目としても似合う。


 だが、私はどうだろうか。



 あんなに純真無垢な少女だったノエミ嬢。

 レオ卿に似て、大きくなられた。彼女の隣に立つと言う事は、彼女を守ると言う事。こじんまりとした自分では役不足ではないのだろうか。



 そもそも、こんな感情を抱える私を、ノエミ嬢の隣に並べてはいけない。


 後ろから、見つめていれば良い。



 ………………ずっと?






 ーーーー

 ーーーー

 ーーーー



 社交界のお誘いを頂いて、日も迫って来る頃。久しぶりにお兄ちゃんが家に帰って来た。今はスペラザ王国で暮らしている。


 お兄ちゃんは今、結婚して子供が二人いる。

 お兄ちゃんのおかげで、両親と弟達と暮らしている家の借金も無くなって前より潤っているくらいだ。


 お兄ちゃんは私を見るなり、社交界話をして来る。


「お前、来月社交界デビューするんだってなぁ」


 爵位を得て、結婚しても、相変わらず口調は昔のままだ。ノエルさんに怒られるよ?



「えぇ、参加することにしたわ」


「元気ねえなぁ、おめでたいじゃねえかよ?!」


「だって……」


 身長が大きいんだもん、とは言えなかったけれど、お兄ちゃんは言わずもがな理解していた。



「まぁ、お前も俺と一緒で父さんに似たんだ。俺の妹だから、デカイのは仕方ないだろ。エスコートくらい頼まればしてやろうか?」


「お断りします。マークス卿がして下さるので」



「あれ? ノエルじゃねえのか?」


「違うわ、ノエルさんは従者であって私のサポートをして下さるだけよ」



 私の一言に、お兄ちゃんはさっぱりとした表情で納得していた。もう、お兄ちゃんならわかるでしょ!

 私はくぃっと少しだけお下品にお茶を飲み干して、大きくため息をついた。


「お前、ノエルの実家話聞いたことあるか?」


「いいえ?」



「ノエルの実家は、貴族一家だけど、ノエルが男だってわかったら女じゃねえから、王宮に従者として出されたってのは?」


 私は言葉を飲み込んだわ。自分の事だけで精一杯だったけれど……ノエルさんの抱えていたもの。


「知らなかったわ」


「だから、あいつにとって実家は()()()リース嬢と同じで、毒みたいな存在なんだろうよ。だから家の爵位を引き継がずに従者やってるんだろうな。自分を捨てた家族からの贈り物なんて嫌だろ」



 私は胸の奥がぎゅっとなる。ノエルさんの秘密を知らなかった。そのショックよりも、ノエルさんが辛い思いをした結果、彼の今の立場がある。……じゃあ私とお付き合いする、だなんて難しいわね。


「そうよね……」


「……お前、ノエルのこと好きだよな? 俺、ノエルに言ってやろうか?」


「何言ってるの?! お兄ちゃん!!!! バカなこと言わないでよ!!!!」



 私は顔を赤くして怒る。私が机を叩くと、お兄ちゃんは慌てて両手を前に出す。



「違う!! 俺、ダナ王子と仲良いからさ、お前がその気なら何とかしてやれるかと思ってよ……!!!!」


「それが、余計なお世話よ!! お兄ちゃんに何かされたら、私……二度とノエルさんの顔を見られないわっ」



 ぴーぴー話す私に、お兄ちゃんは苦笑いする。お兄ちゃんはあれから、スペラザ王国のダナ王太子と仲が良い。あの品が良くて、強いダナ王太子のイメージと荒っぽいお兄ちゃんが仲良しだなんて、本当信じられないけど。


「……わかった。まぁ、マークス卿でも悪くねぇんじゃねえの? 身長、お前よりも少しデカイだろ」


「えぇ」


「だけどなー。ノエルもそうだけど、結婚するとあんまり気にならねぇぜ? 身体的理由よりも性格の相性だよ」



「お兄ちゃんからそんな言葉が出るとはねぇー……仲良いものね。お兄ちゃん夫婦は」


 私がぶーと、唇をすぼめると、お兄ちゃんは椅子を引いて、頭の後ろに両手を回す。上を見ながら、ぶつくさと呟く。



「俺達だって、色々あったよ。でも、だからこそ今があるんだぞ」


「わかっているわよ。でも……私も……多分、ノエルさんも気にしちゃう。それに身分が違うもの」


「じゃあ……学校を卒業したら、爵位を受け取るのはやめるか?」


「いえ、リースが……レナが、私にしてくれた最後の事だから……諦めたくない」



 お兄ちゃんは私の顔を目だけで見て、頷いた。今の私がいるのは、レナがいたから。お兄ちゃんもわかっている。

 彼女がくれた大きなはからいに私達兄弟は救われた。だからこそ、私は貴族でいるべきなのよ。


「まぁな、お前も考え過ぎずにとりあえず社交界に出てこいよ。世間を少し覗いて来たら、案外考えも変わるかもしれねぇ。大丈夫だ。うまくいくよ」



 お兄ちゃんはさっぱりとしている。これが幸せになった者の余裕なのかしら? でも、家のためにずっと苦労してくれたお兄ちゃんが幸せなのは嬉しい。本当に上手くいくかしら?

 どうすれば、上手くいくのかしら?


 お兄ちゃんはその後、仕事があると言って早々に切り上げて帰って行った。


 私は少し、お兄ちゃんの顔を見られて安心できた気がする。本当は私が心配で帰って来てくれた。わかっているわ。



 夜にお空に浮かぶ月を見つめて、願いをかける。


「どうか、答えをちょうだい」



 澄んでいて綺麗な月は、静かに穏やかに私に微笑むだけだった。





 数日後、私は現在はノエルさんが管理しているあの別荘に、社交界デビューの日に着るドレス合わせに来ていた。別荘で働く侍女さん達は、私を見るなり感嘆の声をあげた。


「素晴らしいですわ!! ノエミ嬢!!」


「とても手足がすらりとしていて、華やかなドレスにも引けを取りませんね」


 背が高いのは利点もあるのかしらね。自分でもなかなかよく似合っているわねと思ってしまったわ! 肩まで出ているデコルテラインは大ぶりのギャザー布、その下ーー胸からはレースの付いた布地が腰までギュッとしぼられていて、ウエストにもデコルテラインと同じギャザー布アクセント。スカート部分はプリンセスラインのフワリとしたデザイン。ドレスカラーは薄いピンクとマゼンダ。


 あの頃、リース……レナに憧れていたから、一番初めに着るとっておきのドレスはピンクって決めていたの。




「ありがとう。靴は……」


 私が一人の侍女の顔を見ると、侍女は二つのパンプスを用意する。ヒールがある物とない物。私が迷っている所に、ノエルさんが声をかける。


「……どうですか? 合わせは上手くいっていますか?」



「えぇ、とてもお似合いですわ」


 膝を曲げてしゃがんでいる時、ノエルさんは一声かけてから部屋に入って来て、私を見た。……何も言わない。何か言葉を失うように、驚いていた。



「……ノエルさん?」


「…………あ、いいえ、すみません。ボーっとしてしまいました」


「これで丁度良いので、このドレスで行こうと思います」



「そうですね。見た感じで、とてもお似合いですし、これならどこに出しても問題ないですね」


 親のような物の言い方で、彼は言う。

 侍女達と小言で打ち合わせをしながら、確認していた。

 ……どこに出しても問題ない、ですって。

 親みたいな言い方。まぁ、彼は私の全ての教育係ですものね。でも、何も言わないなんて。……思ったほど、似合っていないのかしら? 私は少しシュンと落ち込んでしまったわ。



「ノエミ嬢、お靴はどちらになさいますか?」


「あー、そうよねぇっ……」


 私が低いパンプスを選ぼうとすると、ノエルさんは迷いなくヒールが付いた靴を侍女に差し出した。




「こちらが良いと思います」


「かしこまりました」


 侍女達は王族専用の従者であるノエルさんには逆らえない。ノエルさんは王族専用の雇われ従者の身だけれど、侍女達の雇い主はノエルさんに権限がある。私の意見はあまり権力を持たない。これじゃあ、もっと背が高くなってしまうじゃないの!!


「大丈夫ですよ、マークス卿となら、これくらいは問題ありません」


「……違う意味で問題アリアリよ。大きくなり過ぎだわ」



「ノエミ嬢、言葉遣いにはお気をつけて下さい」


「…………」


 静かに処理していく、ノエルさんに、私は反論出来なかった。



「……当日、貴方は本当にここで待っているだけなの?」

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