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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
スピンオフシリーズ
151/161

二人の距離1

 大人になったら、夢と希望が溢れていて、いつか私に王子様が迎えに来てくれる。白馬に乗った王子様は淡い海の色と同じ目を光らせて、私に微笑みかけるのーーーー




 夢を持っていても、平民の生活じゃあ叶う筈ないって思っていたわ。産まれた時の身分が一生を決める、どこかでわかってはいたけれど頭の中では憧れを育てていた。


 ()()()()()が身体を去って、この世界からいなくなってーーーーもう四年も月日が経ったわ。リースのおかげで私はブーケ国の私立学校に行けるようになった。夢が叶って嬉しくって、勉強もスポーツもお友達付き合いも一緒懸命にやったわ。


 ねぇリース、私貴女に近付きたかったの。私にとって貴女の見た目と()()()()貴女は、本当に綺麗で……私にとって憧れでしかなかった。


 もう逢えなくても、貴女は私にとって理想の女性だった。

 友達にも恵まれたし、勉強もついていけるようになったわ。これでも、成績は優秀よ! 毎日吸収するのが楽しくて、あぁこれは夢じゃないって感動するの。




 でも、最近は思うの。あの時も良かったなぁって。あ、別に勉強が嫌な訳でも付き合いが嫌な訳でもないのよ。ただ……私は嫌でも思わされる。私はお兄ちゃんの妹なんだって。あの時は貴女に憧れて、早く大人になりたいと思ってた。でも今は……心の底から拒否している私がいるの。


 あんなに貴女のようになりたかったのに。



「ブーケ国の社交界のお誘いが来ていますよ」


 ノエルさんはラベンダーのハーブティーを淹れてくれた。最近情緒不安定なのが、バレているみたい。


「どうしようかしら……」


 私はふぅーっとため息を吐く。あの時から内装も変わらない別荘で、ノエルさんと二人でハーブティーを口にした。


「ノエミ嬢も、もう十六歳ですから。デビューには丁度良い年齢ですね」


「わかっているわ……でも、私外に出るのが嫌になって来ちゃって……」


 ノエルさんはお高そうな、真ん中にジャムが入っていたりココアの混ざっていたりするクッキーが乗ったお皿を私に押してくる。



「ノエミ嬢がとてもお美しいという評判を度々耳にします。折角のパーティーですから、楽しむのも有りではないですか?」


「パーティー自体は良いのよ。歩く事がなければ尚更良いのに」


「それではパーティーの意味がなくなってしまいますよ」



 ノエルさんはいつもの素敵な微笑みで、私を見る。胸の奥がとくん、と鳴り響いた。この人にエスコートしてもらいたいーーーーだけど、言えないわ。


 身長百八十五センチもある私を、百六十センチの彼にエスコートしろだなんて嫌味でしかないもの。



 あぁ、神様どうしてかしらね。

 私の手足、あのまま短いままにして下さっていたらどんなによかったか。いつまでも小さいままでいるつもりでいた。リースに憧れていた私の身体はどんどん伸びて、今や手も足も背も大きい。長身レオナルド・ガロの妹だって、思い知らされたわ。



「でも、私だけ頭三つ分くらい伸びているの。他の貴族女性と並ぶのは気が引けてしまうわ」



 また大きなため息を吐くと、ノエルさんは隣に座った。


「大丈夫です。ブーケ国の貴族男性事情を調べたところ、数人ノエミ嬢よりも大きな男性もいらっしゃいました。爵位、家系も申し分有りません」


 ノエルさんはグッと二つの拳を私に向けて握って見せた。

 違う……そう言う意味ではないのよ、とは言えなかった。


「そうですか……」


「入場のエスコートはマークス卿にお願いしましょう。彼ならノエミ嬢も安心出来ますよね?」



「貴方は……? どうするの?」


 不意に口から出てしまった。いけないっと焦りつつも、表面に出ないように心がける。こんな大きな私をエスコートして、だなんて彼にとっては屈辱でしかないわよね。


「私はここで待機しております。準備は侍女達に任せましょう」



 また淡い海の色を細くして、彼は穏やかにする。私は意味が違う解釈にされてホッと安堵した。


「わかったわ」




 私はハーブティーとクッキーを少しいただいた後、別荘を後にした。


 空が青い。傘を持った手を少しだけ斜めにして、目をつぶって空の青さを思い切り吸い取る。時々、一人で楽しむ私だけの青の呼吸。こうするとスッキリするから。


「何をしているんだい?」


 聞き慣れた声がしたので、ハッと構える。真正面にマークス卿が立っていた。


「なっ何でもありませんわ!」


「……君の事だから、秘密の呼吸でもしていたかな?」


 マークス卿は弟ロベル卿が作ったカーキグリーンのタキシードとハットを素敵に着こなしている。身体にピッタリとフィットしていて、服自体が余裕そのものに見える。さすがリースのお兄様だわ、と一瞬思う。



「違いますわっ! ただ……空を見上げていただけですのっ!!」


「はは! 気にしないで良いんだよ。君のそういうところが可愛らしいのだから。今日はカイル別荘に行っていたのかい?」


「えぇ、ノエルさんに社交界のお誘いが来ていると教えてもらったの」



「それはおめでたいね。社交界デビューすれば、君も立派な貴族の仲間入りだ。レオも喜ぶだろうね」


「でも……エスコートする方が決まってないの。ノエルさんはマークス卿にお願いするって」


 私を柔らかくなった鉛筆の先みたいに、マークス卿は見つめる。この人が私を好いてくれているのもわかってはいた。身長も私より少しだけ大きい。爵位は本当に申し分ない。……でも。



「良いよ、君のデビューをエスコート出来るなんて光栄さ」


 頭の中で、ノエルさんを私は浮かべた。従者と貴族の恋は道ならぬ恋。身長だけじゃないーーーー恋はちゃんとした身分の人を選ばなければ、ノエルさんに注意されてしまうわ。



 それでも。


 私にとっての王子様は、あの頃からずっと……低身長で淡い海色の目をした、色白で金髪のノエルさんなのだから…………。






 ーーーー

 ーーーー

 ーーーー


 ノエミ嬢が飲んだティーカップをトレーに乗せる。重ねて同じように自分の使ったティーカップも置いた。ほんの数分前まで彼女がここにいたと思うだけで、何とも言えない気持ちになってしまう。


 彼女はあれから、とても美しくなられた。身長だけじゃない、体付きや顔立ちも他の令嬢とは比べ物にならないくらいだ。可愛らしい印象から、綺麗になっていく様を近くで見て来た。社交界デビューをしたら、縁談の話が来るのも遅くはないだろう。


 吐くため息でさえ、まるでジャスミンのように感じる。どうしたものかと、いつも思う。自制を保ちながら、彼女はもう貴族だから、と自分に言い聞かせた。



「身長も足らないですしね」


 一人で呟く。私はスペラザでも一、二位を争うくらいの従者だ。王族専用の盾。カイル王子が葵様だと本人から伝えられた時に、驚いたと同時に言われた事がある。



『ノエル。君は優秀な従者だ。でも、時に自分にとって必要となったら、いつでも爵位を引き継ぐんだ。家の為じゃない、自分の為に盾を作るんだよ』



 今でも、あの言葉は心に刺さっている。恥とプライドを捨て去えすれば、無能な兄二人を退けて爵位を手にする事は可能。でも、ノエミ嬢はそれだけで喜んでくれるだろうか。美しくなった彼女の横に、こじんまりとした小さな自分が並ぶと男として違う感情が湧く。男として、彼女よりも大きくなければいけない。


 従者は小さくても問題が無い。

 しかし、ノエミ嬢に並ぶとなれば、別なのだ。


 扉をノックさせる音がした。侍女が客人を案内してくれた。魔法で、一瞬で使用済みのティーカップ達をキッチンへと送った。



「君も変わらずだね」


 マークス卿は帽子を脱いで、胸に抱えている。私に一礼すると、何も言わずに一人用ソファーに座った。


「マークス卿もお元気そうですね」


「あぁ、最近は仕事と勉学の調整をしているんだ。いつまでも仕事一筋でもいられないよ」



 マークス卿はリース嬢の兄で、スペラザの鷹と呼ばれるくらいなので評判がすこぶるいい。縁談話も絶えず来ている筈。なのに、いい年齢で結婚しないのは、やはりノエミ嬢が気になるからなのだろうな……。



「貴方様は忙しい方ですから、少し休まれるくらいが丁度良いと思いますよ」


「あぁ、本当にな」


「リース嬢はまだ旅に出られたまま、戻られていないのですか?」


「うん……仕方ないかもしれないが、レナ嬢がいなくなって元の妹に戻ってから、旅に出たきりだ。でも、時々私とロベルに手紙が届くよ。元気ではあるらしい。もちろん、ロゼッタもね」



 マークス卿は遠い目をする。本当のリース嬢は、結局本当のカイル王子とは結ばれずに旅に出ている。私が小さい頃から尊敬している本当のカイル王子も旅に出ていて、所在は分からない。


 リース嬢だったレナ嬢もカイル王子だった葵様も幸せだろうか? レナ嬢はご生存だろうか? そんな思いが頭を巡りつつも私はお茶の準備を、別の侍女に頼んだ。



「さて。本題だが。ノエミ嬢の社交界デビューエスコートをしろと言うんだね?」


「えぇ、ノエミ嬢も貴方でしたら心許せるお相手で丁度良いと思います」



「君はそれで良いのかい?」


 マークス卿は私の方に体を少し向けて聞いて来る。全てを見透かしたような視線が、心を動揺させた。


「……良いといいますと?」


「ノエミ嬢は君にエスコートしてもらいたいと思っているんじゃないかな」



「……ですが、私は……」



「爵位を引き継いだら良いじゃないか、サラヴァン家の」



 あっさりとした声に、ガツンと殴られたような気になる。

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