12
薄いピンクのローヒールパンプスで、急いで走って行く。
爪先も、踵も痛い。
…………でもっ
……でも…………もう一度だけ……
もう一度だけ、先生と話したい。先生が私をどう思っていたとしても、私はっーーーー………………
『…………会いたい。……カイルを好きな私に、どんな世界でも会いたい』
玲那が走って戻っていると、来る時に見かけた桜の木がある場所に、パーカー姿で玄関先に置いてあった黒いサンダルで、急いで後を追って走って来る葵と会った。……息が切れている。
玲那は堪えられなくなり、ゆっくりと少しずつ葵に近づいていく。
真っ直ぐ前を向くと、目の前に永守葵がいる。葵も玲那を真っ直ぐ見つめた。
「カイルのばか! …………どうして教えてくれなかったのよ。 ……同じ世界に住んでるって、言って欲しかったのに!!!!」
「……ごめんっ…………でも、祖母や母みたいにリースがいなくなるかもと思うと、どうしても怖くて言えなかった…………」
葵は息切れを必死に抑えようとしながら、膝を抱えてから体勢を元に戻す。
「いなくならない。……あの時はどうなるかわからなかったけど、今……私は生きてる!」
玲那は瞬きもせずに、しっかりと目の前にいる葵をとらえながら、ハッキリと言った。葵は、丸まっていた背中をピンと元に戻して…………涙を潤ませながら、ハッとした顔を見せる。
「私…………退院した後、本物のカイルのイラスト見てショックだったんだから!!!! あの夢の中にいたカイルは何処にもいないんだって、あの夢は嘘だったんだってーーーー…………」
玲那は葵に近づいて、葵を見た。
少し背の高い葵を見上げる。
「だって…………ずっと……貴方が好きだった。異世界で出逢った時から、ずっと…………」
言葉を最後まで聞かないうちに、葵は玲那を強く抱きしめる。玲那も応えるように、彼の背中に腕をまわす。微かに、レモンの制汗量剤の香りがふんわりとした。
「生きてた……………………リース……いや、レナ」
「カイル……」
「君が生きていてくれて、良かった…………生きてた。君がレナが生きてた。…………俺もレナをずっと好きだった。生きて、この世界で出逢いたかった…………ずっと…………」
「貴方も生きてた。…………生きていてくれた。私も生きている、同じ世界で………………」
自然と、玲那の瞳に涙が滲んだ。会えないと思っていた人が目の前にいるーーーーそう思うと、頬に感情が伝っていく。葵は親指で、玲那の涙をさらりと拭い、見つめた。
「好きです」
葵は呟くと、顔を近づけて……玲那の唇に触れる。玲那もキスで返事を返した。
「私も……好き」
涙を流しながら、二人は口付けを何度も重ねる。
貴方が救ったんだよ……どうしようもない私を、悪役令嬢だった私に優しく手を差し伸べて…………本当の私までも変えてしまった。
貴方が違う世界を生きていたとしても、私は探してしまっていた。
貴方が好きだと言った私を。
悪役令嬢だった私を。
同じ空の下で出逢えたのなら、もう迷わない。
二人は長い……長いキスをして、ただただ、抱きしめ合った。
ーーーー傍にある桜の木が、もうすぐ春を連れて来る。
異世界で生きていた二人を、もっとリアルに近づけて…………
葵はーー……玲那のサイドの髪を、玲那の耳へとかき分けて言った。玲那は葵をずっと見つめている。
「リースの本名が知りたい。なんて言う苗字なの? 漢字は?」
「須藤玲那。七月七日生まれの三十六歳です。名前は王に令と、那須塩原の那……」
「わぁっ七夕生まれなんだ、可愛いね」
葵は明るく言う。
「うん、ありがとう。……えぇっと、趣味は乙女ゲームをやる事で、作品名は…………
玲那が葵に抱きしめられながら、話し続けていくと、玲那の説明を全て聞かないまま、葵が涙を流して答える。
「永守葵の『奇跡の姫君〜貴方に出逢えて〜』でしょう?」
「そう!!」
玲那は今度は強く、葵に抱きついて答えた。
葵も玲那の肩に顔を埋めながら、言った。
「異世界分、埋めて行こうよ。これから……ずっと…………」
「うん」
玲那は返事をすると、葵はまた彼女を抱きしめた。