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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
最終章
148/161

11

 自分で作ったという、レモンジンジャーティーを一口飲んでから永守先生は話してくれた。



「結果を言えば……リースは誰とも一緒になる事はなかったです」



 先生は玲那に話してくれた。リースとその後話した内容を。

 レナがリースの身体から離れて、本物のリースが戻って来た。だが、永守先生がリースと話をすると、彼女は言った。



「…………『私はカイルと一緒にはいられないわ』って言っていました。…………やっぱりリースはダナ王子の元婚約者でもありますし、自分を大好きでいてくれたキャラクターだとしても、時間が経ち過ぎていたんじゃないでしょうか」



 例え、本物のカイル王子がリースにずっと淡い恋心を抱いていたとしても、今ーーーー現実は何年も時間は経っていて、リース自身はそれを抜きにしてもダナ王子が好きだった。

 そして、本物のカイル王子は今はリースではなく、フィオレが好きだと言う事。それが悲しいけれど、〝公式の設定〟なのだ。

 玲那と葵が想い合っていたあの日々はーーーーキャラクター当人達にとっては、真実ではない。誰にも支配されない状態に戻ったとしても、あの日の秘密を知ったとしても…………もう、戻れない。



「そうですか……。リースには幸せになって欲しかったので、彼女が誰とも一緒にならないのは本当にショックです。仕方ないんですかね…………」



 玲那は永守先生がもう一杯レモンジンジャーティーを注いでくれた物を飲んだ。

 永守先生はうーん……と悩みながら、話してくれる。



「こればかりはですね。…………リースはカイル王子とは結婚せず、半年後に旅に出ると言っていました。ロゼッタを連れて…………。カイル王子のその後は、残念ながら分かりません。もし公式通りに進んでいたら、彼もふらりと旅に出ているのでしょう」



「どうしても一緒にはいられなかったんですね」


 玲那が下を向いて呟くと、永守先生は悲しそうにぽつりと話した。



「レナさんは薄々気付いていましたよね? きせきみに出てくるキャラクターの家庭環境は全て親に苦労している設定になっていると……」



「何となくは…………不思議に感じる事がありました。貴族の話なので、あえてそうしているのかと思っていたんです」


 玲那は答えると、永守先生は首を左右に振る。



「…………違います。……俺が知らず知らずのうちに、自分の家庭環境を作品に投影させてしまった。そのせいでリースを苦しめてしまったのではと思います。責任を感じます」



 原作者である永守先生はただ、自由に物語を書いただけだった。まさかある日、自分が自分の書いた作品が生きた世界として広がっているなどと、誰がわかっていたのだろうか。



「でも、先生が悪い訳じゃないですよ」


 玲那は先生に優しく声をかける。

 永守先生もレモンジンジャーを一口飲んだ。そして話の続きをした。



「……だと良いんですが。でも、リースにはロゼッタがいます。ティルト家を出てまで仕えてくれる侍女ですから…………」




『カイルと一緒にはいられないわ。だけど、これからは誰の為でもなく、自分の為に生きて行こうと思うわ。もう一人の私が頑張って生きている筈だから。……葵様。もし奇跡が起きて、貴方達が再会出来たら、もう一人の私に伝えて下さい。幸せにと』



『わかった』






「きっと、リースなら大丈夫です。私はもう一人の私を信じます」



「そうですね」


 永守先生は答えた。穏やかに聞いていた玲那はハッとして、ふと呟く。



「……私達、さっきからずっと敬語ばかりですね。…………異世界では違ったのに」



 永守先生は玲那の言葉を聞くと、黙ってしまった。二人はうっすらと、異世界と現実の違和感に内心気付いてしまっていた。



「そうですね…………」



「すみません」


 玲那はお辞儀をした。少し間があってから、永守先生が玲那に聞いてきた。



「玲那さんは仕事は何をしてる?」



 いきなり敬語がなくなり、不自然な言葉遣いだなぁーと玲那は思いつつも話す。



「実は……四月から花屋で働く予定です。今まで長期療養していて働いていなかったんです」



「長期療養?」



「…………温泉に溺れて、その後目を覚ますまで一年ちょっとかかりました。元に戻るのに、時間がかかっちゃって」


 玲那は永守先生が話してくれたように、自分の身に起きた出来事を丁寧にひとつずつ話していった。永守先生はまた、表情を変えることなく、ただただじっと玲那の話を聞いている。



「そうだったんだ」


 全て話を聞き終わると、永守先生は神妙な表情に変わり、頷いた。



「だから…………きせきみにも全然触れていなかったんです。て言うか、触れられなかった。……スチルのカイルの顔を見るのが怖くて」



「ごめん」



「いいんです、気にしないで下さい! だから…………この前は本当に偶然にオタクの友達と会って、無理矢理連れて行かされたんです!! …………そしたら、先生がいて……」



 玲那は俯いて、唇を少し噛み締める。永守先生は全てを理解した顔をした。



「友達に感謝だな……」


 再び、沈黙が溢れたので、玲那は空間を埋めるように、早口で話した。




「あっ!! ちなみに花屋は栃木支店なんですよ!! 那須塩原にあって……あの、お花の他にプリザーブドフラワーとか! リースとか! ドライフラワーとか……他にも色々と売っているんです!!!! 先生も…………小説のアイデアに悩んだら、良かったら寄って下さい!」



「……うん、寄るよ」



 永守先生は玲那の顔を真っ直ぐ見つめた。何かを訴える目ではあったが、玲那はその目が、恋愛をしている相手同士に注がれる視線ではなくーーーー知り合いに注がれるようなものだと思ってしまう。永守先生自身も違和感についてわかってしまっていた。ここは異世界ではないーーーーと。現実の溝をハッキリと感じながら……玲那は暫く黙っていた。



 他愛ないような、あまり内容が伴わない話を二人は続けて、玲那は家へと帰る事にした。




「先生、今日はありがとうございました」



 玄関先で薄いピンク色のパンプスを履く。姿勢を整えてから、玲那は先生に声をかける。

 永守先生も満足した表情で話してくれた。



「こちらこそ、遠い所まで本当にありがとうございました。全部話せて良かった」



「それじゃあ、また」



 玲那は家の外へと出る。

 永守先生が尋ねた。



「駅まで車でおくらなくて、本当に大丈夫ですか?」



「大丈夫です、歩いて帰れますから」











 玲那はそのまま、ふり向かずに、歩いて行った。

 点々と続く、庭の石を小股で乗り越えながら、ブロック塀を過ぎて歩いて行く。そのまま三十メートル程歩き続けて行った。



 このままで良いのかな…………



 このまま、永守先生とお別れしてしまって、良いのかな?






 ーー私は何の為に、ここまで来たんだろう?




 小説家の永守葵先生に言われたから?





 異世界にいた謎を解きたかったからーーーー?










 違う




 玲那は歩き続けていた足を止める。立ち止まったまま、真っ直ぐ前を向いた。



 違う



「違う…………」




 私はただ永守葵先生に会いに来た訳じゃない。



 多分、このまま別れたら、永守先生とは一生こんな風に会う事はないかもしれない。





 仕方ない。







 ーーーーでも、それでいいの?





 私は………………このまま、先生と別れてしまって、本当にいいの?




 命を懸けて会いに来たでしょう?



 世界を跨いで、先生を好きになったでしょう…………?





 いいの? 玲那?



 本当にこれで?











『俺は…………もし、願いが叶うなら、君に会いたい。生きている君に』



 玲那は前にカイルから言われた言葉と、彼の顔をふと思い出した。


 彼女は歩いていた方向から、くるりと後ろを向いて、急いで元来た道へと走って戻って行った。









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