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カイルが実はきせきみ原作者の永守先生と知って、勇気を出してDMを出した。玲那はすぐに返事は来る訳がないと思っていた。
「プロの先生が一ファンを相手にする訳ないか」
とは言いつつも、玲那は永守先生の笑顔を想像するだけで、またときめいてしまう。
実在していたのが嬉しくて、安心してしまう。しかし、本人が覚えているかもわからないし、カイルと確定していいのかもわからない。
部屋のベッドに横になっていると、ピンポンとスマートフォンが鳴る。
何気なくスマートフォンを持ち上げると、通知が映った。
ダイレクトメールの返信が来ている。玲那はゆったりと寝ていたが、ガバッと起き上がった。
電源ボタンを押して、通知の表示を消した。
「お返事が…………来てる……」
昨日の今日です!! 先生、早いですっ!!!!
玲那は小さな熱っぽい声を出しながら、ベッドをごろ、ごろと転がった。
スマートフォンを握りしめる。
こんなメールは迷惑です、とか、ケーキ美味しくなかったです、とか来ていたらどうしよう?!
そもそもがカイルとは無関係だったら、もっとどうしよう?!
「うわぁああっ!!!!」
あまりにごろごろとしてしまったので、少し腰が痛くなった。体勢を整えて、ベッドの上で正座する。
深呼吸をして呼吸を整えた。
目を瞑りながら、急いでロック解除する。アプリのアイコンに付くマークを見つめた。心臓がドキドキする……緊張で指が変な感覚。でも、押さなければ返事が見られない。
「…………よし、行くぞ!!」
玲那は気合いを入れてアイコンを押した。
renalease:
『私の作った苺タルトケーキを載せてくれて、ありがとうございました。味は美味しかったでしょうか?』
aoi_nagamori:
『こんばんは。DMありがとうございます。こちらこそ、とても美味しい苺タルトケーキをありがとうございます。美味しく頂きました』
「普通の返事だ……」
玲那は内容を穴が開くほど見つめていた。意味があるようなメッセージには読めない。やっぱりカイルとは関係ないのだろうか……玲那は自分の落ち込む気持ちを抑えられない。
「うーん…………どうしたらいいのー? 先生がカイルだっなら、俺はカイルだって早く言って欲しいのに」
玲那は嘆きながら、どうしてかな……と考える。
ふと、ネットニュースの内容がまた気になってしまう。……永守先生がもしカイルだったとして、先生が予断を許さない状況だったら……
「変でもいい、顔を見られないくらい恥ずかしい出来事になったとしても…………本人なのか確かめないと」
玲那はスマートフォンを指で動かす。
深呼吸をして、打ち込んだ。
renalease:
『あなたは私が夢の中で会ったカイル王子ですか?』
飛行機マークを押した。息を大きく吐いて、すぐに返事は来ないだろうと思った。ベッドから起き上がって、飲み物でも用意しようかと思うと、すぐに通知が来る。
「早い! 早くない?!」
玲那は驚きながら、急いでまた怖くなりながらもアイコンを押した。
すると瞬きをするのを忘れてしまうくらい、衝撃的な内容が返って来る。
aoi_nagamori:
『会いませんか』
「………………」
玲那は固まった。えーっと?! えーっと?! えーっと?! えーっと?? あの、先生DMを送る相手を間違えていませんよね?! えっ?! 質問の答えになっていませんよ?! 私が知りたいのは、先生がカイルかどうかです!!!! ついこの前会ったばかりじゃないですかっ!!!!
ドキドキして玲那がプチパニックを起こしていると、続けてメッセージが送られて来る。
aoi_nagamori:
『最後にリースと一緒に写真くらいは撮りたかったよ』
「まさか本当に……」
玲那は液晶画面を食い入るように見た。
まさか、本当にこんな事が世の中にあるなんて。
まさか………………本当に……
念のため、新作のクライマックスあたりを読んでみる。
からかわれているのかもしれないし、と思った。
「………………」
まさか……………
aoi_nagamori:
『リースは元気ですか?』
『ずっと君を探していました』
玲那は何度も液晶画面を見つめた。スマートフォンを強く握りしめながら、内側から痺れるようなドキドキが溢れてきた。ずっと探していた? 私をーーーー?
aoi_nagamori:
『会えませんか? 会って全部話します』
玲那は返事をするのを悩んだ。
間違いなく、永守先生がカイルだ。でも、直接会って大丈夫? …………いや、大丈夫。わかっているけれど、やっぱりこれはまずいんじゃ……?
aoi_nagamori:
『那須塩原市の自宅に来られませんか?』
うん、カイルだってわかっているし、アイコンにオフィシャルマークが付いている。わかっているけれど、いきなり気になる人の自宅まで行けない。本当に本当に本人だってわかりつつも、独り身が行くのは危険だと思った。SNSで……初対面で会って…………とか、そういうのニュースによく事件になっているじゃない?! いきなり会って……とか。
玲那はわかってはいたが、何処かファミレスやカフェではなく自宅である事がとても気になっていた。
永守先生は玲那の気持ちを察したのか、またメッセージを送って来てくれた。
aoi_nagamori:
『大丈夫です。俺を信じて下さい。自宅にある物を見せたい。全てを話します』
玲那はスマートフォンを握りしめる。もう一度深く深呼吸して、返事を打った。
この人はニュースに出てくるような非道な事をする人ではない。私が好きな〝奇跡の姫君〜貴方と出逢えて〜〟の原作者、永守葵なのだ。そして…………ずっと好きだった人。
renalease:
『元気だよ。…私もずっとカイルを探してました』
日にちを決めて、那須塩原へと向かった。永守先生は那須塩原に住んでいるんだな…………。電車に乗っていると、どうしてか聖地巡礼の為に旅館へ行った時を思い出す。
あの頃は何もわかっていなかった気がする。ううん、今も何もわかっていないのかもしれない。こんな事、危険かもしれない。
でも…………会いたい。
会って話がしたい。
電車とバスに乗って、近くまで歩いて行く。事前に教えてもらっていた自宅までグーグルマップを見ながら、軽く歩いて行った。
季節は三月半ばに変わり、桜の蕾を膨らませて…………春の兆しを見せている。今日は天気も良い。玲那はゆっくりと歩いて行くと、通りに太くて大きな桜の木を見つける。まるで、異世界で二人が見ていた、あの桜の木のようなーーーー
まだ満開まではあともう少しだな、と玲那は思う。
「ここだ……」
玲那はスマートフォンの画像と同じ極々普通な民家を見つけた。ブロック塀には永守という表札が付いている。玲那は中に入って行くと、何の木かわからない木の下に濃いブルーの車が停まっていた。
表札にも永守と書いてあった。少し落ち着いて、インターフォンを押した。
男の人の返事がして、ガタ、ガタと聞こえて来た。
玄関の扉がガラガラ〜っと開くと、スニーカーを履いたあのカイルーーーー永守葵先生が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「初めまして。お邪魔します」
玲那はしっかりとお辞儀をして、家の中へと入った。玄関を開けると廊下が目の前に真っ直ぐ広がっている。上がってから、履いて来たパンプスを脱いで揃えると永守先生に、廊下を渡って左に曲がって突き当たりの部屋に通された。家の中はほんの少しだけ太陽が足らないので、ひんやりとした。
「無事に迷わず来れましたか?」
永守先生は優しく尋ねる。
「グーグルマップもあったので、大丈夫でした」
「迎えに行かなくて大丈夫だったかなって気になっていました」
永守先生はネイビーのパーカーにボアフリースにジーンズファッション。カジュアルな雰囲気だ。
「お迎えに来て頂いてしまうと、緊張しちゃいます」
「そっか。お茶を用意してくるので、少し落ち着いて待っていてください」
「ありがとうございます」
玲那はぺこりと頷いた。部屋には本棚とテーブルと椅子、植物が置いてある。玲那は椅子に座る前に、本棚に入っている本を見ると全て永守先生の本だった。きせきみの原作やファンブックや他作品が入っていた。空いているスペースにはカイルのぬいぐるみバッジが飾ってある。
畳一畳よりも小さな窓があり、少し空いていた。レースのカーテンがふわりとする。窓辺にインスタグラムにも載っていたマロウブルーの鉢植えが飾ってあった。
「何か気になる物はありましたか?」
永守先生はトレーにティーポットとティーカップを乗せてやって来た。
玲那は再び、緊張してしまう。
「本棚に先生の小説が沢山ありますね」
永守先生はティーポットのお茶を淹れながら話す。
お茶の中身はレモンティーみたいだ。
「ここは仕事部屋なんですよ」
「だからなんですね」
座るように促されて、玲那は座った。ティーカップには薄黄色のレモンティー。永守先生はスティック状の蜂蜜を出してくれた。
「レモンジンジャーなんですが、生姜は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
現代ではSNSでのやり取りは、時に危険なこともあります。こちらはこの2人だから故にと理解下さいね。