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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
最終章
145/161

8

 あの子の手は凶器だな…………。


 何故だか、また彼女のお菓子を食べたくなる。



 ノエルの作る料理や白のシェフが作る料理も良いかもしれないけど、彼女の手作りには負けるよ。

 手をかけて作ってくれた食べ物に、心が込められていた。


 辛い現実に打ちひしがれていたけど………………


 彼女と出逢ってから、少しずつ生きる気力も湧いてきた。






 依存性だから、酒も完全撤退といけるかどうかだけど、今度は医者とも真剣に向き合って、ついでに自分とも向き合えるようになってきた。



 彼女を救って自分も元気になりたい。例え何処の誰だったとしてもーーーー君がどんな人でも、君が消えてしまわなければ………………それで良いんだ。




 爵位を取り戻した後に、リースの身体に二つあると思っていた魂が障りによって、実はラクアティアレントに隠れていたのは、俺の誤算だったけど。



 闘いながら、君が瀕死になった時ーーーーーーーー祖母を思い出したよ。


 〝死に際〟を理解しながら、役目を終える。


 君も同じくらいに感じた。





 俺はーーーー君が死にかけたあの時、君を本気で愛してしまっていると、ようやく気付いた。だから瀕死の君に、望みをかけてしまった。



 生きているだけでいい、



 何処で何していたって構わないから、



 もう生きる事を諦めないでくれーーーーーーーーーーーー




 本当の君自身に戻って生きてくれーーーー







 そうしたら、またーーーー君に逢いたい…………













 ダナ王子に手の内が少しバレてしまった。ついでに鉢合わせたレオにも俺が転移者だとわかってしまう。


 ついていないな。


 レオはリースを救ってやれと言った。あの子はこの世界の人間じゃないから、せめて、この世界で幸せにしてから考えろと。矛盾しているけれど、レオはいつも真っ直ぐだ。

 俺のカイルの母親の話もすぐに信じた。カイルになり済ます上での嘘なのに。



 レオに言われて、ずっと悩んでいた。



 リースがどうなるかはわからない。



 生きて欲しいと願うけど、本当に死んでいて消えてしまったら、俺はどうすればいい? この世界に俺がいられる時間もリミットが来ている。それ以上に、リースの時間もない。


 どうなるかわからないならーーーー最後まで一緒にいたい。


 せめて、現実で叶わなくても物語の世界では幸せになろうと思った。







 それも叶わなかったけれど。



『レナは貴方に逢えて良かったのだと思いますわ』



 本当のリース・ベイビーブレス・ティルト侯爵令嬢は言う。


『そうだと良いね。俺は…………天国じゃなくて、俺がいる地に足つけた世界に居てくれるといいなと思っているけど』



『もし……レナが貴方の住む世界で生きていたら、葵様はどうするのですか?』


 悪役令嬢もレナと関わってから、すっかり毒気が抜けてしまった。レナ、君は…………普通の女性にも満たないただのオタクだって自分を言ったけど……この世界で君がやり遂げた出来事はとても大きいよ。



『笑って逢えたらいい。きっとレナが俺の正体を知ったら驚くだろうけど、それも楽しいんじゃない?』



『本気で生きる人を笑うなんて、貴方は悪趣味ですわね』


『ははは。意味が違うよ。会って話がしたい。この世界でしたように、紅茶やハーブティーを飲んであの子の作る物が食べられたらいいのにね』



 俺の言葉に悪役令嬢のリースは俺には何も言わずに、ただ一点を見つめていた。



『…………私も……レナと約束してしまったから、負けていられませんわね』




 俺は異世界に留まり続けていられる間に、本当のカイルに長い手紙を書いた。俺が感じて来た事、カイルの身体を借りていた間に体験していた事。リースがあの頃の記憶を大切に覚えていた事、フィオレはダナ王子を選んだ事ーーーーーーーーひとつひとつ、レナがリースにレシピ本を残したように、俺も本職だし言葉を紡いだ。


 俺がこの世界を去った後も、リースやダナ王子やフィオレ、レオとノエミやノエルとヨクサク、マークスやノベルやロゼッタ……マロウさん…………沢山の人達がこの世界で幸せであるように。誰一人として、幸せになれないキャラクターがいないようにと願った。





 そうして三ヶ月後、俺は二度と夢を見なくなった。



 急いで、俺は新作への執筆を始める。


 リース……いや、レナの情報は下の名前がレナで、かなりのきせきみオタクで苺好き、と言う情報以外は詳しく聞けなかった。完全に戻って来てから色々なSNSを使って探しては見たものの、沢山の人間がいてーーーーそれっぽいアカウントを探すのも手間だったし、やめた。



 こうなれば…………こちらから餌を投げかけるまでさ。



 新作は君と体験した話にする。もし、少しでも……君が

 俺の作品を気に入ってくれていれば…………新作もきっと読んでくれる筈。さすがに作家として全部コピーはまずいから、いくつか設定を変えるけど……君と俺しか知らない話を君が読んだら、驚くでしょう?




 少しずつ、まともに戻っていった。SNSも使える物を全て使って、レナが俺を見つけてくれるまで……小まめに更新し続ける。

 他の誰が見てもわからないけれど、君が見たら一発でわかる内容を。




 あれから四年経ってーーーー俺も三十八歳。

 いい感じのオジサンになりました。


 友達には家族の話をようやく話せるようになった。いつもお前が寂しそうにしていたのは気付いていたよと、言われた時には参ったね。



 新作の完成にはかなり時間がかかってしまった。クライマックスをハッピーエンドにするか悲恋にするかで何年も悩んでしまった。編集者さん、スイマセン。




 もうレナは生きていないんじゃないか、なんて思う事もあった。



 何の応答もないし。



 生きていればそれでいいけれど、やっぱり逢いたい。


 本当に死んでしまったのでは、とさえ思う事もあった。

 でも、投稿は続けた。


 ようやく新作が出来て、またゲームを制作する友達、と組む事になった。また仕事が出来る、ワクワクと充実がやって来る。



 それでも…………彼女は見つからなかった。



 俺は目立ちたくなかったけど、最終手段としてイベントを開く事にした。サイン会と握手会。一度に顔を覚えられないから、数を絞って、いなかったらまた場所を変えて開催しよう。




 ………………………諦めない。



 彼女の本当の名前はレナ。推しはダナ王子だけど、今はきっとリース。苺が大好き。


 考えれば、彼女は俺と同じで結構平成風な若い名前をしているよね。レナって。名前の由来、聞いてみたいな。

 色々なファンとコミュニケーションを取った。彼女は現れない。


 これがあと少し続くのか、と思っていると二人組の女性が歩いて来た。俺は仕事モードに切り替える。



 彼女の雰囲気を見て、もしかして……と感じる。 

 名前もレナ。見た目も……リースっぽい。



 ………………悪役令嬢に寄せているのか?



 でも考えれば、俺の作品のファンなら、リースっぽいファッションにもなるかもしれない。断定は出来ないよな。


 一緒の子の圧が強過ぎて、全然聞けない。

 なんかものすごい力でいきなり箱渡されたし。

 あ、でも、中身はあの子が作ったケーキらしい。本当はもらっちゃいけないんだけど…………ケーキ美味しそうだな。

 箱を開けてみよう。



 あ…………やっぱりそうだった。


 でも、見た目が同じくらいでは書籍を読めばいくらでも出来るだろう。

 俺は思い切りフォークに力を入れて、タルトを取って、口に入れる。食べた事のある味ーー……レナだけにしか作れない味。







 生きてた。



 ……………………間違いない。


 このタルトは本当に大好きだったから、味をはっきりと覚えている。



 生きていてくれた。レナが。

 君が生きていた。

 俺は…………心に響く感動が勝って、ちゃんと反応出来なかったけど、本当に嬉しかった。


 君が生きていてくれた。異世界ではなく、この世界で。

 サインを書いて、

 君の手を少し強引に握る。

 大丈夫だ、ちゃんと暖かい。生きた人の手だね。


 手を離してからレナに聞いた。



「レナさんの推しは誰ですか?」


 彼女は振り向いて、迷いなく伝えてくれる。


「……リースです。リース・ベイビーブレス・レナ・ティルト」



 上出来だよ、ありがとう。

 その日のうちにもらったケーキの画像と、気付いて欲しくて匂わせ投稿をバレないようにやった。

 これまでも君が気付いて逢いに来るまで匂わせて来たんだ。ずっと待ってた。


 会いたかった。


 君に会いたかったんだ。



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