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少しすれば良い、時間が解決してくれると思っていた。
なのに、何だか何故だかやるせなくて、酒の量が増えた。自分でも気づかないうちに、飲む量が増えて記憶がないのも多々あった。
友達に心配して来てくれる奴もいたけれど、俺は共有出来なかったんだ。他人にこの辛い思いを吐き出せなかった。
皆、それもわかっていたけどーーーーーーーー吐き出したら、もう戻れなくなりそうで話せなかったんだ。
食事もろくに取れず、酒ばかりで胃の痛みにあまり気づいていなかった。
ある日血を吐いた。
俺はさすがに病院に行って、ストレス性の胃潰瘍だと診断された。少し入院して、療養を続けた。
俺は少し思った。これが酷くなれば、いつでも祖母や母の所へ行けると。
馬鹿だけど、本気で思っていた。
本当に俺は退院したのに、怠薬をしてまた同じ事を繰り返した。一度退院したけど、何度ももまた胃を痛めて出血した。厳重注意されてしまいーー違う消化器官に病気が見つかってーーーー…………今度はアルコール依存症の治療も併用して受けるため、少し入院生活は長くなってしまった。
医者にしか自分の気持ちは話せなかった。
友達は沢山いても、どうしても頼れなかったんだ。
心配かけたくはなかったし、一緒にいる時くらいは忘れたかった。
思えば、俺は産まれた時から今まで病院にすごく縁がある。
いつもいつも病院ばかり行っている。
何でだ。
まぁ、どうでもいいか。
この世は不条理で溢れてる。個人の孤独なんて誰にも埋められない。
俺を皆置いて行く。
それは当たり前の事なのに、この頃は本当に耐えられなかった。
何でもいい、この思いから助け出してくれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『カイル王子! 起きてください、学園に行かないといけません。起きないと遅れますよ』
急に来たんだ。
気がつくと、俺は自分が書いた物語の世界でカイル第二王子として生きていた。
最初は変な夢だな、と思っていた。
でも、眠った後に必ずカイルになっていて、次の日に眠ると昨日見た夢は続いていた。
何日も何日も同じ。眠ると繋がる。
寝ると異世界にいる。ーー多分、死に近づいているからだと思う。
冷静に考えれば、俺は目が覚めるとまた現実が始まって…………つまらない療養生活。俺はきっと……半分だけ、死へと浸かっているんだ。ある意味、地獄だな。三次元でしっかりと生きているのに、いつこっちに溺れてもおかしくないだろう。
でも、すごく楽しいと思った。
ーーーーここは俺が書いた小説・ゲーム・アニメの世界。だが、不思議な事に、俺が決めた設定ではない物事も人間もこの世界には出来ていた。
俺はリースとダナ王子が幼なじみにした記憶はあったけど、カイルとも幼なじみにしたかは定かじゃない。
……………面白い。
起きれば地獄だ。
なら、寝た後には充分に異世界で楽しませてもらおう!! 大丈夫だ、ここは俺が作った世界だからな。
幸いカイルの性格は俺に似た性格にしてある。原作者だから帳尻はいくらでも合わせられる。
良いじゃないか。
魔法も制限なく使えるし。
元々本は好きだけど、異世界の本はたくさん読んだ。
おかげで魔法にも幅が出てきて、益々楽しくなる。
現在より物語の世界だよな、
本当……いい年して寂しくて参っている馬鹿はいないしな。
と思っていたある日、カメリア学園の神殿にあるラクアティアレントにリースが落ちた。
スペラザ王国を水の国にしたかったから、海ーーラクアティアレントは国の象徴と設定した。そのラクアティアレントに落ちるなんて、あの悪役令嬢は何してるんだ?
作り出した俺が言うのも難だが、アイツはめちゃくちゃ性格が悪い。心根が腐っていると思う。
まぁもうすぐ断罪される運命だろうしな、適当に心配して助けた振りでもするか………………
筈だった。
が。
『…………っ!……西嶋…さん……?』
あぁっ?! お前、リースじゃない!!
誰なんだ?!
気になるので、俺はリースに親切な雰囲気を出して接近していた。……もしかして、こいつも俺と同じか? でも、コイツが生きているのか死んでいるのか、わからない。
鬼の毒だが、断罪される運命だ。
話の筋は変えてはいけない。
変なタイミングでリースになっちゃったね。
思っていた。楽しく過ごす。
俺はこの世界の創造主であり、シナリオもキャラクターの特徴も全て把握しているから。
自由だな。
……あの子には申し訳ないけど、介入したくないしな。
でも…………あの子はあの子なりに頑張っていた。
あの子は多分俺の作品のファンでダナ推しっぽいけれど、悪役令嬢だからい相手にされない。
ある日、彼女は頑張ってコンポートを作って来たらしい。
クレープを一緒に食べたくて、作って来たようだ。
そんな事しても、無駄じゃないかな。
断罪される訳だし。
ーーーー普通なら、さっさと自分から婚約破棄して、違う男で手をうつべきじゃないか?
案の定、突き飛ばされて尻もちついてるし。
お皿が割れて食べられないじゃんか。
泣いているあの子を見て、さすがに良心が痛んだ。
そうだよな、俺は現実が嫌でここを楽しめている。
……でも、この子は違うかもしれない。
この子が生きているか死んでるかはわからないし、リースの転生かもしれない場合もある。
俺はーーーーストーリーを知っておきながら、迷い込んだ子を見捨てるのか?
この世界では彼女は孤独な筈なのに。
ダナ王子に注意しておいた。
でも、あいつはあんなので理解できるようなキャラクターじゃない。そもそも決められた相手はフィオレだしな。
俺はノエルと一緒に犯人を探して、リースを心配している風を出していた。
あの子は断罪まで、何とかしようと思っているみたいだった。でも……当然ながら、悪役令嬢だからうまくいかなかった。
ごめんな、知らない誰か。
俺の作った話で、俺が作ったキャラクター設定のせいで君が苦しむ羽目になって。
結局、悩んだまま、俺は断罪される運命を見送った。
彼女は綺麗だった。
最後の去り際に、ダナ王子に感謝を伝えられるなんて良い子だよ。
ごめんな、助けられなくて。
せめてもの思いで、俺は馬車で送り届けた。
それで済ますつもりだった。
でも…………うっかり、出来心で彼女にキスしてしまった。
何をやっているんだ、俺はーっ!!!!!!
表面では余裕ぶってみたが、俺は焦りに焦った。
………………やってしまった。
だけど、あの子は気にせずに俺から去って行った。
ノエルに調べさせて、あの子はブーケ国に行ったとわかった。
ブーケ国なんて、平野だから何にもないじゃないか、大丈夫なのか? と思った。
…………気になる。
俺はもうすぐ旅に出る設定になっている。旅に出たら、三ヶ月に一度は王家に顔を出して、任された仕事をこなさなければいけない。
旅に出てから、あの子を助けるのも有りだろうか。
断罪は無事にされたけど、リースがラクアティアレントに落ちたのは本当に本人なんだろうか?
俺はノエルと一緒に本格的な調査を続けるうちに、フィオレが事件に関わっていると気付いた。
はぁ、なるほどな。
突き落としたのはフィオレだな。
益々楽しくなった俺は、リースの姿をした、あの子を助けに行く事にした。
その気にさせて、好きにさせておいて信用させよう。
そうすれば、あの子を助けるのが簡単になる。
何とかなる、俺は第二王子なのだから。
物語を書いた責任として、俺はノエルと一緒にブーケ国へと向かった。
そして、平民となったリースに再会した。思っていたよりも元気そうな姿に心底安心した。
いきなり綺麗な髪をばっさり切った姿には驚いたけれど、貴族の時よりも丁寧に生きるリースはナチュラルライフを楽しんでいるように見えた。
俺は心配する必要は無かったかな、と思っていた。元気そうだし、まぁいいかと思ってリースと夕食を共にする事になった。
カルボナーラとスープ。俺もカルボナーラくらいなら動画を見て作った事があるから作れるし、彼女も特段特別な味付けはしていなかった。
でも、ひと口食べた時に………………何だろうか。
涙が出そうになった。
彼女が借りていたリースの身体にカデーレという力が備わっていたからかもしれない。
でも…………それだけじゃないと思う。
暖かい手の込んだ料理が…………特にお菓子が……ホッとさせる。
祖母のおにぎりを思い出す。
大変だったのに……綺麗な手で作られた綺麗な形じゃなくても、いつも……嬉しかったんだ。
『ばあちゃん、もう少しおにぎり小さくしてくれないかな? クラスの奴にからかわれるんだよ』
『わかった、小さくするからね』
そう言いつつも、いつも大きかった。逞しく育て、という事なんだろう。
忘れていた気がする。
パスタは自分で捏ねたらしい。スープもタルトも、いや……特にタルトかな。すごく美味しかった。
心の綻びが繕われていくような気がした。
言葉通り俺は餌付けされたんだと思うんだよな。
この子は本当に死んでいるのか?
祖母や母と同じ世界に逝く人なのか?
いや、生きてる。
リースはきっと……生きている。
まだ、わからないじゃないか。
…………生きていて欲しい。
こんな風に暖かい食べ物を作る人を失くしたくない。
でも、本当に…………召される運命だったら?
もう誰も失いたくない。
どうか…………生きていてくれ。
頼む。
リースは神官に言われたそうだ。どの道、貴女は消えてしまうかもしれないと。…………違う。俺は君が生きている事を信じてる。
望むモノを手に入れる事が逸脱する条件ならば、俺がリースに爵位を戻させて、ダナ王子と婚姻させればきっと彼女は元の世界へと戻れる筈だ。
だけど予想外だったのはーーーー自分が思っていた以上にリースに惹かれてしまった。