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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
最終章
142/161

5

 あぁ、カイルだーーーーーー…………と、玲那は思った。




 黒髪を少しだけあの時よりも、斜めに流している。目は日本人によくいる、濃い焦茶色だった。色は割と白くてーー…………顔立ちは……あの時と変わっていない。

 紛れもなく、玲那が会っていたカイルがそこに立っている。





 彩鈴は、立ち止まっている玲那に声をかける。



「玲那さん…………?」




 カイルは……いや、永守先生は動揺もせずに、ふんわりと玲那に微笑んだ。



 玲那は言葉を無くして、ただ…………涙を流している。




 夢だと……思っていたのに。



 夢じゃなかった。





 いや……永守先生の存在自体が、私には夢なんだけど、夢じゃない。



 カイルーーーー…………




「玲那さん! しっかりして下さい☆!! 足を洗ったって、全然じゃないですかっ☆!!!!」



「ごめん、ごめんっ感動しちゃって……」



 玲那はハンカチで目を押さえながら、近づいた。永守先生は笑っている。




「嬉しいですね。こんなに喜んでもらえるとは」



「だって……本当に存在していてくれて…………」


 玲那はハンカチでメイクを整えながら、自分を必死に落ち着ける。



「本は有りますか? サインさせて下さい」



「はいっ☆」


「はい」



 永守先生は黒いマッキーを右手に取る。俊敏に動く彩鈴は玲那のケーキで片手が埋まっていたので、急に永守先生に本と一緒に箱ごと渡す。


「あっ☆ こちら、つまらない物ですが、どうぞ☆!!」


「ちょっちょっと!! 彩鈴!! それ私が作ったケーキ!!」



「はい☆ 彼女が作りました〜!」



 永守先生が少し戸惑っていると、近くにいる眼鏡をかけたひとつ縛りの女性関係者が注意する。



「申し訳ありません、食べ物は衛生面の関係上、頂かない事になっています」



 玲那がホッと胸を撫で下ろしていると永守先生が女性の方を向いた。


「大丈夫ですよ。ケーキ好きなので」


「え? 先生?」



 驚いている女性関係者の心配はさておき、玲那のケーキを永守先生は箱を開けて眺める。玲那は何とも言えない気持ちになった。


「…………これはこれは、綺麗ですね」


「ありがとうございます」



 箱にマスキングテープで付けていたコンビニのフォークを何も言わずに取って、割れではない方を押して、ビニール袋を開けた。そして、外側のタルト部分をざくりとフォークを入れて、綺麗に一口大を取り上げる。



「せっかくですから、いただきますね」



「先生……」


「は、はい…………」



 永守先生は微笑みながら、わざとらしくも丁寧に口に運んだ。

 玲那は美味しいとは思うけれど、不安になる。永守先生は口に入れて暫くは何も言わなかった。玲那は、美味しくなかったのか、ものすごく気になってしまう。

 ? と思っていると、永守先生は笑顔でフォークを元にあった入っていたビニールの中へと丁寧に入れ直した。



「美味しかったです。どうもありがとうございます」



「…………?」


 永守先生は何事も無く、玲那と彩鈴の本の後ろ表紙を開いた部分に自分のサインを書いた。彩鈴は満足気に、笑う。握手をしながら、様々なきせきみについての質問をしていた。玲那は全くそれが頭に入って来ず、動揺する気持ちを必死に抑えた。



 玲那の手に永守先生の手が触れる。暖かい温もりと同時に、異世界にいたあの頃を思い出してしまう。玲那は自分の手先に温度上昇を感じつつも、ありがとうございましたと先生の顔を見た。


 先生は、にこりと笑って、玲那の顔をじっと見つめた。

 気付いてる…………? 覚えてる……?


 よくわからなかった。



 先生の雰囲気は人を近づけないような、しっかりと仕事をしている感じが出ており、不思議なオーラに包まれている。小説家だし、プロなのだろう、と玲那は思った。



 時間が来たので、そのまま出て行く形になった。彩鈴と一緒に歩いて行こうとすると、最後に永守先生が玲那に声をかけた。


「玲那さんの推しは誰ですか?」



 玲那は立ち止まって、振り返る。

 同じように優しい雰囲気で、玲那を眺めている。


「……リースです。リース・ベイビーブレス・レナ・ティルト」



 永守先生は何かに気づく様子はなかった。

 ただ終始穏やかで優しい雰囲気を醸し出したままだった。玲那は歩いて出て行った。彩鈴は玲那の様子に動揺している。


「玲那さん☆!! もしかして、もう一冊小説持っていますか?! 何故に今度の主人公リースの正式名を知っているんですか☆っ?!」


「へ? そうなの?」


 玲那は珍しく慌てている興奮した彩鈴に返事する。彩鈴はいつもよりも早口で話した。



「そうですよぉ☆!! 今回の主役はリース☆ 彼女が仲間と一緒に爵位を取り戻しに行くんです☆!!!! 最終的にもらった爵位名がレナ!! 玲那さんと同じだー☆! って嬉しく思っていたんですけど、やっぱり知ってたんじゃないですか!!!! 足洗っているって嘘つきましたねー☆っ!!!!」




「そうなの……適当に言ったんだけどね。夢に出て来ていた話を」



 玲那は呟いた。






 玲那は夜になって、お風呂に入りながらしみじみと考えてしまった。


「あの夢に出て来ていたカイルが、まさか原作者の永守葵先生だったなんて……」



 彩鈴からもらったーーしっかりお金は払ったーー新しい小説は、主人公のリースが転生者だったという設定以外は、まるで玲那が夢で体験した内容と同じだった。


「無意識に永守先生が何故か知っていて、小説に書き起こした? ……いやー都合が良い話だし。…………永守先生がカイルだったけれど、実は覚えていない。夢の内容を無意識に創作してしまった……?」



 …………わからない。


 永守先生は噂では人目にあまりつきたくないので、サイン会や握手会などイベント等は避けている、と聞いた。


 なのに、今回に限って開催された。

 何故…………?

 

 




 あの反応、私が異世界で暮らしていたのは、覚えていない気がする…………。

 覚えているのか気になるけれど、玲那はそれよりも苺のタルトケーキが美味しくなかったのか、気になってしまう。


 あのケーキはカイルと星空の下で、夜のピクニックをした時に作った、思い出の苺タルト。エディブルフラワーを乗せていて、プレゼントには格好がつく物だ。だから、玲那は彩鈴にあげた。



「彩鈴にあげたのに、結果的には先生にあげられてしまったけど…………目が笑ってなかった。美味しくなかったのかなー……タルトの焼き加減も苺の乗せ方も問題なかったと思うのに……」



 玲那は手を見つめる。リースの手とは違う、年相応の自分の手。お菓子作りをすると気になるので、さすがにネイルはしていない。だが、この手を永守先生が握ってくれた。ーーーー本当の私の手を。



 思い出すと、指先がまだかすかに感触を思い出す。ドキン……と胸は高鳴ってしまう。




 どうして…………? どうして、先生は同じ顔なんですか?



 私が大好きだった人と、どうして同じ顔なんですか?








 お風呂から出て、スマートフォンで永守葵と検索した。玲那は先生はツイッターもインスタグラムもブログもやっているんだな、すごい、と思った。


 だが…………ネット記事で気になる内容を見つけてしまった。




「〝永守葵ーーーーーーーーライトノベル作家、永守葵は『奇跡の姫君〜貴方と出逢えて〜』で一躍人気を博した。彼が書き上げた通称、きせきみはアラサー女性に特に人気で、永守氏はアニメ・ゲーム共に制作に深く関わっている。才能に溢れた彼は、今ーーとても追い詰められていた。



 表では、才能に溢れ定評のある永守氏だが、内心プレッシャーが相当あるらしく、ついには心のバランスを崩してしまった。ここ一年は制作活動はせず、ずっと休んでいるようだが、

『本当はプレッシャーのせいで、もう何も書けない』と、周囲には嘆いているらしい。


 ーーーーただ、落ち込んでいるだけならば、少し休止していれば良いが、最近、彼が大学病院に頻繁に出入りする姿を何度も見たという噂が多数寄せられている。



 知り合いのAさんは、彼に久しぶりに会った時は、死にそうな顔をしていた。と話す。

 血液検査で重大な腫瘍が見つかり、癌だとわかったそうだ。自暴自棄になってしまった彼は、荒れてお酒がやめられないようで、困っている。


 彼の今後が、心配だ〟…………嘘、だって全然平気そうだったのに」



  癌だと言うの? 永守先生が?



 …………あんなに優しそうに元気そうに見えたのに。




 玲那はふと、検索画面に出てきた最新のツイッターを読む。



 そこには『新しい小説を執筆し、初めてサイン会と握手会をやりました! 来て下さった皆さま、ありがとうございます!』と載っている。……玲那は同時に、ある画像を見て驚いた。



「私のタルトケーキ!!」



 インスタグラムの記事みたいだ。玲那は画像を押すと、永守先生の公式アカウントに飛んだ。


 他の内容は、ありきたりな宣伝が多かった。でも、最新の画像に玲那の苺タルトケーキが載っているではないか。


 タグには、作品名と苺タルトとそして……#料理の味を忘れていません と付けられていた。



「…………忘れていません?」


 玲那はインスタ画像を真剣に見た。一ページ目の画像は玲那の苺タルトケーキ写真に新作本の表紙、二ページ目はハーブとティーポットセット、三ページ目はピンクの薔薇で出来たリース。


 これは何だ、と思う。


 でもよくよく考えると、別に普通だ。作品の広報にも取れる。



 …………でも、本以外のアイテムは、玲那に馴染みのある物のような気がした。


 他の画像、作品の広報以外の内容を探して見てみる。



「えっ……?」


 玲那は言葉に詰まる。画像には透明なティーポットに、真っ青なブルーのマロウティーがたっぷりと入っていて、隣には濃いマゼンタカラーのマロウブルーの花鉢植えが置いてある。タグを確認すると、#忘れていないよ とあった。



「この匂わせとも取れる投稿は何? でも、覚えていなさそうだった……それに、もしネット記事が本当なら、彼は…………」



 亡くなってしまうかも、しれない。…………と思った。


 リースだった自分にカイルが抱いていた不安な気持ちが、何となくだけれど、わかった気がする。



 玲那はこれが私の気のせいだったとしたら、自分が恥ずかしくなるだけ。…………でも、聞かなければ先に進めない。……貴方はカイルでしたかと。



 飛行機のマークを押して、ゆっくりと打ち込んだ。



『私の作った苺タルトケーキを載せてくれて、ありがとうございました。味は美味しかったでしょうか?』




 送信ボタンを押した。



 もし、彼がカイルなら、失いたくないし話したい。


 彼は同じ世界にいる。



 一緒に生きているのだから。

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