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【久しぶり、彩鈴。元気にしていますか?】
何と書いたら大袈裟にならないか、悩んでしまい、結局一言しか送る事が出来なかった。既読になればいいな…………と思って玲那が見ていると、すぐに既読がついた。
「早っ!!」
玲那があまりの既読の早さに慄いていると、今度は着信がかかってきた。玲那はギョッとして、わかりやすい驚き方をしてしまう。だが、素直に電話に出た。
「もしもし」
「玲那さん?! お久しぶりです☆〜!!!!」
あー思い出してきたよ、この感じ。独特のゆっくりとした中高音のヤギみたいな声に、星が舞ってる。間違いない、彩鈴だ。懐かしいホッとする感覚になりながらも、玲那は話さなければいけない事を丁寧に話していった。
「色々と……本当に大変でしたねぇ。すみません、彩鈴が聖地巡礼の変わりなんて頼むから」
「そんな事ないよ。温泉や旅館自体は本当に楽しかったんだ。後がやらかしちゃったけどねー」
玲那は、はははと軽く笑う。その声を聞いて安心したのか、彩鈴は言い出した。
「玲那さん、今度会いませんか? 忙しいかもしれませんが、久しぶりにお顔を拝見したいです」
「うん、会おう。私、こんな状況だったから、もうきせきみは一切見ていないけど、彩鈴とはずっと友達でいたいと思っているよ」
それから二月末に二人で会う約束をした。彩鈴に会うなら、ずっと連絡できなかったお詫びに何か作ろうかな……玲那は自分で書いておいた、マロウさんのお菓子レシピノートを取り出す。
「やっぱり……こんな時はタルトよね」
寒い時期だし、丁度良いだろう。玲那はノートに書いてあるレシピをまた真剣に読み込んだ。
二月末になった。季節は相変わらず、猛烈に寒かった。玲那は百均で購入したケーキボックスを片手に出かける。
彩鈴には苺のタルトを作った。思い出の苺のタルト。
夢の中で……あの人が美味しいと食べてくれた、あのタルト。一ピースの配分がわからないので、ホールで作ってしまった。
「う゛ぅっ寒っ……!!」
白いチェスターコートの前開きを手で閉じる。白いタートルネックニットに首を埋めて、急いで歩いて行く。淡い茶チェック模様のマキシ丈スカートをベージュのショートブーツではらいながら歩いて行った。
季節は寒い。足先に付けたカイロが手放せなかった。
電車で秋葉原まで向かう。駅前で彩鈴がいつもの中華系キャラクター状態のオフモードで立っていた。
「彩鈴!!」
玲那は彩鈴に手を振ると、彩鈴は玲那を見て、細い目を余計に細くして笑う。
嬉しそうに手を振ってくれた。
「玲那さん!!」
「お待たせ」
「なんか、雰囲気変わりましたね……とってもいい感じです☆!!!!」
久しぶりの彩鈴に、玲那も嬉しくなった。きせきみの話をしていたあの頃も、彩鈴とは話が合ったが、年数を経ても今も変わらぬ感覚にさせてくれる。玲那は白いケーキ箱を彩鈴に渡した。
「これ、作ったんだけど、よかったら食べてよ」
彩鈴は花が咲いたように顔を明るくさせた。
「玲那さんが作ってくれたんですか?! ありがとうございます☆!!!!」
少しだけ箱を開けて覗き込んだ彩鈴は、感動していた。
玲那は笑う。
「量の調整が出来なくて、ホールで作っちゃったけど……食べてね」
「はい!! 家に帰ったら、一緒に食べます☆!!!!」
「ん? 一緒に住んでるの?」
玲那は不思議な顔をすると、ワンテンポズレた驚き方で反応しながら、説明してくれた。
「玲那さんと会っていなかったんで、話せなかったんですが……結婚しまして。一緒に住んでるのです☆〜!!」
ズガーンと玲那は衝撃を受けた。……自分と立場は同じだと思っていた……筈だった、彩鈴。このオフバージョンに慣れてしまっているせいか、私生活が変わり映えしなさそうだが…………そうだ、この子は彼氏持ちだったと実感した。
でも、以前ほどのショックさはなかった。
「そうなんだ!! 相手は遠距離って話していた彼?」
「はい、あの彼です☆色々あったんですが、まぁ結婚する事に…………じゃあ、行きましょうか!!」
彩鈴は歩き出す。
「あ、何処行く? ファミレスでお茶でもする?」
玲那が言うと、彩鈴は企む顔をした。
「本屋ですよ、本屋に行きましょう!!!! イベントですよ、きせきみの☆!!!!」
それを聞いた玲那は驚愕して、困惑した返事をした。ショルダーバッグの紐を握りしめて、彩鈴を見た。
「えっ?! ……ちょっと、彩鈴?! 私、オタク業からは足を洗ったって言った筈なんだけど…………!!!!」
だが、彩鈴は立ち止まってニヤリと悪い顔をした。
「玲那さん〜☆? ずーっと一緒にきせきみ活してきたじゃあ☆ないですかぁ? 今更カタギになるなんて、狡いですよ☆〜?? 沼にまた一緒に浸かりましょう〜☆?!」
「えぇーっ!! 彩鈴、私本当に……今はもう考えられないって言うか、なんて言うか…………そのーっ……!!」
彩鈴は玲那の手を握り、歩いて行く。
悪い笑みを浮かべながら、彩鈴が言う。
「いーや、せめて付き合って下さいよ☆〜!! 原作者の人が握手会とサイン会を開くなんて、なかなか無いんですから〜☆!!!! 永守先生は、原作以外にもアニメ版と乙女ゲーム版の企画に深く携わったすごい人なんですよ〜っ?! 顔出しNGだったんですから、こんな機会ありませんよ!! 行きましょう☆!!!!」
「えっ?! あの永守葵先生のイベントなの?」
玲那の反応に、彩鈴は餌にかかった魚を見るような目で、また悪い顔をする。
「そうですよぉ〜☆」
「永守葵先生のイベントなら、私も行ってみたい! きっとあんな素晴らしい作品を作る人だから、綺麗な女性なんだろうなぁ…………」
玲那は微笑む。
彩鈴はそんな玲那に鋭くツッコミを入れた。
「玲那さん、何言ってるんですか、もしかして永守先生が女の人だと思っています?」
「へ? 違うの? だって葵……って」
彩鈴は、ハァーっとわざとらしくため息をついた。
そんなわざとらしく息吐かなくても、良くない?!
「違いますよ……!! 本当っ玲那さんって変な所、勘違いしていたり覚えられなかったりする事ありますよね! 永守先生は葵って名前ですけど、女性ではなく、男性作家ですよ☆」
玲那は変に納得してしまった。
玲那のあぁ、というような抜けた顔を見て、彩鈴は満足したのか、行きますよ、と早く歩いて行く。
ビルの中にある、広い本屋に入った。彩鈴はある場所へと
進む。
「ねぇ、彩鈴? もしかしてサイン会って事は本がなくっちゃダメだよね? 私買ってな……
言い終わらないうちに、彩鈴はカバーがついたハードブック本を渡して来た。
「私を誰だとお思いですか☆?」
「ありがとう…………」
玲那は苦笑いしながら、もう一つ彩鈴から引き換え券を受け取った。用意周到さに、思わず本音がこぼれる。
「…………もしかして、突発的に最初から私を連れて来る気満々だった?」
彩鈴は暫くは言葉を発する事なく、ただ悪く笑った。
「もちろん☆」
永守葵先生 サイン会&握手会はこちら→ という案内を確認して、受付で参加券と取り替えてもらった。玲那は別ブースに促されている仕組みを見て、彩鈴に確認した。
「ねぇ、今日のこのイベントって参加者どれくらいなの?」
「五十人って言われていますね。十倍以上の募集が来たみたいですけど、一人一人にちゃんと対応したいからという理由から少人数に設定されているようです☆」
「なるほど、数多く対応する作家さんもいるけど、永守先生はコミュニケーションを大切にしたいんだね」
「募集が少なくても、いっぱい話せるのは貴重ですね☆ 今回の作品の好みは別としても☆ーー……」
「彩鈴は気に入ってないの?」
玲那達は特別に設けられた案内回路を線からはみ出ないように歩きながら、向かう。彩鈴は話そうとしたが、永守先生が到着した拍手に反応した。
「始まりますよ☆!!!!」
ゆっくりとだが、少しずつサイン会は進んでいく。真ん中より少しだけ後ろくらいの順番な玲那達は、どんな様子なのかは全くわからなかった。ただ……出て来る人達と思われる人の反応はとても暖かい雰囲気を感じる。
「楽しみだね」
彩鈴は玲那にうん、と頷いた。
「ねぇ、彩鈴。どうして作品は好きじゃないの?」
「嫌いじゃないんですけど、今回の主役が納得いかないんですよ……☆ ダナ様の扱いも気に入らなかったです……」
彩鈴が言うので、もらったハードブック本のカバーを少し外して見てみる。玲那は衝撃を受けた。
「『リースの料理簿〜花冠レシピ〜私、魔法は使えません』…………これって……」
「ライトノベルの良いところはご都合主義だと思うのですが☆ 今回は悪役令嬢のリースが、断罪前に前世の記憶を思い出します。断罪されてから、お菓子作りや植物栽培に勤しむ☆ らしいのです。最終的にダナ様は振られるんです☆ ……納得いきません」
玲那は半分も彩鈴の言葉を聞いていなかった。心臓の鼓動がハッキリと波打つのがわかる気がした。
カバーを戻して、冒頭の文章をさらっと読み進めた。
…………。
…………もしかして……私の考えが、間違っていなければ…………
玲那は少しずつ進む回路にドキドキした。
間違っていなければ……恐らく…………これは……
ようやく、玲那と彩鈴の順番が来た。
建てられたパネルを通り越して、永守葵先生を見つけると、玲那は涙が溢れた。