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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
最終章
139/161

2

 


 嘘じゃない、夢じゃない。

 涙が止まらなかった。嬉しかった。


 私は体験したんだ、長く短いあの一瞬のような日々を。

 皆はいた。マロウさんも、レオもノエミもノエルも、ダナ様もフィオレも、カイルも…………皆。


 ……だって作れるよ。一人暮らししていたから、簡単なご飯は作れるけど、お菓子作りは買うばかりで作った事はなかったし面倒だと思ってた。そんな私が作れるから。だから、嘘でも夢でも何でもない。本当にあったこと。




 玲那は号泣してから少し落ち着いたので、台所の椅子に座った。



 本当なのに、この世界にカイルはいない。



 彼は乙女ゲームの原作と乙女ゲームのTVの中。




「結局…………私は何も変わっていないなぁ。意識不明になる前と後、今の私……一体何が違うんだろ」




 玲那はクッキーを口に入れて、またクッキーの味に涙が出た。

 異世界に行っても、行かなくても、結局…………好きな人は同じ、異世界の人間。二次の枠を飛び越えて、今の私へは逢いに来ない。私とカイルは…………永遠に叶わぬ恋なんだ。









 涙を手の甲で拭き取る。クッキーの半分を、母親がストックしているジャムの空き瓶に詰め替えて、部屋に持って行った。


 暗くなって来たので部屋に戻って、電気を点けた。

 自室のテレビにかすかに映っている自分の姿が見える。


 原因のわからない意識不明状態から目が覚めて、思ったように身体は動いてくれなかった。自分の見た目もそっちのけで玲那はリハビリをしていたので、随分と腰まで髪は伸びてしまっている。玲那は髪を切ろうと思った。




 三日後、市内の評判が良さそうな美容院を予約して向かう。


 少し髪が長くパーマをかけて後ろでひとつに束ねている四十代くらいの男性美容師さんがやって来た。

 チョイ悪まではいかないけれど、雰囲気がある美容師さん。こ、この人にきってもらうのか……オタクの私にはオシャレ過ぎてレベルが高い。ひぇええ〜と、玲那は思っていると、後ろに回って前掛けスモックをサッと玲那にかける。



「こんにちは。今日はどのくらい切りますか?」



「あー耳より少し長いくらいに……あ、今からパーマを追加するのは無理ですか?」


「パーマ、良いですよ。でも、ちょっと新人しか空いていないんですが、大丈夫ですか?」


「あ、はい。大丈夫です」



 美容師さんの髪を見て、パーマをかけたくなったとは言えないが、他の予約もあるだろうに幅を効かせてくれて有難いと思った。


 ひとつに束ねた髪型の美容師さんがカットをしてくれたので、緊張して、なかなかうまく話せなかった。

 でも、私が意識不明だったから療養していて、まだ働いていないと軽いニュアンスで話すと、生きていて良かったねぇと真面目な目で話しかけてくれた。




 ……生きていて、良かったか。



 本当に良かったのか、と玲那は考えてしまう。光の粒に囲まれたまま、消えてしまえば美しかったのではないかと。だが、消えてしまったら、異世界で玲那を大切に接してくれた人は喜ぶのだろうか。




 ぼけーっとしていた玲那はカットパーマシャンプーを終えて、ドライヤーをかけてもらっていた。



「須藤さん、少しパーマがかかりにくい毛質みたいで、ゆるくなっちゃったんですが……直しますか?」



 よく見ると、確かにくるくるではなく、ゆるふわなパーマになっている。髪型を見て、一人の女性を思い出した。



「あはははっ!」



「え? あの……?」


 玲那が笑ったので、新人さんは構えるように驚いていた。玲那はマズいと思う。



「すみません。知り合いに髪型が似ていたので、笑っちゃいました。これでいいです」



「そうですか? 大丈夫ですか? 直す事もできますので、言って下さいね」



 髪型は変えずに、美容院を出て自宅に戻って来た。鏡を見て、髪型だけはリースだった頃の自分にそっくりだな……と思った。



「懐かしいと思っちゃうのは、いけないのかな」






 …………叶わなくても、それでも……………………探してしまうのは何故だろう。






 数週間後、玲那は髪色とカラーコンタクトを変えた。髪色は落ち着いたミルクティーカラーにし、コンタクトは大人女性が付けても問題のない、ピンクカラーの物を選んだ。付けると、瞳が真ん中が茶色の花のような形にまわりは優しくピンク色になっている物を選んだ。

 少し近づいたな、と思う。


 インターネットでお菓子作りの道具をいくつも購入した。図書館にも行って、お菓子作りの本も借りて来て読んだ。マロウさんから教えてもらったレシピの再現も、何度もした。ハーブも家の畑の隅で始めた。花を買って、絶やさないようにした。


 服装も自然素材の洋服に変えたりエプロンワンピースを着たりする事もあった。



 忘れよう、と心に何度も誓うのに、どうしてだか心はいつもあの頃へと近づいてしまっていた。






 ある日、玲那のスマートフォンに元職場の上司から確認の電話が入った。


 過去に玲那が担当していた仕事内容についての確認だった。久しぶりに部長と電話をして、仕事の世界とは他に身体の心配をされる。


 急に辞める事になったのに、何にも挨拶に行けていなかったな…………。

 でも、電話で部長に挨拶したし、大丈夫かな? 


 玲那は悩んでいると、ふと、西嶋さんを思い出す。




「西嶋さんは、カイルに顔が似てた。…………もしかして……」


 淡い期待をほんの少し、抱く。カイルが実は西嶋さんだった…………なんて事はないと思う。だが玲那は、可能性に賭けたくなり、元職場へと向かった。




 元職場は、三年たっても何も変わっていない。むしろ営業所のメンバーがほんの少し移動で変わっただけで、至って変わっていなかった。

 年上のおじさん上司達が、玲那を見て次々と声をかける。



「須藤ちゃん、元気か?」



「はい、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。リハビリに必死で、謝罪をしていないなと思って来ました」



「相変わらず律儀だなー! 気にしなくていいのに、ありがとねぇ」



「良かったです」


 さりげなく周りを見渡して、西嶋さんを探した。いないな…………と思っていると、西嶋さんが大きく扉を開けて入って来る。彼は玲那を見て、すぐに駆け寄って来た。



「須藤さん!!」


 玲那は西嶋さんを見た瞬間、違う…………と思った。


 彼は相変わらずの爽やかイケメンで、もう何年も経っていると言うのに、他の人と同じく優しかった。西嶋さんから話しかけられた事など仕事以外ではなかったのに、こんな時ばかりは話しかけてくれた。



「お久しぶりです。色々と身体も落ち着いたので、挨拶来なきゃと思って来ました」


「……えーっと、温泉で転んじゃったの?」



 あの時の状況を、西嶋さんは確認して来た。

 玲那は頭の中で何回もイメージトレーニングしていた、決まった返事を返した。


「そうなんです、おっちょこちょいで石鹸踏んだら頭ぶつけちゃって」


 笑って誤魔化すと、真剣な目をした西嶋さんは話をしっかり聞く。


「…………うん、いやでも、今こうして、元気だったから良かったよ! 仕事に来ていなかったから、どうしたんだろうって皆で心配してたんだよ。そしたら、数日経ってから須藤さんのお母さんから電話があって、転倒して意識不明って聞いて、えーって!!」



「すみません」


「いや、本当に元気になって良かったね。タバコ吸ってる俺が言うのも何だけど、身体は大切にしな? 無理しないでね」


「はい」


 西嶋さんはこれまで一緒に仕事をして来た時以上に、熱心に話してくれた。今まで、こんなに多く話する事なかったな。



 チラリと見る真剣な表情の西嶋さんは、イケメンだった。




 …………でも、カイルとは微妙に顔つきが少し違う。


 私は何を見ていたんだろう、と玲那は思った。



「西嶋さんって、親戚に似ている方とかいます?」


「ん? 何で?」



 玲那がふと聞いてみると、西嶋さんは驚いた顔をする。



「知り合いに似ている人がいて。親戚か兄弟かなって」



「あー、俺結構色んな人に似てるみたい。知り合いとかに、どこどこにいたでしょ?! とかよく言われるよ。いとこもはとこも女なんだ」


「そうですか」


 玲那は落胆する気持ちを悟られないように、必死に誤魔化した。



「写真とかある? その人の写真。似ている人、本当によく言われるから俺も見てみたいわー」



「あー……写真はないんですよねー」



 玲那は笑う。西嶋さんはスマートフォンのバイブレーションが鳴ったので、ポケットから取り出して確認する。ロック画面が光ると、女の子の赤ちゃんが写っていた。



「そうだ、須藤さん、俺結婚して子供産まれたんだ」



「えー! そうなんですか!? あの彼女さんと?」


「知ってたっけ? そうそう、その彼女と二年前にね。今は子供が産まれて、6ヶ月。可愛いっしょ」



 西嶋さんは西嶋さんによく似ている目のぱっちりとした、女の子の写真を見せる。玲那は西嶋さんに似ているような気はしたけれど、奥さんも目がぱっちりなので、どっちからなのかわからない……と思った。



「可愛いですね!!!! 目が離せませんね」



「そうなのよー! 俺も可愛いと思っていてさ、家帰ると大変だけど癒されるんだよ〜 既に今から親バカだよ」




「良いですね〜。私の弟のお嫁さんも、もうすぐ子供産まれるんですよ。女の子みたいです」



「あぁ、そうなの? 女の子は可愛いよ〜、産まれたら小さ過ぎてビックリするから」



 他愛ない話を少しして、玲那は家へと帰って来た。…………何だか虚しい気持ちでいっぱいだった。


 リハビリに玲那が明け暮れていた頃、かつて想いを寄せていた西嶋さんは結婚していた。アイドルみたいに可愛い彼女と、何の弊害もなく。



 イケメンはやっぱり美人や可愛い子とくっつくのかな、赤ちゃんいるとか、おめでとうとしか言いようがない。


 ま、最初から何にもなかったじゃないか。



 玲那は自分に紅茶を淹れる。

 はぁーとため息をついた。

 それよりも。


 西嶋さんはカイルじゃなかった…………。

 見た瞬間、顔が違うと思った。確かに雰囲気は似ているけど、見ると全然違う人。


 ………………じゃあ、あの人(カイル)は誰?



「私が忘れているだけで、公式の顔はあの彼の作画だったのかな?」


 鼻が綺麗な形で、目も綺麗な二重で、色白。

 そんな特徴じゃイラストじゃわからない。

 玲那は何か特徴が他になかったかな、と考える。


 ダナ様よりは色白い事くらいしかわからない。


 えーっと、思い出して。


 玲那は必死に考える。



「確認しなくちゃ…………」


 クローゼットへと運んだ段ボールの山に視線をうつした。











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