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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
最終章
138/161

1 悪役令嬢の私を探して

 



 ーー瞼が少し固まったような、はだかったような感じがして、少しずつ、ゆっくりと目を開けた。鼻先に独特の消毒臭がする。


 天国はこんなに真っ白で、よくある丸電球の付いた場所なのかしらと、玲那は思った。もっとこう、スペラザの収穫祭をやるお城の艶やかな天井みたいに、ゴージャスじゃないのか……経営難なのか? と何故か嘆いてしまう。



 身体が重たい。何かに包まれている。口元にも何かが当てられている。いや…………口元だけじゃない、指も腕も股の間にも何かが付いている。


 ガチャン、と扉が開いて、そこそこ若そうな、でも玲那よりも少し年上そうな天使が入って来た。何やら、玲那の隣に立ちーーーーガサガサ、モゾモゾと小さな音を立てている。



 ふと、天使が玲那を見つめると、天使は慌てて玲那に話しかける。ぼけーっと玲那はしていると、天使は走り去って行ってしまった。






 玲那はーーーーーーーー生きていた。



 頭を包帯で巻かれて、口元には酸素マスク。腕は点滴に繋がれ、おむつと肛門から尿バックが繋がれていた。


 まだ意識が朦朧とする。少しずつ瞬きをした。






 あ…………生きてる……ここは病院なんだ………………





 まだ思うように身体は動かない。


 でも、玲那は解ってしまった。

 もうきせきみの世界には戻れない事を。

 カイルには二度と会えない事を。


 泣きたくても泣けなかった。




 玲那が生きている事をカイルは信じていると言っていたから。


 あの言葉があったから、泣きたくても泣けなかった。















 * * *


 玲那が那須塩原にある旅館の温泉で、転んで溺れた後ーーーー物凄い音がした。



 脱衣所のゴミを回収しようと来た中居がその音を聞きつけた。


 玲那が温泉へと入った時間帯は、入浴の準備をする清掃時間だった。前に温泉に入った子供と親が入浴を終えて、出て来た時に、子供が勢いよく扉を開けてしまったため、立て札の入れませんが落ちて入れますになってしまっていた。入浴時間の貼り紙を見なかった玲那は素通りしてしまい、温泉に入ってしまった。




 それが幸運だった。物凄い音に駆けつけた中居は、旅館の教えで、溺れた人に対する応急処置の研修を皆、受けていた。だから、温泉で溺れても、玲那は一命をとりとめる事ができていた。



 人工呼吸を中居さんがしてくれたんだ…………


 感謝する反面、きせきみの世界でカイルとロマンチックなキスをしていた。……でも、目を開けると、現実は玲那の初めてのキスの相手は、女性で中居さんだった。



 あれは…………夢だったのだろうか。




 玲那はカイルの顔も、マロウさんの顔も、しっかりと思い出せるというのに、この現実世界には面影は一欠片もなかった。


 両親は目覚めた玲那を泣いて喜び、思わず抱き締めた。抱き締められた時に、玲那はカイルを思い出した。




「須藤さん、須藤さんは温泉に入って頭を強くぶつけましたよね?」


「あ、はい」



 医師がレントゲンを見せながら説明してくれた。


 激しく強打して、溺水した玲那は一命を取り留めた。暫く日が経ってから、強打した部分に血の塊が出来たので手術した。手術は無事に終えた、全てにおいて異常は無かった。



 だが、玲那は眠ったままで起きなかった。

 一年が経ったが、玲那は眠ったままだった。



 医師は原因不明だと両親に話した。



 医師はこのような事はあり得ない、こちらでも調べて尽力しますと言った。



 病状に変わりないので、那須塩原にある病院から横浜の病院に転院をした。両親は週末に入れ替わりで面会に来ていた。体は正常なのに、どうして目を覚さないのか、担当医と話し合いながら備えていた。母は心配で出来る限り、玲那に寄り添っていた。

 異常がないので、そろそろ在宅医療に切り替えるか話し合っているところだった。



 一年を少し過ぎた頃、五月に玲那は目を覚ました。



「ねーちゃん、良かったね」


 今日は弟の彰人が面会にやって来た。彰人は玲那の二つ下で、一昨年結婚した。ツーブロックヘアなイケイケのお兄さんという雰囲気で玲那とは違い、陽キャラである。


「ごめんね、心配かけちゃって」


「おかんから連絡もらった時にはびっくりしたよ。ねーちゃんが転倒して溺れて意識不明だって。……マジ目覚ましてくれて本当に良かった」



「ごめん、私も一年経ってるとは思わなかったよ。横浜に戻って来ているし……」


「ねーちゃんの部屋、親父に解約してもらっておかんと荷物取りに行ったよ。すごかった。まさにオタクの廃墟だった」



「…………あの部屋に入ったの?!」


 玲那は目を大きく見開いて、彰人を見る。彰人は吹き出して、笑いながら言った。


「死ぬとこだったのに、驚くのはそっちかよ!! 大丈夫だよ、俺がフィギュアやぬいぐるみを捨てようとしていた、おかんを止めて、全部段ボールにまとめといた」


「さすが彰人!! 私の弟!!!!」


「安心しろ!! 俺はオタクじゃないけど、ねーちゃんの英才教育で大体の知識は覚えた! ダナ王子がねーちゃんは大好き!!!! 二番目はフィオレ!」



 彰人はドヤ顔をしながら、玲那を見た。久しぶりにきせきみの登場人物の名前を聞いた。


「ダナ様はもう推しじゃないんだ」


 玲那は小さく言う。


「へー部屋に沢山グッズがあったけど、推し変したの? 誰になったの?」


「リース」


「はぁ?! 悪役令嬢じゃん!! どうして? 何で??」



「結構良い子だよ」


 玲那は呟いた。彰人は今までダナ様、ダナ様と言っていたのに……と思った。玲那は胸がとても苦しくなった。




 目を覚ましてから、玲那の日常は、以前を取り戻すのに必死だった。


 医師は時間はかかるかもしれないけど、日常生活をしていく事がリハビリにもなると言った。

 まだ若い、頑張りましょう、と。


 玲那はただ……はいと返事をして、病院でリハビリを頑張った。何かに集中していないと、考えそうになってしまった。


 きせきみの世界で過ごした日々を。




 退院してからは実家に戻り、リハビリや通院に通う日々が続いた。

 親達に勝手に入らされていた保険のおかげで、少しは生活苦にはならなさそうだった。

 あの日、温泉で落としたポストカードは出て来なかったらしい。今更見つかっても、ふやけた紙になっていると思う。



 私は…………夢を見ていたの? 

 あの記憶は全て嘘だったのかな?


 つかの間に私が見た幻想?


 そんな事をよく考える。答えは何度考えてもわからなかった。……嘘だと決めつけてしまえば、今両足でしっかりと、立っている姿から、がくりと膝を落として、再起できないような気がした。だから、ツイッターや公式サイト等は彰人に全て消してもらった。スマホの画像も、全て関係のない物に変えた。


 弟にはいいのか? と言われたけれど、もし違ったら……と思うと、真実を見るのが怖かった。



 カイルのキャラクターイラストを見るのが、怖かった。




 夢中でリハビリと通院に明け暮れて、月日はあっという間に二年経っていた。玲那は会社を辞めて、暫くは実家で養生する生活をつづけている。


 実家の部屋には、玲那の部屋にあったたくさんのグッズが

 入っている、段ボールが積まれている。

 それ以外には使わない物はクローゼットに閉まっているので、何もなかった。暇を持て余してしまうのも、、、と思い、とりあえずは毎日リハビリも兼ねて掃除をした。



 今日も掃除を終えたので、疲れたなと思い、部屋のテレビをつける。

 実家の古臭いエンジ色の冷蔵庫から、飲み物を取ろうと思った。


「あーコーヒーしかないのか」


 玲那はため息を吐く。

 ふと、変だなと思う。


「…………なんで、私、コーヒー大好きなのに、コーヒーしかないって思うの?!」


 気持ち悪い。あれは夢、あれは私が意識不明の時に見た幻…………だから、違う。

 私はオタクで、何も変わっていない。

 今でもコーヒーが好きだし、お菓子作りだってしない。



「………………お菓子」


 玲那は呟く。それから急いで、台所にある棚から小麦粉を探して冷蔵庫に無塩バターがないか調べた。バターがない。

 玲那は咄嗟に走り出して、スマホ片手に外出した。


 コンビニで無塩バターを購入する。

 スマホしか持っていなかったので、PayPayで支払う。

 スマホを持ってきておいて、本当に良かったと大きく深呼吸をした。

 帰宅して、玲那は試しにバターを柔らかくして、砂糖と混ぜて、卵黄を入れて混ぜる。少しのふくらし粉と小麦粉を加えて、ひとまとめにしたらラップに包んで冷蔵庫に冷やした。



「……何で私、クッキーなんて作った事ないのに作れるんだろう」


 夢では何度も何度も繰り返し、クッキーはよく焼いた。焼き菓子の殆どは感覚で作り方は覚えている。


 部屋に戻った玲那は、クローゼットを開けて探索する。


「あった!!」


 使っていないノートを取り出して、ボールペンを走らせ、マロウさんに教わったレシピを思いつく限り、書き出していった。


 書き出しを一旦、終えて、冷蔵庫から冷やしておいた生地を出す。

 小麦粉をまな板にふりかけて、綿棒でのばす。

 コップの口を使って、丸く型抜きする。

 オーブンを百八十度余熱し、十五分くらい焼いて出来上がった。


 恐る恐る…………玲那は、ひとつを口に入れる。


 食べた後に、涙が流れた。


 玲那の作ったクッキーは、夢の中でマロウさんが教えてくれたクッキーと同じ味がしたのだ。


 一気に抑えていた感情が爆発して、テーブルから手を離し、床に崩れ落ちる。号泣しながら、呟いた。



「夢じゃない、夢じゃない…………夢じゃないっ」



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