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「ねぇ、カイル、私思うの」
「ん?」
彼は少し振り向いて、私を見たけれどハーブティーに合わせる私が作ったメレンゲクッキーを缶から出そうと必死だった。蓋が硬いみたい。あれ、そんなに勢いよく閉めたかなー?
「リースと私が欲しかったもの、望むものって、きっと誰かに愛されたかったんじゃないかな」
「誰かに?」
カイルは缶の蓋を開ける。
「うーん…………愛されたかっただろうし、自分も愛したかったんじゃないかな。ベタだけど、相思相愛ってやつね。ーーーー私、オタクだったから、縁がなかった」
カイルは手元を止めて、私の方に振り向く。
いつになく、真剣な顔をして聞いてくれていた。
「タイミングもあるんじゃないかな? 君がこれまではタイミングが悪かっただけかもしれないだろ?」
「うん、私もそう思う、今では。でも昔は思えなかった。平気なフリしても、周りが羨ましくて逃げてたんだよね」
「うん」
「でも…………今はこの縁を信じたい。…………今度は……どんな世界に住んで生きていたとしても、貴方に逢いたいな」
カイルは少し口を開けたまま、黙っていた。
何か堪え切れなくなって、また私に背を向けてしまった。肩を震わせながら、小皿にメレンゲクッキーを少しずつ、乗せる。手で顔をゴシゴシと擦っていた。
「リース……」
「カイル、ありがとう。私を好きになってくれて。…………恋させてくれて、ありがとう」
多分、どのくらい時間があるのかわからないから、本音を伝えた。
カイルはもう一度、振り向こうとした。だけど、やっぱり出来なくて、背中を見せたまま呟く。
「リース。俺は……本当は…………
その時ーーふと、頭上から私を呼ぶ声がした。
『レナ』
私は上を見上げた。リースがフチに白いフリルがついたあの日と同じワンピースを着て、浮かんでいる。
私は、あぁ……もう来てしまったんだ、と思った。
ー一緒に、写真も撮れなくてごめんねーー
『もう一人の私、レナ』
「リース」
私はリースを呼んだけど、カイルには聞こえていないみたいだった。この瞬間だけ、時が止まったような、流れの違う感覚を体感しながら、状況を掴む。
ーーーーそうか、もうお迎えか。
『レナ、ありがとう』
「ありがとうはこっちの台詞よ。長く身体を借りちゃったわ」
『でもーー……貴女が、私の代わりにしてくれた事は、私にとって感謝しかない』
ふわりと床に足をつけて、私の元へとリースは近づいた。
『貴女のおかげで、生き直せた。私がしたかった事を貴女がやり遂げたのよ』
「ごめんね」
私は彼女の幸せを奪ってしまったのではと思う。頭を下げると、リースは首を左右に振った。
『違うのよ。……何も変えられなかった私ですけれど、可能性を信じる事が出来たわ。…………これからは本当の私として生きて、本当の私で幸せになりますわ』
「うん、私も……私も応援してる!! だって、私リース推しだから!!!! 大好きだから!!」
にこりと、美しい顔で私に彼女は微笑んだ。
あまりにも美しいので女の私でも、ドキッとしてしまう。
彼女は、小指を差し出した。
『貴女も…………次に生まれ変わっても、本当の自分で幸せになる事を諦めないで下さいね。……私が幸せになって勝つか、レナが幸せになって勝つか、勝負ですわ。幸せにならなかったら、許さないから』
「こわっ! …………本当に貴女との約束は怖くてやぶれないわ。呪われそうで」
指切りをすると、リースは笑ってまた浮かび上がる。
『だって、私は悪役令嬢、リース・ベイビーブレス・ティルトですわよ?! 人を怖がらせる事など朝飯前ですわっ』
「そうだね」
『レナ、幸せに』
「うん。リースも。絶対幸せにね」
笑顔でリースを見つめると、同じように笑顔で返してくれた。
背中のカイルに、届かなくても声をかける。
「カイル……大好きだよ。ありがとう」
時がゆっくりとしたまま、リースの身体が光り出して、やがて私自身が身体から引き剥がされる。とてつもなく沢山集まった光の豆粒が、私自身から放たれて、優しく私は浮かんでいく。
「ごめんね……ごめん…………」
光り輝く涙を流しながら、私はどんどん導かれるように、浮かんで離れていった。カイルの背中に手を伸ばす。光の豆粒は煌々と輝きながら、私の身体を消していく。
悲しみながらも、この世界で私は幸せだったと感じながらーーーー意識がーー……徐々に……切れていった。
「リース、俺は……俺は…………!」
言葉を言い終えたカイルは、キッチン台に手をしがみついていた。
「俺は…………何ですの……?」
本物のリースが、いつもの言い回しで話しかける。カイルはハッとして、急いで振り向くと、公式のキャラクター、リース・ベイビーブレス・ティルトの表情で、本人が座っている。
カイルはその顔で全てを把握して、目を瞑った。目は潤んだけれど、涙は流さなかった。いや、流さないようにした。
暫くしてから、リースへと近づいて跪く。
「やぁ、リース。久しぶりだね」
「お久しぶりですわ」
「君に…………話したい事があるよ。何から話そうか……」
くしゃくしゃの顔で、彼はもう一人のリースとの出来事を話し始めた。