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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
4章
136/161

47

 次の日、新しく移ったカイルの城で、便箋を麻紐で閉じた手作りノートを出した。


 私が目を細めてノートを見つめていると、カイルは呟いた。



「……リースへの手紙?」



「うん。ねぇ、カイル、これ本みたいに魔法でまとめられるかな? これだとすぐにぼろぼろになっちゃうから」


「いいよ、まかせて」



 カイルは人差し指を上げて、便箋から麻紐を解いた。たくさん浮かんだバラバラの便箋は、もう一度カイルが指を振ると、水色の光に包まれてーーと思うと、桃色の表紙をした一冊の本になった。


 ふわりと浮かんでいたけれど、ゆっくりふらふらと落ちてくる。私は手で受け取った。カイルの魔法のおかげで、レシピの内容はあいうえお順になっているし、インデックスも付いている。すごい。



「ありがとう、すごく嬉しい」


 私は表紙を眺める。桃色の表紙に上の方に横楕円が書いてあった。私は万年筆を取り出して、そこに〝もう一人の私へ リース・ベイビーブレス・レナ・ティルトより〟と書いた。



 レナーーこれは、新しく国王陛下から頂いた領地。新しい土地で、名前は決まっていなかったので、自分の本当の名前を入れた。思わぬ足跡を残してしまったけれど、私がリースとして生活して来たという事実が、もう一人のリースに覚えていてもらえるよう、名付けた。


 領地主をカイルに探してもらった。領地収入の三割を恵まれない子供達や教会に寄付する事を飲んでくれる人で、納得して契約した。


 カイルが後ろから近づいて来て、私の肩に顎を当てながら本を見た。


「いい感じかな?」


「うん、すごくいい感じ。秘密の引き継ぎ書って感じね」



 いつか、貴女が目を覚ました時に、これからも困る事がないように残しておくね。貴女は私よりも数倍努力家だから、このレシピ本や生活のコツみたいなモノはすぐにマスターしてしまうかもね。その時には……どうか、自分で新しいときめきを追加していって欲しい。




「外に出て、少し散歩しない? 君も覚えてはいるだろうけれど、この周りに何があるのか知っておいた方がいいでしょ?」


 カイルは後ろから、そっと私を抱きしめる。私は幸せながらも、恥ずかしくなりながら頷いた。



「わかった。行こう」


 部屋に総レースの白いマキシ丈のアイラインドレスを飾ったまま、私達は外に出た。



 カイルのブルームと言う領地は複数の集落がまとまっていて、丸ごと領地となっている。集落内にカイルが契約して、領主に頼んで作らせた広大な畑に、全面に薔薇を植えた。領地内に住む住民は主に畑で働く代わりに、衣食住を何割かの稼ぎで養ってもらう。税金や住民の養育費を抜いた何割かは、カイルと領主の契約で、貧しい住民や子供達に寄付する事になっている。


 街並みを眺めて歩きながら、海辺に辿り着いた。


「カイルにしては、さすがよね。やっぱり、ブーケ国にいるスリをしていた子供達のような、恵まれない子を減らしたいの?」



 私とカイルは靴を脱いで、白い砂浜を二人で歩いて行く。

 ざくりざくりと、柔らかに足が沈み込む。

 白い砂は足の指の間に、揚げパンの砂糖みたいにくっついていた。

 彼は風に吹かれた前髪を手で掻き分けた。



「それもあるかな。でも、一番は、国が丸くなるようにしたいからかな」


「丸く?」


「国に住む一人一人が貧しくなければ、大抵の事は許せるでしょ? だから大らかになって、丸くなる。優しい国になれば良いなって。未来の義兄さんにも、貢献できるかもしれないしね」




 フィオレとダナ様はあれから、変わらず幸せに過ごしているみたいだ。時々、フィオレと文通をする。


 ーーーー手紙には、あの時のウェディングケーキはお日さまのような生きる力が沢山込められていて、口にするだけで暖かくて幸せな気持ちになりました。と書いてあった。これから、ダナ様と一緒に頑張るって。


 ヨクサクは変わらず、ダナ様の従者。何にも考えていなさそうにのーんびりしながら、ダナ様をしっかりと支えている。




 ティルト家は変わらず、商売根性爆発させている。

 カデーレの力を利用して国をいずれは支配してみせるーーーーとアントニ侯爵は意気揚々としているみたいだけど…………カデーレを使ったところで、国中が美味しい食べ物や植物に溢れるだけで、意味ないと思う。


 でも、お父様らしいな。

 お母様のジューリア侯爵婦人も変わらず、社交界の付き合いのある繋がりに宝石を売ったりマークスの非公式魔法グッズを売り捌いたりしている。ティルト夫婦はそっくり夫婦だ。性根逞しい。あの二人は長生きするだろうな。



 マークスお兄様は今までと同じ仕事をしながら、合間にノエミの面倒と魔法グッズの開発に勤しんでいる。お兄様、美しいのだから、そろそろ結婚しましょう? 

 ロベルお兄様も相変わらずな感じ。フィオレが結婚した事で、フィオレと同じドレスが飛ぶように売れているらしい。

 急がしつつも、ガールフレンドは置いてけぼりにはしないらしく、感動してしまう。


 ロゼッタはティルト家を出て、私と本物のリースに仕える為にやって来た。城の仕事を瞬時に理解してしまい、周りから一目置かれている。

 本当、皆が丸くなっている。







 カイルは私の方を向く。

 私は微笑んだ。



「やっぱりカイルらしい」



「そうかな〜? 本当の俺は何か企んでるかもよ〜?!」


「そんな訳ないでしょ。貴方はいつでも、慈悲深いわ。どんな見た目をしていたとしても、カイルはそういう人だから」



「ーーーー…………」


 カイルは急に黙り込む。

 何かを思い堪えているようにも見えた。



「ーーカイル?」


「…………やっぱり君はすごい」


 目を潤ませて、彼は私に近づいた。

 私は自然と目を瞑ると、彼がそっとキスをした。


 波を打つ音がーーーー優しく心に響いた。









 私達の結婚式は、二人だけで写真だけでも撮ろうという話になっていた。白い総レースのドレスとネイビーのタキシードが部屋の壁に掛けられている。婚約指輪はない。いつどうなるかわからないので、形に残る物はなるべくやらないでおこうと二人で話し合った。


 だけど、写真くらいなら、良いよねって。




 私もカイルも気持ち的にタイムリミットがいつ何時あるか定かではなかったので、正直、焦っていた。今すぐにでも、写真を撮って結婚しよう、いや実際にはすぐに籍は入れないから写真を撮ろうと話していた。



「いよいよ後三日後だね」



 カイルはティーポットを握りしめて、部屋の中にあるキッチンへと立った。城の中にも台所はあるのだが、紅茶やハーブティーを楽しむ私の為にと、カイルがリフォームを頼んでくれた。


 私はカリモクのすべすべした低めの椅子に座って、その様子を見ている。薄ピンクと水色のチェック生地の膝掛けをかけて、私は彼の後ろ姿を眺めていた。



「あと三日かぁ……長く感じるような、短く感じるような……」


「そうだね」


 カイルは微笑んだ。

 そして、隣りの棚に飾られたガラス瓶をガチャガチャといじると混乱する。



「俺、ハーブティーはまだ慣れないんだけど、どのくらい葉っぱを入れればいい?」


「えーカイルにも知らない事があるのね!」



 私がびっくりしていると、少しツンとした返事が返って来た。


「こういうのは、いつもノエル任せだったから知らなくてもいいと思っていたんだよ」


 ノエルは変わらずカイルの従者だけど、ガロ兄弟に勉強やマナーを教える為にブーケ国の別荘に留まっている。スーパー従者ノエルがいないと、こうなのかーと思った。



「ふーん。じゃあ、愛情分入れて下さい」



「入り切らないよ!! いや、葉っぱ一欠片よりも小さいかな?!」


 カイルが冗談を言い出したので、私は吹き出しそうになるのを堪えて、カイルを見つめた。


「違います。スプーン一杯か一杯半くらいを入れてね」


「はい、了解です」



 カイルはマロウの花を慎重にティースプーンで一杯入れた。沸かしたお湯をティーポットへと注ぐ。ぶわぁと勢いをつけたマロウの花が、ティーポットの中をぐるんとそれぞれに回って青さを出してくる。


「おー綺麗」


 カイルは感動していた。すぐにティーカップを二セット用意して、注ぐ。綺麗な薄い青が白いティーカップによく映えた。私はカイルの背中を見つめながら、話しかける。


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