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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
4章
135/161

46

「どれとどれを詰めればいい?」


 ノエミは木箱の中に、私の小物類を入れるのに膝を付いている。私はいつもの桜色エプロンドレス姿に、三角巾を付けてキッチンの整理をしながら、反応する。


「アクセサリーは別に持って行くから、とりあえずコップやお皿類を布で包んで入れてもらってもいい?」


「了解ー」



 外からレオが建て付けの悪い、我が家の窓を開けて、声をかける。


「なぁーリース! 本当にこの畑の植物、剪定しちゃっていいのか?」


 レオはいくつか摘んだローズマリーをほぃっと私達に見せる。


「いいわ、冬だからあまりないけどね。パンジーやヴィオラは苗にそっと入れてくれる? ご近所に分けるから」


「へー了解ー」


 レオは気が抜けた返事をして、勢いよく木枠窓をガラガラっと閉める。ノエミが口に力を入れて結ぶと、叫んだ。



「お兄ちゃん!!!! 貴族なんだから、言葉遣いはどうなの?! へーじゃないわよ、へー! じゃ!!!!」


 レオはまた建て付けの悪い窓をガラリと開けて、文句を言う。



「だー!!!! 二十年間、砕けた言葉遣いで生きて来たんだからよ、そうすぐ直る訳ねぇだろが!!!!」


「あー!! またフランクな言葉遣い!! ノエルさんに怒られるわよ?!」


「ノエルは俺には絶対逆らえねえから問題ねえ!!」



 ガラガラバタン!! と、レオは窓を雑に閉めた。

 あ、あのー……ここは私の家ですー…………優しく取り扱って下さい。


 私は苦笑いしながらも、感傷深くなる。この家を出て行く事になったから。


 レオは私を無事に国へと連れて来て、無実を証明した功績が認められ、子爵を得た。男爵くらいなのかと思っていたけど、いきなり子爵なんだ! と驚いている。スペラザ王国の高貴な貴族達の城をメンテナンスする仕事はこれからも続いていくようで、カイルからテレポート出来る護符をもらっていた。今まで以上に忙しくなるみたいで、耐えられなくなったら、弟子も雇う形になるらしい。でも、手を抜かずにひとつひとつを誠実に着実にこなして行くのがレオだから、どうなるのかな。



 ノエミは爵位はまだもらっていないけれど、未来には引き継ぐのが決まっている。まずはブーケ国の私立学校に通ってから全てはスタートする。しかし、ノエミはこれまで学校にはほんの少しだけしか通っていないので、学校に入るまでの学力サポートをノエルとマークスお兄様が担当する。まぁ、ノエルから学力ならぬ、貴族の全てを教えてもらうようになっていて、それはレオも一緒に受ける。ノエミは案外モテ女と言うか、人を翻弄する能力? があるみたいで、マークスお兄様はノエミの面倒を率先してみたいらしい。まぁ頭の良い兄だから、いいでしょう。ロベルお兄様が言うように、彼と同じ側の人間だと言うのなら、ノエミの将来は少し心配だ。今のところは優しいノエルに羨望している、いい子だけど。



「はー! 荷物は少ないと思っていたけれど、案外最近物が増えたから片付けは大変ねー」


「お洋服は買えるなら沢山あっても着れば問題ないもの、大丈夫よ!! でも……本当、リースとお別れになるとは思わなかったなぁー」



「ごめんね、ずっとここに住んでいたかったんだけど、国王陛下がスペラザのカイルが持っている領地内にある城に住めって言ってて……」


 私は申し訳なくなると、ノエミは綺麗に小物を木箱に入れて押し出した。


「良いのよ、リースが幸せになるって決めたんだもの!! 二人が……私は特にリースが幸せなのが一番だわ」



 屈託ない純粋な笑顔でノエミは笑う。この笑顔と夢見がちな話に何度も助けられたなぁ。


「ありがとう。ノエミ、学校の勉強、学校に入るまでの勉強も頑張ってね」



「うん!! 本当にありがとう!! 私……本当楽しみ!!!! リースが一番最初の友達だけど、これからは同じ年齢の友達もできるかもしれないもんね!!」



 ノエミは学校の話題になると、終始嬉しそうにしていた。国王陛下に引き合いに頼んで、本当に良かったと思う。


「ノエミはいいよなぁ、まだ誕生日も来てないし十三だろ? 俺なんか急に爵位持って勉強なんぞした事ねぇのに二十歳から大丈夫かな……」


 首を左右に曲げながら、レオが家の中に入って来た。どかっと、靴を脱いで座る。



「大丈夫よ、レオ、まだ二十歳でしょう?! 若い若い! 私なんて中身は三十三歳なのよ?」


 本当は三十二歳で亡くなったけど、一年リースとして生きているから、私は三十三歳と答えた。



「え゛?! お前って実年齢三十代なの?! ババアじゃん!!!!」


「な゛っ」


 大きな衝撃が、頭を突き抜けたような感覚になった。

 ショックで瞬時にへろへろになってしまう。



「お兄ちゃん!!!! 今の完全アウト!! アウトよー!!!!」


 ノエミは両手で大きくバツを作る。

 私はレオの衝撃的な一言に傷心になりつつも、レオは焦って、近くに来てすぐに謝ってくれた。


「すまん、驚いてとんでもねぇ事言っちまった……」



「いえ、いいのよ……私ババアだから」


 レオは慌てて訂正する。

 手をバタバタさせた。


「いや!! 今のは言葉の綾で、違う!! お前は年上かもしれねえけど、その……尊敬できるって言うか…………えーっと」


「いいわよ、今更」



「……本当だよ。お前、自分だけでいいのに、俺達まで色々と恩恵を与えてくれた」


 レオは少し起き上がって、蹲踞の姿勢をしながら、真っ直ぐに私を見つめてきた。レオは変わらず、真っ直ぐだなぁ……


「二人にはお世話になったし、幸せになって欲しいんだ」



「サンキュー。だけどよ、お前もだからな」


「そうよ、リース」


 レオは私をずっと見ている。


「お前自身も幸せになれよ。これからどうなるかはわかんねえと思うけど…………俺もノエミも同じ気持ちだ。変わんねえ」



 二人は暖かい眼差しを私に送ってきた。私も二人をゆっくりと眺める。この二人がいたから、今の私がいる。


「うん」


「なぁんつったってー俺達はリースを守る騎士だからな!! しょっぺー顔していたら、駆けつけて殴ってやるからよ!!!!」


 レオは肩を叩いた。


 外玄関から、トントントンと近づいて来る足音が聞こえて来た。

 扉を全開にしていたので、大きく聞こえる。

 レオとノエミの顔を交互に見つめた。あ、もしかして、と思っていると、やっぱりカイルがやってきた。



「どう? 進んでる?」


「こんにちは」


 後ろからノエルも付いて来た。

 私は顔を見上げる。



「まだまだなの。なかなか進まなくて……」


「うーん…………何かひとつひとつじゃあ効率が悪くない? 手伝ってあげるよ。これは? まとめるもの?」


「あ、うん、そう」


 カイルはノエミの仕分け途中の木箱を見ると、指を動かして一気に浮かばせて、布に絡んで閉まってしまった。私とレオとノエミは改めて驚いてしまう。



「……リース、俺はカイルのこういうところが気に入らねえ!!!!」


「え? 何で? 効率良くしようよ〜」


「俺達がちまちま生きてんのが馬鹿らしくなるから、簡単に目の前で魔法使うな!! 第二王子!!!!」


 レオは叫んで、大男なのに、子供みたいに激しく床を地団駄した。私は壊れたら困るから〜と焦ってしまう。カイルはお腹を抱えて笑い、ノエルは困惑しつつも穏やかに静観した。



 幸せだと思った。


 この一瞬、一瞬が、彩りに溢れて光り輝いていると思った。


 最後に…………皆に出逢えて、本当に良かった。




 カイルやノエルの魔法のおかげで、荷造りも手早く済ませられた。


「皆、ありがとう」


「リースっ!! 離れても、私達ずっと友達よ!!」


「うん、ノエミ。ずっと友達ね」


 ノエミはギューッといつものように抱きついてハグしてくる。心なしかいつもよりも圧が強かった。ノエミも私がどこまでリースの身体で生きていられるかわからないから、口に出さずとも理解していた。



「どっかであったら、挨拶くらいはしろよな」



 レオが手を差し出す。私は手を差し出して、レオの手を握った。


「レオもね」


 暫く握りながら、上下に軽く手を振っていると、カイルが私の手を取った。



「まぁまぁ、これくらいでね」


 わざとらしい笑いをしながら、私の手をすぐさま握ってしまう。これじゃあレオと握手した意味がない。レオは不機嫌になって、ぶつくさと言った。



「何だよ、カイル。少しくらいはいーだろー」


「少しも今は我慢出来ないから許してよ、レオ」


 しなやかに微笑むカイルに、レオは頭に両手を当て、脱力しながら背中を向けた。そのまま歩いて行ってしまう。



「あー気に入らねー。俺も結婚すっかなぁ」



「その話し方から直さないと、ちゃんとしたご令嬢は捕まえられないわよー?!」


「何だと?! ノエミ!! お前は!!!!」


 レオはお団子を掴もうとすると、華麗に避けられた。ノエミはノエルの腕をぎゅっと掴む。



「ちゃんと貴族の基礎をノエルさんに教わらないと無理ね!!!!」



 ノエミはふざけて、イー! と歯をわざと見せて笑う。レオはノエミがノエルの腕をぎゅっと掴むのに過剰に反応して、ノエルを睨みつける。



「レオ様!! これはっ!!」


「ノエル、お前従者のクセに脇が甘すぎるんだよ!! ノエミに触られてんじゃねえ!!!!」



「すいません!! レオ様!!」


「お兄ちゃんは過保護なの!! これくらい、貴族になるなら慣れなくちゃ!!!!」



 三人はバタバタと走りながら、痴話喧嘩をする。私とカイルは穏やかに見守っていた。




「荷物、もうない?」


 カイルは優しく私を見つめた。私は頷く。


「じゃあ、馬車に乗って。すぐ行かないとね」



「うん。わかった。でも、マロウさんの家にひとつだけ置いてくる物があるの。だから、先に待っていてくれる?」


 私が指差すと、カイルは納得したように、微笑んだ。



「行っておいで」


 そっと、私の背中を押して促した。

 私は小さな鉢植えを持って、マロウさんの家に歩いて行く。


 玄関先に立って、呟く。



「マロウさん。最後まで、本当にありがとう。…………私、カイルと生きていくね。……私に、お菓子の作り方や色んな事を教えてくれて、ありがとう。…………マロウさんに出逢えて、人生のときめき方を教わったよ」



 鉢植えを玄関先の床に置いた。マロウブルーの花が咲いた鉢植えは、青が中心の家によく馴染んだ。



「今まで…………お世話になりました」



 ゆっくりと深々とお辞儀をする。

 気持ちが落ち着くと、頭を上げて笑顔で小階段を降りて行く。何も植えられていない畑の前を通って、私は馬車へと戻った。

 レオ、ノエミに手を振る。



「二人とも、またね!!」


 いつ会えるかわからないけれど、私達は手を振って別れた。二人とも、笑顔だった。


 正面を向いて、真正面のカイルの顔とノエルを見る。何も言わなかったけど、何か伝わっていて繋がっているような気がした。



 ノエルが呪文を唱えて、護符が光りテレポートが始まる。コバルトブルーの光が少しずつ湧いてきた。私は住んでいた家を見た。


「今までありがとう」



 そうして、コバルトブルーの光が景色全体を包み込んで時空を越えていった。

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