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「すみません、こんな話して」
私はジーニアさんの方を向いた。
「貴女は……本当はカイル第二王子様が好き?」
手元を止めて、ジーニアさんは椅子に腰掛ける。私はジーニアさんの目を見つめて、言った。
「好きです。心から」
「カイル第二王子様も同じでしょう? 結婚して欲しいって言うことは」
「どうですかね……彼を信じてはいるけど、何処か掴めない部分もある。…………それは構わないんですけど、いずれいなくなる身体を持たない私が、彼との人生を選んでいいんでしょうか? もう一人の自分に迷惑をかけてまで、幸せになっていいのか……」
いずれはマロウさんがいる場所と同じところへ逝く。だけど、残された人間はもっと先が長い。私はカイルにそんな想いをさせる事になる。
ジーニアさんは、私に言った。
「でも、彼は承知で申し込んで来たんじゃない?」
「わかりません」
「私もカイル第二王子様の気持ちはわからないわ。だけど、軽々しく何かをするような人柄には思えないわ。貴女が心配する気持ちもわかる。……私には知り得ない、大きな話なのよね。………………でも、このままでいいの? もう一人の貴女と約束したんでしょう? 最後まで生き抜くって。幸せになるって。…………リース嬢が消えてしまっても、最後まで生き抜きなさいよ。どんなに無様で恥ずかしくてダメでも、幸せになる為に選んで行きなさいよ。どんな世界であっても、出逢えたんでしょう、好きになれたんでしょう? ……自分には一生ないと思っていた事が、この世界で叶ったんでしょう?!」
ジーニアさんは言った。途中から、ジーニアさんの言葉が、マロウさんの言葉に聞こえてきた。ジーニアさんがマロウさんに見えてきて、マロウさんの声で、マロウさんが私に言いかけているような気がしてきた。
私は涙が出てきて、言葉に詰まった。
「好きな人がいる、それで良いじゃない」
私は涙が止まらなくなった。ジーニアさんは言い過ぎたと思って慌てる。
「ごめんなさい!! 私、物事をはっきり言ってしまうところがあるのよ。傷付けたわよね? ごめんなさい……」
「違うんです、違うの……。ジーニアさんにはマロウさんの記憶も思い出はないって言っていたけど、今の私にくれた言葉が、まるでマロウさんに言われた気がしました。…………ジーニアさんの中に、マロウさんはちゃんといます」
ジーニアさんはハッとして、彼女も涙を流した。
暫くしてから、また付け足すように言った。
「リース嬢、終わりじゃないわ。貴女が消えたって、こんな風に人は生きるのよ」
私達はお互いに涙が止まらなくなった。
私はジーニアさんの手を握る。
「…………ジーニアさん、ありがとう。……私、ちょっと行って来ます」
「行ってらっしゃい」
私はマロウさんの自宅を急いで出て行く。走って、カイルの別荘へと向かった。分厚い扉を強く叩いた。カイルに早く会いたかった。
ギィ一っと音を立てて、ノエルが顔を出した。
「リース嬢? どうしました?」
「カイルは?! カイルに会いたいの」
私は頬の涙を拭きもせずに、ノエルに確認する。
ノエルは穏やかに対応しつつも、只事ではないと思い、話す。
「カイル様は、気分転換に散歩してくると言っていました。リース嬢の自宅の方向を歩いていると思いま……
「わかったわ!! 探してみるわね!!」
私はノエルの言葉を聞き終わらないうちに、走り出した。放置されたノエルは言った。
「…………決めたら一目散ですねぇ……」
自分の家を通り越して、その先へと走って行く。私の考えが間違っていなければ、カイルはきっとあの場所にいる。一度しか行かなかったけど、彼もすごくあの場所を気に入っていた。
私は彼とピクニックした場所よりも更に走って降りて行く。
マロウさんが教えてくれた、この世界にあった、たった一本の桜の木がある場所へと向かう。
足が疲れて、どうしようもないわ。
リースは若いけど、多分普段からこんなに走らない。
息が切れて、胸が痛くなった。喉がぜろぜろしてきて、それでも走って向かった。カイルは桜の木の下で、くつろいでいた。
「カイルーーーーっ!!!!!!」
私は今までで一番大きな声で叫んだ。
カイルは急にびっくりすると、私を見て変な顔をした。息を切らしているので、彼の元へと辿り着いても呼吸を整える為に膝に手をついて下を向いた。ようやく息が整って、カイルを見つめる。
「リース……」
「私……会いたい」
「ん?」
カイルは不思議な顔をする。最初は……ただ会社の気になる人に似ている、スペラザの第二王子だった。
闇属性の黒髪を持ち、国王陛下の血と平民の血を受け継いだ生い立ちの王子様。
魔法が得意で、設定ではフィオレが好きな、王子様。
いつも余裕ぶっていて、落ち着いている。
『リース、大丈夫か?』
貴女がこの世界で初めて私を助けてくれた。
『これからどうするつもりだよ?』
キスしたのは何故? ってあの時、思った。
『それで本当に……本当の意味で幸せって言えるのか? フィオレと兄さんが後々婚約して、真実を隠したまま幸せになっていったとして、その姿を見ることなく、君はこの辺鄙な場所で、してもいない罪を抱えながら生きて、本当にそれでいいのか?!』
ブーケ国まで、私を追いかけて来て説得してくれたよね。
あの時は拒否しちゃってた、怖かったから。
傷つくのが怖かった。
『もしも…………どちらにしても……私が、この世界からいなくなったら…………好きになったら…………踏み込んでしまったら…………もう……戻れなくなる…………それが普通のことであったとしても…………もしも、同じ想いを私に抱いてくれていたら………………私は…………この世界からいなくなることが……怖いよ…………』
私がいなくなったら…………思うと、怖かった。
『二週間、待っていて。二週間経ったら、戻ってくるから。必要な書類を取ってくるだけだから…………だから、すまない。待っていてくれ』
いつも、私が待っていたけれど、必ず、遅くても来てくれた。
『恋が…………できたらいいわよね……』
もう一度、なんてもうないけれど、恋したい。
何度でも、どこの世界にいても、カイルに恋したい。
『死ぬな…………!! 君は生きてる……絶対、生きてる!!!! 異世界のリースはまだ生きてる……!! 俺は絶対そう思っているし、信じてる!!!! だから、ここで諦めるな、踏ん張るんだ!!!! ………………もう一度、君自身の人生をやり直すんだ!!!!!!』
意識が遠くなる時に、かすかに聞こえた、貴方の声。
生きるから。今を一生懸命、生きるから。
惰性の日々はもうやめるから。
だから、私ーーーーーーーー
「カイル」
「どうした?」
「…………会いたい。……カイルを好きな私に、どんな世界でも会いたい」
カイルは立ち上がって、私を真っ直ぐに見た。
「何処にいても、カイルを好きでいたい。大好きでいたい。…………私がどうなっても……命尽きるまで、幸せになろうと思う。だって、もう一人の私と……約束したから」
カイルは驚いて、何も言わなかった。
桜の木は何も身につけていない丸裸の姿で、たださわさわと風を吹かせている。
「結婚してもいい? ……私、貴方と」