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「収穫祭と重なってしまうから、少し時期はずらしたみたいだけど。紅葉も綺麗な時期で、実りの秋って感じで、いいよね」
カイルは笑う。彼に返事をしていない罪悪感が、私に少し湧き出る。カイルは優しいけど……何も我慢している訳ではないんだろうな。多分。
「……良いわね。何か送りたいな……」
「でも、フィオレさんのタイプ的に大きな物だと、遠慮しそうじゃない? 受け取ってもらえるかしら?」
ノエミは言った。
確かに。
堅実なフィオレの事だ、申し訳ないと受け取りつつも、後で大きなお返しが来てしまう気がする。うーん……お返しは大切だろうけど、ドーンと返されるのもなぁ。
私は悩んでいると、あるアイデアが浮かぶ。
「思いついたわ!!!!」
皆が私の勢いのいい声にびっくりした。
カイルの顔とジーニアさんの顔を見て、私はジーニアさんの手に触れる。
「私に出来る、最高の贈り物を思いついたの!!!! 連名で、ジーニアさんにも手伝って欲しい!!!!」
「え、えぇ、協力できる事なら、するけど……」
ジーニアさんはリースは大丈夫なのか? という目をしている。私は華麗にスルーして、カイルに言った。
「カイル!!!! 別件で、お仕事よ!! お願い、二人に聞いて欲しいの!!!!!! 二人の結婚式のケーキをジーニアさんと私で作りたいって!!!!」
「えーーーーっ?!」
その場にいた全員が、大きな声をあげた。
カイルはため息をついて、言う。
「言ってはみるけど……国王陛下にも話がいく可能性があって、そうしたら君が窮地に陥るかもしれないよ?」
私は立ち上がっていたけれど、力が抜ける。
そうだ、ケーキを作りたい→国王陛下にも私がケーキを作るといずれ耳に入る→国王陛下にカイルとの結婚はどうするのか、ゴリ押し気味に聞かれる→困る!!!!
…………私はカイルの言うことが理解できてしまい、彼の目を見られなくなった。
「あっ! ハーブティー切らしたわよね?! 淹れ直してくるわねー!!」
「えっ? リース嬢?! あぁ、すみません!!」
私は無理矢理にティーポットを持っていたノエルから奪い取って、マロウさんの家へと戻って行った。逃げるなんてずるいかもしれないけど、明確に答えたくなかった。
レオが私の後ろ姿を見て、カイルに睨み気味で話す。
「国王陛下に話がいくって、何だよ?」
「聞かれちゃうかもしれないからさ」
カイルはハーブティーを飲む。涼しい顔をするカイルをレオは逃さずに、厳しく追求した。
「何をだよ?!」
カイルは仕方ないな、レオは……というように話した。
爽やかな秋の風がカイルの黒髪を靡かせた。
「僕との結婚の返事はどうするかって」
カイルが爽やかに呟くと、ノエミが興奮して叫ぶ。
「えーーーーーっ!!!!!! 聞いていないわ!! 聞いていないわ!!!! でも、とっても嬉しいわ!!!!」
「お前は少し落ち着け!!!!」
レオは立ち上がって叫んだ。ノエミは手を組み合わせて、カイルを尊敬の眼差しと、よくやった!! という表情で見る。カイルはノエミの様子を見て、余裕さえ感じさせた。ノエルは静かに穏やかに、近くで静観している。
「だって〜 だって〜 だって〜 嬉しいじゃない?! カイル王子様とリースは両想いなのよ?! 美男美女だし、リースも貴族に戻ったもの、これ以上の幸せってないでしょー?!!」
ノエミは止まらない。
ジーニアさんはどう反応していいのかわからなかった。
「リース嬢とカイル第二王子は親密な間柄だったんですね、気付きませんでした」
「ははは、えぇ、まだ返事を待っている段階ですし、向こうも悩んでいるんじゃないですかね」
「二つ返事しか答えはないように思いますが……ねぇ、ノエミ嬢?」
「本当ですよねー!! ジーニアさんっ!!!!」
ジーニアさんはノエミに話を振ったのを後悔した。
レオはノエルの顔を見る。
「お前は知ってるのか?」
「……何がでしょうか?」
ノエルは少し目を見開いて、レオの方を向く。純粋に濁りなく返事が返ってきたので、レオはとても驚いた。
「お前、ノエルにも言ってねえのか?!」
「何がでしょうか?」
ノエルは不思議になっていると、カイルは微笑んだ。
「こっちの話だよ。後で君には伝えるから」
レオは疑心暗鬼な顔でカイルの横顔を眺める。ノエルは状況が把握出来なかったが、後で話してくれるのかと納得して、特に何も思わなかった。
「お前……お前の事やアイツの事、わかった上で言ったのか?」
「彼女に結婚申し込めって言ったのは、レオじゃないか」
カイルは静かに呟いた。
まぁ言ったけど……とレオは思った。
動揺して、眉を縮めて答えた。
「アイツを信じてる……って話してやれ、とは言ったよ。だけど、お前は………………」
「それを見越してでも、申し込もうと思ったんだ……俺は」
カイルは虚空を見つめた。レオが驚いて、言葉を失っている。
私は戻って来ると、テンション高めのノエミと巻き込まれているジーニアさんに絡まれた。
「おかえり!! リース!!!!」
「……ただいま。ごめん、淹れ直して戻るの遅くなったー……ん?」
いつも以上にキラキラとしたノエミは、私に変な眼差しで見る。私はよくわからないので、適当に笑っていると、ノエミは余計にテンションが上がる。ジーニアさんの手を取って、振りまくった。
レオはただ黙って座っていた。
マロウさんを偲ぶ会も終えた。
十一月上旬に控えているダナ様とフィオレの結婚式に贈るウェディングケーキは、結局当初の予定通りシェフが作ることになった。カイルはちゃんと伝えてくれた。
けれど、権威あるティルト家のリース・ベイビーブレス・ティルト侯爵令嬢とは言え、一国の王太子と王太子妃の結婚に素朴な手作りウェディングケーキとなると、国の威厳をアピール出来ないとの理由で却下されてしまった。でも、ナイトパーティーのケーキなら仲の良い友人達が殆ど集まるので構わない、と言われた。
私とジーニアさんはダナ様とフィオレの話を聞きながらーー主にフィオレの話を中心に聞きながら、ケーキを作成する事になった。
以外にも、絵を描くのがとても上手なジーニアさん。彼女にケーキのデザイン画を描いてもらって、材料を何にするか、飾りはどのような物にするか、話し合った。
私も珍しく、カイルにも付き合ってもらって……お菓子作りの本を読んで、勉強もした。
勉強した結果、シュガークラフトで花びらがたくさん舞うケーキを作る事にした。シュガークラフトとは、いわゆる砂糖を練って固めたお菓子で、現代でも色々種類がある。きせきみの世界にも少ないながらも出回っている。マークスお兄様に非公式の魔法グッズで、植物からすぐに色を抽出ができるアイテムを作って送ってもらった。
ミントを鍋いっぱいに入れて、送ってもらったアイテムの水を入れる。そのまま鍋に火をかけると、ミントが一気に小さくなり、溶け出す。濃縮された濃い緑色の液体になったので、小瓶に移し替えた。
「思ったよりも簡単にできたわね」
「リース嬢のお兄様はすごいわね、こんなに簡単に食紅を作れるグッズを作っちゃうなんて」
ジーニアさんとは週末に集まって、ケーキ作りの練習をしている。
「本当ですよね、何時間も煮込んで作らないといけない物が一瞬で出来るんですもん。さすがスペラザの鷹」
濃い緑色の液体ともうひとつ、金箔も送ってもらった。
「『ーーーーリース、元気にしているかい? 王太子とフィオレ嬢のナイトパーティーのケーキを作ると聞いた。頼まれていた魔法グッズはとても良い出来だ。自由に使ってくれ』ですって」
私はマークスお兄様の手紙を読みながら、ジーニアさんに話す。ジーニアさんも頷いて聞いた。
「あれ? 続きがある。『追伸、ノエミ嬢も元気だろうか? スペラザに来た時には、いつでも頼ってくれと伝えて欲しい』…………ノエミ狙いか」
マークスお兄様は公式では、同じような優秀な御令嬢と結婚したような気がした。あまり覚えてはいないけど、それが……リースが追放されなくなったら、あんたはノエミ狙いかい! まぁギリ大丈夫だけど、十三歳の年齢差は有りなの?
私は気分を落ち着けて、ジーニアさんとシュガークラフト作りに取り掛かる。カデーレのリースに、技術を持っている私がいたとしても、砂糖菓子は難しい。何度か短い期間だけど、練習しようとなったのだ。
粉糖に卵白、白蜜などを混ぜながら、形になるように泡立ていく。腕が想像以上に疲れる。
それでも、出来上がるケーキを見て喜ぶダナ様とフィオレを想像して混ぜた。ボウルに太陽の光のような光が現れた。
「えっ?! 何これ?」
「リース嬢の手から光っていますわ!」
ジーニアさんは叫んだ。
ふと、私が手を見ると、私の手から光が溢れている。
もしかして、これは…………
「これが、カデーレの力? あったかい……」
私が見据えていると、光が消えそうになったので慌てて作業を続けた。大丈夫だよ、リース。……きっと貴女ならこの力を使いこなせる筈。レシピを残しておくから、大好きな人達を思いながら、私のノートを読んで作ってね。
ひとまとめにして、ふきんに包む。しばらく冷やしてから、クッキーを作る過程と同じように、綿棒で伸ばした。
「リース嬢」
ジーニアさんが私に話しかけた。
「はい?」
「リース嬢はカイル第二王子様とご結婚されるんですか?」
「ブッ! あっごめんなさい!! 私ったら……」
意外な人から驚きの質問が来たので、私は吹き出してしまう。いかんいかん、貴族令嬢です……。
「聞いたらまずかったかしら?」
ジーニアさんは慌てる。私は手を振って、話した。
「いや、大丈夫ですよ」
「そう。この前皆で集まった時に、第二王子様が話していたのが気になって」
「あー、だから、ノエミがあんなにはしゃいでいたんだー!! カイルったら、全く」
私はそう言いつつも微笑んでしまう。
「やっぱり結婚されるの?」
「ううん…………どうかな」
私は一旦、お菓子作りを中断してジーニアさんの方を向いた。
ジーニアさんは不思議な顔をする。
「断る理由が見当たらないと思うのですが?」
「…………事情があってね」
「……事情?」
ジーニアさんは首を斜めに傾ける。私は……話そうか迷ったけれど、マロウさんの娘さんだから、ここまでのお付き合いだし、私自身について話す。
ジーニアさんは、私がいずれ成仏して、その後は元々のリース・ベイビーブレス・ティルトになると聞くと、言葉を失っていた。