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私はレモンバームをティーポットに入れて、ハーブティーを淹れる。マロウさんの家にあったティーカップに皆の分を淹れた。
皆にティーカップが行き渡ると、レオがカイルにドンと空中で肘付きをする。カイルはいいよ、いいよとレオに手を振る。納得したレオがティーカップを胸の上へと掲げた。
「それじゃー献杯」
「献杯!!」
皆も合わせてティーカップを胸の上へと掲げた。天気はやや曇りだけど、楽しい偲ぶ会が開催された。
ノエミはジーニアさんに話しかける。
「ジーニアさんはマロウさんの娘さんなんですよね? 貴族だって、本当?!」
「えぇ、一応男爵だけど貴族ですね」
「マロウさんってすごい超人だなぁって思っていたけれど、やっぱり良いお家の出身だったのね! さすがだわ〜」
「ジーニアさんはお嫁に行ったの? それとも、お婿さん取り?」
ジーニアさんは、ハーブティーに口につけていたのを急いで離した。
「一応婿取りをしたんです。父も再婚しなかったので、後継者がいなかったので」
そうなんだーと思った。マロウさんの旦那さんもなんだかんだでマロウさん一筋だったのね。だったら、手紙で呼び戻すとかすれば良かったのに……とか一人で考えてしまった。
「ジーニアさんも貴族かぁ……なんか気品を感じるものねえ…………」
ノエミがいつもの夢見がちモードに入る。慣れていないジーニアさんは戸惑って、どうすればいいのか迷っていたが、私が大丈夫だと目で言うと、安心して見守る形になった。
「貴族ではなくとも、ノエミ嬢も品がありますよ」
「やだーっ!! ノエルさんったら!!!!」
ノエルのフォローにノエミはありきたりな反応をした。両手で顔を隠すと、恥ずかしそうにする。レオは機嫌が悪くなって、ノエルを怪訝そうに見た。ノエルは少し驚きながらも、手を上げて引いた。
「余計なフォローはコイツに入れなくていいかんな!」
レオはパスタを取り皿に取ろうとする。ノエルが尽かさず、軽やかに取り皿をレオから取ってパスタを装りつけた。きちんと綺麗に丸くまとまり、上には鴨肉とレモンがしっかりと乗せてある。手早く凄すぎて、レオは何も言えなかった。
「レオ、仕事は順調かい?」
カイルは隣からレオに話しかけた。
「あぁ、おかげさまでスペラザの貴族の皆さんに贔屓にしてもらっているよ」
「さすがだね。たまに王宮に戻ると、君の噂をよく聞くよ。フランクで親切かつ丁寧に仕事をするって」
「当たり前に仕事をしているだけだ」
「レオもこっちの仕事もあるだろうから、直ぐにスペラザに行ける方法を探しておくよ。君も忙しくなるだろうしね」
「お、サンキュー。しっかしなぁー今も昔もどうしてだか忙しいんだよなー」
レオはハーブティーの入ったカップを手に取って嘆く。ノエミは得意げに、ジーニアさんのサンドウィッチを頬張る。
「今も昔もお兄ちゃんはそういう星の元に生まれているのよね!!」
「おっお前なー!!」
レオはいつものようにノエミのお団子を掴んで静止させようとしたけど、ノエミの頭には届かない距離だったので何も出来なかった。
「まぁまぁ、二人とも。忙しいのはいいことだって、マロウさんもよく言ってくれていたわよねえ」
私はノエミと同じように、ジーニアさんのサンドウィッチを取った。ジーニアさんはマロウさんと言うワードが出てきたので、私の方を見る。
「マロウさん、亡くなっちゃったのよね……」
ノエミがふと呟いた。レオも同じような事を考えている顔をしていた。あんなにすごい人が……皆思っていた。
「もっとしぶとく生きると思ってたんだけどな」
「人の寿命はわかりませんね」
ノエルも言う。
「色んな意味ですごかったわね……」
皆が暗くなったので、ジーニアさんが慌てて話した。
「…………まぁ、あまり覚えてはいませんが、母親がここにいたら暗い顔は嫌だと思いますので、楽しくやりましょう」
皆もそうだな、と思った。
間を裂くように、カイルがいきなり話す。
「仕事頑張ってるね、レオ」
ポンポーンとカイルはレオの肩を叩く。言い方があまりにも軽いので、レオはカイルを見てから大きくため息をついた。ジーニアさんは何だか面白くて笑ってしまう。
「そう言えば、カイル第二王子はスペラザ出身なんですよね。以前魔法を使っているのを見て、本当に驚きました」
ジーニアさんは、カイルの方を向いて、手で口の咀嚼が見えないようにしながら話した。
「驚かせてしまい、申し訳ないです。僕のような黒髪はスペラザでは制限のない闇属性の黒髪と言われているんです」
「そもそも何で闇属性なんだ? 髪の毛には魔力はつかないんだろう?」
レオはカイルに言う。
そう言えば私も気にした事がなかったけれど、知らなかったな。
「魔力は人に宿るものであって、髪の毛には宿らないと言われている。だけど、黒髪は闇属性って言われるのは、いわゆる区分分けがされているからだね」
「区分分け?」
私がティーカップに口元に抱えると、カイルは私を見て、にこりとする。
「そ。本来、スペラザの魔法が使えるであろう人間は、属性があるんだ。ーーーー髪色で得意な魔法の方向性が決まると言われている。例えば、僕やフィオレ嬢は闇、ノエルやロベル侯爵は光、ダナ王太子やロゼッタは火、マークス侯爵は髪の毛に光が当たると緑色になるでしょう? だから、彼は風。魔力はないけど、ジーニアさんの髪色は黒いけど青さもあるから水ーーこんな感じに本当は分けられている。……ただ、黒髪で産まれてくる人間だけは、絶対強い魔力を持って産まれて来ているって思われているから、区分分けが周知されてるんだ」
「へぇー!! 私、結構詳しかったのに、知らなかったわ」
「本で読んだ。制限のないって言うけど、本当は制限はあるんだ。ただちゃんと使わないと、漏電みたいに魔力が高まるばかりになるけど」
カイルはサーモンのマリネをノエルに取ってもらって、食べる。本当に彼はよく本を読んでいるのね。私も知らない情報だった。
「じゃあ、もし私達が魔力があったとして、区分分けされるとしたら、お兄ちゃんと私は火属性になるの?」
ノエミはフォークに太く巻き付けたパスタを口に入れた。
「ここにはいないけれど、場合によっては火か土かな? あ、ヨクサクは土属性だね」
「ふーん」
レオはカイルの話をしっかりと想像して考えていた。
「じゃあ、リースは?! 明るいミルクティーカラーだと、光?」
「そうだね、通常は光だけど、リースは多分カデーレだから、区分分けするなら、聞いた事ないけど花属性って気がする」
ノエミの質問に、カイルは指を立てて説明した。
私は不思議な顔をする。
「花咲かせるのがうまいから?」
「うん、そんな感じ」
カイルはジーニアさんのカンノーリをひとつ手にして、パクりと口の中へと投げ込んだ。花属性……何だか可愛らしい響きだと思った。
「魔法が使えるスペラザ民の方々は奥が深いんですね」
ジーニアさんがふと口にする。
私はノエルお手製の蒸し焼きチキンを食べた。
ほろほろの柔らかいお肉が口の中で幸せを奏でる。
「まぁそんなところですね」
カイルは得意げになった。本当聞いた事のない話をよく知っているなぁと感心してしまう。
私もきせきみの世界に関してはすごく詳しいオタクだったけど……カイルの言っている話は私が知っているきせきみの公式設定なのか、それともこの世界で一人で動き出している設定なのか、わからない。
けど、なんか悔しいとすごいの中間の気持ちになった。
「なんか悔しい」
「ん?」
「いや……何でもないわ。そっか、属性の意味って考えた事なかったけど、そうなのね」
私はジーニアさんのカンノーリをひとつ食べた。カステラみたいなふわふわのスポンジとガナッシュが甘くて美味しい。もうひとつ頬張って、ハーブティーを飲んだ。
「ところで、リース嬢はブーケ国に来てどれくらいなんですか?」
ふと、ジーニアさんが私に尋ねる。
私はもうひとつ手にしていたカンノーリを持ちながら言った。
「もう一年くらいですかねー」
「もう一年経つのか」
レオは言う。
「時が経つのは早いわね」
ノエミもしみじみと言った。
私は空を見上げる。
曇っていた空は太陽が白く光りを見せていた。
あの日……温泉に入って亡くなってから、起きたらきせきみの世界だった。ラクアティアレントに溺れていて、救い出し助けたのはカイルだった。
「カイルに助け出されて、ノエルに心配されて……ダナ様に断罪されて、ブーケ国に来て……皆と会って、マロウさんにお菓子作りを教わって…………あー本当に色々あったわー」
しみじみと、私は本当に爵位を取り戻せて良かったと思った。ショックな事もそれなりにあったけれど。
「そんな事があったんですか?!」
何も知らないジーニアさんは私を見て、目を丸くした。
「あっ!! 今は落ち着いて無かった事になりましたよ?!」
私が謙遜すると、ジーニアさんはホッとした表情をする。
カイルは気を遣って、他の話題へと変えた。
「あ、そう言えばね、義兄さんとフィオレ嬢の結婚式が決まったよ」
「えっ?! 本当??!!」
私は目に光が差したように、きゅるるんとノエミばりにキラキラとしてしまった。カイルが安堵しつつも笑いを少し堪えながら、話してくれた。
「十一月上旬を予定しているって。リースも皆にも来て欲しいって二人とも言っていたよ」
「ついに結婚ね…………!!!! 素敵!!!!」
ノエミは私以上に高揚して手を組んで前のめりになっていた。ジーニアさんが戸惑っていたので、レオはノエミの顔面を押さえつける。ノエルは苦笑いしていた。