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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
4章
129/161

40

 私がブーケ国ラッテ街に戻って来た次の日ーーーー天気は夏晴れでとても暑かった。ブーケ国は気候的にはサラリとしているのが救いだった。


 侯爵令嬢として戻って来た私。戻って来てからの出来事に、右ストレートジョブをまともに食らった感じだ。マロウさんがいないーーショックは季節とは反して、悲しみを押し寄せる。


 夏だから、焼き菓子を出しても売れないから仕方ないし、お花達も水か氷の魔法でも作動させないと元気にならなさそうだ。いくらカデーレでも花の体感温度を変える事は出来ない。私はティルト家からもらったロベルお兄様のオーダーミモレ丈ドレスを脱いで、いつもの簡易なワンピースにエプロン姿へと着替えた。


 家の掃除でもやろう。終わったら、私がお迎えが来た後、リースが読むことが出来るようにメッセージを残しておこう。私は箒を持ちながら、外に出た。



 昨日、あれからカイルとハーブティーを飲んだ。私が少し落ち着いたのを確認すると、カイルはまた来るよ、と一言残して別荘へと帰って行った。カイルの優しさが胸に沁みて、昨日はゆっくりと休む事が出来た。





 玄関前の小階段をはいていると、マロウさんの自宅の前に座っているジーニアさんがいる。黒い服で、玄関前にしゃがみ込んでいた。


 何しているんだろう? マロウさんの娘さんがあんなに怖い人だとは思わなかったな。マロウさんに目元のつり具合が似ているせいか、余計に怖く感じた。……まぁマロウさんも若い時はハッキリした性格で怖いって言われていたみたいだから、同じなのかもしれない。



 ジーニアさんは、片付けをするって言っていたけれど……何しているんだろう? 一人で来ているのかな? マロウさんの元旦那さんは…………来ないにしても、どうして一人で?



 私は気になりつつも、自分の作業を進めた。そして、次の日もその次の日も、また次の日も次の日もジーニアさんはマロウさんの家にいるみたいだった。


 いつも黒い服だった。喪に服しているんだろうと思っていたし、片付けをしているんだと思っていた。でも、片付けをしている様子もない。……何だろう? 私はキツイ言葉を浴びせられるかも、と思ったけれど、思いきってマロウさんの自宅へと向かって行った。



「お邪魔しますー……ジーニアさん?」


 返事はない。マロウさんの家とは言え、勝手に入るのも気が引ける。私はもう一度、声をかけた。



「こんにちは〜!!」


 ジーニアさんはリビングのローテーブルの前に座っている。部屋は片付けようとした形跡は見えたが、部屋が片付いている様子はない。


「ジーニアさん?」


 何にも答えない。暫くしてから、もう一度声をかけようとすると、低い声が響き渡る。


「聞こえているわよ」



「…………大丈夫ですか?」



 ジーニアさんは何も言わない。

 ただ、マロウさんの写真を見つめてジッとしている。聞こえていなかったのかな? と思うと、聞いていたのかなと思う返事が返ってきた。


「聞こえてるわよ」


 私が相変わらずの感じだなぁと思っていると、ジーニアさんは呟いた。


「何で貴女だったのよ……」


「え?」



 ジーニアさんに聞き返すと、ゆっくりと胸中を吐露する。


「記憶なんて少ししかない…………この人が私を抱きしめた記憶と私を置いて出て行った記憶……他には何もなかった」



「…………」


「なのに、貴女を母は本当の娘だと手紙に書いた。……本当の娘は私しかいないのに」



「それ以外には、手紙には何て書いてあったんですか?」



 私に背を向けたまま、ジーニアさんは話して行く。私は……彼女はきっと……会いたかったんじゃないかな、と思った。



「リースさんと本当の親子のように、過ごして行くうちに、リースさんが自分の人生を変えようとスペラザ王国へと戻って行った。娘が頑張っているのに、私が自分と向き合わずにいていいのかと思った。今更だけど、会いたい。…………って。もう私もいい年なのよ。……でも、嬉しかったの。私も記憶の中にしかいない母に、もう一度会ってみたかったから」



「だけど、亡くなってしまったんですね……」



「えぇ、よりによって私に手紙を出したその日に…………」



 幾つになってもジーニアさんにとっての母親はマロウさんだけ。何年もの歳月を経て、会いたかったんだ。……でも、会いに来たら既に亡くなっていた。記憶の中のマロウさんは記憶の中のまま、出て来なかった。



「貴女は偽物の親子関係を仲良くやっていたんだと思うと、悔しかった」


「すみません」


 落胆した声を出して、ジーニアさんはため息をついた。


「涙すら出て来ないの。あんなに戻って来てくれると待っていた人が死んだって言うのに」



「マロウさんは、私を見て娘のように可愛がってくれましたけど……でも、どこかではやっぱり私を見ながら、ジーニアさんを感じていたんだと思います。……前にも言ってましたもん。私を見ていると、私と同じくらいの年齢だった娘さんを見ることもできたのかなって」



「捨てたのに」



「でも、マロウさん、すごく後悔していました。どうしてジーニアさんを連れて来なかったんだろうって。手紙をその後書いたけど、もう二度と手紙を送って来ないでって返されたって……」


 私の言葉に、座りながら身体をずるりとこちらに向いたジーニアさんは言う。


「父がしそうな事だわ。悲しそうにしていたし」



 私はジーニアさんに近づいて、座り込んだ。ジーニアさんは驚いて、私を見る。


「ジーニアさん、私の知ってる中で良ければ、マロウさんについて話す事ができます」


「?」


「マロウさんには、沢山お世話になりました。マロウさんがいたから、私……この国に追放された後も、やって来られた

。…………ジーニアさんさえ良ければ、マロウさんから教えて頂いたモノを貴女に教えたいです。それじゃあ、親を感じる事にはなりませんか?」



「でも…………子供達を使用人に見てもらっているのよ? 長くかかるのは困るし、それに……私、母とは違って不器用で料理は苦手なの」



「大丈夫です!! お子様達にはお手紙を書きましょう!! 郵便費が大変なら、私も出します。私も最初は何も出来なかったけど、うまく出来たし、それに……力を持っているので、きっと手伝えます!!!!」



 私は真っ直ぐにジーニアさんを見た。マロウさんには色んな事を教えてもらった。数えきれないくらい助けてもらった。生きていく術を教えてもらったから……私も……今ここでジーニアさんに恩返しをする番じゃないだろうか。

 そうする事で、マロウさんも喜んでくれているのではないだろうか。


 ジーニアさんは戸惑いながらも、返事する。



「そ、そう? ……私に、できる?」


「はい!! 大丈夫です!!!!」



 お昼から、早速リースのお菓子作りのレッスンが始まった。

 マロウさんの家をジーニアさんは名残惜しくて片付けてはいなかったので、そのまま使う事にした。



「お菓子作りの基本なんですけど、グラム数はきっちり測ります。一グラムくらいの誤差なら、味に変化はありませんから大丈夫なんですけど、基本はキッチリにして下さい」


「わかったわ」


「それから、ケーキを作る時のやり方はいくつか方法が有ります。全卵をぬるめの湯煎にかけて、泡立てていく方法。卵黄と卵白を分けて、泡立てていく方法…………それから………………



 私達が真剣にレッスンをしていると、カイルがそっと現れる。私が家にいなかったから、こちらに来たのだろう。私達はカイルに気づかないでいると、彼は私達の様子を見て安心したのか、微笑んでマロウさんの自宅を出て行った。




 ジーニアさんはマロウさんに似て、とても勉強家だった。

 決して手先が器用だとか、要領がわかる人ではなかったけれど、私の説明した内容をメモしては、次の日にはわからない事を確認して来た。おかげで、彼女は不器用ながらもめきめきと上達していった。



「そろそろ基本の説明は無しにして、本格的な実践講習を始めたいんですが……季節が悪いですよね」


「毎日暑いものね……」


「非常に生クリームも溶けちゃう気温なんだよなぁ……どうにか部屋ごと冷やせる方法とかないのかなぁ…………」



「そんな魔法みたいな事ある?」


 ジーニアさんの一言に、私はハッと閃く。

 そのまま玄関に向かって急いで走って行く。


「ありました!! 都合の良い魔法みたいな方法!! 今からちょっと頼んで来ます!!!! すぐ来るので、待っていて下さい!!!!」


 私はそのまま走って行った。


「…………結構、思い立ったら走るタイプなのね……」



 ジーニアさんは驚いていた。


 暫くして、私はカイルの腕をずるずると引いて無理矢理連れて来た。カイルは私に引き摺られながらも、重心を取られないようにしている。


「リース!! 何?! 何だよ!!」


「少し暇してたでしょう?! 手伝って!!」



「いや、俺暇じゃないから!! 王宮の書類仕事が結構たまってる……!!」


 カイルはマロウさんの家に入ると、ジーニアさんと目が合って何だか微妙な顔をした。こっちを向いて、気まずそうだ。



「何? ……すごく気まずいんだけど」


「大丈夫よ、ジーニアさん良い人だよ」


「いや、君は和解しただろうけど、こっちは前に反発した関係だし…………まぁ、悪い事言ったつもりはないけど」


「いいから! いいから!!」


 私は嫌がるカイルをキッチンの椅子に座らせ、肩をトントンを叩く。



「ね、カイルお願い!! この部屋、魔法でひんやりするようにして?!」


「え、その為に俺を呼んだの?」



「うん!! 生クリーム作るのに、気温が暑かったらドロドロになっちゃうし!!」


 カイルは不服な顔をした。

 何か言いたいことがあるみたいだ。


「だめかな?」


「……まぁ、良いけど。どうせ制限のない闇属性の黒髪なんでね」



 少々納得がいくようないかないような表情をして、カイルはふて腐れながら、手を広げた。つららの形をした氷を部屋中に出し、指を回して風を吹かせる。ついでに真っ白な布を出して、護符を描き、五時間と時間を書いて、空中に放り投げた。


「わぁっ! ありがとう!」


 私はこれならケーキ作りも支障がないなぁ、と思う。隣ではジーニアさんが沢山のつららを見つめながら、口を開けて驚いている。


「な、何なの……?」



「僕はスペラザ王国出身でして、魔法が使えます」


「はぁ……」


「第二王子なのよね」


 私の言葉に、ジーニアさんが過剰に反応して、深々とカイルに頭を下げた。



「すみません、そんな権威あるお方だと知らずに、私としたら…………」


「いや、僕そういう畏まったのは苦手なんで、良いです。僕も、先日は失礼な事をすみません」



 二人はお互いの行動を謝罪して、普通の関係に戻った。私は安心して二人の様子を見ていた。  



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