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次の日、私は準備をしてティルト家を出る。荷物はやっぱりロゼッタが丁寧に用意してくれた。
前はシンプルな薄いドレスを入れてくれたけれど、今度は新しく買い足したミモレ丈のフリルの付いたドレスを十点ほどまとめてくれた。いらないよと言おうと思ったけれど、それではリースがその後困ってしまう。だから、素直に色々な物をもらった。
「時期が来たら、リースからロゼッタに手紙を書いてもらうようにしますね」
私はロゼッタに言うと、ロゼッタは腰を低くして敬礼を私に取った。
「リースお嬢様の仰せのままに」
「宜しくお願いします」
私が薄いピンク色のワンピースの裾を掴んで、挨拶すると、スカートがふわりと靡く。ロゼッタは微笑んで握手を求めた。
私もそっと……握手をした。
「準備は出来たかな?」
カイルが後ろから歩いて来る。いつものアクアブルーの馬車と後ろにノエルを携えて来た。水色のシャツにブルーグレーのベストを着ている。同系色のパンツも似合って相変わらず爽やかだった。
「えぇ、でもすごく荷物が多いの」
「女性だから仕方ないよ。馬車に乗り切るかな?」
「魔法の力を借りなきゃいけないかもね」
私の言葉に、カイルはくすりと笑う。私はほんの少し胸の奥がドキリとしながらも、無視して彼の馬車へと入って行く。ロゼッタの方を最後に振り向くと、敬礼をしてくれたので、私も荷物を預けて綺麗にお辞儀をした。
「……スペラザはどうだった?」
馬車がテレポートを始めると、カイルは私に聞いて来た。
「大変だったけど……大切な物を得ることが出来たと思う」
私はテレポートにより、青い光に包まれている外の景色を見ながら言った。この国に着いて……色々な事があった。色々な事がわかった。早くブーケ国に戻ったら…………楽しかった事や大変だった事、色々な話をマロウさんにしたい。そして、マロウさんのお家で紅茶を飲みたい。またマロウさんの朗らかな笑顔を見ながら、カイルも交えて、楽しい話をするんだ。
ぶわっと風が馬車の周りで吹き上がり、光が強くなった後ーーーー段々と太陽の光が窓へと入って来て…………私達はブーケ国へと戻って来た。
カイルが外に出て、私に手を差し伸べる。嬉しくなって、素直に手を握って、馬車から降りた。
「カイル様、私は一足先に別荘の清掃等をして来ます。帰りはゆっくりで結構です」
「わかったよ、ありがとう」
ノエルは護符を出して、サッと別荘までテレポートして行った。
私はカイルと一緒に部屋に荷物を置いて、玄関から歩いて馬車へと戻ろうとすると、何やらマロウさんのお家が騒々しい感じがした。
家の前に、人が沢山集まっている。私はカイルと顔を合わせて、マロウさんのお家へと二人で歩いて行った。知り合いの人がいたので、声をかける。
「オリヴァーさん」
「あぁっ!! リースちゃん!!!!」
小麦屋のオリヴァーさんは、私を見るなり血相を変えている。私はのんびりと、オリヴァーさんに尋ねた。
「事情があって、暫く帰省していたの。どうしたんですか? 何だか騒がしくて……」
オリヴァーさんは何と言っていいのか、言いづらい雰囲気だった。カイルはハッと何かに気づいて、私の二の腕をぎゅっと掴んだ。私は不思議な顔をしてカイルを見る。カイルの顔は無表情だった。ふと、オリヴァーさんへと視線を戻すと、黒い服を着ているな…………と思う。
何だろう?? …………私は家の中へと入って行くと………………
部屋の中にはマロウさんの姿はなく、ローテーブルが部屋の隅へと移動させられており、その上には額に入った写真が置かれていた。
ユリと少しのブルーマロウがまとめられて一束、テーブルに置かれている。
マロウさんを慕っていた近所の人達が……たくさん集まっていた。皆黒い服を着て、まるでお葬式のようなーーーーーーーー…………
「リースちゃん……」
「皆さん、マロウさんは………………」
私は目から涙がぶわりと一気に出てくる。カイルは何も言わずに、私の肩をぎゅっと抱きしめた。何も言えずに、涙は次々と溢れてくる。ガブリエラさんは、ニコモとヤコポを連れて台所から出てくる。
「リースちゃん……マロウさん、一昨日、亡くなったの」
私に近づいて、ガブリエラさんが頬に優しく触れる。
「どうしてですか…………? マロウさん、私達が国を出る時には、まだ元気だったのに…………」
「貴女達がスペラザ王国に向かっている時、こっちは暑い日と少し寒い日が続いたの。それでも、まだマロウさんは元気だった。戻って来る貴女達を思って、ゆっくりしていた。…………だけど、四日前に、マロウさんは手紙を出しに行ったの。その途中で、発作を起こして……薬を持って出かけなかったから…………」
私は涙が止まらなかった。カイルは、ただただ、私の肩を支えて傍にいる。
「どうして…………? 無理しちゃいけないって言われていたのに。……私、貴族に戻ったんです。レオとノエミとカイルやノエル達の力を借りて、願いを叶えられた。…………マロウさん、応援してくれてました……色んなこと、話したかったのに…………っ!! どうして…………?」
ガブリエラさんは、私の頭を撫でて、優しく言った。
「どうしてかしらね…………私も、すごくショックなの。マロウさんはとてもいい先輩のような女性だったから。……リースちゃんは、一緒にお仕事したり仲良くしたりしていたから、ショックよね…………」
ガブリエラさんの言葉に、私は泣きながら……何度も頷いた。
この世界に、マロウさんがいない。あの紅茶も、ハーブティーも、お菓子も……もう消えちゃった…………喪失感が胸を裂くように、涙が出て来ては、喉の辺りを苦しくして、私を苦しめた。
「昨日、マロウさんを教会の裏にあるお墓に埋葬したの。……それで、今日はマロウさんを皆で偲ぼうってなって…………それでね、リースちゃん、よく聞いて」
私が泣きべそをかきながら、ぐずぐずとしていると、玄関の扉が開いた。私の悲しみとは逆に、荒っぽくスリッパをはいて来た、その
足音の主は……私の元へとやって来る。
「あんたがリース・ベイビーブレス?」
「はい……」
私が振り向くと、五十近いくらいの背の高い、目がキツネのようにつり上がった、若干痩せ体系の女性が上質な黒い服を来て立っている。
「そうです……」
私はやっと泣き止むと、冷静に分析する間もなく、その女性に頬を叩かれた。ガブリエラさんは驚き、カイルは慌てて言った。
「何するんですか!!!!」
「……こっちの台詞よ、貴女、何してたの? 私の母を親のように慕いながら、放っておいて」
手首に小さなペンダントを付けているのに私は気付いた。私が今している物とサイズが違う以外は、全く同じデザイン。……この人はもしかして………………
「……ジーニアさん?」
マロウさんの本当の娘が、目の前に立っていた。
私が驚いて言葉を無くしていると、彼女は私の首から無理矢理ペンダントを取り上げた。
「どうして貴女が私の母のペンダントをしているのよっ!!!!!!」
「すみませっ……」
強い剣幕に、私は咄嗟に謝ってしまう。カイルは食いつくようにジーニアに言った。
「無礼ですよ、ジーニアさん。ペンダントは彼女とスペラザに行けないマロウさんが渡してくれた物です」
「あっそ」
ジーニアはスタスタとカイルの言葉も聞かずに、黒い服を来た皆に言う。
「皆さん、ありがとうございます。母を無事に埋葬することが出来ました。これから家の片付けをしますので、お引き取り下さい」
「マロウさんの娘さん、まだ少しマロウさんの思い出話をしたいんだ。もう少しいいかな?」
「すみません〜。私、今日しか仕事の休みを取っていないのよ〜。片付けしないといけないから、また今度にして下さいね〜」
ジーニアさんはさぁさぁ、と言って、近所の人達を一気に帰してしまった。ガブリエラさんも、帰る事にした。ガブリエラさんは帰る前に私に伝える。
「リースちゃん、またね。何かあったら、いつでも頼って頂戴。リースちゃんはマロウさんの娘みたいなものだから。私にとっても同じよ。じゃ、またね」
「ガブリエラさん、ありがとうございます。レオ達も後少ししたら戻って来るみたいなので、宜しくお願いします」
ガブリエラさんは手を振って帰って行った。マロウさんの家の中には、私とカイルとジーニアさんが残った。
「貴女はどうしてマロウさんが亡くなったのを知ったんですか?」
カイルはいつもよりも冷たく、話す。刺々しいジーニアさんに対して、比較的他の人に関心のないカイルも気に入らないようだった。
「手紙が届いたのよ……家に……もうすぐ死ぬかもしれないから、会いたいって……」
「……何年も会っていなかったんですよね?」
「そうよ。でも……来たのよ。…………そうしたら、亡くなっていたの。……手紙を出した途中で…………貴女のせいよ!!!!」
ジーニアさんは私を指差す。
カイルの声が強くなった。
「どうしてリースのせいになるんです? 手紙を出したのはマロウさんでしょう?」
「手紙に…………書いてあったわ。リースという若い子と仕事をするようになって、私にまた会いたくなってしまったって。彼女と接すれば接する程、私を思い出してしまうと。…………捨てられて……悩み悩んで来たのに、亡くなったのよ。貴女が所用で国を出ていなければ、助かったかもしれないでしょう?!」
「責任転嫁するな、リースが国を出るのはマロウさんも納得しての事だったんだ!! 貴女がマロウさんに会いたかったのなら、どうして自分から訪ねてこなかったんだ?! いくらでも方法はあったでしょう?」
「カイル」
私は彼の手を握って、カイルを止める。ジーニアさんは何も言わなかった。私はカイルの手を引いて、マロウさんの家を出て行く。
「………………」
ジーニアさんは何も言わずに、ただ……立ち尽くしていた。
自分の部屋に戻ってから、私はハーブティーの用意をする。やかんに水を入れて火をつけると、カイルは後ろから声をかける。
「リース、大丈夫か?」
「…………ん?」
「マロウさんの事」
「うん……」
私はマロウさんの家にいた時よりは冷静だった。だけど、マロウさんを思い出すと、涙はじわりと出て来る。もう話す事が出来ないんだ……そう思うと、涙は流れて来た。
「無理するな、泣いてもいいんだ」
カイルは後ろから抱きしめて来た。彼の言葉に心が軽くなりつつも、いつもとは少し違う雰囲気と行動に、少し戸惑いながらもときめいてしまう。
泣きながら、振り向くと、カイルは何とも言えない顔をしている。目を潤ませながら、そっと私を抱きしめた。
「大好きだった人が亡くなるのは……辛いよな」
「……うん」
暫く、カイルは私を抱きしめていた。やかんの湯が沸いたので、カイルは手を伸ばして消す。私がハーブティーを準備しようと、動こうとすると、引き止めて、また抱きしめた。
「まだ少し、こうしていよう」
カイルは言う。そんな事したら、私の頭が茹で上がって、やかんの水が沸いてしまう〜。私は何も出来ずに、ただ流れに任せていた。