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悪役令嬢の私を探して  作者: アトリエユッコ
4章
127/161

38

「ありがと」


 私の言葉に、シェフはやっぱり面食らっていた。悪役令嬢の口からありがとうなんて驚くわよね。でも、お礼は大切だと思うから、後でリースにも手紙でも書いて伝えておこう。




 私のレベルアップは仕事にしているのもあるけれど、大きくはカデーレの力があるからだ、と私は思った。



 私が目を覚ましてから、アントニ侯爵のお願いでスペラザの国営新聞に、スペラザには魔法使いとノーマルの他にカデーレという種族がいるという記事が掲載された。ノーマルが悪い訳ではないけど、カデーレと言う立派な種族が隠れて生きている。魔法もゼロから作り出すのと一緒で、カデーレもゼロから作り出すのが得意とされており、リース・ベイビーブレス・ティルト侯爵令嬢はカデーレの代表的な存在だ、と記事には書かれていた。そして、リース嬢は自分の未熟さから今まで沢山の人を傷つけてしまった事を心からお詫びする、と文章もついた。リースの無実も晴れて、カデーレの先頭として注目される存在へと変わっている。



 私が恐らくマロウさんから教わって、簡単に要領を得て、お菓子作りが出来たのはリースがカデーレだったからだと思う。リースの身体を使って……愛を持って、挑めば大きな力が働き、極上の一品が出来上がる。




 そして今日は、リースと一緒に、身体を介してセミフレッドを作った。


 シェフにお願いして、少し時期は早いかもしれないけど、マスカットを使った紅茶を一緒に用意する。ダージリンの茶葉を使って、少し潰したマスカットに紅茶を漬け込んでから、別で注いで淹れる。マスカットの風味を少しつけたフルーツティー。



「本当はマスカットの洋酒や白ワインが相性が良いと思うのだけど、お昼だから紅茶でね」



「これはこれでとても良いと思います。私も参考にさせていただきます」



「いや、シェフにそう言われると緊張しちゃうわ!!」



 私達は笑いながら、準備し、中庭へと出来上がったセミフレッドと紅茶を持って行く。



 既にもうアントニ侯爵、ジューリア侯爵婦人、マークスお兄様とロベルお兄様が座って待っていた。



「くだらん品を出したら、即刻追放する」


 アントニ侯爵は私を見ずにあっちの方向を見ながら言った。


 仕方ない、今リースを支配しているのは偽者の私。アントニ侯爵は気に入らないだろう。



「そうならないように気をつけます」



 私はシェフと一緒にテーブルにセミフレッドと紅茶を並べる。ジューリアが断面を見て、まぁっと呟いた。


「可愛らしいわ」


 添えにミントの葉も散らして、小皿に出した。アントニ侯爵以外の皆は銘々に爽やかに感動しながら、セミフレッドを口にする。



「リース、美味しいよ!! コクがあるのに、桃のサッパリ感が堪らない」



「今の暑い時期にぴったりのデザートね」



「ガールフレンドにも教えてあげよう♪ 美味しい〜」



 アントニ侯爵だけが、口を付けない。マークスお兄様は気になって声をかける。



「お父様……?」



「フン、こんなモノ」


「貴方、早く食べないととけてしまいますわ」



 アントニは渋々細いフォークでセミフレッドを崩して口に入れた。暫く黙って、何も言わない。ロベルが言った。



「お父様、どうなされましたか?」


「………………」



「ねぇ、貴方? リースの手作りなんですから何とか言って下さいませんか?」



 ジューリアはアントニ侯爵の顔を覗き込む。アントニ侯爵は顔を手で隠して、何も言わなかった。



「……お口に合いませんでしたか?」


 私は伺うと、アントニ侯爵は呟いた。




「何故、このデザートを作った……?」



「もう一人の私に頼まれまして」



 アントニ侯爵は、手を顔から離した。うっすらと涙ぐんでいる。

 ジューリアの顔を見て、話した。



「自分の領地も持っていない若い頃に、店でジューリアと食べたデザートだ。一度だけ、リースに話した事がある。リースとも食べに行った事があった…………」



「……えぇ。貴方が我が家に婿入りする前に一度食べましたね。まだお互いに若かった時のいい思い出が甦りますわ」


 ジューリアはもう一口、口に入れる。


「偽者が……こんなモノを作りおって……」




「私は本物ではありませんが、半分本物が作ったも同然ですよ。だって、身体はリースですから」


 私は得意気に伝える。

 ジューリアは何も知らないので、私が変な事を言っているとしか思っていなかった。たけどアントニ侯爵は、目を潤ませながら、言った。




「懐かしい……」


 私は意識が瞬時に遠くなり、またタッチ交代だなぁと思った。



『お父様』



「リース…………」



『私、魔法は使えませんでしたが、カデーレに産まれて良かったです……。だってこうして、お父様を泣かせる事が出来ましたもの…………』


「馬鹿を言うな、魔法が使えるのが一番だ」



『えぇ、本当にそうですわね。お父様が魔法が使えたから、私のもう一人の大切な私が助かったんですから……ありがとうございます』




 リースはにこりとアントニ侯爵に笑いかけると、私に意識を変えた。ふわりとまた戻って来た感覚に戸惑っていると、アントニ侯爵はまたそっぽを向いてしまった。マークスお兄様とロベルお兄様の顔を見ると、二人は微笑んで、大丈夫とアイコンタクトをした。



 皆が食べ終わった後に、私もロゼッタと一緒にお皿を集めていると二人の兄が私の元へとやって来た。


「リース」


「マークスお兄様、ロベルお兄様」


「とても美味しかったよ」


「ありがとう」


 私は滅相もございません、とドレスの裾を持って、お辞儀をくり返すとマークスが言う。



「君が……妹ではないと知った時は驚いた。でも、君には感謝しているよ。君のおかげで……家族が丸くなった」



「いえ、私は大した事はしていませんので……」



「君がリースの無実を晴らしてくれたから、僕達も勇気を持って行動していこうと思うよ」


 ロベルはさりげなく私の手を握って、言う。

 この二人がいれば、ティルト家にいてもリースはきっと大丈夫だ。私はホッとして、嬉しくなった。



「宜しくお願いします」



 もう一度、二人に綺麗なカテーシーをするとマークスは私に聞いてくる。



「君は……? カイル公爵殿下とはあれから何もないのか?」


 マークスの鋭い質問に、ドキリとしたけれど本当の事しか言えない。


「その……結婚したいと国王陛下の前で言われました……」


 コソッと話す。マークスもロベルも目を大きくして私を見つめた。




「良かったじゃないかっ!!」


「おめでとう!!!!」



 二人が労うように言ったけれど、私は首を振った。



「私は身体を借りてる身ですから。リースに迷惑をかける訳にはいきません」



「…………だが、君自身の人生も大切じゃないのか?」



 マークスは私に問いかける。さらりと風が吹いて、彼の片方の長い髪を靡かせた。私は伝える。



「もう充分です。彼と一緒にいるだけで、それだけで」



「リースだって、案外、許してくれるかもしれないよ? 大丈夫じゃない?!」


 ロベルも励ましてくれたけど、私は首を振った。




「私には限りがあります。限りある命の者と、これからも長い人生が続いていくカイルが一緒にいるのは可哀想です。……だから、良いんです。私はリースになれて良かった。お二人とも、お優しくして下さって、ありがとうございます」


 二人はそれ以上、何も言わなかった。



 私は微笑んで、お皿をロゼッタに渡して部屋に戻ってきた。


 ロゼッタは何気なく部屋に入ってくると、私に言った。




「私は……どちらのお嬢様にも仕えます。貴女方がリース・ベイビーブレス・ティルト侯爵令嬢である限り、私はリースお嬢様に仕える事が自分の人生の誇りですから」




「…………ロゼッタ、ありがとう。私が居なくなった後も、リースをお願いね」


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