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「カイル、よく来たな」
「お呼び頂き、ありがとうございます」
カイルは敬礼をして、立っている。何だろう? カイルも一緒とはどういう……? と思っていると、国王陛下は私に声をかけてくれた。
「リース嬢よ」
「はっはいっ」
ダナ様の話では、水の霊が急に出て来て暴走して止めようとした私が誤って負傷した……という話らしい。
私は国王陛下を見つめる。
「……身体は変わりないか?」
穏やかな国王陛下の視線が、どうしても慣れず緊張してしまう。
「はっはい!! 国王陛下のおかげです。もう大丈夫です」
「私ではない、ダナのおかげだ。誤ってナイフが刺さるとは、大変な災難じゃったの」
「申し訳ありません……」
「いや、其方が元気でいないと我もアントニ侯爵に申し訳ないのだ。全快したなら、何よりだ」
「ありがとうございます」
「それでだな、リース嬢」
私はドキリとした。国王陛下が真剣な顔をしたので、また今回の件で断罪かー?! と思う。私が固まっていると、国王陛下は笑った。
「安心しなさい。断罪はしない。逆だ。無実だったのに、其方には大変な迷惑をかけてしまった。優秀な其方が、悪霊がいると気付いていたとも知れず、あの日にフィオレ嬢に乗り移った悪霊から守る為に誤ってラクアティアレントに落ちてしまったと後から聞いた」
初耳話に、私はカイルの顔を見た。彼は目で、動揺しないように、話を合わせて!! と言っている。
私はハッとしつつも、誰がそんな話を考えたんだ……と思いつつも、微笑み誤魔化した。
「いえ……私はただただ夢中で……こちらこそ心配をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いや、構わない。そこでだ、リース嬢。お主の断罪されてからの一年、決して取り戻す事が出来るものではない。だが、我としても何もしない事は申し訳ないのだ。でからして、褒美を其方に与えたい」
国王陛下はにこりと微笑んだ。私は焦って、カイルの顔を見る。カイルの目は、断らないように!! と訴えている。私は困ってしまった。
「褒美とは、どのような……」
「金銭を与えたい」
国王陛下はハッキリと言う。困ってしまった私は、カイルの顔を再び見た。カイルは、目で断らないように!! と強く訴えてきた。私は困っていると、国王陛下はニコリと笑って話す。
「金銭と領地を其方に与えようかと思っている。足りないくらいじゃ。他に欲しい物があるのなら、遠慮せずに申し上げよ」
いやいやいやいやいや!!!! 滅相もございません!! 私はそんな大それた事はしていないので、受け取れません……!!!! …………とは、国王陛下には言えなかった。受け取らなければ、この国王陛下には不敬にあたってしまう。私が迷っていると、カイルが強い目で見て来る。ハイって言いなさいと言っている。えーえーえーそんなの無理、だって悪霊倒していないし、そもそも悪霊とかいないし…………
迷っていると、カイルがため息をついて国王陛下に話す。
「国王陛下」
「なんだ、カイルよ」
国王陛下はカイルに目線を変えた。私がホッとしていると、カイルは国王陛下に言った。
「私の……兼ねてから考えていたお願い事がございます」
「ほう、何だ?」
カイルの話って何だろう? と思って悠長に聞いていると、カイルは衝撃的な一言を言う。
「結婚の話です」
まさか、カイルっ……本気で私とダナ様を……!!!! そう思って、私は慌てる。
「カイル公爵殿下!! 私は決してダナ様とは結……
「リース・ベイビーブレス・ティルト侯爵令嬢に婚姻を申し込みたいです」
私は、は? ……っと思った。ダナ様と結婚させるって言っていなかった?! …………え? わ、私とあなた?!
動揺している私と反して、国王陛下は感嘆の声をあげる。
「おぉ!! そうかそうか!!!! それは良い話だな!!」
「………………」
「リース侯爵令嬢としても、お前は幼なじみだからな。悪くはあるまい!! どうだ?! リース嬢!!!!」
感激している国王陛下とは変わって、私は呟いた。
「……出来ません」
「え」
カイルは聞き返した。
「出来ませんっ!!!!」
国王陛下は顔色を変えて、立ち上がる。カイルはバッと、私の顔を見て文句を言いたかった……表情をしたが、文句を言えないと思った。
「何故だ!!!!!! 訳を述べよ!!!!!!」
「…………私……恩人を守らなければいけません……。それに……私、ブーケ国での生活が捨てられないんです……」
私は言った。国王陛下は顔が険しくなる。カイルは慌てて、私の話に補足してくれた。
「リース侯爵令嬢を助けてくれていた、ブーケ国の恩人が今も体調不良に苦しんでいます!! 彼女は放っておけないのだと思います」
「はい……!! そうなんです!!!! どうしても、その方の様子を見た後でないと…………」
「…………では、婚約出来ないという明確な理由は、カイルではなく、その恩人の体調が原因なのだな?」
国王陛下は、椅子に再び座り、私を見つめた。私は言う。
「……はい」
ここではこう言うしか処世術としてはないと思った。どちらかと言えば、カイルも付かず離れずだった気がする…………。何があって、私と結婚って言うの????
国王陛下は納得した様子で、ふうむと言った。そして、私を見て、カイルを見て……私に言った。
「わかった。その者が全快する迄はブーケ国に住む事を許そう。だが、その後は一度、スペラザに戻って来るのだ。やりたい事はやらせよう。しかし、カイルとどうするのか、我に再度説明しに来るのだ」
「わかりました……」
私は答えると、国王陛下はカイルに言う。
「客室専用部屋まで送ってやるように」
「はい」
カイルは敬礼して、私の元へとやって来て手を差し出した。私は……彼の手を取って起き上がり、国王陛下に来た時と同じようにドレスの一部を摘んでお辞儀をした。国王陛下は、うむ、と言って頷いた。
私達はそのまま部屋を出て行く。
部屋を出てから暫くして……私はカイルの背中に、軽く握りこぶしの雨を降らせる。カイルはびっくりして、振り向いた。
「なっ何だよっ!?」
「何だよ?! じゃないわよ?! どういう事なのか、説明してくれない??!! 何も聞いてないわ!!」
「……そんなに嫌かな?」
「い……嫌とかそういう問題じゃなくて!!!!」
カイルは私の手を取る。私は何だか恥ずかしくなってしまう。顔を晒していると、カイルは話し始めた。
「そのままの意味だよ」
「そのまま????」
「君と結婚したいと思った」
カイルは真正面から私を見るので、私は動揺と胸がドキドキしてしまう。わ……私に何を求めているの?! あ? 結婚か?! あ?! 結婚なの?! わわわ私と?!
えええええええええええっっっっっ
「すごい混乱してるでしょ」
「あっ当たり前です!!!! でも!! だって!!!! 私は…………」
転移者であって、亡くなっているから、いつか成仏するんだよ……?! と言いたかった。
「知ってる」
「それなら、どうして?!」
カイルはひとつも動揺しない。こう動じない雰囲気には尊敬に値してしまう……けど!! 今は違う!!!! 動じてくれ……!! お願いだから、混乱してくれ、慌ててくれ、テンパってくれ!!!!
カイルは廊下を歩いていたけど、立ち止まる。
私も一緒に立ち止まった。
「それでもしたいと思ったから」
「………………みっ見に来なかった。……怪我していたのに、来てくれなかった!!」
「………………」
カイルは黙る。だって、だって、彼は私が怪我をしていたのに、一度も来なかった。来てくれるかな……と思っていたのに。
「悪かったよ」
「そうだよ!! ……待ってたのに」
「…………義兄さんと抱きついてた」
「え?」
「君だって、義兄さんにしっかり抱きついていただろ?! 嬉しそうに!!」
「えっ?!」
私は暫し冷静になる。あの時の事かーーっ!!!! っと、思い出した。いや、あれは違う!! 確実にノーカウントだ。
「嬉しそうだった。二人とも。義兄さんもフィオレ嬢と結婚するのに、ずるい」
スタスタとカイルは先を歩いて行ってしまう。私はカイルの話に嬉しくなって、聞き返す。
「そうなの?! ダナ様とフィオレ嬢、結婚するの?!」
カイルは私の顔を覗き込む。
心配しているみたいだった。
「……悲しい? 落ち込んでる?」
「嬉しいっ!!!!」
カイルの手を取って握ると、カイルは可もなく不可もなくという表情をした。私は誤解を解くために、言う。
「アレは……その……今までの気持ちを精算させてっていうハグだったの」
「……本当かな〜」
「本当よ!!」
カイルは黙って、私を見た。私達はカイルの両手を握りしめながら向き合う形になっている。私は何を話すのか見つめて、待っていると……侍女が清掃の為に、私達の前を通った。サッサッサッと、赤い絨毯の上を侍女は箒で素早く掃き出した。
「失礼致します〜」
私達は何だか気まずくなってしまい、私はそのまま手を離した。私は顔が熱くなり、カイルは声を大きくする。
「ここを通るなよっ!!!!」
* * *
レオは今日の担当を数件終わらせて、ダナ王太子から紹介された宿泊所に戻って来た。丁度ノエミも観光から戻って来て、レオと行き合う。
「お兄ちゃん、おかえり〜 お疲れさま〜」
「おう、ただいま〜 いいなぁ観光出来る奴は〜」
「良いでしょう〜!! 高い物は買えないけど、お母さんとお父さんにお土産買ったの!! ニコモとヤコポにはマリングッズ……!!」
「おう、サンキュー。俺は買いに行けていないから助かる」
レオはロベルに買ってもらったスーツで作業から帰宅していた。ノエミはつかさず、レオのファッションにチェックを入れる。
「最近スーツで行ってるね」
「あぁ、一応今は貴族様相手だからな。気にする奴は気にするだろうから、念の為だ」
「知ってるよ、お兄ちゃんがロベルさんのお店でもう一着買って仕事着にしてるのも」
「よく見てるなぁ」
ノエミとレオは別部屋なので、朝少しだけ顔を会わすくらいになっていた。レオは関心する。
「あったりまえでしょ!! 妹ですからねっ!! あ…………そういえばさぁ」
「何だよ」
「本当にリースは結婚しないのかな……?」
「…………ノエミ。俺の妹なら、俺に聞くな」
「お兄ちゃんはもう大丈夫なの?」
「まぁ……俺は大丈夫だ。だけど……」
「?」
ノエミはレオの顔を覗き込む。レオは少ししてから、まぁいいやと呟いた。ノエミは何〜? 何〜? としつこく聞いて来たが、レオはやめて部屋に入ってしまった。
「もう〜っ!! 一応お兄ちゃんの失恋も心配してたんだけどなっ」
ノエミは扉の前で言ったが、すぐに気分を変えて部屋に戻って行った。
「…………はぁ」
レオはベストを脱いで、シャツのボタンをいくつか開けて、椅子に座った。
レオは少し前の出来事を思い出す。
リースが倒れて、ようやく目が覚めてから……ダナ王太子にレオはお礼を言いに行こうと探していた。ダナ邸宅まで従者に案内されると、一礼する。
『お前の狙いはなんだ』
入るなり、ダナ王太子の厳しい声が聞こえた。