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ダナ様はゆっくりと、私の知っている好きな言い回しで話し始めた。
「私とリースとカイルは幼なじみだった。私とカイルが三才で出会い、四才くらいからリースと出会って遊ぶようになった。その頃はまだ、王家と侯爵家という関係性は、母上の希望により……皆、私達が幼い事はそれほど重視していなかった。カイルと私の複雑な関係も気にしていなかった。三人共、仲が良かった」
私は何も言わずに、ダナ様の言葉に耳を傾けていた。
「カイルは出会った時から、既に魔法が使えた。吸い付くように色々な事が出来た。リースは幼い頃は今と違って……とても明るく活発だった」
ダナ様はほんのり、嬉しそうに微笑んだ。私はこんな表情は公式で見た事はなかったな、と思う。優しく微笑むダナ様。まるで大切な思い出みたいだ。
「リースはいつも我が家の庭園を走り回っては、何処で作ってくるのか擦り傷をよく作って来てね……それをいつも治すのは決まってカイルだった」
「昔から魔法が得意だったんですね」
ダナ様は頷く。
そして、また話をゆっくりと続けた。
「私はリースの怪我を治すカイルが羨ましかった。早く自分にも〝目覚め〟が来ないかと願っていた。そうすればリースの怪我を私も治せると」
ダナ様は嬉しそうに話す。雰囲気的に、私が勘違いでなければ、これはもしかして…………
「もしかして……」
「リースは私の初恋だったんだ」
「………………!!」
私は驚いて、戸惑ってしまった。こんな話、きせきみにはなかった。だけど、確かにダナ様やリースやカイルは生きている。画面上では見えない物語が存在していた。
「驚いているね。しかし、本当の話だ。しかもカイルも同じだ」
ダナ様は笑う。か……可愛い……推しの力とはこの事かと思った。が、何処で察知したのか、私の手は勝手に動いて傷口にパンチする。
「痛っ……!!」
私が傷口を押さえると、ダナ様は動揺する。
「大丈夫か?! 何故傷口を……」
「もう一人の私が勝手に傷口を叩いて……」
ダナ様はくすりと笑う。私は不思議と力が抜けたダナ様を目の前にしている事に、安心した。
「……話を続けるが、私の初恋はリースだった。だが、カイルも同じだった」
「…………えっ」
「カイルは元々人をよく見ている。複雑な事情を持ち合わせていたせいか、人にさりげなく気を遣ってしまうんだ」
「えぇ」
私は納得出来た。今も余裕を持ってフラフラしているようには見えても、しっかりと周りをよく見ている。
「だから……あの頃も、私にリースを好きだとは言えなかったんだろう。……ある日、リースが遊びに来る数時間前に、カイルにお願いをされた」
「はい」
私は間の抜けた返事をする。一体どういう事なのか? いまひとつ、分からなかった。
「なんの話だろうと思うかな、でも、大切な話なんだ。……カイルにお願いをされた。今日一日だけ、少しの間だけ、魔法でお互いを変えてみよう、と」
私はダナ様の目を見る。ダナ様は理解したか? という藍色の目をした。私の考えが間違っていなければ…………もしかして……
「もしかして……!!」
「あぁ」
よく気がついたね、という顔をダナ様がした。
あの日ーーリースが大切な思い出だと言っていた、ダナ様とリースの二人だけの約束。
「あれは私ではない。魔法で姿を変えたカイルだったんだ」
ダナ様は目をつぶった。
ダナ様は王宮の二階にある広場で、カイルと一緒にいた時に言われたそうだ。
『ねぇねぇ、兄さん!! お願いがあるんだ』
『何だ? カイル?』
『今日さ、一日だけ……いや、ちょっとの間だけなんだ。魔法でお互いの姿を変えない?』
カイルは昔から変わらないみたいで、何処からか持ってきた護符を見つけて、ダナ様に差し出した。
『何にも描いてない護符見つけちゃったんだ!! これを使って、お試しでお互いの姿に変わってみたい!! いいかなぁ?』
『私は構わないけれど、お前、それ使えるのか? 私は使い方知らないぞ?』
『こっそり使用人に聞いたから、大丈夫さ!! これを使って、リースを驚かせよう!!!!』
カイルはそう言って、リースが来て庭園に向かっている途中に、ダナ様とカイルの姿を交換して見えるように魔法をかけた。茂みから出て来たダナ様の姿をしたカイルは、その日、珍しく落ち込んでいたリースに声をかけた。
『リース』
『ダナ王子』
『久しぶり、元気だった?』
『えぇ、元気でしたわ。先日、新しい紅茶を仕入れてもらいましてね、お勉強の合間に飲んだら美味しかったのよ』
『……なんていう紅茶?』
『苺の香りがついた紅茶です……癒されるんですわ、解放されるの』
リースはふうっと遠くを見る。ダナ様の姿をしたカイルは、ふと、彼女の足首あたりに出来ている腫れた痕を見つける。
『リース……その足、どうしたの?』
パッと隠したリース。でも、カイルは逃さなかった。リースを芝生の上に座らせて……自分も座った。
『…………お父様に、されましたの』
『リースのお父様に?! どうして?!』
『私が……カイル王子みたいに、まほうが使えないから…………』
カイルは、ドキッとして……何も言えなくなった。でも、ふと、今の自分は、ダナ様の姿なんだと思いつく。そのままカイルは、ダナ様のフリをしてリースに話した。ダナ様は植物の木陰に隠れていた。
『ダナ王子、リースね、おとうさまやおかあさまやお兄さまみたいにまほうが使えるようになりたい』
『僕もまだ魔法が使えないんだ。王子なのに』
『みんな、かぞくはできることが、わたくしにはどうしてできないのかしら。淑女になるお稽古もお勉強やダンスのレッスンもがんばっているのに、わたくし…………まほうだけが使えないの。どうしてかしら』
『まだ僕とリースは目覚めていないのかもしれないよ?得意、不得意はあると乳母が言っていたから。リースだって、きっと使える日が来るはずだよ』
『…………でも。おとうさまとおかあさまはまほうが使えないのは誰に似たんだろうって言うのよ。おにいさまたちは四才には目覚めがおとずれていたのに、リースはもう六才になるのに、まだかって。おかしいんじゃないかって………………』
『僕も未来の国王なのに、どうしてまほうが使えないんだって言われてる。カイルが少し羨ましい』ダナ様の姿をしたカイルはなりきって言った。
ダナ様の姿をしたカイルは正座に座り直し、リースの手をきゅっと優しく握る。
『僕もまだ使えないけど、二人でがんばれば使えるようになるかもしれない。だから、リース。お願いだ、泣かないで』
小さなリースはしくしくと泣いていたが、ゆっくりと顔をあげてカイルを見た。
ねっ? と、リースを励まして、にこっとカイルが笑う。
小さなリースは、泣いていたが、ぴたりと止まって、涙を吸い上げるように、息を吸い込む。
『……ほんとうに?』
リースは目を赤くして言った。
『本当だよ。もし、リースがまほうを使えなかったら、僕が父上に言って、リースをお嫁さんにしてもらうよ!』
カイルは言う。ぎゅっと手を握ったまま、リースをしばらく見つめる。リースは、少し言葉の意味を考えた後、明るい声で言った。
『もしなれなかったら、ダナ王子のおよめさんになるの?』
『いやかな?』
『ううん、とっても嬉しいわ!!』
小さなリースは彼の言葉ですっかり元気になり、頬を濡らしたまま、可愛らしい笑顔で笑った。
『早いとか遅いじゃないと思うんだ。得意なことや不得意なことがあっても良いんだと父上は言ってくださった。カイルがまほうが得意なだけで、僕たちだってできないわけじゃないよ。もしできなかったとしても、僕のお嫁さんならいいだろう? 僕のお嫁さんになったら、まほうが使えなかったとしても責めないよ』
『そうですわね。きっと使えるようになるわ。でも、なっても、ならなくても、およめさんにしてくださらない?』
リースは頬の涙を片手で拭う。
『いいよ! 将来、リースを僕のお嫁さんにしてあげる!!』
カイルはまたにこりと笑い、リースの涙で濡れていた片方の頬を自分の手で拭いてあげた。
二人は合わせるように、くすすっと笑い合う。
その後、カイルはリースに言った。
『リース、ちょっと目をつぶってくれない?』
『…………こうですの?』
リースは素直に目を瞑って、そのままでいる。カイルは急いでダナ様の方へ走った。
『サプライズは終わったのか?』
ダナ様の言葉に、カイルは少しだけ笑って言った。
『うん、終わった。だから、元に戻ろう』
カイルはポケットから護符を取り出して、ダナ様に押し付け、姿を戻した。そして自分も護符を押し付けて、元の姿に戻る。ダナ様が行こうとした時、カイルが止めた。
『あ、ちょっと待って!!』
『何だ?』
カイルは、バタバタと急いで走ってきて、手にシロツメクサを取って来てダナ様に渡す。にこりと笑って、彼は言った。
『これ持って、目をリースにあけてもらったら……プレゼントだよ!!』
『わかった』
ダナ様は、カイルが座っていたように座って、リースに声をかける。
『リース、目をあけて』
リースが目をあけると、ダナ様はシロツメクサをリースに渡した。
『まぁ!! 前にもよくお花で遊びましたわね』
『そうだね』
ダナ様は笑っているところに、カイルが現れた。
『何してるんだ?』
カイルは、何も知らないという風に話す。
ダナ様もふざけて、適当に返事した。
『秘密だよ、秘密の約束を二人でしていたんだ』
『二人だけかよ、僕も混ざりたい』
カイルはぷうと頬を膨らませて言った。
『今のは僕とリースの約束だけど、また別に僕たち三人はずっとこのまま仲良くいるって約束をしてもいいぞ』
ダナ様が言う。
『いいね! その約束。結ぼう!!』
カイルは庭の薔薇を一輪、魔法で摘み取り、三人の少し上の目線まで持ってきた。
『王族の誓いだぞ』ダナ様が言った。
『もちろんだ、異論はないな?』カイル王子が確認した。
リースは、きょとんとあっけにとられていたが、ダナ様に、どうする? と聞かれて、
『誓うわ!』と叫んだ。
その後は前に私が見た、リースの記憶と同じ……薔薇の花びらをカイルが散らして…………
「どうして、カイルは自分が約束したんだって、リースに言わなかったのかしら?」
「あいつはいつも人の態度に敏感だ。勘もいいし。だからこそ、腹違いの私と自分自身の違いに、幼い頃から弁えているところがあってな。……半分平民の血だし、私に遠慮して言えなかったんだろうな」
「そうですか…………」
カイルらしいような、そうではないような。
確かに複雑だからな、カイル視点で考えれば。
「だから……リースにとっては、私との約束となっていたんだ。当然、私は約束していないから覚えていない。それが結果として、不幸を招いてしまった…………あの時、カイルとネタバラシをしておけば良かったんだ」
「……………………」
私は、すごく切ない気持ちになった。ダナ様の気持ちもカイルの気持ちもわかった。リースの気持ちも、すれ違ってしまっていたんだ。
「魔法の目覚めが私にもその後あって、私はようやくリースの擦り傷を治せると思った。だが、リースは裏切られたような思いだったんだろうな。それから遊ばなくなってしまったんだ。…………困ったティルト家は結果的に私とリースの婚約を結んだ」
「真実を彼女が知っていたら、違ったかもしれませんね」
私はそう言うと、意識が遠のいた。リースが、少しだけ私の腕を引いて前に出た気がした。
『知りませんでしたわ……ずっと……ダナ様との約束だと思っていました』
意識をチェンジしたリースは、大粒の涙を流して言う。ダナ様は、ハッと気がついて、幼なじみに微笑んだ。
「リース。覚えていなくて、本当に申し訳なかった。……あの時の私は私ではなかったから。だが、三人がずっと仲良くする……あの約束は、私にとっても特別だったんだ。だから、魔法であの日を再現して、こうして事実をしる事ができた…………」
リースは、ただただ頷いた。
『忘れた訳ではなかったのですね、嫌いになったからではなかったのですね…………』
「あぁ、違う。私の初恋はリースだった。君から逃げたのも、完璧な君と虚勢を張った自分が重なって……拒否してしまったんだ。すまない」
『ずるいですわ、ダナ様…………早く言って欲しかった…………』
「あぁ。私はずるいんだ。どこまでもずるくて、欲深い人間だ。だから、君に今後何かあれば、いつでも相談に乗りたいと思ってる。変わらず、思っているよ」
『もう……充分ですわ。もう一人の私……レナがいてくれましたから……』
リースは、涙を流しながら、笑って、私に意識をタッチした。背中を再び押された私は、急に戻って驚いてしまう。
「もう……予告もなしに、急に変わらないでもらえますかって感じですよっ」
ダナ様は少し目を潤ませながら、そんな私を見て、ただただ頷いていた。