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「ねぇ、リース……」
私はリースに声をかける。
リースは噴水から、私を何も言わずに、見つめる。
「貴女は愛してくれる人が誰もいないって思っているかもしれないけど……私、貴女の事、とても好きだよ。この身体でリースとして生きて、貴女が心からダナ様を大好きで、でも魔法の事で傷ついているのがよくわかった。私なんて三十二歳にもなるのに、ちゃんとした恋愛経験なんてなかったんだから」
私は笑って、お笑いのツッコミ役のように、手を動かした。
「……貴女にはロゼッタがいる。……それに、素敵なお兄様やカイルも」
マークスとロベルはリースに微笑んだ。リースは複雑な顔をして、二人の兄を見る。
「………………」
「……身体を貴女に返すから、もうこんな事しないで。後悔や涙を流さないで。自分を傷つけないで。貴女は……私なんかよりもずっと、真っ当で素敵な令嬢よ。…………誰がなんと言っても」
いいのか? 君はいいのか? と言っているような、皆の私を見る視線が、痛いほど突き刺さる。私は産まれてこのかた、リースのように懸命になった事があっただろうか? 誰かを深く愛する事があっただろうか? 何もしないで、ずっと同じような日常を過ごしていた。持っている誰かを表面では納得しながらも、心の底では羨ましいと思いながらーーーー…………
「貴女は、それでいいの?」
リースは言う。私はゆっくりと頷く。
「私に身体を返したら、貴女は死ぬのよ? この世界からも貴女は消えないといけない。だって、貴女、彼の事が…………」
私は微笑んで答えた。
「人生最後に、好きになれたから。誰かを心から……」
私はリースに手を差し伸べた。リースは恐る恐る私に手を伸ばす。リースの水の手がこちらに来た時……指先に熱くて黒い玉が、飛んできた。サッと私は振り返り、構える。
ハッとまた見ると、アントニ侯爵が懲りずに攻撃を仕掛けて来ていた。
「アントニ侯爵……」
「リース、何をやっている。……お前の言う事を聞くのは、この私だ!!!! そんな偽者に騙されるな!!」
「お父様!!!! もうやめて」
リースは叫ぶ。アントニ侯爵は完全に吹っ切れたのか、同じように黒い玉を作り出す。
リースの前に、マークスとロベルが立ちはだかった。
「何様のつもりだ」
「お父様、これ以上はいけません」
「もうやめましょう」
二人は戦う構えをして、アントニ侯爵の前に立ち尽くす。アントニ侯爵は二人の様子に余計に苛立ち、吐き捨てる。
「今更お前らが何をしようと関係ない。……お前達も私のおかげで貴族でいられるんだろう」
「その通りです。お父様。全てお父様のおかげです」
マークスは呟いた。アントニ侯爵は高らかに笑う。
「フン、わかっているのなら……どうして逆らう」
「娘だからです、リースは貴女の娘で、私達の妹。道具じゃないんです」
「僕達は無能で構いません。僕でしたら、いくらでもお父様の駒となります。ですが、リースは別です。大切なんです。貴方がリースを叩こうが罵ろうが、僕達にとっては……一人しかいない」
ロベルもハッキリと言った。
「偽者に騙されていた癖に何を言うか!!!! 今こそ、タイミングではないか!!!!」
アントニ侯爵は手を振り翳す。マークスは構えて、手を振り翳した。強い針のような盾を出して、アントニ侯爵の黒い玉を受け止め、弾き返す。尽かさず、またロベルにも攻撃が来たので、ロベルは父の攻撃を魔法で取り込んでから、倍にして返した。二人共、直接は当てずに、外している事がわかった。
「お父様、お兄様、やめて下さい!!!!」
水の姿をしたリースは戦う三人に戸惑い、無理矢理マークスとロベルの体を浮き上がらせて、引き離した。光を二人に散りばめると、激しく抵抗しつつも二人は脱力して眠りについた。
「お父様、こんな事はもうやめましょう。どうか……出来損ないのリースをお許し下さい。私は…………私の人生を、もう一度だけ生きたいです。やり直したい」
「許さん……」
アントニ侯爵はまだ、抵抗する気でいる。リースは身体を伸ばして、透明な身体でアントニ侯爵を、きつく睨んだ。
「お父様………………わかっていただけないのなら……仕方ないですわね」
「リース!! 私に仕えろ!!!! 私はお前を許さない!! ……いや、お前だけじゃない、カデーレだった先代の婦人とお前達の曾祖母も許さない!!!! この国では魔法が使えるのが強いんだ、魔法を使い、国を制する事が、最も重要なんだ!!!!!!!!」
「……お父様、消えて下さい!! 私はもう半分、貴女の娘ではありません!!!! ラクアティアレントと一体化した私だから…… だからこれ以上、私を苦しめないで!!!!!!」
「ダメ!!!! リース、止めて!!!!!!!!」
リースは、また大きな水として大きくなって、リースは氷の剣をアントニ侯爵に飛ばした。百も越えるくらいの、大量の氷の剣数を見て、私はまずい、死んでしまう!! と思った。殺す気だわ。アントニ侯爵が相手だからか、リースは我を忘れて、どんどん巨大化している。今まで見た事のない大きさになってきている。カイルが咄嗟に、アントニ侯爵の前に立ちはだかって、庇った。アントニ侯爵は娘の変わり果てた姿に、恐怖の顔を見せた。カイルは氷の盾を出そうと手を翳す。だけど、沢山の氷の剣が、ものすごいスピードで向かってくるため、間に合わない。
「カイル!!!!」
待って!! カイルが死んじゃう!!!!
私はカイルの元へ走ろうとした。でも、目の前にリースの魔法で氷の破片が飛んで来て、床に突き刺さる。走るのも無理だった。でも、でも、このままじゃーーーー彼が…………!!!!!!
私は混乱しながらも、剣はカイル達へと向かっている。ダナ様とノエル、ヨクサクが防御の魔法を一斉に飛ばした。でも、間に合わないーーーーーーーーーーーー
どうしよう!!!!
どうしたら!!!!
『運命の糸を切るのです』
アリアラの言葉を思い出した。
ふと、冷静になって、私は短剣を見つめる。手に取った鞘が冷たく感じた。……仕方ない、もう方法がない。例え、この先がどうなったとしても……今はこうするしか……………………
私は…………瞬時に短剣を取り出した。
そして………………
リースの氷の剣は、フッと消えて、おさまった。
皆が、ハッとして、どうなった?! と不思議な顔をしている。カイルは、私を見るなり、走って来る。
私は、カイルにニコッと笑うと、短剣を持っていた手をそっと離した。
私は、私の呼ぶ声が聞こえたような聞こえないような、まどろみみたいに感じた。
さすがに痛かったよ。……ごめんね。カイル。
身体にずっしりと響くように激しく痛むお腹と…………お腹に染み渡る血と、刺さった短剣に触れる事なく、私は……ゆっくりとリースの方へと歩いて行く。
周りの皆も叫んで、私の近くへと来たけれど、私は、皆に顔を向ける事なく、ずる、ずる、と身体を引きずりながら、意識をしっかりと持たねば、と思いながら、リースへと近づいた。
リースは、元々の透明なリースの姿に戻り、同じように苦しそうに私を見ている。リンクしている私達は、私が傷つけば動けなくなる。リースが私を殺せても、私がリースを殺せない訳ではないのだ。方法はひとつだけ。自分も巻き込む方法ならば止められる……少々荒っぽい技だったかしら?
「ごめんね…………こうするしか、止められなかった……………………ダメよ、親を殺めたら。……こっちから捨ててやる……ぐらいで…………ないと………………」
私は笑ってから、頑張って石囲いに登る。
登った時に屈んだために、ぽた、ぽた、と足の方に血がつたって、囲いに血が付いた。そのまま、私はリースに手を伸ばす。リースが手を取った後に、彼女の身体は私へと向かって来て……消えて…………私は重心を崩して、ラクアティアレントの中へとバシャーンと倒れて落ちてしまった。
「リース!!!!!!!!!!」
リースはそのまま消えて、ラクアティアレントはただの噴水になった。申し訳ないのが、私が倒れてしまったせいか、血が少し滲んでしまった。ダナ様に神聖な聖水なのに汚して! って、また怒られてしまうね。
私……バチが当たったのかもしれない。
他人の身体で……誰かの人生で自分の人生をやり直した気になってた。
違う誰かになって…………違う人間となって……
楽しかったし、嬉しかった……………………
リースとなって………………ほんの少しだけ、私も自分のしたかった事がなんとなくだけど、できたような…………そんな気がしたよ。
カイル……ごめんね……………………
ごめんなさい
最初に助けてくれたのに…………また、台無しにしてごめん
もう一緒にいられないけど…………
貴方に恋できて良かった……
カイルは私を助けようと、ラクアティアレントに飛び込もうとしていた。混乱しながら涙を流して、飛び込む寸前で、ダナ様に腕を取られる。
「カイル!!!!!!」
「ーー義兄さんっ!! リースがっ…………!!!!」
「ラクアティアレントに触るな!! 障りがある!! 今救い出す、待つんだ」
ダナ様は手を広げて、私を水のドームに包んで、床へと置いた。
カイルはすぐさま近寄って、私に……声をかけた。
「リースっ!!!! リース!!!!」
泣いてる…… 泣かないで…………
皆も私の方へと近づいて来た。びしょ濡れの私をダナ様が服を乾かす。
カイルは慌てて……私のお腹を押さえる。血が出てきて止まらないみたいだ。
「ヨクサク!! 医者を呼んで来い!!!! 早急にだ!!」
ダナ様はヨクサクに叫んだ。ヨクサクは慌てて大きく返事をする。
「承知しました!!!!」
「リース!! ……リースっ!!!!」
カイルは私の名前をひたすらに呼んでいる。あぁ、こんな幸せな事ってないわ……と私は思う。カイルは泣きながら、手を押さえて、カイルとダナ様で応急処置に治癒魔法をかけている。
「リース!! 大丈夫よ!!!! 二人の王子様が今助けるわ!!」
「馬鹿な事するんじゃねえ!! これでくたばるなよ!!」
「リース嬢、私も治癒魔法をします!!」
ノエルもカイルに手を翳して、カイル越しに私へと治癒魔法をかけた。皆が……必死になっている。
アントニ侯爵は、茫然としていた。
「リース!!!! 死ぬな!!」
カイルは叫ぶ。ダナ様はカイルに言った。
「魔法の短剣が刺さったままだ、医者もこれは取れない……」
「リース以外の誰かが触れば、火花が散る……」
レオは呟く。カイルは叫んだ。
「抜かなきゃ、この子は助からない!! 俺がやる……!!」
ダナ様は馬鹿な事をと引き止めた。
「やめろ!! お前がどうにかなったら、どうするんだ!!!!」
「助けなきゃいけないんだ!!!!」
カイルはダナ様に言って、勢いよく、私に刺さっている短剣に触れた。
暴力的な表現が出て来まして、申し訳ありません。
あくまでも物語の流れとしてですから、真似はしないでくださいね。