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私はカイルの作ってくれていた盾から飛び出して、短剣を取りに行く。リースは刃物にしていた両手を元に戻して、風を起こす。短剣は風で遠くへと吹き飛んでいく。私は取りに行こうとした時、パッと短剣の近くにいたアントニ侯爵がバッと勢いよく目を開ける。そして、私はアントニ侯爵に手を翳され、二、三メートル吹き飛んだ。
「リース……!!」
カイルは盾を作りながら、急いで駆け寄る。ダナ様も寄って来た。
「お父様!! どうして!!」
ロベルはアントニ侯爵に問いかけた。アントニ侯爵は起き上がって、首を左右に曲げてボキッボキッと音を立てる。
「我が娘が、これほどにもティルト家に貢献する事があっただろうか? このリースがいれば、王家など容易いものだ。だったら、身体は捨ててしまえばいい」
「王家を侮辱するとは、不敬だぞ!!!!」
ダナ様は叫ぶ。アントニ侯爵は顔を険しくした。
「娘を放っておいて、違う令嬢と仲良くしていた王太子に言われる筋合いはない!!!! ……折角の王家進出を娘の不手際で無くしたんだ!! しかも、その間、違う人間に身体を奪われていただと?! 冗談じゃない。ティルト家に尽くす為、リースにはこれから働いてもらわなければいけない」
「お父様!! 貴方はリースを道具としか考えていないのですか?! こうもなってまで……彼女を利用しようとするんですか!!!!」
マークスは言う。アントニ侯爵は鼻で笑って、高笑いした。
「マークス……お前もよく言ったものだな……!! 道具?! それ以外に何になる?! 娘は……産まれた時にミルクティーヘアにピンクアイズだったんだぞ? この忌々しき血を引き継いで産まれて来てしまったのだ!!!! 道具以外にどうなればいいのだ?」
「アントニ侯爵……貴様、リースを何だと思ってるんだ」
ダナ様が目を光らせて言う。感情が昂ると、藍色の目が光るようになっている。リースの事で、ダナ様は怒っているんだと思った。
「もう婚約者でも何でもないだろう!! 未熟な王太子が、生意気を言うな!!!!」
アントニ侯爵はダナ様に攻撃を仕掛けた。だけど、ダナ様は怒って一気に弾き飛ばし、火の魔法をアントニ侯爵に仕掛けた。
「義兄さん!!」
カイルは叫んだけど、ダナ様はギリギリのところで理性を保ち、アントニ侯爵から攻撃は外した。
「娘をもっと大切に扱え。リースは一人の人間なんだ」
「……カデーレの娘を受け入れろと?」
アントニ侯爵は言う。ダナ様は、不思議な顔をした。
「カデーレ?」
「リースはカデーレなんです。最少種族のカデーレ。ノーマルじゃない」
私の言葉に、ダナ様は注目する。リース自体も、攻撃を全くやめて、小さく私と同じ姿になった。
「カデーレとは……何ですの?」
リースは言った。マークスが、私の言葉に補足するように、言う。
「リース、君はノーマルじゃない。調べたところ、君はカデーレというスペラザで、ほんの少数しか存在しない種族なんだ。カデーレは見た目はノーマルと変わらない、魔力を持たない。だが、育てる事に長けていて、相性が良いのは料理や植物。愛がカデーレの力がこもるスイッチとなる。陽だまりのような力があるんだ」
「何ですって…………?」
リースは驚愕の表情をした。身体を震わせて、落ち着いていられないようだった。
「貴女はノーマルなんかじゃなかったの」
私はリースの目を見て言った。
「それに……カデーレは遺伝するんだ。リースのミルクティーヘアにピンクアイズ、それがカデーレである証拠なんだよ」
ロベルもリースに伝える。ダナ様は驚きを隠せないでいた。
「私はノーマルじゃない……」
「そうよ、貴女は魔法は使えないけれど、何の力もない訳じゃないの」
リースは固まったまま、暫く何も言わなかった。私達は彼女を見つめながら、様子を伺った。しかし、リースは高笑いし始める。
「あはははははははっ!!!!!!」
「?!」
「ど、どうしたの?!」
「可笑しいわっ!!!!」
リースは石囲いに座っていたけれど、噴水へと身体を戻し、笑い続ける。
「何が可笑しいの?!」
「カデーレーー?! ノーマルじゃない?? ……そんなモノの為に、私はずっと悩んできたの?! そんなモノの為に、両親から厳しい教育を受けてきたの??!!」
彼女は笑い続ける。笑い続けていたけれど、顔を手で覆って、涙を流した。堪えきれない涙が、今まで彼女自身の辛さを感じさせた。ダナ様は何も言わずに、ただ、見ていた。
「もう苦しまなくていいのよ」
私はリースに寄り添うように、石囲いに近づいた。リースは何もしなかった。ただただ涙を流すリースに、何もしてあげる事など、出来なかった。
ダナ様は呟く。
「リース、済まなかった」
リースは泣きながら、話し始める。
「ダナ様、私と昔話した事を覚えていらっしゃいますか…………?」
「どんな話だ?」
ダナ様はとても優しい言い回しで、リースに聞いた。リースは少しずつ手を離して、答える。
「昔…………スプレンティダ家の庭園でよく遊んでいた頃の…………」
「私とリースとカイルで遊んでいた頃だな」
「えぇ」
リースは何かを言いたそうにしている。さっきまで私を殺そうとしていた恐ろしい令嬢だったのに、今は何だか乙女のようだ。
「…………約束を覚えていらっしゃいますか?」
「約束…………? 私とリースとカイルの三人が、ずっと仲良しでいられるように……だろう?」
「どうして…………」
リースは右頬にぽろりと涙を流して、呟く。ダナ様や他の皆はその様子を真剣に見つめている。私は考え込んだ。約束…………少し前に思い出した、リースが見せた記憶にも、フィオレに約束しないで!! と言っていた。…………約束…………約束、約束……約束………………
「あっ!!」
「どうしたの? リース?!」
カイルは私の近くに来て、私の顔を見た。私はダナ様の顔を見る。困ったような、考え込むような表情をして、必死に思い出そうとしていた。
「…………〝本当だよ。もし、リースがまほうを使えなかったら、僕が父上に言って、リースをお嫁さんにしてもらうよ!〟 ……ダナ様、この言葉を覚えていませんか?」
ダナ様は目を見開いて、私の顔を見た。
「それは…………」
「ダナ様にとっては……記憶から抹消されてしまうような、どうでもいい記憶だったとしても…………あの頃の私を……今までの私を……あの言葉が、どんなに私を救って下さったか……」
リースは噴水の中から、透明な身体で、涙を流して、ダナ様を見つめる。ダナ様はそんなリースを見て、何も言わずに、リースを見つめた。
「リースにとって、大切な思い出だったみたいですよ。私、何度も彼女に彼女が経験してきた記憶を見せられて…………。この思い出は本当に見ていても美しくて……。リースの支えだったんじゃないですかね」
チラッとリースを見ると、大粒の涙を目から流していた。身体を無くして、透明なラクアティアレントとなっても、その涙は美しくて切なかった。フィオレとダナ様は結ばれる事が決まっていたから。
「ダナ様がフィオレ嬢を選ぶのは、仕方ありません。人の気持ちは左右出来ません。…………でも、ダナ様がせめて覚えてくれていたら……私、どんなに辛くても…………それを支えに生きていけましたから…………だから、私……彼女にダナ様とは何も約束事をしないでと言いました…………。あの言葉は……私だけの……大切な……大切な……変わらないモノですから」
人の想いは変わるけど、思い出は絶対に変わらない…………悪役令嬢だったけど……リースはちゃんとわかっていたんだ。
ダナ様はジッと、リースを見つめた。
「ダナ様…………」
「リース、あの時の私は…………
ダナ様が言いかけるが終わらないうちに、私は身体に衝撃を感じて、また吹っ飛んだ。同じようにリースは構えて、振り返る。
「リース!!」
「お父様!!!!」
カイルが私の元へと駆け寄る。私は風の魔法によって、飛ばされたのだとわかった。ノエルはヨクサクにレオとノエミを任せて、カイルの元へと寄って来る。アントニ侯爵が立ち上がり、私へと向かって来ていた。
「カイル様、アントニ侯爵も魔法は強いです。ご注意を」
「わかってる」
カイルは言った。ダナ様は呟く。
「アントニ侯爵、貴方は自分が何をしようとしているのか、わかっているのか?」
「お父様!! おやめ下さい!!」
「そうです!! この者はリースではありませんが、身体はリースなのです!!!!」
マークスとロベルの訴えにも、耳を傾ける事なく、アントニ侯爵は立ち上がり膝の汚れを叩いた。
「わかっているとも、自分が何をしようとしているかなど、把握している」
「わかってんなら、これが良いか悪いかわかるよな?!」
レオが叫んだ。
ノエミも一緒になって、言う。
「そうよ!! 娘の身体を傷つけたらいけないわ!!」
「アントニ侯爵、どうか考え直されて下さい」
だけど、アントニ侯爵は私達の言葉を無視して、歩いて来た。私の短剣が近くにある。今、下手に短剣を取りに動いてもやられるだけだ。
「傷つける……? カデーレとして産まれて、リースは私達に何の利益も与えなかった。作る事に長けていたとしても、それは私達には何の役にも立たん。だが、今はどうだ? 無限の身体と力を手に入れた。…………もう、何もお前は悩まなくて良いんだ」
「役立たない事なんてないわ!! リースは……元々努力家で、繊細なのよ!!!! アントニ侯爵が商材と頭脳に有能なのはわかってます。……でも、リースはリースです。この子の魅力はこの子にしか表現できないんです!!」
私は叫ぶ。怒りに狂って来ている、アントニ侯爵は……低い声で言った。
「黙れ、偽者……」
アントニ侯爵は、しゃがみ込んで私の短剣を拾おうとした。ダナ様が焦る。
「まずいぞ、魔法の短剣を他の者が使ったら……」
「カイルの兄ちゃん、大丈夫だ……」
「?」
ダナ様はレオを見た。レオは頷く。私は知っていた。私以外に短剣を持つと…………アントニ侯爵は短剣を握りしめる。
「わぁああああっ!!!!!!!!」
私の短剣から大きく火花が散って、アントニ侯爵の手から勢いよく離れた。カイルは走って、短剣を蹴り飛ばす。私はそれをキャッチして、自分の手でしっかり持った。
アントニ侯爵は、手を押さえている。
「私以外の方がこれを持つと、こうなります。皆、気をつけてね」
私は笑う。