28
アントニに電流が放たれた後、あたりは光と煙で立ち込め見えなくなった。私は目を凝らすと、煙が消えていく中でカイルの姿が見えた。アントニの前に立って、構えている。私は思わず、叫んでしまう。
「カイル!!!!」
「……君の思い通りにはならないよ」
リースは無表情になって、手を違う方向へと広げた。両手からパーっとまた強い光を放つと、神官達がバタバタと倒れていった。
「何?! どうなっているの?」
私が周りを見渡すと、神官達は倒れて、何人かの神官は防御を取ろうとした。が、堪えきれずに倒れてしまう。
「光を浴びるな!! 眠りの魔法だ!!」
カイルが叫ぶ。私は腕を振って、光を浴びないようにする。ダナ様が風を起こして振り払ってくれた。
「何のつもりだろうな」
「えぇ」
リースは無表情で立ち尽くす。レオとノエミは、ノエルとヨクサクが付いている。二人共怖がる余裕はないみたいだ。
「お父様、お父様にそう言って頂けるなんて……本当に光栄ですわ」
「そうだろう!! お前は私の娘……!! 優秀な娘だからな!!!!」
アントニは立ち上がる。彼の後ろはリースの電流の魔法で、黒く焼けたあとが付いていた。
「本当にお父様って大嫌いですわ、そういう合理的かつ屈強主義なところ」
リースは手を振り上げて、光をアントニに放った。
「リース!!!!」
アントニ侯爵は叫んで、手を翳したが、間に合わずにその場に倒れ込んだ。
「邪魔なのよ、余計な事をして……」
リースは手をさげて、呟く。カイルはアントニ侯爵が息をしている事を確認した。
「大丈夫だ、寝ているだけだ」
「リース、貴女何がしたいの? アントニ侯爵は関係ないでしょう?」
ずるりと身体を振り向かせて、リースは私を無表情で見た。
「…………ベイビーブレスって言う、ミドルネームは……薔薇の吐息をイメージしたんですって」
「え?」
私は聞き返すと、リースは次々と独白していく。
「薔薇の吐息は、両親が言うには、薔薇のつぼみを意味するの。………………ぎゅっと今にも咲こうと息を吐いている……私を見た時に、両親は……美しさを満開に咲いている名前じゃなくて、これから咲こうとしている薔薇のつぼみにたとえた…………だから、私にはベイビーブレスという名前がついた」
「…………それで?」
私は彼女に聞いた。
様子が今までとは少し違っていたから。今にも泣きそうな顔をしている。
「…………だけど、薔薇のつぼみは永遠に咲く事を知らない、ただのつぼみ……美しくも強くも何ともない…………花の塊……私は……結局、何にもなれなかった」
「リース……君がお父様に受けていた厳しい躾から、私達は守ってやれなかった…………!! 本当にすまない」
マークスが近づいて来た。頭を下げて、謝罪している。ロベルも近づいて来た。
「僕も…………お父様に叩かれる君を見てみぬフリをした!! ごめん!!!!」
リースは、二人の兄を見て、ただただ心中を吐露する。
「産まれた時から、優秀なお兄様達には……私の気持ちなど、わからないでしょうね…………」
「リース…………」
マークスは呟く。
「私には……魔法が使えなかった……だから、お父様やお母様に好かれたくて、勉強を頑張ったけれど、スペラザの鷹と言われるマークスお兄様に、勉強では、どんなに頑張っても勝てない。…………では、商業でなんとかしようとした……だけど、どんなに考えても、ロベルお兄様の商才と人脈作りにも勝てなかった………………役立たずと、何をしてもお父様にぶたれて…………あの家で……私はずっと…………つぼみのように、閉じていなければいけなかった!!!!!!」
リースは両手を伸ばして、二人に攻撃をかける。水と電流が彼女の両手から放たれる。マークスとロベルは二人で盾を作った。だけど、リースの魔法の威力が強すぎて、防ぎきれそうにない。
私は走って、二人の元に駆け寄る。咄嗟にリースが私を見て、油断した隙に、私は短剣をめいいっぱいに振り翳した。跳ね返して!!!! そう思って、短剣を振ると、リースの攻撃を跳ね返すことが出来た。
「…………きゃあっ!!!!」
私は叫んでしまう。跳ね返して、リースが受けた攻撃が、同じように自分にもかかってきたからだ。
「ばかね、貴女。……貴女と私は繋がっているの。私はその身体の持ち主だから、貴女をいくらでも殺せるのよ」
ロベルは私に話しかける。
「リース!! ……じゃないけど、君!! 大丈夫か?」
「えぇ……痛いです。でも、お兄様達をお守りできて良かった」
「無理をするな、かしなさい」
笑う私に、マークスは私の腕に両手を触れて、治癒魔法をかけた。身体がスウッと、お風呂に入った時と同じ感覚になって……のびるように、痛みが癒えていく…………とても楽になった。
「楽になりました。ありがとうございます」
「いや、大丈夫だ。さっきはありがとう。二人でも防ぎきれなかった」
私はぺこりとお辞儀をする。リースがニイイッと笑う。
「お兄様、ありがとうございます」
マークスはハッとして、額に手を当てた。私の怪我を治すという事は、リースの身体を治す……私達は繋がっている。だから、リースがダメージから復活してしまう。
「すまない……」
「そんな事ありません!! 私こそ、すみません」
「余計な話をしてるんじゃないわよ」
リースは私に向かって、火花を散らして来た。私は、構えて短剣を振り翳す。お願い…………っ!!!! 跳ね返して!!
短剣は火花を受け止めて、私は左側に短剣を押した。リースから放たれた火花はリースのギリギリをかすめて、その後ろの壁へと到達する。私はホッとして、うまく跳ね除けられたと思った。
「……偽物が、偉そうに」
リースは透明な身体を常に魔法で動かして、静かに流れるラクアティアレントで、身体を作っている。
「その姿になって……魔法が使えて、満足?」
「何ですって?」
リースは両手をナイフのような形にして、私に向かって来た。私もサッと、短剣を出した。だけど、押しが強くて、カランッと手から短剣が吹っ飛んでしまう。勢いよくリースは手を向けて来た。私は避けようとすると、目の前に透明で大きな石の盾が現れる。隣にカイルが立っていた。
「君はリースを挑発させたいの? こんな場面で、やりあおうなんて自殺行為としか考えられないんだけど……!!」
「……ごめん」
「良いけど、後で責任取ってもらうからね」
カイルは必死に、耐える。汗がぽたりぽたりと出てきている。リースの力は相当強い。いくらカイルとは言え、耐えられない……。
その時ーーーーピタリと時間が止まる。リースは身体を無くし、ラクアティアレントは元の姿へと戻った。私やカイル、ダナ様、レオ達は動いていられた。
「何?」
「時間の魔法だ……フィオレはいないのに、誰だ?」
ダナ様は周りを見渡す。すると、ラクアティアレントの石囲いに、座る、占い師アリアラがいた。
「あの、マカニ共和国の怪しい占い師!!!!」
レオが叫ぶと、彼は企むような表情をした。
『ご苦労されていますな』
相変わらず、杖を真ん中に持って、両手で支えている。私は何? と思って見つめていた。
『リース嬢、いいえ……レナ嬢』
皆がざわついて、アリアラを見る。
「彼は誰だ?!」
ダナ様は言うと、ノエミは答えた。
「リースに魔法の短剣を取りに行きなさいって言った占い師さんよ!!」
「何だと……? どうして、ここまで来られているんだ?」
『貴方達が見ている私は、幻影にございます。私の本当の身体はマカニ共和国にあります故、ご安心を。…………危機かと思い、こちらに意識を飛ばして会話させていただいております』
「アリアラ……どうしたの?」
『レナ嬢……貴女をマカニで見た時、貴女に複雑な運命が絡み合っているとお伝えしました』
「えぇ、それを解くのに短剣は必要だと」
『いかにも。この、リース嬢の身体に貴女が入り、ラクアティアレントとリース嬢が一体化してしまった運命を解くのには…………その短剣が必要です』
アリアラは目を大きくする。私は、困惑して言った。
「? えぇ?」
『貴女方は繋がっているーーーーだが、それを断ち切るには、リース嬢の魂を短剣で刺すしか術はありません』
「ーーーー?!」
全員が衝撃的な顔をした。私は、何も言わずに、アリアラを見つめる。彼は表情を変えずに続けた。
『今、レナ嬢の身体はリース嬢の身体になっている。だが、リース嬢はラクアティアレントを身体として、動いている。…………つまり、体を持たないのです。貴女が助かるには、彼女の魂を魔法の短剣で突き刺す事。さすれば、彼女は苦しみから逃れーーレナ嬢は今のままでいられます』
「だけど……それじゃあ、リースが死んでしまうわ!!」
『彼女にとっては本望でしょう。実の両親にも愛されず、兄弟にも守られず、愛する婚約者は奪われ、魔法すら使えず国に奉仕する事さえできないのですからーー』
アリアラは私を真っ直ぐ見つめる。
「そんな……できません!! 彼女の記憶は嫌と言う程、今まで見てきた。その相手を殺めるだなんて…………」
『ですが、それをしなければ、貴女が死にます。貴女が死んだら、ここにいる人達は皆傷ついてしまう』
私は皆の顔を見た。ダナ様、マークスお兄様、ロベルお兄様、レオ、ノエミ、ノエル、ヨクサク…………そしてカイルを見つめる。
皆は私を真っ直ぐな目で見ている。
「私は、リースのままがいいわ」
ノエミが正直に話す。レオは慌てて、ノエミにゲンコツを食らわした。ノエミは叫ばずに、頭を押さえた。
「……だって、リースと私お友達になれた。それに、元々のリースさん、何処か哀しそうで」
「だって言ったってよお! お前!!」
レオはノエミに注意しようとしたら、ノエミに言われる。
「お兄ちゃんは? ……リースとずっと一緒にいたくないの?」
「……いられればいいけどさ」
「しかしリース嬢は、元のリース嬢に憑依しているだけなのですよ?」
ノエルが言う。
「確かに。憑依している者が、ずっと仮のままで生き続けるべきなのか」
ヨクサクは腕を組んで考え込む。
「だが……このままの方がティルト家としては都合が良い。君が妹となれば、家もまとまる」
アントニの顔を見て、マークスが言う。
「だけど、僕達の妹は亡くなるんだろう?」
ロベルはマークスに言った。
「このままでは、私達がやられてしまう」
ダナ様は言う。
「君が決めなよ、リース」
カイルは私の顔を見た。真っ直ぐ見つめる藍色の瞳に、迷いは無かった。私は俯いて、言う。
「どうしたらいいの……?」
『決めるのはレナ嬢です。もうすぐ、時の魔法が消えます。……戻ったら、先程と同じ状態に戻ります。どうか、ご決断は早急に。私は遠く離れた土地からーー貴女方を応援しております…………』
アリアラがフッと消える。瞬時に私は元に戻って、隣で耐えているカイルを見た。カイルは何も言わずに、汗を少しずつ垂らしながら、頷いた。