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それからの事はもうーーーーパラパラ漫画のようで…………階段下で何かを言い合っている私達の姿と、階段上に登って行くフィオレに、追いかける私の姿。何かを言い合いして、揉めて…………
階段の上に登って歩いている私達。バットポイントあたりで、私が何かを叫んで、フィオレも何かを叫んだ。もみ合いに少しなっていて、そしてフィオレがそれと同時にドンと私を突き飛ばす。そのはずみで私は後ろに下り、朽ちていた手すり部分がバキーンっと折れて、私は空中へと放り出された。
『リース嬢!!!!!!』
フィオレは咄嗟に、時間を止める魔法を発動させた。
ダナ王太子は、それを見て言う。
「神殿で魔法を使ったのか?! それも時間の魔法など高度魔法だと言うのに!!」
「いいから、義兄さん」
カイルは慌てなさるな、というばかりにダナ王太子を静止させる。落ち着いていられないダナ様も、仕方なく、じっとしていた。
フィオレは手を翳して、思いっきり時間を止めた。私自身は、水面より少し上のあたりで、浮いて止まっていた。フィオレはそのまま走って、記憶記録の書のある部屋へと向かって今日のページをやぶってきた。パッと魔法で手すりを直して、急いで、走る。
『誰か助けを呼んで来なくてはいけませんわ!!』
フィオレの幻は神殿の入り口を抜けて走って行く。シン・ダークは、フィオレの幻を見ると、驚いて凄い速さで避けた。神殿から出て走っていたフィオレは途中で足を止める。
「走るのやめちまったなぁ?」
「どうしたのかしら?」
「あんなにゆっくりしている時間はない。時間の魔法は長い時間を止めてはおけないんだ。強い力が必要になると同時に消耗もするからな」
レオ、ノエミ、ダナ王太子はそれぞれに話している。どうなるのかな……と皆が見ていたけれど、だけど、フィオレはその場から動かなかった。何かを迷っていたのか? 廊下のすぐ向こうで立ち止まって……
「まずいぞ、タイムリミットだ。もうすぐ魔法が解ける」
空間の歪みが段々と生じてきて、ゆら、ゆら、と宙に浮いている私の体が揺れて来た。フィオレはずっと、立ち止まっている。
「戻って来ないわ!!」
ノエミがそう言うと、魔法の効果はすぐに切れて、私はラクアティアレントに落ちた。ラクアティアレントの自身の魔力で噴き上がるようにされている、噴水のすぐ脇にバサーンと、落ちた。何かがキラリと光ったような気がした。
それから、カイルとノエルがやって来る。魔法でラクアティアレントに触らずに、水風船を作るみたいな魔法をかけて私を浮かばせた。最後にカイルが手を伸ばして、噴水外に私を置いて、ノエルが近づく。その間に、カイルは自分の身なり、濡れた服を直した。
『大丈夫でしたかー?! リース嬢??!!』
バタバタと幻が動き終わって、あっという間に再現は終わった。ダナ王太子は黙って俯いている。気まずい空気を裂くように、カイルが言う。
「僕から出来る事はここまでになります」
「ふうむ……確かに、正しく再現した結果、リース嬢は自らラクアティアレントには落ちていないと言う事になるな」
「記憶はございませんが……でも! フィオレ嬢が悪い訳ではないん……
「リース嬢、貴女は黙っていなさい」
国王陛下に言われて、私は弁解が出来なくなった。どうしたらいいんだろう……フィオレが悪い訳じゃないの。本当は……本当は…………
「ダナ」
「……はい」
国王陛下の呼びかけに、ダナ王太子は少々自信を無くしていた。ギロリと国王陛下は睨みつける。
「お前は、リース嬢からよく話を聞いたのか?」
「…………いいえ」
「馬鹿者!!!! 無罪の元婚約者をお前のただの判断ミスで、国外追放するとは何事かっ!!!!!!」
国王陛下は先程とは声色を変えて、大きな声で怒りを露わにした。ダナ王太子は反論すら出来ず、ただ……じっと堪えていた。
「お前に処罰を任せた我が馬鹿であったな。王太子にする為に、一仕事任せたつもりであったが…………カイルが言い出して来なかったら、とんでもない惨事であった」
「私は王太子を降ろされるのですね…………」
ダナ王太子は、ただ呟く。あんなに自信満々のダナ様が、私の事で首をだらりとさせて、しょんぼりしている。自分の無実を晴らす為とは言え、私は申し訳ない気持ちになった。
「戯けが!!!! ……簡単に降りる事が出来ると思うな。お前のミスは、お前のミスだ。本当に済まなかったと思うのならば、リース嬢に謝るのだ。婚約破棄し、国外に追い出した罪をずっとこれから背負い続け、リース嬢に謝罪するのだ。失敗した結果を今後も待ち続けろ!!!!」
国王陛下は凛として立って言った。私は、その言葉と姿に見惚れていると、さっと国王陛下が手を挙げる。
私の目の前に、丸く包まれた書類が出て来る。私はそれを受け取って、中身を開いた。
「リース嬢。申し訳なかった。貴女は、今日からまた、リース・ベイビーブレス・ティルト侯爵令嬢だ。申し訳なかった。我からも謝る。ダナが酷い事をした」
パチンと、書類に書かれていたリース・ベイビーブレスという私の名前の後に、更にティルトの苗字が付いた。私は紙を見ていると、レオもノエミも、側にやって来て……私に肩を組んで喜んだ。
「リース!! やったわっ!!!!」
「お前、良かったなぁっ!!!!」
本当に爵位が戻って来た…………今までの大変さが、余計に感動させた。本当に……色々あったなぁ。
「レオ、ノエミ、皆……私、やっと本当の私になれた……」
国王陛下は、私に向かって謝罪する。敬礼を私に向けてしたので、私は慌てて、拒否した。
「国王陛下に頭を下げられては、私の立場がありません!!」
それを聞いた国王陛下は、頭を上げて笑った。
「ハッハッハ!!!! スペラザきっての悪役令嬢と謳われた其方が、ラクアティアレントに身投げしたと聞いた時、我は怒りを直接ぶつけずに、婚約者だったダナに任せる事で嫌味押し付けたつもりだったが……間違いだったな!!!!!!」
やっぱり国王陛下、怒っていて、ダナ様に処分を任せたのは当てつけだったんだ……と、私は少し顔が強張る。カイルが近づいて来た。少しだけ安心した表情をしていた。
「リース」
「カイル」
「おめでとう。良かったね」
「うん、ありがとう。……最初から、私を信じてくれて」
私達はにっこりとお互い笑った。レオとノエミがにやにやと不思議な反応をする。私が不思議な顔をして二人を見ると、それぞれに安堵した顔を見せた。
「さて、覚悟はいいか?」
国王陛下は背中を見せていたが、振り向いてフィオレに言う。少々険しい顔をして、フィオレを見つめた。
フィオレは何も言わず、落胆した顔をして俯いていた。
「………………」
「其方の事は、本当にいい令嬢だと買っていたのだが……何故このような事を……残念だ」
「返す言葉もございません。申し訳ございません」
フィオレは顔色ひとつ変えない。私は近づいて、国王陛下に言葉を掛けようとした。だけど……腕を掴まれて、阻止される。ダナ様が私の腕を掴んでいた。
「ダナ様…………」
泣きそうな顔をしている。それでも、ダメだと腕を掴んでいるのがわかった。
こんな表情をさせるのが、本当に申し訳なくなってしまう。だけど、じゃあ逆の立場に戻るか? と言われたら、出来ない。
でも、フィオレじゃない。
本当に突き落としたのは、フィオレじゃないんだ。
もう一度、動こうとしたけど、ダナ様の私の腕を掴む力が強くなった。
「ダメ……」
「フィオレ嬢。リース嬢がこれまで耐えてきた数々の出来事。……これからは其方に体験してもらう。シン・ダーク卿!!!!」
急に名前を呼ばれた、魔法騎士団に登録している貴族、シン・ダークは驚いて、勢いよく飛び上がる。
「はっはい!! 何でしょうか?! 国王陛下?!」
「フィオレ・ダウストリア嬢を、牢屋にぶちこめ!!!! 逆らう場合には、其方も反逆したとして、処罰を与える!!!!!! ひっ捕らえよ!!」
右腕をバサリとはらって、国王陛下が言う。シン・ダークは慌てて、混乱しながら神殿に入って来た。
「失礼しますっ!!」
シン・ダークは、お気に入りのフィオレ嬢の手を掴むと、神殿外に無理矢理引いて、歩かせる。神殿の外に出ると、魔法で光の手錠を付けてフィオレを連れて行ってしまった。
「ダメです、違うの!! やめて!! お願い……」
私の言葉に、ダナ様が言う。
「良いんだ、これで……仕方ないんだ!!!!」
「でもっ……!!」
「リース!!!!!!」
ダナ様が私を見つめる。さっきとは違う、哀しくも力強い表情をしている。
私は何も出来ずに、フィオレを目で追うしか出来なかった。
フィオレが連れていかれると、神殿内は、やけに広々とそして静かになった。国王陛下はマントをバサリとはたいて、言う。
「それではな、ダナ。カイル。我は帰るぞ。明後日の婚約披露会はお前の王太子記念会にでもすれば良い。三日前だからな」
そのまま国王陛下は神殿を出ると、魔法陣を呼び出して帰って行ってしまった。
「フィオレ嬢じゃないの……彼女が悪い訳じゃないわ」
「リース、目の前で見ただろう? フィオレ嬢は君を突き落としていた。紛れもないな事実なんだよ」
カイルは私を見て言う。ダナ王太子も、被せるように同じ事を話した。
「そうだ……。あれは紛れもなく、フィオレ自身が君を突き落としていた……」
ダナ王太子はがっくりとして、酷く落胆している。そんなダナ様を見ると、本当に居た堪れなくなった。カイルは何も言わずに、私とダナ様を見ている。
「信じていた……だが、カイルの言う通りだったな」
「リースの事、一度でも話をちゃんと聞いてあげていたら、こうはならなかった筈だよ」
「そうだな……」
ダナ王太子はラクアティアレントの噴水を囲う石に座った。私は……このままでいいのか? と思った。自分さえ良ければ、いいの? 私が知りたかった事は……したかった事は、こんなダナ様の表情や連れ去られるフィオレの表情みたいなものじゃなくて………………もっと……
「私、行って来る」
皆に言うと、皆は一斉に驚いた。
「何でだよ?! もう、フィオレの姉ちゃんは捕まった訳だし、お前の爵位も戻ったんだから、良いだろ!!」
「そうだよ! リースなんかもーっと大変だったんだから!! お仕置きは仕方ないでしょう?!」
「ダメだよ、リース」
「あまり動かない方がいいです、リース嬢」
「私からも、止めさせて下さい」
レオ、ノエミ、カイル、ノエル、ヨクサクはそれぞれに私を止める。だけど…………
「ごめん!!!! 皆!! やっぱり、私、気になるの!!!!!!」
私は走って、牢屋のある場所へと走って行く。カイルは私を追いかけようとしたけれど、ダナ王太子に止められた。
「放っておけ。すぐに何も出来ないと思って、戻って来る」
「義兄さん……」
「本当にあいつは、思い立ったら走り出すなぁ!! 短剣の時もそうだったけどよおー」
「本当ね! だけど、そこがリースの良いところよ!」
ダナ王太子はレオとノエミを見つめた。何にも言わずに、二人を羨ましいと見つめた。自分も最初から、こんな風にリースと付き合えていられれば、良かったなと。
「カイル、やはりお前のが全て上だな」
「何言ってるんだよ、未来の王太子のくせに」
「いや、最初からわかっていた。お前に私が勝てているのは、血筋だけ。……だが、他は全てお前が秀でている」
「わかってんなーカイルの兄ちゃん!! そうだぜー!! カイルはすごいぞ? やけに頭が良いからな」
レオはダナ王太子の隣に座って、バシバシと肩を叩いた。ダナ王太子は、何でお前が私の肩を叩くと思い、レオを見つめたが、彼は全然気にしていなかった。
「ダナ王太子ですぞ」
ヨクサクはレオに言う。レオはハッとして、身体を起き上がる。ダナ王太子はヨクサクに手を振った。
「いや、構わない」
「ですが」
「良いんだ」
ダナ王太子はレオを見つめて、少し微笑む。とても綺麗な顔をしていた。
「まぁ!! 一件落着?! かしら? それにしても、ノエル様!! 凄かったわ!!!!」
「そうですか? ありがとうございます。しかし、ヨクサク様の攻撃は流石ですね。危なかったですよ」
「いえ、ノエル様の防御もなかなかのものでした!! 勉強になります」
「私もです」
パンっと、ノエルとヨクサクは手を叩いて、笑った。ノエミは横で、ノエルを羨望の眼差しで見ていた。