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国王陛下は、まずは神殿の入り口に立つ私にゆっくりと視線を落とした。短剣を持ちながら、入り口の蜘蛛の巣結界に体をとらわれている私を見て、穏やかな様子でいる。
「リース嬢」
「はい、国王陛下」
私は絡まったまま、お辞儀もできずに言う。国王陛下は微笑んで、私の近くへと近づいて来てくれた。
「父上!! リース・ベイビーブレスは国内へと不法侵入しました!! カイルも関わっています」
ダナ王太子は、国王陛下に伝えた。国王陛下はダナ王太子に目も向けずに、私に絡まっている結界の一部を魔法で色をつけて何処が絡んでいるかわかりやすくしてくれた。虹色に蜘蛛の巣が光り輝くと、国王陛下は魔法で蜘蛛の巣を溶かした。私は体に絡まって痛みも感じていたのが、一気に楽になって、神殿へと入る事が出来た。
「父上!! どうしてですか……?!」
私はカイルとレオとノエミとアイコンタクトをした。後からノエルとヨクサクが来た。ダナ王太子は渋々歩いて来た。フィオレは最後まで躊躇い、ダナ王太子に手を引かれて、神殿へと入って来た。魔法騎士団も入って来た。
神官は二人出てくる。国王陛下の姿を見ると、神官とは言え、相手は国王、頭を深々と下げた。国王陛下は言った。
「魔法騎士団は、持ち場に戻れ。立ち見したい物は構わん。だが、責任は取らないぞ。神官。暫く場所を借りる。ここは良い、仕事に戻るのだ」
騎士団達は、互いに顔を見合わせる。シン・ダークだけは、迷った後に入り口から外に出て、こちらを見ていた。神官達は頭を下げて、カイルを少し横目で見てから、奥へとはけていった。
「国王陛下、先程はお助け頂き、ありがとうございます」
私は跪いて敬礼をした。レオとノエミも真似して敬礼する。国王陛下はそれを見て、優しく笑う。
「リース・ベイビーブレス嬢だな」
「はい」
「長旅、大変だったであろう。カイルから、処分撤回のチャンスを欲しいと言われた。国に来られるのなら、チャンスを与えても良いと伝えた。…………その様子では無傷ではなかったようだが、我との約束は果たしたのだな」
「はい、カイル公爵殿下、従者ノエル卿、仲間達のおかげでございます」
私の一言に、国王陛下は笑う。
「そなたも、すっかりつまらぬ嬢になってしまったか。ラクアティアレントに落ちて、すっかり毒気を無くしてしまった模様だな」
「……もっ申し訳ございませんっ」
私は急に恥ずかしくなった。顔を手で隠すと、国王陛下は聞き慣れた笑い声を出した。
「ハッハッハ! 構わぬ。お主がどんな人間でも、我が知りたいのは、カイルが提供してくる面白い話。その内容が我を満足させるものでいなければ……リース嬢、、、わかるだろうな?」
つつー……と、顎先を国王陛下が指を当て、私の顔を上げさせる。息が止まるくらい、緊張した。それはレオもノエミも同じだったみたいだ。この後に及んで、私はもう何も変えたくないと思ってしまった。見えてしまったから。本当の真実が。
だけど、国王陛下を前にして、それを言う事は不敬の何でも無く、私に拒否権はない。フィオレの顔を見る事が今は出来なかった。
「は、はい……」
私の言葉に、国王陛下はにこりと笑う。そして、私の二の腕にそっと触れて、体の痛みや怪我を魔法で治してくれた。治癒魔法が私の五臓六腑に染み入るように、癒されていく。様子を見ていたダナ王太子は、国王陛下に近づいて来た。
「国王陛下!? あんまりではありませんか?! リースは国を追い出された罪人で、ここにも不法侵入して来ています!! そんな人間に、チャンスを与えるなどと、特別待遇にも程があるのでは?!」
「ダナよ」
国王陛下はピクリと、動きを止める。
「はい」
「カイルの話の真意は別として、これはお前の処分が正しく出来ていたかも、確認するという事もあるな」
「な、どうしてですか?! 父上!! いつも私よりもカイルの話を聞くのですか?! 私は間違いなどしておりません!! リースは自分からラクアティアレントに落ちたのです!!!! これは調べようもない事実です!!!!」
「黙れダナ」
国王陛下はダナ王太子に言う。振り向いて、ダナ王太子を睨みつけた。
「本当だろうな? では、これから違う出来事が証明された場合には、何らかの処罰を受けるか? 王太子の称号を、カイルに譲る。など?」
「まさか! 父上、それはあんまりです!!」
「父上、僕も丁重にお断りします」
カイルは敬礼をする。カイルの言葉に、国王陛下は失笑した。
「カイル……お前はいつまでも私から逃げるのか…………ハッハッハ!! つくづく面白い。相変わらずお前には退屈しないな」
「それが僕という人間ですから」
カイルは笑った後に、階段の一箇所を指した。神殿には、入り口から真っ直ぐ歩いて来ると、二階の広場に登れる階段がある。上に登ると広場になっており、二階は大切な書類や物の管理されていた。
「これから、リース・ベイビーブレス嬢をラクアティアレントに落とした本当の人物を見せます」
「カイル……やめよう!!」
カイルは首を振った。私はカイルを見ると、カイルは揺るぎない視線で私を見る。
「ダメだ。どんな思いでこの国を出て、感じて来たかわかってるだろう? ……それに、これをクリアしないと、君は…………」
「でも」
私は迷ってしまう。
全部見えてしまったから。
でも……カイルはそんな私を無視して、国王陛下に話す。ノエミは私の腕を引っ張った。
フィオレは黙っていた。
「国王陛下、説明してよろしいでしょうか?」
「構わん」
国王陛下の言葉を聞いて、カイルはもう一度、階段のある一箇所を指さした。
「神殿では魔法が使えません。ですが、神殿内で壊した物を直したり、物が見た記憶を再現したりする事は認められています。この場所の階段上から、リース嬢がラクアティアレントに落ちたのは、昨年の十月十五日。……その頃、まだ神殿にはメンテナンスをする業社が入ってはいませんでした。ですが、すぐに直しが入る予定でした」
「何が理由だ? 完結に答えろ」
ダナ王太子はカイルに近づく。カイルは手をのばし、まあまあという素振りをした。国王陛下はまだ何も言わない。
「済まない。だけど、大切な事なんだ。神殿は独立時から建設状態が変わらない。だから、神殿内は段々と朽ちて来ていた。魔法で直す箇所も沢山増えていたんです。勿論、リース嬢が飛び降りた場所と思われる箇所も同じように」
? と、全員が階段を見つめる。変わらず、壊れている場所も見つからない。再びカイルを見ると、彼は階段へと登って説明した。
「通常のままの建設状態であれば、この各パーツが見た景色を再現する事ができます。しかし……魔法で直した場所に、再現の記憶をかけると、当然ながら消えてしまいます」
「魔法で直した場所には記憶がないからか」
レオは腕組みをする。私は、ハラハラしながら見た。
「でも……この噴水の真上にあたる場所で、手すりが見た記憶を再現しようとしたら…………今回は手短に再現しちゃいますね」
カイルは冷静に、ポン、と手すりを叩く。すると、手すりは簡単に消えて、そのかわりに、ラクアティアレントの中から…………水に浸かった手すりが出て来た。国王陛下以外は、顔を強張らせた。
「それは…………」
ダナ王太子は呟く。カイルはダナ王太子が困っているのが、楽しいのか、にっこりと笑った。
「これは本物の手すり。魔法の手すりに再現をお願いしても、消えるだけなので、この場所を元の状態に戻せと命令しました。そうしたら、水の中から木の手すりの一部が出てきた。これは、恐らく、ラクアティアレントにリース嬢が落ちた日に一緒に落ちた物なんです」
「…………!!!!」
私は驚きと不安が止まらなかった。どうか、ちゃんと再現されますように……どうか……どうか……と手を組み交わす。
「魔法の手すりでは再現出来ないけれど、本物の手すりに、十月十五日に見た物を再現してもらいましょう。皆さん、ポイントは、この手すりの記憶を再現するという事は、再現として、記憶記録の書を破かれた部分も回復し、全てを解読できるんです」
ドキッとした。黙っている観客に対し、カイルはそのまま呪文を唱えた。
「〝君が見た昨年十月十五日の夕方の記憶を教えて〟」
びしょ濡れの手すりは浮かび上がり、光を纏った。カイルは早々と階段下に下りて来る。
カタカタカタッと音がしている。皆は何の音だろうと、あちらこちらを見回した。その音は至近距離から聞こえた。ダナ王太子は驚愕して、フィオレを見つめる。彼女は、必死に浮かんでいるネックレストップを手で抑えていた。
「フィオレ…………それは……母上の形見だと、言っていたではないか……」
何も言わずに、必死に手で抑える。
「記憶記録の書を神殿に保管していると、知っているのは、王家の人間と神殿に仕えている者だけ。その他でもし、知っているとしたら…………義兄さんが教えたんだろうね。ここには記憶記録の書が沢山置いてあるって」
ブチンッとフィオレのお守りとしていた、トップ部分の布が浮かんで、脱げた。そのまま茶色い小瓶が浮かんだ。中に入っている、小さな折り曲げられた紙の部分が……蜘蛛の巣から逃げる蛾の羽ばたきのように、高速でバタバタバタと、震えていた。
「まさか……本当に…………」
ダナ王太子は茶色い小瓶に手を伸ばす。だけど、茶色い小瓶の蓋が勢いよく開いて、奥から一冊の本が飛んで来た。一人の神官が出てきて、慌てる。どうした事かと思ったのだろう。だが、破られた書の切れ端が飛ぶのを見ると、何も見ていなくても、記憶の再現だとわかった。そのまま、邪魔にならない場所へと下がる。
「ダメ……違うの……フィオレ嬢じゃないわ」
私は叫んだ。私はレオとノエミに腕を両方から掴まれる。フィオレは黙って下を向いていた。
「何とか言ってくれ、フィオレ!! 君では……ないんだろう?! 嘘だろう??」
ダナ王太子は聞く。でも……フィオレは首を振った。
「…………ダナ王太子……申し訳ありません……」
「嘘だと言ってくれ!! フィオレ!!!!」
記憶記録の書とその切れ端は、手すりの記憶の再現により、光を放ったまま、カチッとくっついた。