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「リース?! どうした? 大丈夫か?!」
カイルは、振り向いて私を覗き込む。私は激しい頭痛と共に、予感としてわかった。
「…………こんな時にっ……!! 記憶が……っ!!!! あぁっ!!!!」
ラクアティアレントの魔力により、リースの記憶が甦って来る。私はカイルから手を離して、自分の頭を押さえた。カイルは慌てて、私を抱き抱える。そのまま、カイルは神殿の手前にある魔法実験部屋へと連れて来た。
「リース!! 大丈夫か?」
カイルは珍しくものすごく慌てていた。私は痛みで答える余裕がない。カイルは私を床に座らせて、自分も目の前に座る。私の頭の中に、うるさいくらいの水音が聞こえて来た。ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょんんんんんんっーーーーーー
水に触っていない。でも、ラクアティアレントが近くにあるからだ、と思った。何かカイルに言いたくても、頭痛が酷くて言えなかった。
「リース!!!!」
カイルが血相を変えて、心配している。
カイル………………
ーーーーーーーー私の目の前が白く明るい光の世界でいっぱいになった。
『こんな所に来るなんて、どうしましたの?』
フィオレは神殿に入ってから、リースに言う。
リースは神殿のラクアティアレントを見ながら、寂しい顔をした。
『貴女、ダナ様の周りをウロウロとしつこいですわ』
リースはフィオレに向かって言った。流石のフィオレもハッキリ言ってくるリースに、歯向かう。
『だから、テキストをわざわざ捨てたんですの?』
『あら、知ってたの?』
リースはクスリと鼻で笑い、フィオレに体を向ける。
『知っているも何も、リース嬢が仕向けた事ですわよね? 調べてもらっていますわ』
『流石だわ……貴方、本当にダナ様に取り入るのが上手ね』
リースはフィオレに近づいて、顔を近づけて嫌味を言う。フィオレは、キッと睨んだ。
『どうしてそんな事するんですの?! 文句があるのでしたら、直接言って下さればよろしいでしょう!!』
『貴女に直接言えば、ダナ様の心は手に入るのかしら?!』
リースはフィオレを真っ直ぐ見つめる。フィオレは不思議な顔をして、リースを見返した。
『貴女はずるいわ……貴女には、その黒髪から来る強い魔力で、魔法が使えるじゃありませんか。…………私には、ダナ様しかいないのですわ。この国でしっかりと生きていきたいと思っていても、ノーマルの私には貢献する事ができないんですの!! でも……貴女には力がある。魔法がある』
『だから、私に嫌がらせをして来たの?』
『そうですわ』
リースは言った。フィオレは、大きくため息を吐く。
『……仕方ない人ですわね。でも、決めるのはダナ様ですわ。それに、今はリース嬢が婚約者です。私はただ……あのお方を勝手に好いているだけなのです』
フィオレはほんのり微笑む。リースはフィオレの肩を突いた。
『ダナ様は……貴女に気持ちが向いているのよ。私は……何をしても……そのうち婚約破棄されるわ』
『そんなの、わからないじゃないですか。リース嬢はノーマルかもしれませんが、私なんかよりもずっと優秀でしょう』
『わかるのよ…………ダナ様とは幼い頃からのお付き合いですもの。彼の考えている事なんか、わかるわ。暫くしたら、貴女を選ぶ筈よ……』
フィオレは何も言わなかった。婚約破棄されたら、ざまあないと思うくらいだった。でも。
『ダナ様が選ぶ人なら、仕方ないのかもと何度も思ったのよ。でも……貴女には魔法が使えて、私には何もないの。…………でも、いずれはダナ様は貴女を選ぶ。……だったら、せめてお願いよ。約束して欲しいの』
リースは正面を向いて、フィオレに言った。
『貴女にダナ様はあげる。だから、お願い。ーー…………だけは、諦めて欲しいの』
フィオレは不思議な顔をした。
だが、リースは真剣だった。
『貴女には魔法があるでしょう? だから、そんなものが無くても生きていける。でも、私には何も縋るものがダナ様以外にないのですわ!! だからお願い。ーー……は諦めて!!!!』
『そんなに? 大切なのですか?』
フィオレは不思議な顔をしたまま、冷静に確認した。リースは、頷く。
『何度も…………由緒正しいこの場所に来ては、私はいつもそれを願っていたわ。たったひとつ、私にとって光り輝くものだったから。だから、私から奪い取るのなら、ーー…………は諦めると、約束して欲しいの!!!!!!』
涙ながらに、リースはフィオレの肩を掴んで、お願いした。そのままフィオレに頭を下げて、じっとしていた。
『…………出来ません』
フィオレは言う。リースは頭を上げて、目を潤ませた。
『……どうしてですの?』
『貴女はわかっていないわ。ダナ王子は、私だけを見ている訳じゃない。リース嬢のーー……も、見ているわ。そこだけは、私には敵わないのよ』
『そんな事ないわ!!』
『いいえ、あるわ。私にはわかるわ。だって、貴女ーー…………には、私にはわからない何かがあるもの!!!! 何にも変えられないーーが!!!!』
フィオレは言った。リースはジッと顔を見つめては、思い返して、すぐに食ってかかる。
『ねぇ……諦めてよ! ねえお願い』
リースがフィオレの腕を掴んだ。フィオレは必死に手で払いのけ、リースから離れる。リースは諦めずに、フィオレを追う。フィオレは階段を登って、歩いて行く。
『出来ませんわ』
『この噴水に誓って、お願いよ』
『いくらリース嬢からのお願いでも、出来ません』
・
・
・
パッーーーーーーーーっと、視界が元に戻った。
……その後のやり取りも全て見えてしまった。私は涙が止まらなくなってしまった。カイルは、記憶を見て、戻って来た私を見て、小さい子を宥めるように、声をかける。
「リース、大丈夫か……?」
カイルは少し不安そうな顔をする。私はただただ、見えてしまった、思い出してしまった記憶の反動で泣いてしまう。
「…………大丈夫……でも……フィオレは……本当は………………」
ぼろぼろと涙を流す私に、カイルは頬を手で拭う。
少し微笑んで、言った。
「リース、君が泣いていたら意味がないよ。これからだよ」
「自分の無念を晴らして本当に良いのかしら、本当は本当は…………」
「レオもノエミも来てる。もう引く事は出来ないよ。大丈夫、僕に任せて。絶対、もう泣かせない。後悔させない。君の望むものを、僕があげるからーーね?」
カイルは笑う。私の頬を両手で包んだ。私が少し落ち着いてくると、外から悲鳴が聞こえる。
「うわぁああ!!!!」
レオの声だった。私とカイルは顔を見合わせて、外に出る。私は頬の涙を拭いて、声の元を見る。神殿に入ろうとしたのか、レオが入り口から少し離れた場所で、倒れていた。ノエミはレオの近くに寄り添って、跪いて心配している。
「どうした?!」
「入り口が…………!!」
カイルは心配して、入り口を通過して神殿へと入った。何もなく、入ってしまったので、レオは不思議な顔をする。カイルはレオの方に戻ろうとすると、ビリリッと音がして、戻る事が出来なかった。
「結界が張られているのか?!」
カイルは叫ぶ。
手を上げて、結界を破ろうとしたが、神殿内だと気づき、魔法が使えない事がわかった。
「行けないの?」
私も入り口に入ろうとした。が、体中にビリビリビリッと音がして、弾き飛ばされてしまう。
「リース!!!!」
カイルは叫ぶ。私は二メートル程、飛ばされた。体がもっと痛くなって、起き上がれそうになかったけれど、後ろからダナ王太子とフィオレと、魔法を解いた騎士団達が近づいて来る。急いで、神殿へと走って行く。
「神殿へはリース嬢達は入れません。だって、クレチマスにお願いして、魔力のない者は通れないように細かく結界を張ってもらったんですもの」
「フィオレ……まさか剪定とは……」
ダナ王太子は言葉を発するのを躊躇う。フィオレはそんなダナ王太子に向かって、にこりと満面の笑みを見せた。そこにダナ王太子が好きだったフィオレの面影はなく、ただただ恐ろしい女性が立っている。
「貴方には特に、薔薇の花には関わらないで欲しいのです。だって、私、リース嬢と約束したんですもの。貴方とは約束しないって」
私は慌てて走る。短剣を引き抜いて、入り口付近の結界に向かって振りかざす。バチバチバチッと音がして、いくつかの結界が切れた。だが、まだ中には入れない。入ろうとすると、ビリビリと電流を感じる。私は必死に振り回す。
「無理ですわ、リース嬢」
三メートル先からフィオレが言う。私は焦って、振り回した。
「リース!! ノエルを呼ぶんだ!! 結界に色をつけよう!!!!」
「わかったわ!」
「ノエル様、こっちよー!!!!!!」
私よりも早く、ノエミが叫んだ。
ノエルは、木壁を仕掛けてくるヨクサクの技を避けるのに必死だった。何とか、木壁に火を仕掛け、移動する。
「行かせません!!」
ヨクサクはノエルの道を石で封じ込めようとした。ノエルは、サッと石の上を走って、向かおうとする。しかし、間に合わない。
「やべえ!! フィオレの姉ちゃんが来るぞ!!」
「もう逃げられませんわね」
フィオレは笑う。…………このまま、終わる訳にはいかない。私は、私は、私は、止めなきゃ。この人を。
ブローチを丁寧に取って、ポケットに入れる。マントを外し、バッと投げつけた。運命の糸を切らなくちゃ。私が、、、貴女を食い止める。
私はフィオレ嬢の方を向いていたけれど、くるりと向き直し、短剣を更に振り上げた。ブチブチブチッと音がした。私は入り口を通ろうとする。ビリビリとまだ電流が流れる。もう一度、短剣を振りかざし、ブチブチッと、結界を解いた。
「貴女が私を守ってくれたのはわかったわ。でも、私、だからこそ、諦めちゃいけないと思うの!!」
フィオレに私は言った。フィオレは、動揺する。
「いけませんわ」
「貴女は悪くない!!」
「いいえ、リース嬢」
「…………フィオレ?」
ダナ王太子がフィオレを見つめる。フィオレは動揺している。私は何度も何度も、結界に向けて、短剣を振り回した。
ーーーーーーーーその時。
「随分と賑やかだな」
私とフィオレとの間にゴールドとシルバーの丸い光が輝き、魔法陣が浮かび上がると、国王陛下が現れた。