21
フィオレはにこりと笑う。傘をしなやかに閉じて、私の元へと近づいて来た。
「フィオレ嬢…………」
私は呟く。それまで、戦っていた魔法騎士団もヨクサクもノエルもダナ様もカイルも、手を止める。
「フィオレ……無事だったのか」
ダナ王太子は言った。フィオレはダナ王太子の方を向いて、小さくため息を吐く。
「ダナ王太子……追いかけて来ましたの? 剪定に行って来ると言ったではありませんか」
「だが、侍女や従者も付けずにこの時期外に出るのはある意味危険だ」
「私は魔法が使えます。それに、今は国中騎士団が張っていますわ。何かあっても、すぐに対処されます」
「だが……!」
「ダナ王太子。私、話したいんですの」
私の真正面にフィオレは来る。カイルは少しずつ私に近付いた。ダナ王太子は、フィオレ嬢の一メートル側に付いて、備えている。フィオレの言葉に戸惑うダナ王太子は、ただフィオレを見つめた。
「フィオレ……」
私の目の前で、フィオレ嬢は、またにこりと笑う。
「ずるいですわ、リース嬢」
「ずるい?」
フィオレ嬢は傘止めで傘をまとめる。私はフィオレ嬢を見つめた。きせきみの正義感が強くて清楚なフィオレとは違う雰囲気になっている気がした。私がフィオレを虐めていたから、フィオレから嫌われるのは仕方ないとは思うけれど、そこはかとなく、こちらに向けられた憎悪を感じる。
「……約束したじゃありませんか。それを忘れた振りして、こんな風に侵入してくるなんて。ずるいですわ。そんなにダナ王太子の気を惹きたいの?」
約束? ずるい? な、なんの事……?
「約束……? ごめんなさい、フィオレ嬢。私、ラクアティアレントに落ちた以前の記憶がないの。だから、わからない。約束をしたの? 貴女と?」
フィオレはそれまで表面上は穏やかだったが、私の一言に触発されて、顔色を変える。歪んだ顔をして、きせきみゲームでは見た事がない表情で私を見た。
「惚けないで」
「惚ける? フィオレ嬢、本当に記憶がないの。自作自演でも、何でもないの。私……貴女と何を約束した? 教えて欲しいの」
レオとは少し離れていたが、彼は遠くから言葉を投げかけた。
「なぁ、そこのフィオレっつー姉ちゃん」
「何?」
フィオレは顔を強張らせたまま、レオの方を振り向く。
「何があったか、部外者の俺にはわかんねえけどよ、リースは惚けるような奴じゃねえぞ。本当に覚えていないって言ってるだろ?」
「あはははっ! 惚ける奴じゃないですって? リース嬢が? 貴方、本当のこの方を知らないんですわね」
レオは高笑いするフィオレの様子に、気味悪くなりながらも、言う。
「本当のリースって何だよ。あんたが見ていたリースも俺が見ていたリースも、全部同じ人間だろ? リースは記憶がねえだけで、他の誰でもねえ、リースはリース自身だろ」
「フィオレ、帰ろう。リースは私に任せて、君は邸宅に戻っていなさい。ここは危険だ」
ダナ王太子は近づいて来て、そっと彼女の肩に手を添えた。
「ダナ王太子。貴方はいつもそうですわよね。……私を大切と言いながら、何処かでリース嬢に対する想いをまだ断ち切れていないんですもの」
「フィオレ、何を……私は
「貴方がリース嬢を断罪してから、様子がおかしい事くらい、私にだってわかりましたわ。そっとしておこうと思いましたの。最初は……。でも、貴方のリース嬢を見る目を見ていると、それも素通りできないんです。だから余計に、リース嬢に国内に来て欲しくないと思ってしまうわ」
フィオレはダナ王太子に訴えた。ダナ王太子はフィオレの肩を強く支えて、哀しげに微笑んだ。
「確かに、私の気持ちはまだふらふらしているかもしれない。だが、フィオレ。君に対する私の想いは、最初から何も変わっていないんだ」
フィオレはダナ王太子を見つめた。悲しい顔をして、言った。
「どんな私を見ても、そう言って下さりますか?」
「?」
ダナ王太子は首を傾げた。その後、フィオレは私に向かって、手をあげて、魔法を発動した。大きな風に私は吹き飛ばされ、後ろにいたカイルも一緒に飛んだ。
「リース!!!!」
ノエミの叫び声が聞こえた。私は数十メートルの距離を飛ばされて、神殿付近の廊下へと、バターンゴロゴロと転がった。体が痛くて、暫く動けない。カイルは私とぶつかって、少しの距離を飛んだ。着地した後に、すぐに体勢を変えて、私の元へと走って来た。
「リース!! 大丈夫か?!」
「うん……ちょっと痛かったけど、多分大丈夫……」
カイルは私をお姫様抱っこをして、起き上がる。
恥ずかしさは最初よりはなかったけれど、自分の体重が気になった。
「フィオレ嬢!! 流石です!! 素晴らしいです!! リース・ベイビーブレスが油断している時に攻撃するなんて!!!!」
私の髪の毛を引っ張っていた魔法騎士団の貴族は興奮して言った。フィオレは笑いかける。
「ありがとう。貴方……どちら様?」
フィオレの言葉に、貴族は言葉を失うように黙り込む。複雑な顔をしながら、下を向いていた。
ダナ王太子はフィオレから手を離した。
「フィオレ、いきなり至近距離からの正面からの攻撃は戦いの礼儀としては、美しくないぞ。もっと隙を見る前に、相手と話してから……」
「私に上から目線でアドバイスしますの?」
フィオレは笑わないでダナ王太子の顔を見た。ダナ王太子は、不思議な思いにかられる。
「あ、あぁ、済まない」
フィオレはそのまま歩いて行く。私の方へと近づいて来た。私は起き上がって、ファロから買った短剣を出した。カイルはそれを見て、言う。
「良いのを持っているね、リース」
「うん、私にだけの特別な短剣なの」
ダナ王太子はフィオレの後を追いつつ、近づいて来た。そして、私の短剣を見るなり驚きで興奮する。
「リース……それは……」
「え?」
「フィオレを殺めようとしているのか?! お前は……どうして……」
ダナ王太子は顔が険しくなって来る。
フィオレは少し笑った。
「ダナ様、違いますわ! これは魔法具です」
「黙れ……お前はやはり、変わってなどいなかった。国に不法侵入し、私を奪ったフィオレを殺めようとしていたのだろう?!」
「違います! これは防衛用の魔法具なだけで、決してフィオレ嬢に危害を加える物ではありません」
「いや、違わない!! お前はフィオレを……!!」
私が反論しようとした時、カイルが私を下に下ろした。体は少し痛かったけれど、とりあえず大丈夫みたいだった。カイルは私に食いかかるダナ王太子の前に立ち、腕を伸ばして私を庇ってくれた。
「義兄さん、いい加減にしてくれよ」
「カイル! お前もいつもいつも……!」
「違うって言ってるのに、どうしてそんなにリースを信じられないの? 前にリースがラクアティアレントに落ちた時だって、ずっとリースを責めていた。何が信じられないの? 自分の現婚約者が、リースをラクアティアレントに突き落としたかもしれないのに」
「何だと?」
私は黙っていた。ラクアティアレントが見せて来る記憶は、フィオレ嬢に突き落とされたもの……それは変わらなかった。
ダナ王太子は怒りを露わにする。
「リースはラクアティアレントに自分から落ちたんじゃない。フィオレ嬢に突き落とされたんだ」
「お前、出まかせを言うな!!!!」
「義兄さんは、自分の判断が間違いだった事を認めたくないんだろう? でも、何処かで薄々気づいてる筈だよ。フィオレ嬢が何か隠していると」
「何も隠してはいませんわ」
フィオレは言う。
ダナ王太子は、フィオレの隣から言った。
「フィオレの言う通りだ。出まかせを言うな。第一、突き落としたとしても、どうやってその場から逃げる? 無理があるだろう」
「それはこれから、再現するよ」
カイルは私の手を握りしめて、右手をかざして、ドーム型の水の盾を作った。ダナ王太子とフィオレは水のドームに包まれた。私はカイルと一緒に走る。
「ノエル!! レオ達を!!!!」
「かしこまりました!!!!」
ノエルは体勢を整え、騎士団の足元と手元を氷の魔法で固めて動けないようにした。
「チッ!!」
貴族達は抵抗し、解こうとしたが、氷で固められていた為、動けなかった。ノエルはレオとノエミに走るように促す。
「行きましょう!!」
「わかった!」
「わかったわ!」
ヨクサクが二人の前に立ちはだかる。ノエルは、ヨクサクの目の前に立ち、言った。
「従者同士、戦いますか」
「私に勝てると思いですか」
ヨクサクは平常心で言う。ノエルは、いつも通り笑った。
「えぇ、難しいかもしれませんが、時間稼ぎにはなるでしょうね。それに……できない仕事は基本的に作りたくないんです。私」
ノエルは目を見開くと、ヨクサクもノエルに向かって走って来る。ノエルも走り、ヨクサクがジャンプするのに合わせて飛んだ。ヨクサクは唐草を出してノエルに投げて来た。ノエルは爽やかに草を避け、上空で火を出した。
ダナ王太子は、手をかざして水のドームを消した。フィオレは慌てふためく事もなく、ゆっくりと歩いて行く。ダナ王太子は、後ろを見た。
「……フィオレ?」
フィオレは笑い、ダナ王太子に言いかける。
「大丈夫ですわ、ダナ王太子。リース嬢は神殿には入れません」
「何故わかる?」
「……何故でしょう? 何となくと言っておきますわ」
ダナ王太子は、不思議な顔をした。
私とカイル、少し離れてからレオとノエミが神殿に入る廊下のすぐ近くまで来ていた。
「リース、あと少しだ!!」
「うん!!」
私は走っていると、急に、激しい頭痛がした。
「あぁっ!!!!!!」