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「はぁ〜っロゼッタの紅茶を飲むと、本当に落ち着くね〜!」
「左様でございますか? ありがとうございます」
マークス達は、戻って来たロゼッタに紅茶を淹れて貰っていた。ジューリアは、疲れたので、気分転換に庭の花でも見て来ると出て行ってしまった。
「しかし……お母様も怖いが単純な人だ。リースの純粋なカイル王子への想いに心を撃たれるなんて」
マークスは数口紅茶を飲んだ。ロベルもマークスの正面に座っている。椅子の背もたれを横向きにして、足をブラブラとさせていた。
「お母様にとっては、お父様との恋愛は唯一無二だったんだね。あんなスペラザの神話に出て来る、蛇の魔物のような美しくて怖いお母様でも」
「お前、家でも口を慎め。口は災いの元だぞ。穏便に済んで安心した」
ロベルは笑う。
「ははっ。そうだね。でも、お母様がリースを受け入れてくれて、本当に安心した。……僕は今まで、この家で、リースが小さい頃から次期王妃になる為に厳しく躾けられているのを、見て見ぬ振りしたからね」
上を向いて、美しく描かれた星座の天井をロベルは見つめた。
「僕には勇気が無かった。……これが当たり前だと、魔法が使えなくて頬を叩かれているリースを何もしなかった」
「ロベル様もまだ子供でしたんですもの。術を持ってはいらっしゃらなかったのですわ」
ロゼッタは、ロベルのティーカップにおかわりを注ぐ。ロベルはロゼッタを上目遣いで見つめた。
「私もだ……。カイル王子が動き出し、ロゼッタに頼まれるまでは、私は妹が断罪された事など恥だとさえ思っていたよ。でも…………間違いだった」
マークスのティーカップにも、ロゼッタは紅茶を淹れる。
「あの子の役割はいつも辛いものだった。私は魔法など何故使えないとは思っていたが、まさかカダーレだったとはな。早く気付いてやれれば……少しは違っただろうか? リースは元々優しくて繊細だったんだ。なのに、いつの間にか醜くなってしまっていた。……私達が綺麗な薔薇に棘をつけたんだ。罪滅ぼしになるかわからないが、これからはリースに寄り添ってやらないとな」
マークスはポンと、家系図のタペストリーを出して、目の前で開いた。白いキャンバス生地に糸で印字されていた名前は長く続いていて、リース・ベイビーブレス・ティルトも印字されている。その名前の先頭には花マークが印字されており、マークスが布をトントンと二回叩くと、布の隅に、カデーレと英語で印字された。
「ロベルが家系関連なんじゃないか、と言ってくれなかったら、私はずっと今も探求していただろうな」
ロベルは真正面にいたマークスに椅子を座り直して、したり顔をする。
「何? 何? 僕に感謝した?」
「……悔しいが、今回はな」
「うわー!! 兄さんが僕に感謝してるー!!!! 万歳!!!! 清々しい気分」
マークスは、目を瞑って瞼を押さえて首を振った。
「やっぱり感謝するのをやめるか……」
「やめないでよ! ……そうだ。でもさぁ、驚いたよね。そもそもが先代から始まっていたなんてさ」
ロベルは黙り込む。マークスも広げたタペストリーを眺めて、ため息をついた。
「あぁ。リースが魔法が使えないのは、彼女の所為じゃない。…………カデーレの血は引き継がれる。それも何年もかかる場合もあるし、すぐ出る場合もある。……だが、血縁者にカデーレがいる場合、その力は脈々と受け継がれていくんだ。これからも」
「さっき伝え忘れちゃったね。リースが悪い訳じゃなくて、先代妃がそもそもカデーレだったんだって」
「何をしている」
マークスとロベルは落ち着く格好をしていたが、体を起こして、視線を正す。アントニが顔を険しくして、客室専用部屋の入り口に立っていた。
* * *
「ダナ王太子!!」
ヨクサクはダナ邸宅にて準備をしていたダナ王太子に声をかけた。ダナ王太子は不思議な顔で、ヨクサクを見返した。
「どうした? ヨクサク?」
ヨクサクは走って来たのか、息が珍しく乱れていた。慌ててダナ王太子を一度見てから、膝をついた。
「スペラザに、リース・ベイビーブレス嬢が仲間と共に不法侵入したと魔法騎士団から連絡がありました!!」
ダナ王太子は顔色を変えた。ヨクサクの目を見る。
「……何だと?」
「護符魔法を駆使して、スペラザに侵入した模様です。魔法騎士団が追っていますが、どうなされますか?」
「リースの狙いは?」
「一人従者に調べさせたところ、神殿に向かっているとの話です。ラクアティアレントに落ちた罪を冤罪だと国王陛下に訴えかけると聞いております。国王陛下の側近達や従者達はリース嬢を追ってはおりません。ダナ王太子、どうなされますか?」
ダナ王太子は考え込む。ラクアティアレントに落ちた罪を今更何の為に変えるのだ。あれは、リースが自作自演で行われた。以前にも、同じ理由でフィオレに接触した。あの時は私が駆けつけて未遂に終わったが…………本当は、ラクアティアレントに落ちていないのか? ダナ王太子はいや、そんな筈はない。と思った。
「ヨクサク、フィオレは何をしている?」
「少々お待ち下さい。確認して参ります」
ヨクサクは急いでフィオレ邸へと駆けて行く。ヨクサク以外の従者と王太子だけになった部屋で、ダナ王太子は考える。リースは何を考えている? 大人しくしていれば、何も起きないのに、この婚約披露会の三日前に合わせて戻ってくるとは…………
「……フィオレか?」
ヨクサクが汗をかいて戻って来た。侍女のクレチマスも一緒だった。ダナ王太子は何があったのかと、体を乗り出して確認する。
「どうした?」
「ダナ王太子!! 申し訳ございませんっ!!」
「?」
クレチマスがいきなり謝罪してくる。ダナ王太子は、? と思った。クレチマスは、少し焦りが出ているヨクサクの隣で、ただただ平謝りする。
「フィオレ嬢がいません!!」
ヨクサクはいつもの穏やかな表情を、焦り変える。
「お庭に薔薇を切って来ると言われました! ですが、いくら待ってもいらっしゃらないので、先程様子を見て来ましたらいないのです!!」
「何故、一緒に行かなかった?!!」
ダナ王太子は机をバシーン! と叩く。クレチマスは肩をすくめて、目を瞑る。
「一緒についていきますとお伝えしたんです! ですが、すぐに終わるから良いと……」
「黙れ!!!! この腑抜けが!!!! 二度とその顔を私に見せるな!!!!」
ダナ王太子は頭に血がのぼり、目を見開いて言う。
「すみません!!!!」
「ダナ王太子、フィオレ嬢がどちらに出かけたかご存知ではないのですか?」
ヨクサクは質問する。ダナ王太子は、気持ちを抑えて、考え込む。
「わからない……何とも聞いてはいない」
「何処かに拐われたという話もないと思われます。ただでさえ、今は魔法騎士団が防衛の為にあちらこちらで任務に追われています。何かあれば、気付くのではないでしょうか?」
ヨクサクはダナ王太子を見た。ダナ王太子は怒りを抑えて、部屋を見回した。
「それもそうだ。……彼女は剪定以外に何をすると言っていた?」
クレチマスにダナ王太子は聞く。クレチマスは、目を赤くして、涙声になりながら話す。
「剪定以外には何とも言っていませんでした。あ、でも……少し不思議な事を頼まれまして…………」
「……不思議な事?」
ダナ王太子はクレチマスを今度は優しく見た。
クレチマスは、視線を外して答える。
「…………以前、婚約披露会のネックレスをご一緒に選んだ時ですが、お願いされたのです。結界を神殿に張って欲しいと」
「結界を?」
ヨクサクはクレチマスを見る。クレチマスはただゆっくりと頷いた。
「カメリア学園の神殿です。王宮のではありません。ですが、フィオレお嬢様は、どうしても神殿に張っておいて欲しいと言うので、かけておいたのです」
「…………何故だ……」
「分かりません。ですが、私には神殿は浄らかな場所だから、かけてあげましょうと。余計な物が入らないように……と」
ダナ王太子は黙り込む。自分の中で、これまで自分が見てきたフィオレではないフィオレがいる気がして、怖くなる。神殿に……何がある? リースも向かっている、その場所に………………まさか本当に何かあったのか……? ダナ王太子は、激しく首を振り言った。
「クレチマス、わかった。お前は下がって、フィオレ邸宅にいなさい。……ヨクサク。私達はカメリアの神殿に向かうぞ。リースが向かっている。フィオレと会って、命を狙われたらまずい」
「は! ダナ王太子、かしこまりました」
ヨクサクは馬車を出す為に走って行った。ダナ王太子は、ゆっくりと窓からカメリアの方向を見た。