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「………………」
ジューリアは黙っていた。マークスとロベルは、焦って、何とか表情だけで誤魔化そうとした。数秒はそれで何とかなったが、ジューリアが話さないので、どうしようもなくなる。
「……どうしました? ジューリア侯爵婦人?」
騎士団の一人が近づいて、ジューリアを見つめる。
「本当の事をお話下さい」
「私達は……」
ジューリアがいつものとろーんと蕩けそうな視線で騎士団の一人を見つめる。視線に騎士団の一人はドキドキしながらも、真剣な目で見つめ返した。
「…………マークスの気分展開になればと思ったのよ。だから、この部屋で皆とお茶をしていたの」
にこっと、美しすぎる魔性の笑顔で、ジューリアは騎士団の一人に笑う。彼はクラクラ〜っと、魂を持っていかれた獲物のように、ときめいてしまった。
マークスとロベルは二人して目を合わせ、やったな、とアイコンタクトを取る。
「でっ……ですが、先程は、この部屋に娘さんがいると………………」
「あら、嫌だ。誰が娘ですって?! 魔法も使えない、王女にもなれなかった子を娘だと言いたくはありませんわぁ!!!! 顔も見たくないのぉ!! 私はマークスが元気が無いので、一芝居して驚かしてあげましたのぉ」
もう一度、ニコリ、とジューリアは笑って騎士団全員に笑顔を見せた。妖艶さと美しさがかけ合わさって、騎士団達は完全にジューリアの虜になった。
数秒してから、皆首を振って、お互いを見合わせる。
「城内を探せ!! まだいるかもしれない!!!!」
騎士団は、急いで部屋中を見回る。ジューリアは扇子を取り出して、はたはたと仰いだ。
「何も無いのに、人の城を見るなんてぇ下品な人達ねぇええっ」
魔法騎士団達は、あちこちの部屋を見て、隠れられる場所も見たが、リース達は何処にもいなかった。
「いないぞ!!!!!!」
「ですから、最初からこの城には私達だけしかおりませんわぁ〜」
ジューリアが扇子を仰いで言った。騎士団達は、ジューリアを見て……息を大きく吐いて言った。
「外を探せ!!!! 必ず、何処かにいる筈だ!!!!!!!!」
一人がそう言うと、騎士団達は、急いでティルト家の城から退出して行った。
全員の騎士団が出て行くと、ジューリアは扇子をテーブルの上へと置いて、大きくため息を吐いた。顔が疲れ切っている。
「あの子に恩返ししてもらわなくちゃ割に合わないわ…………」
ジューリアをマークスとロベルは見て、にっこりと笑った。今まで母親には見せない顔で、二人は笑う。
「素晴らしいです!! お母様!!!! お母様は、やはり美しくて聡明です!!!!」
マークスは言う。
「ありがとう。貴方も悪くなくてよ」
「僕も素晴らしいと思います!! お母様の言葉巧みな誘導、笑顔!!!! 美しくて妖艶でした!」
ロベルも言う。
ジューリアは、悪くないわね、という顔をした。
「ありがとう。どのみち、私は美しいのね」
「ええ!」
ロベルが手を握ると、マークスはジューリアに質問する。
「でも…………どうして、リースを守ってくれたんですか?」
ジューリアは遠くを見つめて言う。
「私も……昔、あの人に恋をしていた時…………命懸けだったの。まだあの人が何にも持っていない貴族だった頃…………何だか、リースのあの言葉を聞いたら……アントニと出逢った日を思い出してしまったわ」
……完全に場違いな、うっとり視線に、二人は呆れる。目を合わせて、仕方ないか。という顔をお互いにした。
マークスはロゼッタに言う。
「ロゼッタも助かったよ。瞬時にティーカップを消してくれたね」
「あぁいえ、私は……焦ってつい…………」
ロゼッタは、自分の白いフリルワンピースのポケットに入れたティーカップとソーサーセットを取り出す。飲み残しも気にせずに、一緒に入れた為、ビショビショになっていた。
「あら、ロゼッタエプロンが濡れてるじゃないの!」
「魔法で消せば良かったのでしょうが、完全に失念しておりました……」
ロゼッタは赤毛を耳にかける。ジューリアは、吹き出して笑う。
「貴女のような完璧な侍女がどうしたの……? 新しい服をあげるから、着替えなさい。こっちに来て」
「はい」
ロゼッタはジューリアの後をついて行った。マークスとロベルはホッと気が抜けたまま、立ち尽くしていた。
「ロゼッタが戻って来たら、紅茶を淹れてもらおうか? 飲み直し」
「そうだな」
二人はお互いの手を叩き合った。
* * *
「カイル様! 急ぎましょう!!」
「ノエル、わかってる……!! くっそ、誰だ余計な公務を押し付けて!!!!」
カイルとノエルは王宮からカメリア学園まで、大至急向かっていた。王宮から押し付けられた公務に時間が思いの外、かかってしまった。その上、リース達が魔法騎士団に追われている事も、すぐに連絡が入った。このままでは、神殿に辿り着く前に、捕らえられてしまう。
「そうはさせられないんだ。僕が願っているのは、これだけじゃない、まだ終えられないんだ……」
カイルは急いで魔法陣を呼び出して、カメリアへと飛んだ。
「カイル様! 無断で魔法陣を……!!」
「今は緊急事態なんだ! 始末書ならいつでも書く! 慣れているからね!!」
ザンッと一気に光は舞って、二人を包んで消えていった。
* * *
一方で、王宮のフィオレ邸ではフィオレがクレチマスにドレスを着させてもらっていた。
「フィオレお嬢様、こちらの丈が短いドレスでいいんですの? もっと華やかなドレスもご用意出来ますが……」
フィオレはくるりと振り向いて、クレチマスに微笑む。胸についていた百合のブローチを、クレチマスに渡す。フィオレは薄黄色のドレスのスカートを手ではらって、しなやかな両指を左右絡ませた。
「良いのよ。華やかなドレスは私には派手になるから」
「……ですが、フィオレお嬢様は王太子妃ともなるお方。このぐらいの装いは、派手?にならないかと」
「クレチマス」
フィオレは一瞬、少しだけ低い声で言った。クレチマスは、怖くなる。どうしてか、黒い雰囲気を感じてしまった。だが、フィオレは一瞬にして表情を変えて、
にこりと微笑んだ。
「貧しい民もいるんだもの、贅沢は敵よ。それに……剪定をしにこれから行かないといけないもの」
「剪定ですか?」
「えぇ。蜘蛛の巣にかかった薔薇の花を取りに行かなくちゃ。貴女はここで待っていて。すぐに帰って来るわ」
フィオレは胸に手を当てて、言う。クレチマスは、鋏を用意して渡す。
「あら、ありがとう」
「フィオレお嬢様、私もついて行きます。流石にダナ王太子にフィオレお嬢様を一人で歩かせたら、何て言われるか…………」
「大丈夫よ」
フィオレはまた、無表情でクレチマスを見る。ぞくりとクレチマスは固まり、何も言えなくなっていた。フィオレはこんな風だっただろうか? ……クレチマスは随分と最初の時よりも印象が変わった気がした。
「すぐだから。すぐ帰って来るわ!」
フィオレはクレチマスに満面の笑みを与えた。
暫くしてから、王宮を出たフィオレは、周りの様子がやけに賑やかな事に気づく。
「ふうん……。来たのね。でも、貴女はきっと神殿には入れないわ。……魔力がないから。あっクレチマスにお礼を言うのを忘れてしまったわ。私は蜘蛛の巣張りは苦手分野だから、かわりに虫取り機を仕掛けてくれてありがとうって…………」
フィオレは服と同じ同系色の薄黄色の傘をさした。首飾りのパールのネックレスが歩く度に、しゃらんしゃらんと鳴っている。風が吹いて、薄黄色のドレスについた丸襟レースがふわりとなびく。ハンドバックの中からハンカチを取り出して、汗を拭いた。フィオレは立ち止まる。
「リース嬢が悪いんですわ。私にあんな事を言っておきながら…………ダナ様のお心を引き止めようとするんですもの…………。棘を失くした薔薇の花は、花ごと刈り取ってしまえばいいのよ…………貴女が……私を無視したからだわ」