16
「貴女に何が解ると言うの?」
ノエミの言葉に触発されたジューリアは目の色を変えた。怪しく美しかった婦人は、一気に憎悪に塗れた感情を丸出しにして、醜くなる。私達はただ、黙っていた。
「…………私がこの子を産んで、どれだけあの人に責められたと思っているの? 三番目は女の子だと嬉しくなっていたら、魔法が使えない子供だったのよ。この子を産んで、私がどれだけ辛かったと思う?」
「だが、お母様、リースはノーマルではありません。リースはカデーレと言う、国では極小に当たる存…………
「だから何だって言うのよ」
マークスの言葉をジューリアは遮った。両手で拳を作り、息を少し荒くしている。私は何も出来なかった。
「あの人にリースが気に入られなくちゃ何の意味もないわ。例え、最少種族のカデーレであったとしても、所詮魔力のないノーマルと同じよ!! 魔法は使えないのよ。……魔法が使えなかったから、駒として王太子の妻にしようとしたのに、断罪されるなんて!!!!!!!! 何の意味があったって言うのよ?!!」
「お母様……知っていたのですか?」
マークスは呟いた。
「いい加減にしろよ」
レオが机をガタンッと叩いた。レオを見ると、完全に不機嫌のキレモードだった。や、ヤバい……相手は私の母親、怖い母親なんだけど!! 私はレオを見た。
「レオ、いいからっ! 抑えて! ね?」
「お兄ちゃん、落ち着こう?」
レオは私とノエミの話は全然聞いていなかった。ジューリアに近づいて行く。
「レオ!」
ロベルが呼んだ。レオはロベルを一瞬見たけれど、お構いなくジューリアを見る。
「……あんたみたいな親の事を毒親って言うのかもな」
「は?」
ジューリアは腕を組んで、レオを睨みつける。レオは何も見えていない、という顔をした。
「……貧しくても、うちみたいな仲の良い家庭ばかりじゃねえよな。さっき上手い物食わしてもらって、心底貴族に憧れたけどよ。こんな環境じゃあリースも爵位を戻したって、家に帰って来たくない訳だよな」
「……何ですって?!」
ジューリアは怒りと共に、火の球を出して、レオにぶつける。レオはひょいっとよけた。マークスは魔法で火の球を消す。
「おーっと、危ねえっす」
「平民の癖に、私達家族の事に首を突っ込まないで頂戴!」
「……家族、でいいんですね? リースの事は? さっきは家族じゃないって言いましたけど」
マークスはレオの近くに歩いて来る。レオの肩に手を添えて、言った。
「レオ、やめときなさい」
「いや、やめさせないで下さい。こいつは……リースは、確かに魔法は使えません。俺は平民だから、貴族の云々はそもそも知らねえ! だけど、リースは魔法は使えなくても……俺達平民とも仲良くしてくれるし、料理は美味いし、たまに植物もプレゼントしてくれる。顔も器量もいいし物知りだよ。それの何処がダメなんだよ!!!!」
ジューリアを高いところからレオは睨みつける。まだ不機嫌は止まらないのか、レオは話し続ける。
「王太子の妻になれなかったから、意味がない?! ふざけんなよ!!!! リースの生きる意味はなぁ…………リース自身が決めるもんだ!!!! 貴族だからって、あんたら毒親が敷くものじゃねえんだ!!!! 例えそうだとしても、最後はリースの人生なんだよ!!!! 意味がないなんて決めつけんじゃねえよ!!!!!!!!」
バチーンッーーーーと、ジューリアはレオの頬を引っ叩いた。少し放心状態になったレオは、何も出来ないでいた。でも暫くしてから、ジューリアに同じくらい強いビンタをくらわした。ジューリアは、頬を押さえて、何とも言えない目でレオを見た。
「娘がどんな理由でも家に帰って来たら……まず、お帰りが普通だろうよ」
マークス、ロベル、私は何も言わずに黙っていた。ノエミはレオの手を取って、数歩後ろに後退させた。
「………………」
ジューリアは黙っている。何か言いたさそうに、唇を結んでいたが、何も話さなかった。
「お母様」
私はジューリアに声をかけた。
「何よ」
勢いをなくした声が返ってくる。
私は母親を真っ直ぐ、見つめた。
「見逃して下さい」
「…………どうして私が……」
「私……自分の運命を変えたいの。この世界で、あの日……ラクアティアレントに落ちた日の記憶が、私にはありません。落ちた事も……多分、違う。だから…………私は神殿に行って、真実を知らなきゃいけない。無実は晴らさなきゃいけない。……それに…………」
私自身が何者なのか、知りたいからーー在るべき場所へ戻る必要があるからーーーーーーーー
その言葉を言おうとしたけれど、何にも言えなかった。ジューリアは私から目を離さない。
一旦部屋を抜けていたロゼッタが駆け足で、戻って来る。
「奥様!!!! 魔法騎士団がこちらに入って来ました!!!!!! リースお嬢様達はいるかと、攻めて来ています!!!!」
私達は立ち上がって、逃げ出す準備をした。マークスとロベルが慌てて立ち上がった。
「リース、行きなさい」
「マークスお兄様」
「ここは私達に任せて」
ロベルは懐中時計を開けて、魔法陣の扉を出す。扉のノブをひねって、微笑んだ。
「君の道を行かないと」
「魔法騎士団だー!!!!!!!! ここにリース・ベイビーブレス容疑者がいると情報を受けたー!!!!!!!! 直ちに身柄を寄越さない場合には、我々はティルト家の住民を拘束する!!!!」
怒鳴り声が聞こえた。ロベルは早く早く、と私達を手招きする。
ジューリアは黙っていたが……叫んだ。
「ここにいますわ!!!! 娘をこの部屋に匿いました!!!!!! 王家に連れて行こうと思っていましたの!!!!!!!!」
「お母様っ!!」
私は叫ぶ。
魔法騎士団は大人数で部屋へと向かって来た。
「お母様!! ……見逃して下さい!! 私……カイルと約束したの。必ず神殿で会うって。……私に起きた真実を知るって…………!!!!」
「リース! 早く!! 急ぐんだ!!」
マークスは扉付近まで私を連れて行く。私はジューリアに言った。
「……王太子の妻にはなれなかったけど……私、カイルを好きだから……。だから……お母様、お願いっ…………!!!!」
ジューリアは、私の顔を少し見た。私も母親の顔を見つめた。
ロベルは、ノエミ、レオ、私の順に扉の中へと押し込む。そして、私達に言った。
「良いかい? 真っ直ぐ進んで、それから手元を捻るんだ。そうすれば、カメリア学園に着くようにしてある。着いてからは責任取れないけど、頑張るんだよ!!!!」
「ありがとう、ロベルお兄様!」
「リース、元気でね」
「ここは私達に任せなさい、君達は自分のすべき事をやるんだ!」
マークスも力強く言った。
「ありがとう、マークスお兄様!」
「また……お菓子、楽しみにしているよ」
にこりとマークスが笑うと、ロベルによって、扉が閉められる。完全に空気と同化した時……魔法騎士団が、部屋へと入って来た。
「リース・ベイビーブレスは何処だ!!!!!!」
部屋には、何もなく、マークス、ロベル、ロゼッタ、ジューリアがいるだけだった。
「どうしたんです〜? 騎士団の皆さんが?」
ロベルは、自慢のおかっぱヘアーを手ではらうと挑発的な赤い目を大きくして見つめた。
「リース・ベイビーブレスがここにいると関門から目撃情報があった。魔力の足跡を辿って来た。何処だ?! 何処に逃した??!!」
ロベルへと騎士団の一人が、ロベルの胸ぐらを掴んだ。ロベルは手で丁寧に払い落とす。
「汚い手で美しい僕を触らないでくれるかな?」
体の髄まで搾り取られそうな声で、ロベルは言った。ロベルに声をかけた一人は、何も言えなくなった。
「魔法を使った形跡を感じるぞ!! お前達、リース・ベイビーブレスを逃したんだろう!!!! 国の命令に背くな!!!!!!」
もう一人が、前に出て来て言った。
「魔法ぐらい、普段から使っているんだ。形跡も残るだろう。君は馬鹿なのか? リースは追放されたんだ。ここにはいない」
マークスは首を前に出して、睨みつける。もう一人は、く……と思ったが、引かなかった。
「お前達、どうして客間にいる?! 何もなければ、こんな部屋にはいないだろう!!」
「はぁーっ! だって、兄さん、この世間は休みで縁起の良い週に、また本や論文しか読まないから、連れ出して皆でお茶を飲んでたんだよ」
ロベルはマークスの肩に手を置いて、ハーっとわざとらしくため息をついた。マークスは、何で俺が……という顔をしたが、ぐっと堪えて笑う。
「そうなんです。私の部屋は日当たりが悪くて、こっちに来いと弟に呼ばれたんだ」
「本当ですか? ジューリア侯爵婦人?」
騎士団の一人は、ジューリアに近づいて質問した。ジューリアは、じぃっと一人を凝視する。手を握りしめていた。