15
客室に案内された私達は、暫くここに来るまでの話をした。ブーケ国での生活はゆっくりだと言う事や、カイルの護符魔法のおかげで何とか、苦なく来る事ができた事も。
話しているうちに、シェフの料理が運ばれて来る。レオとノエミは、食べた事もない綺麗に盛り付けられているランチに、驚いて目を大きくして驚愕した。メニューは色彩溢れる豆入りサラダに、アーティーチョークの冷製スープ、サーモンのカルパッチョ、焼いたパンと数種類のチーズ、ローストしたお肉かまたはお魚……がお皿に乗ってどんどん流れて来た。
「旅で疲れただろう。沢山食べなさい」
マークスはカモミールティーを数口飲んで、言う。
レオは、マークスの顔を見つめてから、俯いて、ありがとうございますと小さく呟いた。そして、涙を流しながら、もぐもぐと一生懸命に食べていた。
ノエミは、レオの背中をずっとさすりながら、涙目になって少しずつ食べた。
「リースって本当に貴族令嬢だったんだな」
食べ終わって、感情の収拾も落ち着いたレオは冷静にハーブティーを飲みながら言った。
「うん……まぁ……そうなのよね」
「ブーケ国に住んでいるリースしか私達は知らないものね」
「俺、こんなうまい物、人生で初めてだよ」
「私も」
「喜んでもらえたのなら、良かった。お兄様達に感謝だわ」
私はマークスとロベル、そして近くにいたロゼッタにお辞儀をした。マークスは頭を抱える。
「参ったな。我が妹とは思えない……。こんな人格者みたいな事を言うようになってしまったか」
「本当、ティルト家最大の悪役令嬢と噂されていたのにねえ〜」
ロベルが茶化すので、レオとノエミは私を見つめた。私は誤魔化したくて、どこか一点を見つめる。
「…………でも、リースお嬢様は元々素直で優しい人なのです」
ロゼッタはおかわりのハーブティーを私のカップに淹れた。マークスとロベルがそれぞれに呟く。
「この国で……ノーマルのお前を、私とロベルは見ないフリをしたよ。政略結婚なんて貴族じゃ腐るほどある話だが、お前にとっては辛かったよな……」
「そんな事ありません! 私が……どうにも出来なかっただけですから……っ!!」
「僕も、リースに謝る。お父様が怖くて、自分の事だけ適当にあしらっていたよ。リースの事を、守ってやれば良かった……」
「ロベルお兄様……」
私は二人の目を見つめる。私なんかよりも数倍出来が良くて、数倍この家にも国にも貢献しているような二人が、私に心から謝罪をしている。……どういう事なのかしら? 私、悪役令嬢なんですけど………………
「お気持ちだけで、充分嬉しいですわ。私、ブーケ国でですけど、今幸せなんです。大切な人が周りにいて……」
「それなら、安心だけど」
ロベルがくすり、と笑って言った。
「これから爵位をリースが取り戻した後には、私達もできる限りお前に協力する。やりたい事やいたい場所、相談に乗るよ」
マークスも安堵した表情を見せた。私は、この二人が味方でいてくれるのなら、安心だし、嬉しいと思った。静かに頷いた。
レオとノエミは何も言わずに、私をにこにこと見ている。私は胸が熱くなった。
マークスは話題を変えたかったのか、急に体を私の方に向けて話を振った。
「リースはブーケ国で、お菓子を作ったり花を売ったりしているんだね?」
私は何だか恥ずかしくなったけれど、ブーケ国の生活について話そうと思った。
「えぇ、今は小さな花屋として営業しながら、お菓子作りもお手伝いしています」
「リース家のお隣さんが、マロウさんって言うお菓子作りのプロなのよね!!」
ノエミはにっこりと笑った。マークスは目を細めて、微笑む。冷静沈着で感情の起伏が少ない事で有名なマークスが、ノエミにメロメロなのに私は驚く。ロベルは私にアイコンタクトで、仕方ないねーと笑う。
「そうなの。マロウさんがお菓子作りを教えてくれたのよ。ブーケ国に移ってから、レオ達もふくめて色々と手伝ってもらったの」
「だから、私達にもあんな素敵なデザートを送ってくれたんだな。ありがとう」
「すっごい美味しかったよ〜」
マークスとロベルは言う。私はとても嬉しくて、益々、恥ずかしい気持ちになる。マークスは、私を見つめた。
「それでだな、リース」
「はい」
「〝カデーレ〟についてだ」
私は固まる。久しぶりに聞いた、〝カデーレ〟という単語。何を意味するのかはわからない。だけど……私はカデーレの何かなのかな? とは思っていた。
「はい」
「兄さんが、血眼になって探したんだよー! カデーレについての書物は全くスペラザには無くて、それでも勉強スイッチが入った兄さんは、それ関連の本を仕事の合間に読みまくったんだ」
ロベルは笑う。にやにやと企み笑っていると、マークスに冷ややかな目で見られた。私はごくり、とマークスを見つめる。
「三冊しか見つからなかった。限りなく情報は少ないが……」
「何ですの?!」
マークスは私に、まぁ焦るな、という雰囲気で一口ハーブティーを飲んだ。
「カデーレは、直訳すると、育てる人という意味を持つ。魔力はない。だが、カデーレの力を持つ者には、カデーレ特有の別の力があるんだ」
「それって、もしかして……植物に関係ありますか?」
レオが珍しく敬語で、マークスに質問した。マークスはいい質問だな、というように、レオに人差し指を上に立てる。
「そう。カデーレの得意分野は主に〝作る〟こと。特に相性が良いのは、料理、そして、植物。無から生み出す物に対してはカデーレは強いんだ」
「だから、リースはマロウさんから教わった事をすぐに習得してお菓子が作れたのね!!!!」
「ノエミ! それは単純にマロウさんの教え方が上手だから……」
「でも、お前の植物畑、最初は枯れてばかりいたけど、今はモリモリに薔薇も他の花も取れるだろ?」
「でも、それは慣れてきたし、六月だし……」
私が口籠ると、マークスは立ち上がって近づいて来た。
「関係なくはないんだ。カデーレであると、愛情が鍵になる。この植物を育てるぞ、と思い切って私達が育てるよりも、カデーレのリースがこの植物を育てるぞ、と愛情を持って育てると、豊作になるんだ。君はつまり……ノーマルではない、ごく限られた人種に値するカデーレという力を持って産まれてきたんだ」
「そんな…………」
私は頭を抱えた。私がカデーレ?! ……そう言えば、カメリア学園ですれ違った子は、カデーレと言っていた。見た目も……髪色と目色が私と似ていた。
「カデーレは何に対しても育てる力が備わっているから、魔力はない。だから、今までリースはノーマルだと思われてきた。そもそも育てる以外に特徴がないからな。それに貴族では料理や植物を扱う事はしないだろう? 書物も本当に少ない。だから、誰も気づく人がいなかった。気づくとすれば、血縁にカデーレがいるかどうかだ」
私は自分の手を見つめる。カデーレ……? 私はノーマルではないの……? じゃあ、魔法が使えないけど、全然ダメなんじゃなくって、そもそも違う力を持っていたって事…………?!
「リース、カデーレの特徴は、君のミルクティーカラーの髪に、ピンクアイズなんだ。それが、君がカデーレである証拠なんだよ」
「………………じゃ、じゃあ、私の作ったペンダントや手の平からカイルが感じると言っていた陽だまりのような力って…………」
「全て、カデーレの力だよ」
ロベルはマークスのかわりに名台詞を言った。マークスはイラつき、ロベルを睨む。
「……ったく、お前は……! だから、リース。君は何にもない訳じゃなかったんだ」
マークスは私の手を取って、握った。私は、驚きながら、マークスを見つめた。
「それと、更に調べて驚いた事がある…………。それはね………………」
マークスが手の平を広げると、パッと結ばれたタペストリーが現れた。マークスは、それを手に持ち、広げようとした。
だけど、客室専用部屋の扉がバッと開く。
私は視線を移すと、母親のジューリアが立っていた。ジューリアは私の顔を見ると、手を口元に当てて、愕然とする。
「…………何やらガヤガヤと騒がしいと思ったら、リース…………貴女……」
ジューリアは暫く動かないで戸惑っていた。でも、私へと近づいて来て、頬をビンタした。マークスとロベルは構える。
「お母様!!」
マークスが言った。
ロベルも私の元へと歩いて来て、私を庇う。
「お母様、見逃して下さい! リースは、ここまで爵位を取り戻しに来たんです!!」
ロベルは大きな声で言った。ジューリアは、ロベルを見た。
「国の魔法騎士団が、リース・ベイビーブレスを探しているわ。平民の兄弟二人と一緒に、護符付き馬車で、不法侵入したって…………リースの事はティルト家としては、縁を切った筈よ。フィオレ嬢に婚約者が決まってしまった今では、私達に出来る事はもうないーーーーーーーーだから、リースはもう私達の家族じゃないの」
家族じゃない、の一言に、胸が痛くなった。そうだ……この母親は本当に残酷な所がある。実の娘でも、平気で切り捨てるのだ。
私は黙っていると、レオが呟いた。
「断罪されたからって……家族には変わりないんじゃないですか」
「平民が生意気な口を聞かないで頂戴」
ぞくりと怪しく美しく、ジューリアはレオを見ないで言う。レオはゾクっと身震いしそうなくらい恐怖を感じた。ノエミも負けじと抗議する。
「平民だけど……私達、リースの友達だから……黙っていられません!! どうして、お母さんなのに、平気で言えるんですか?!」