13
国境を越えると、スペラザの海が見えて来た。国外追放をされた時には、この海を渡ってマカニ共和国を通って来た。けれど、今回はフワコ国から来たので、陸地周りで到着する。
いよいよだ。
私はポケットの中から、もう一枚の護符を出す。トランクを開けて、端に閉まっておいた小さな台車を取り出す。私は台車に入っている更に小さな箱を取り出した。それを護符の上に置くて呪文を唱えると、あっという間に大きな両手におさまらないサイズの箱に変わる。
「どう?」
ノエミは私に言う。箱を開けると、手作りのリースや花達は問題なく存在していてくれた。
「うん、大丈夫みたいね」
仕掛けはこう。庭で育てているいくつかの植物を鉢植えに植えかえた。それを部屋の中に置いておく。リースは昨日作った物。
鉢植えを元々ある箱の中に入れる。リースも入れる。護符を当てて呪文を唱える。サイズがかなり小さくなる。これを使いたい時は、また元のサイズに呪文を唱えて戻すだけ。
この植物達は、私達のスペラザに訪れる理由に使う。頼まれた花の納品。そういう理由で、パスして向かう。これを上手い事越えられれば、何とかなる。
「私の名前はまたハナにしましょう」
「わかったわ」
「ハナな、了解」
私達は、馬車でスペラザの入国管理所へと向かった。スペラザの管理所には、人が次々と並んでいた。明らかに異国から来たんだな、という雰囲気の人もいれば、スペラザの人なのか何なのか、わからない人もいる。沢山の人だかりに、こんなに、ダナ様とフィオレの婚約を喜んでいる人達がいるんだ、と思った。
レオが馬車に指令する。馬車はゆっくり、ゆっくりと管理所へと進んで行く。小さな建物の窓から担当の貴族が、顔を出して、一人一人確認している。私は胸がドキドキした。顔にベールをかけて、目だけ見えるようにした。
馬車を近づけると、コンコンと担当者が扉をあけるように促した。
「はい」
レオが扉を開けて答えた。担当者は、スペラザには珍しいシルバーヘアに黒い瞳の貴族だった。名札に、リーフと書いてある。リーフ家は確か子爵だったわよね……? あまり絡みはなかったと思うけど………ここを貴族で固めるなんて、油断出来ないわ。
「こんにちは。スペラザにはどういった理由で入国されますか?」
レオは、カイルに言われていた理由を定型文を述べるように伝える。
「俺達、仕事で花の納品する為に来ました。花屋なんです」
「そうですか。花屋の名前を教えて下さい」
「〝ハナノワガーデン〟です」
「了解しました。納品先のお家を教えて下さい」
「クラウン家です」
レオは淡々とリーフ卿と会話を繰り返す。リーフ子爵は、ちらりとノエミと私を見た。
「人数は三人、ですね」
「はい」
「皆さま、兄弟ですか?」
レオは少し間をあけてしまったので、ノエミがフォローして答える。
「そうです! 兄と私は母に似ていますが、姉は父似です」
「…………そうですか。お姉さんは瞳が金色で、髪も明るいですが、お父さん似ですか?」
私はこくりと頷いた。ノエミも、ハイ! そうなんです! と元気よく答えた。
リーフ卿は、暫く黙ってから言った。
「はい、大丈夫ですよ。お進みください」
「どうも」
扉を閉めて、レオとノエミはガッツポーズした。レオは馬車に指令を出して、馬車は無事に関門を越えてスペラザへと入った。
「やったわね」
「良かった……目と髪色を言われたらどうしようかと思ったわ……」
私はハーっと息を吐く。馬車はカタコトと歩みを進めていた。外の様子を、窓から覗くと、武装した魔法騎士団の人間があちらこちらにウロウロしている。
「魔法騎士団がそこら中に張ってるわね……」
「リース、これからどうするんだ?」
「どうしましょうね、騎士団が張ってるし、このままでも仕方ないし……」
「リース、お腹空いちゃったわ」
ノエミは、お腹に手を当てて言う。レオが、呆れた。
「はぁーっ…………お前なぁ! スペラザに来て、それかよ?! この状況で、どうやって買い物や食事するんだよ!! 騎士が沢山いるのによ!!」
「ごめんなさい!! 我慢するわ……」
私はどうしようか、考え込んだ。安易に外に出てしまうと、騎士団に怪しまれてしまう。部屋に残っている物は、小麦粉くらいしかない……。
「そうね、お腹空いてしまうわよね。……とりあえず、何処かで下りましょう。座れる場所で考えて……」
「大丈夫かよ?」
「うん、多分大丈夫」
私はレオにお願いして、馬車を南通りへと運んでもらった。人が比較的多い通りなら、バレないだろうと思った。
馬車から下に降りる。近くにテーブルと椅子が並んでいるブースの前を私達は歩いた。何もせずに歩くのもと思い、私は植物の入った箱を持ち歩いた。
歩いていて、思った。
あ、ここって………………
「ハナ、どうするの?」
「そうねえ……」
私が歩いていると、ふいに後ろから手で口元を隠された。
「!!」
私は焦り、ジタバタと手を外そうと動き回る。レオとノエミが相手から私を助けようとすると、その相手が慌てて言った。
「僕だよ! 僕!!」
私は動き回っていたけれど、止まった。声の主が手を離して私を見る。ハニーブロンドヘアと童顔なのに挑発的な赤い目……
「ロベルお兄様!!!!」
二番目の兄だ!! と思い、私は口元のベールを広げる。レオとノエミは驚いた顔をした。
「リースの兄ちゃん?!」
「シッ」
レオにロベルは口に手を当てて、静かにするように合図する。レオは、緊張して体をピシッと硬直させた。
ロベルはレオを上から下まで、ジーッと眺める。
「リース、久しぶり。とりあえず、こっちにおいで」
ロベルは小声で話し、馬車を指で動かして小さくした。ただのおもちゃに馬車は戻ると、ロベルは手で拾い上げる。私達はロベルの後ろをついて行く。ロベルは真っ直ぐ歩いて、ブティックへと入って行った。ここはーーーーロベルの経営するブティックだ。
中に入って行くと、一人の女性が仕立てられたドレスを抱えている。
「休憩終わったよ、ジェニファー」
「店長、戻ってくるの早くありませんこと?」
「あぁ。君の顔を見たくて、すぐに戻って来てしまったよ。君も少し疲れ顔だね、休んだ方が良い。休憩して来なよ」
ジェニファーはロベルの歯が浮くような言葉にピクリともせず、言う。
「私が休憩入っても大丈夫ですの?」
「あぁ、休んでおいで」
「わかりましたー! それでは、少し出かけて来ます!!」
ジェニファーは目を輝かせて、ドレスをカウンターに置いて出かけて行った。ロベルは生暖かい目で彼女を見送った。店の扉が完全に閉まると、彼は指をシュッと動かし、クローズドの立て札をかけた。
後ろを振り向いて、彼は言う。
「驚いたよ、どうしてあんな目立つ場所にいたの?」
ロベルはふぅと安堵した表情を見せる。私はベールを取り、フードを取った。
「お兄様!! お元気そうですわ!!」
激しく勢いにあまって、ギューっとロベルに私が抱きつくと、ロベルは少々困惑しつつも、嬉しそうに抱きしめる。
「変装していたのにな」
「どうしてわかったの?!」
レオとノエミが優しい顔で私とロベルを見つめた。ロベルは、ノエミを見ると、満面の笑みを見せる。
「目の色が変わっていても、僕の妹だって事はわかるよ」
ロベルは私から体を離して、ノエミの手を取って手にキスをした。ノエミはテンションが上がって喜び、それを見たレオは、わざわざノエミとロベルの間を通って、遮断する。
「流石リースのお兄様ね! お店に入れてくれて、ありがとう!!」
ノエミがにっこーっと笑うと、ロベルはふうむと顎に手をやる。
「以外と君も僕系統の人だね、面白いな」
「手をとりあえず離しませんか」
レオは言った。ロベルは、仕方ないなぁと手を離した。
「そんなに、私ってわかりますか?」
「うん、君は唯一無二の美少女だからね。遠くにいても、分かるよ」
ロベルは私の髪の毛を撫でる。
赤い目を細めた。
「髪が少し短くなったんだね。悪くないよ」
「ありがとうございます」
レオとノエミは嬉しそうに、私とロベルを見守った。
「ロベルお兄様、お腹が空いてしまったのだけれど、何処か食べ物を取れる場所はありませんか?」
「そうか、お腹空いているんだね。大丈夫、良い場所があるよ」
「本当ですか?!」
「でも、その前に…………」
ロベルは、店の中にある洋服を魔法で自分の元へと引き寄せた。男性用と女性用のドレスがロベルのまわりに広がっていく。
「彼の服装が少し気になって気持ち悪いんだ」
「あ、俺っすか? すいません、デカ過ぎて丈が短くて……」
レオは苦笑いすると、ロベルは何てことはないといった雰囲気をする。
「いや、今もそれほど悪くはないんだけれどね。君は背が高いから、もっとしっかりした服を着た方が様になると思ってね」
指をパチンと弾くと、ロベルは襟がしっかりした白いシャツに、濃いブラウンのベストとパンツのセットアップを用意する。
「あ……でも、俺、お金がないっす」
「大丈夫だよ、僕が出してあげるよ。君は妹をここまで連れて来てくれたんだからね。そちらの妹さんにもアイテムを合わせるよ」
「わぁ! ありがとうございます! ロベルお兄様!」
ノエミはギュッと手を握る。ロベルは満更でもないという顔をした。レオは複雑な顔をする。
ロベルはレオに近づいて服を渡した。
「この服をそこの試着室で着替えて来ておいで」
レオはロベルが相手なのか、気を遣っている様子だった。そのまま静かに歩いて行き、試着室へと入ってカーテンを閉めた。