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私達は暫くして、入れ替わりで下に下りた。私は桜色のエプロンワンピースを脱いで、洗い桶へと入れる。ノエミがいいよと言ったのに、ジャバジャバと洗ってくれた。
「ありがとう」
「ううん、私が吐いちゃったし」
「でも……ノエミのおかげで助かった」
「それなら良かったのかな」
私は新しく自分の水色のエプロンワンピースを着た。くるりと回って確認していると、ノエミが言う。
「着替えたのね。先に上がっていてくれる? すぐに行くわ」
「わかったわ」
私はラベンダーティーを淹れて、上に上がって行った。ガチャリと取手を開けると、レオがティーセットを受け取ってくれた。下から持ってきた木箱の上に、ティーセットを置いた。
「まぁ、飲めよ」
レオがラベンダーティーをティーカップに注いで、渡してくれる。あまりにも珍しい光景なので、笑ってしまいそうになった。
「ありがとう」
私はレオのも淹れようかと思っていたら、彼はさくさくと注いでしまう。ずずーっと足を組んで飲む。笑ってしまった。
「何だよ」
「いや、変わらないなぁって」
「あ゛? お前なぁ、朝起きていないと思った時、マジで焦ったんだかんな!! ハーブティーぐらい優雅に飲ませろや」
「あははっ! ごめん、そうだよね。ごめんね」
「いいよ、俺も……悪かったし」
「レオの期待には応えられないけど…………私は友達以上だと思っているからね」
「またそんな期待させんじゃねえよ〜」
レオはハアーっとため息を大きく吐いた。
「そういう意味じゃなくてさぁ」
私が焦って言うと、レオは、ふふっと余裕の表情をする。
「わかってるよ」
「…………うん」
「だから、リースも誰とも結婚しないとか、もう言うなよ! この一件が終わって、モヤモヤしてたら俺お前の事タダじゃおかねえからな!! いいか?!」
レオはラベンダーティーを飲んだ。私は、レオの優しさに安堵する。
「うん、わかった」
私もラベンダーティーを数口飲んだ。
ぐうううううっと、お腹が鳴る。………………私が恥ずかしくて下を向いていると、ぷっとレオが笑った。
「ちょっとおおお!! 笑わないでよー!! 朝から何も食べてなかったんだから!!!!」
「いや、説得力ねえなあって!!」
レオは笑う。つい何日か前まで悩んでた顔は何処かに行っていた。
「ホッとして、お腹空いちゃったんだもの仕方ないでしょ!!」
「…………そうだな、生きてりゃ腹も減るよ。飯作るか」
「うん」
ノエミが戻って来た。
にこりと笑って、私に言う。
「リースのエプロンワンピース、絞ってダイニングに干しておいたわ」
「ありがとう。あのね、二人集まったから話したいんだけど……」
レオとノエミは不思議な顔をする。私は深呼吸をして、話し始めた。
「私の話なんだけど……どうしようか迷ったの。でも、スペラザに行って爵位の件が片付いたら、話したいと思っているわ」
「無理しなくていいのよ、リースだって色々あるでしょう?」
ノエミは馬車の椅子に座って聞く。
レオは黙っていた。
「ううん、私も話さないのも間違ってたかなって思って……。でも、まだどうしても話せないの。本当にこの一件が終わったら、話すから、それまで待っていてもらえないかしら?」
レオとノエミに私は自分の話をしようと決めた。この二人にどう思われるか……そんな事を考えていたけれど、二人はとても大切な人だから…………
でも、今伝えると自分が気が緩んでしまう気がする。だから、スペラザに行った後に話そうと決めた。
「良いよ、構わない」
「私も……大丈夫!」
二人は笑った。ホッとする。
大切な私の友達。
「ありがとう……。はぁ……お腹すいて耐えられないわ。何か作ろう?」
「そうね、三人で作ろうか?」
「いや、馬車内には誰かいないといけないからな。
俺が作ってやる! お前ら待ってろ!!」
レオはドヤァと自信満々の顔をした。瞬時にノエミが抗議する。
「いやあ! お兄ちゃんのご飯、雑なんだもん!!」
「何だと?! ノエミ、俺の飯が不味いってのか!!」
「大味なのよ、お兄ちゃんにそっくり」
「ちょっ!? おまっ!!!! ダー! 絶対食わす!!!! 今から飯当番、俺な!! 絶対美味い飯作るからな!!」
「えー嫌だぁあああっ」
レオは勢いよく取手を開けて、下に下りて行った。
ノエミは頭を抱えている。私は本当いつもの二人のやり取りだ……と思って、微笑んだ。ノエミがそんな私を見て、にこっと笑う。
「……良かった」
ノエミが一言呟いた。
ギューッと私にハグをする。
「うん。……それで、やっぱりすごく大味なの?」
私はノエミに確認した。
* * *
「もうすぐ婚約披露会だな」
ダナ王太子は、フィオレ邸の一室で、二人でソファーに寛ぎながら話していた。ダナ王太子は、フィオレに腕を伸ばし、抱き抱える形で二人は座っている。
「えぇ、あっという間ですね」
ちらりとダナ王太子はフィオレを見つめた。フィオレはこちらを見ないが、変わらず凛としていて美しいなと思った。
「皆、君のドレス姿を楽しみにしている。もちろん本番は結婚式ではあるが、婚約披露会も立派な行事だからな」
ポッと頬を染めて、フィオレは下を向いた。ダナ王太子はフィオレが下を向かないように、手で顎を上げる。そのまま自分へと顔を向かせて、口付けをした。
フィオレは益々うっとりとした表情に変わる。
「……私も楽しみですわ」
「あぁ」
フィオレはダナ王太子に寄りかかる。幸せだと、二人は思った。
「フィオレ、約束するよ。君を守る。全ての悪から私が君を守る」
ダナ王太子は、フィオレを見つめる。フィオレは、目をそらして言った。
「……守られなくても充分ですわ。約束よりも、こうしている事が幸せですから」
少ししてから、フィオレはダナ王太子を見つめた。ダナ王太子は、不穏に思ったが、気にしないようにしようとした。ふと、フィオレに確認してみる。
「フィオレ、この間はお菓子をありがとう」
「えぇ、どうでしたか? お口に合いました?」
上目遣いでフィオレは見つめてくる。ダナ王太子はその可愛さに見惚れてしまうようだった。
「すごく美味しかったよ。お菓子作りに精を出しているとは知らなかった。いつから始めたんだ?」
「……少し前にシェフにお願いして教わりながら、作ったんですわ。喜んでくれたのなら、本当に良かったです」
「驚いたよ。君があんな斬新なお菓子を作るとは……。しかし、程よく甘くて美味しかった」
「シュークリームと言いますの。書物にも載っていますわ」
彼女は、にこりと笑った。ダナ王太子は、その笑顔に不自然さを感じる。…………彼女が嘘をついている事はわかっていた。あのお菓子の味は、ダナ王太子がこっそり食べたリースのクッキーや、カメリア学園にリースが忍び込んで来た時に持って来た、クレオールというケーキと同じかなと思っていた。作り手の手風が同じ気がした。しかも、あのビジュアル…………。この後に及んで、フィオレが不安になる要因のリースについては、考えてはいけない、とダナ王太子は思った。
だが、ダナ王太子は考え込む。
菓子の味は偽れないのではと。
どうして、君は嘘をつくんだ? と言いたかった。言いたかったが、言えなかった。まだ、確信が持てない。何かの間違いだとしたい。彼女は、この世で一番心根が綺麗なのだから。
ラクアティアレントに落ちて、聖水を汚したリースとは違う。
そう思った。
………………
「そう言えば、カイルが密かに動いているのを知っているか? 何か企んでいるようだ。兄弟とは言え、義弟だからな、用心しておこう」
「まぁ……。カイル王子は、何を企んでいるのでしょうか?」
「元婚約者が関係しているかもしれない。大丈夫だ、君に迷惑はかけないから」
あえて、フィオレに元婚約者と言った。リースとは言わずに。彼女は明らかに瞳の瞳孔が泳いで、笑う。
「そうですか。でも、大丈夫ですわ。きっと何も出来ませんわ」
「…………。どうしてそう思う?」
「沢山魔法騎士団の皆様がいますもの。それに…………」
フィオレは言いかける。ダナ王太子は、ん? とフィオレを見つめた。フィオレは笑って、ダナ王太子に再び寄り添った。