迷走の秋がはじまる
暑い暑い夏が過ぎると、わずかでも、秋っぽい風が過ぎるとホッとしますね。何となく寂しくなるような秋の到来です。
「希望に巣食う蟲」
少年の体に巣食う蟲
あっち、こっちを喰い荒らす
冬の寒さも、青葉も、土も
川や草や空までも
心の隅も喰われてしまう
そして、少年はいなくなる
蟲は次の少年を待ち受ける
次の日も、また次の日も
やせ細った蟲はやがて蛹に
桜色の小さな蛹
細い糸にぶら下がり
時にしがみつく
次の日も、また次の日も
けど、柔らかな光が差すとき
背中が割れて
少年が翅を広げる
静かに蒼穹に舞い上がり
遠い時を眺めると
嘆息をして、それで
心の蟲が動き出す
次の日も、また次の日も
「馬よ、何処へ」
ああ、馬よ
その死んだ男を
何処へ連れて行く
ナイトの心を持って
淋しく死んでしまった男を
黒い月の光の
たずなに
縋りつく
哀れな忘却を
ああ、馬よ
その死んでしまった男を
何処へ連れて行く
「ムラサキシキブの花に寄せて」
遥かな恋人たちのさざめきのあいだ
芳香を放つ小さな花が一輪
花咲くを忘れ
ただ悲しみの淵に蕾を濡らす
人々の足音を聞きつけ
牛車の主の声が掛かり
平安の亡霊が舞い立つ都
中秋の月の永劫の彼方の恋
小さな花は黄昏の赤みに舞い
能の響きにも似た恋心を現す
遥かな月へ己を哀しみ
舞う姫は何処
おのが魂のおののきとざわめきに
猖獗とした心の中に、ただ
灯火に向かいて想う
あの黄昏の花の蕾は
いつに日か彼岸へ旅立つとき
川面の月のさやかさに
心を静め己が心を込めた眼差しにて
君が心を見出さむ
「夜の散歩」
薄ら光る波の、押し殺した息使いに
何かを知らせる配慮があるのか、いや
それとも、忍び入るための細かい思惑か
重く、粘りつくような静けさに
ちろちろ燃える対岸の悪魔の舌、きっと
夜空を焦がしているに違いない
立ち上る煙の先に、冴え冴えと
光を放つ蒼い永遠の月
一面に雲が湧き、うろこ状の翳りが拡がり
静寂が忍び寄る
煙とも霧ともつかぬ蔭りにどっぷりつかった
浮き上がった山嶺に、静かにかかる銀の雫
何故か音も立てずに脇を車が通りすぎる
夜釣りの子供の連れてきた
犬の足音が近づいてくる
息遣いとコンクリートに当たる爪の音が
周りを和らげ、砂の中に消えゆく
遠い、遠吠えに冴える月光が
遥かにウロコ雲からさらに近づき、近づき
薄ら光る波の押し殺した嘆息に
どっぷりと浸りこむ
夜釣りの竿のなる声と、波の悲鳴と
ひたひたと月の光の濡れる音
灯台の光に鼓動が重なり
えもいえぬ匂いやかな感触
深く、沈み込んだ空気、の中
砂の中から、トランジスターラジオの音だろうか
いかにも楽し気にチャラチャラ哀愁を歌い続けている
釣り針の沈む音に、泡の浮かぶ音
家々に灯がともる
いかにも楽し気に聞こえるのは笑い声だろうか
「鏡の間の憂鬱」
小雨の降る中に
あとから、あとから
おしゃべり幽霊の群れ
集まりきて
キャンバスにジッと見入り、はたまた
ちらりと見流し
小声で誇らしげに囁きあう
同伴の者たちと
男は女に、女は男に
そこ、ここに迷惑がっている顔が
あることも知らず
絵画は何も語りはすまい
絵画からはなにも得はできまいに
ただ
鏡を通して、自分の、その
裸の姿を見るだけかも
恋人たちよ
お互いを見てしまったのか
これらのキャンバスを通して
して、感想は?
おお、歩きたいのかね
(ある絵画展にて想う)
個人的には、このところ、毎年のように、特に何もない秋を迎えていますけど。こんなことでは、詩は生まれませんが、どうしましょう…。