第8話「最弱不死と元冒険者の都(3)」
その日の夜。
「決着をつけるぞ。破壊の魔神。ヴェルヴィア=ノヴァ=エンドロール」
「クックック……けちょんけちょんにしてやろう」
鉄格子から差し込んでくる月明りに照らされながら、まるで世界を救う勇者と邪悪なドラゴンの決戦を想起させるような睨み合いを続けること数分。
やがて俺達は、互いに示し合わせたかのように構えをとると、ほぼ同時に必殺の掛け声を放った!
「「最初はグー! じゃんっ! けんっ! ぽん‼」」
突き出されたヴェルヴィアの手は、ドラゴンのかぎ爪を連想させるチョキ。
対する俺の手は……。
「……のう、主。その手の形はなんじゃ? グーでもチョキでもパーでもなかろう?」
「これは、グチョパだ。グーとチョキとパー。その全ての力を有する、禁断にして最強の形だ。名称は俺の世界の地域によって様々だけど、これを出した奴は無条件に勝利する。というわけで、このベッドは俺のモノだ。オヤスミ……」
呆然と固まるヴェルヴィアを無視して牢屋に備え付けられた一つしかないベッドに潜り込む。
今ここに、戦いの幕は閉じた。
「ま、待つがよい! その手は絶対に反則じゃろ! 禁断にして最強と言うのも、それ使ったら友達なくすからじゃろ⁉ というか、主はこんなにも可憐なわっちを、この固そうな石畳で寝かせるという事に何も思わんのか! 普通そういう時は『俺は床でいいからお前はこのベッドを使えよ』とか言う所じゃろ⁉ じゃろ⁉」
敗者であるヴェルヴィアが俺に跨って非難の声をあげる。
そりゃ相手が普通女の子であれば、俺だってベッドを譲るのはやぶさかではない。
だがしかし。こいつは見た目が幼女なだけであって、その正体はドラゴンだ。
俺みたいな現代っ子と違ってファンタジー世界の住人であるこいつは、固い場所で寝るのは慣れているだろう。
ついでに言えば、古今東西異世界に転生したり転移して来た人物が、元の世界の知識を使って勝利するのは当然の流れ、言わばお約束だ。
つまり、この勝利は反則によるものではない。
Q.E.D.(証明終了)
「おーきーれー‼ なに納得した顔で寝ようとしとるんじゃ! わっちじゃって今日は三回も原初魔法を使ってお疲れ状態なんじゃからな⁉ 人間で言えば、超高等な魔法を連続で使ったくらい疲れとるんじゃぞ! そもそも、このアガレリアに来れたのもわっちのおかげではないか! わっちにもベッドで寝る権利があると思うんじゃが‼」
お疲れ状態と言う割にはどう見ても元気一杯なヴェルヴィアが俺の体にまたがり、俺の睡眠を妨害しようと激しく上下に揺れ動く。
そう。俺達が不時着したこの街こそ、俺の旅の目的地。
冒険者の都・アガレリアであった。
本来であれば到着したことを喜ぶところなのだが、仕事を探すどころか到着と同時に前科一般。
いかに雇ってくれる可能性があると言われたアガレリアでも、そんな奴を雇ってくれる所があるとは到底思えない。
俺の未来は今、この牢屋のように真っ暗だ……。
「全く、そう嘆くでない。こういう時、人間はプラス思考とやらをするんじゃろ? 主もやってみたらどうじゃ?」
プラス思考ねぇ……。
「考えてみれば、屋根のある生活とかめちゃくちゃ久しぶりな気がする」
「おお、そうじゃ。その調子じゃ!」
「しかも自分で食料を調達しなくてもあったかいご飯が出てくるし、寝床もある。なんだよそれ、天国じゃん。そう考えてみると、案外ここでずっと生活するのも一つの手かもしれない」
「うむうむ……うん?」
「そうだよ、いっそここに住めばいいじゃん、俺。そうすれば働かなくても最低限の生活は保障されるし、もう魔物達に怯えることも無い。最悪釈放されても、また何か罪を犯せば戻って来れる。街中で全裸になったんだ、今更俺に怖いものなんて……」
「リューン、戻ってこい‼ それはプラス思考ではない、屑の思考じゃ‼」
珍しく焦った様子のヴェルヴィアがガクガクと俺の肩を揺さぶる。
ハッ⁉ 俺は一体何を……?
「ありがとう、ヴェルヴィア。やっぱり無能者だからって、犯罪者になるのはダメだよな」
「う、うむ。わっちもまさかこんな事になるとは思わなんだ。……しかしギフトスキルを持っておらん者が無能者と卑下されておるとはのう。人という生き物は、三千年の時を経ても本質はあまり変わらんらしいのう」
ヴェルヴィアが呆れたように溜息をつきながら目を伏せる。
そういえば、一つ気になった事があるんだった。
「なあヴェルヴィア。ギフトスキルで思い出したんだけど、お前って俺のギフトスキルになったんだよな? でも、ここで身体検査された時のギフトスキル判定が無能者のままだったんだけど、アレってどういうことなんだ?」
「ああ、それか。前にも言ったと思うが、女神自身がギフトスキルになるなんぞ前例がない。そんな規格外かつ想定外の状態を、この世界の魔道具程度が判定できるわけもない。故に、結果として無能者と判定されただけじゃろうな。現にわっち自身も無能者と鑑定されておったしのう」
マジか。
どうにか無能者という問題だけは解決できたと思っていたのに、ギフトスキル持ちと判定されないんじゃ何の意味も無い。
泣きっ面に蜂とはまさにこの事だ。
と、俺がガクリと肩を落としたその時だった。
「お話し中に失礼するよ。君達がリューン君とヴェルヴィア君かい?」
その声に目を向けると、鉄格子の向こう側に二人の人物が立っていた。
一人はこのアガレリアで俺達と唯一面識がある美少女、メルティナさん。
そしてその隣には、俺達に声をかけてきたであろう紫髪の男の姿。
歳は二十代中頃だろうか。
猫科を思わせる細い瞳に眼鏡をかけた、好青年といった印象だ。
「……どちら様でしょうか?」
「おっと、失礼。まだ名乗っていなかったね」
俺の問いに、男は穏やかに答えた。
「僕の名前はライアー。このアガレリアで、ギルドマスターを務めている者だよ」
ライアーはそう言うと、嘘っぽいくらい爽やかな笑みを浮かべた。