第7話「最弱不死と元冒険者の都(2)」
どれくらいパラシュートの無い空の旅を満喫した頃だろう。
「「…………ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ‼」」
そんな情けない声と共に、俺達はどこかの街の教会へと自由落下した。
自分の死から蘇って上を見上げると、教会の天井には大穴が開き、辺りに高々と舞い上がった土埃がその衝撃を物語っている。
そして俺のすぐ横には床に上半身を突き刺しているヴェルヴィア。
このパンツ丸出しドラゴン、もう許せん!
「……こんの、壁尻のじゃっ娘! 何が素晴らしいアイディアだよ! お前の爆風で空の旅にご招待とか聞いてないんだけど⁉ ボイコン指令でももっとマシな作戦考えるわ!」
「誰じゃそれは! わっちはアガレリアに早く行きたいという主の願いを叶えようと、良かれと思ってじゃな……というか、早う引っこ抜いてくれんか」
「その余計な気遣いのせいで俺は一回死んだんですけどねえ⁉ そもそもなあ、何回も言ってるけど、俺は死なない体になったからって死にたくはないんだよ! ただでさえ俺は小説家になっちゃおう系の主人公とかだったら、間違いなく最弱ランキング上位に食い込むレベルの弱さなんだから、その辺もうちょっとだな……」
と、俺達がいつもの如く言い争いを始めようとしたその時だった。
「てっ、テメーら何者だ! まさか、この街の守護騎士団の一人か⁉ 奇襲とはやってくれるじゃねーか!」
声のした方を振り向くと、そこには薄汚れた服を着た二人組の男の姿。
その手には、ギラリと光るナイフが握られている。
そしてその横に倒れている桃色の髪をした聖職者風の美少女が、まるで助けを乞うような目で俺達を見ていた。
見ると彼女の白い修道服はビリビリに引き裂かれて下着が露わになっている。
俺達が来る直前、この二人に襲われていたのであろうと推理するのに時間はかからなかった。
なんというファンタジー世界のテンプレのような場面。
とはいえ、見過ごすわけにもいかない。
「ヴェルヴィア、喧嘩は後だ。そこの二人を叩くぞ」
「……んあ? ふむ。よく分からんが、主がそうしたいならばそうするとしよう。クックック……。魔物相手ならばいざ知らず、ただの人間の相手なんぞ欠伸が出るほど余裕じゃ」
俺に引っこ抜かれたヴェルヴィアが不敵な笑みを浮かべながら男達と対峙する。
「コイツ……。おう、相棒! 先にこっちを片付けるぞ!」
「オウ!」
こうして、俺達と男達の戦いの火蓋が切って落とされた!
――数分後。
「っぐ……。つ、強い……!」
「……いや、なんでそんなちょっと苦戦してるみたいなセリフ吐いてんだよ。よくその弱さで俺達に挑もうだなんて思えたなって思うくらい惨敗してんじゃねーか。正直言って、その辺のガキの方がまだマシな強さだぞ?」
「やめろぉ! 俺のHPだけじゃなくMPまで削るんじゃねぇ‼」
目にも止まらぬ速さでナイフを斬りつけられた俺に、二人組の一人、痩せた男からの憐れみを帯びた言葉の刃が突き刺さる。
そう言われるのも仕方がない。
なんせ奴の言う通り、一方的に切り刻まれてボロボロになっている俺に対し、相手は無傷なのだから。
「んぐーっ! んぐぐぐぐぐーっ‼」
「オウ……オウ…!」
「向こうも終わったみてーだな。って言うか、なんだあのガキ。強者みたいな雰囲気出してたのに、真っ先に相棒に捕まったぞ。まぁ、どんな奴だろうが元冒険者である俺達の連携とギフトスキルから逃れることは不可能だけどな」
視界の端では、大男に捕らえられたヴェルヴィアが変な呻き声を上げながらジタバタともがいている。
さっき余裕とか言ってなかったっけ、あいつ。
とはいえ、そのヴェルヴィアも何かしらのギフトスキルの効果を受けているのか、もがくだけで身動きが取れずにいた。
ミイラ取りがミイラになるなんて言葉は、きっとこういう状況を言うのだろう。
聖職者風の少女はといえば、逃げようと体を動かしてはいるものの、腰が抜けたのか打ちどころが悪かったのか、うまく動けずにいるみたいだ。
「さて、どうやらお前らは守護騎士団じゃねーみてーだし。あとは本物の守護騎士団が来る前にそこの教会の嬢ちゃんと、ついでに手に入ったあの赤髪のお嬢ちゃんを商品として連れて行くだけなんだが……。生憎と男に用はなくてな」
そう言いながら、痩せた男がナイフを舌で舐める。
本当にいるんだな、そのよく分からないパフォーマンスをする奴。
「じゃあ、大人しく死んどけっ‼」
痩せた男の持っていたナイフが避ける間もなく俺の心臓に突き刺さった瞬間、冗談かと思うような強烈な痛みと熱さが俺の胸に走った。
あぁ……。間違いなく死んだな、これ。
俺がそんな事を思うと同時にナイフが引き抜かれ、傷口から流れる大量の血と共に、急速に体温が抜け落ちる感覚が俺を襲った。
「あっ……ぐっ……」
「い、いやああああああああああああ!」
血を吹き出す俺を見て、聖職者風の少女が悲痛な叫びをあげる。
「はっはははははは! 妙な正義感出して逃げねーからこうなるんだよ、なぁ相棒!」
「オウ」
「…………」
男達の嘲笑をどこか遠くに感じながら、やがて俺の体は、そのまま自らの血溜まりの中に力なく沈み、意識が闇に飲まれた。
と、思ったのも束の間。
「……っ痛てええええ! 何してくれてんだてめええええ! 死ぬほど痛かっただろうがおらああああああああ‼」
「はははは……はあ⁉ げぶらぁ⁉」
「オウっ⁉」
「……ひっぐ。ああ、神よ。あの勇敢なる青年をどうか……。って、え? えええええ⁉ な、なんで? さ、さっきナイフが……あれ⁉」
俺が死んだと思って油断していた痩せた男が、即座に起き上がった俺の渾身の右ストレートを喰らって驚いた顔のまま吹き飛ぶ。
まぁ、死んだと思っていた奴が起き上がって攻撃してくれば、その反応は当然だ。
実際死んだし。
って言うか、マジで痛ってええええええ‼
最近多少はこの不死の体に慣れてきたとはいっても、さすがにまだこの感覚には慣れない。
「なっ、なんだ? どうなってやがる! テメーは確かに死んだはずじゃ……。しかも、なんで傷が塞がってんだよ⁉」
「……フッ。驚くのも無理はない。言い忘れていたが、俺は何度でも蘇る不死身の男! お前らが何度俺を殺そうと、俺は何度でも立ち上がる! ……多分。だから攻撃とか、そういう無意味な事せずに、大人しくするんだな‼」
……どうだ?
後半ちょっと本音が漏れた気もしないでもないけど、これで諦めてもらえないだろうか。
ヴェルヴィア以外が俺の言葉に一瞬間を置くと、
「「「……アンデッド?」」」
と声を揃えて言ってきた。
誰がゾンビやねん。
「……テメーがアンデッドだか何だか知らねーが、俺達の邪魔をするなら、何度でもテメーを殺すだけだ! おい相棒! 一旦そのガキは捨てろ! 二人がかりでこのアンデッドもどきをぶっ殺すぞ!」
「オウ‼」
俺の渾身の右ストレートを受けたにも関わらず、ピンピンした様子の痩せた男が大男を怒鳴りつけると、それを受けた大男がヴェルヴィアを乱暴に放り投げて剣を取り出した。
どうやら俺の一撃は、奴にさほどダメージを与えられていなかったようだ。
そして放り投げられたヴェルヴィアはと言えば……。
「……ぶへぇ! ええい、【束縛の鎖】とかしょうもないギフトスキルでわっちの邪魔をしおってからに……。しかも元とはいえ、女神であるわっちをゴミみたいに投げるとは……。決めた。貴様らは我が最大の力にてぶっ殺す‼」
その扱いがよほど癇に障ったのか、ゆらりと立ち上がりながら詠唱を始めた。
……待て待て待て待て‼
あいつまさか、屋内であんな威力のドラゴンブレスを出す気か⁉
馬鹿なのか⁉ そういえば馬鹿だった‼
「我が怒りを喰らうがよい! 【破壊竜の咆哮】‼」
その叫びに呼応するように、ヴェルヴィアが紅く目を煌かせながら原初魔法を発動させ、その口から周囲を揺るがすほどの衝撃波が放たれた!
「この度は、襲われていたところを助けて頂いてありがとうございます。私の名前はメルティナ。この教会でシスターを務めている者です」
そう言うと、襲われていた美少女。メルティナさんはふわりと頭を下げた。
歳は17か18ってところだろうか。
肩まで伸びた柔らかそうな薄桃色の髪に透き通った蒼い瞳。
胸は慎ましやかではあるが、それでもその整った顔立ちと清廉な雰囲気は、俺の世界なら清楚系アイドルとして人気になってもおかしくないレベルの美少女だ。
「いえ、人として当然の事をしただけです。俺の名前はリューン。それと……」
俺は教会の壁に目を向ける。
「あそこで壁尻になってる馬鹿は、俺の旅仲間のヴェルヴィアって言います」
「わっちのおかげで窮地を脱したというのに、その扱いはおかしいと思うんじゃが⁉」
どの口が言ってるんだ、この尻は。
魔力不足で衝撃波が出ただけで済んだから良かったものの、おかげでこっちは心臓止まるかと思ったっての。
「それより、すみません。教会をめちゃくちゃにした挙句に、あの男達も取り逃しちゃって」
「仕方ありません。何処に行ったのか分からないくらい吹き飛ばされていきましたから。それに、教会の事もどうぞお気になさらないで下さい。神もこう仰いました。『しゃーないやん』と」
どうやらメルティナさんが信仰している神様は、めっちゃフランクなようだ。
「とりあえず、俺の上着をどうぞ。紳士である俺に、その姿は目に毒なので……」
「え? あっ……」
俺の言葉に自分の姿を確認したメルティナさんの顔が真っ赤に染まる。
あの男達に抵抗したからだろう、彼女の着ている服はボロボロに破られ、その隙間からは下着がチラチラと見えてしまっていた。
「~~~っ! すっ、すみません! 大変お見苦しいものを……。ありがとうございます、リューンさん」
俺の上着を羽織り、メルティナさんが少し顔を赤らめながら微笑む。
……おや? おやおやおや? 何この甘酸っぱい雰囲気。
これキタんじゃない?
助けたのをきっかけに付き合う事になって、数年後にはゴールインという幸せ異世界結婚ルートのフラグが立ったのでは……?
「む。尻からラブコメの波動を感じる。というか、今現在わっちの方が見苦しい状態と思うんじゃが、なんでそれについては誰も何も言わんのじゃ?」
ヴェルヴィア、お前は空気を読め。
なんて妄想を俺が繰り広げていた、その時だった。
ミシ…ミシッ……ギシメシッ……バキッ……!
そんな甘酸っぱい雰囲気を破壊するような音が教会に響き渡った。
……そういえば、さっきからなんか天井辺りからパラパラと砂みたいなモノが落ちてきてるような気がするし、段々この軋むような音が大きくなってきてるような……。
「って教会崩れかけてるううううううう⁉ あれか! もしかしなくても、俺達が開けた穴とヴェルヴィアの魔法を使ったのが原因か⁉」
「えっ? えええええええ‼ 何してくれてるんですか⁉ 貴方達、私を助けに来たんですか⁉ それとも破滅させに来たんですか⁉」
「スンマセン! ほんっとスンマセン‼ とりあえず、今は急いでコイツを引っこ抜くの手伝って下さい! じゃないと俺達、仲良く生き埋めです‼」
「え、えええ⁉ わ、分かりました⁉」
「ほれ見たことか。わっちを無視するから罰が当たったんじゃ!」
一難去ってまた一難。
こうして、崩壊のタイムリミットが迫る教会の中で、壁に突き刺さった幼女を引っこ抜くという謎の脱出イベントが、突如幕を開けたのであった。
「「せえのっ! どっこいしょー! どっこいしょー‼」」
「いだだだだだだ! 取れる! 足が取れる‼」
「んな、こと、言ってる……場合かあああああぁ!」
「ぬぎぎ……んもぅ、ちょっとぉおっ!」
知り合ったばかりのメルティナさんと共にヴェルヴィアの足を引っ張ること数分。
いつもなら突き刺さったヴェルを引っこ抜くのに倍くらいの時間がかかるのだが、この調子ならもうすぐ引っこ抜けるだろうという所まで引っ張れた。
もしかして、メルティナさんって清楚な見た目に反して意外と力持ちなのか?
と、俺が思ったその時だった。
「ぬぉうっ⁉ ……貴様ら、もうちょっと優しくできんかったのか! 女神じゃぞ⁉ わっちこれでも女神じゃぞ⁉」
妙な声と共に壁から引っこ抜けたヴェルヴィアが、抜けて早々に文句を言ってくる。
だが、今はそれどころじゃない!
見るとヴェルヴィアが突き刺さっていた穴から壁に大きな亀裂がゆっくりと天井まで走り、やがてその亀裂が教会全体にまで達しようとしている。
崩壊が目前まで迫っているのは明白だった。
「は、走れええええええええ! 今はとにかく、全力で突っ走れえええええええええええ‼」
「わ、私の教会がああああ! 私の家がああああああ⁉」
「くぉらあ貴様ら! わっちの文句はまだ言い終わっておらんのんじゃがあああああああ‼」
三種三様の絶叫を上げながら、俺達は出口に向かって瓦礫が落ち始めた教会を駆け抜けた!
俺達が教会から出ると同時に、教会は轟音を響かせながら倒壊した。
危なかった……。
あと少しでも脱出するのが遅かったら、俺達は今頃瓦礫の下敷きになっていただろう。
「ぬははははは! よき破壊の音色である! やはり久々に聞くとゾクゾクするのう!」
俺の横でさっきまで怒っていたはずのヴェルヴィアが恍惚とした顔で身を震わせている。
そこから少し離れた場所では……。
「私の家が……。私の大事な教会、どこ……? ここ……?」
メルティナさんが小さくそう呟きながら瓦礫の山に変わってしまった教会を焦点の合わない目で呆然と見つめていた。
……どうしよう、この状況。
「そこのお前達、これは一体何事だ!」
どうしたものかと考えていると、男の声がかけられた。
見ると高価そうな鎧に身を包んだ数人の騎士達が、俺達に向かって駆け寄って来ていた。
「何じゃ貴様達は。わっちが余韻に浸っておると言うのに、五月蠅い奴じゃのう」
「口の利き方には気を付けろ、クソガキ。我々はシルドラド守護騎士団であるぞ!」
ヴェルヴィアの言葉に、集まった騎士の一人が声を荒げる。
守護騎士団……?
そう言えば、あの男達が俺達の事をそう呼んでいた気がする。
もしかして、俺の世界でいう警察とか自警団みたいな組織だろうか?
駆け寄って来た騎士が俺達を一瞥し、次に教会だった瓦礫の山と、それを見つめて真っ白になっているメルティナさんに視線を移すと、何かを納得したように頷いた。
「……なるほど、そういうことか。そこの犯人面のお前。貴様を教会破壊、及び婦女暴行の容疑者として捕縛する」
そう言うと、騎士の一人が手枷を持って俺に近づいてきた。
「ま、待って下さい! そりゃ人によっては人相悪いとか言われた事あるけど、誤解です! 俺達は襲われていたメルティナさんを助けた側の人間です!」
「そうじゃそうじゃ! 確かにわっちの主は、ぱっと見では何かしらの罪を犯していそうな人相をしておるが、旅の道中でこんなに可憐なわっちが隣に寝ておっても手を出してこぬ小心者じゃぞ!」
そう言って、フォローしておいたぞとばかりに、俺に向かってウィンクしてくるヴェルヴィア。
ひっぱたいてやろうか、こいつ。
「そもそも人相だけで犯人だと決めつけるとか人を舐めてんのか? これで俺が何の罪も無かったらどう責任取ってくれるって言うんだよ。こちとらどれだけ貧乏でも犯罪だけはしないと心に決めてるんだよ。そんな高潔な人間を疑うとか恥ずかしくないのかねえ? ほら、疑うならどこでも調べてみろよ。武器なんて俺は一つも持ってない善良な市民だぞ? 買う金が無かったからな‼」
俺は怒りに任せてそう叫びながら、どこからでも調べろとばかりに体を大きく広げた。
その瞬間。
ビリッ……‼
という大きな音と共に、俺の服が弾け飛んだ。
あまりにも突然の出来事に、俺達を取り囲んでいた騎士達も、そして全裸になった俺も、しばらく呆然としていた。
「……ヴェルヴィア様。解説をお願いしてもいいでしょうか?」
「解説も何も、服の耐久力が無くなっただけじゃろ。この世界の服はな、耐久力が無くなると例外なく弾け飛ぶ。故に修繕して耐久力を維持するなり同じ服を何着も用意しておくものなんじゃが、主はその服しか持っておらなんだからな。これまで魔物達の猛攻を受け続けておったにも関わらず、よく保った方じゃ」
ああ、神よ。
俺が一体何をした……。
「さて、街中で。それも守護騎士団である我々の目の前で堂々と全裸を見せびらかす善良なる市民殿。我々と一緒に来てもらっても?」
…………。
「すんません。この世界に手錠してるのを隠す布みたいなのがあったら、せめてそれを手錠じゃなくて、俺の股間に使ってください」




