第1話「最弱不死と変わるもの(1)」
秋。
それはこの世界の冒険者にとって、一年で一番忙しい時期である。
この世界の魔物の中には、冬眠する前の動物のように冬に備えて蓄える種族もいるらしく、それによる被害が後を絶たないらしい。
そして、魔物達の動きが活発になるということは――。
「……なるほど。報告はこれで最後かな? お疲れ様、リューン君。連日申し訳ないね」
「ライアー……。そう思うんなら、もうちょっと依頼の量をセーブしてくれ……」
「そうしてあげたいけれど、昔からこの時期は通常の魔物も特異種も活動的だからね。その代わりと言ってはなんだけど、報酬には少し色を付けるつもりだよ」
冒険者の街アガレリア。
その冒険者ギルドの執務室に特務クエストの報告に来た俺を待っていたのは、相変わらず何を考えているのか分からない好青年。
ライアーからの労いの言葉だった。
精魂尽き果てた今の状態で会いたくない人間№1だが、クエストの報告があるから嫌でも顔を合わせなきゃならないってのが、特務冒険者の辛いところだ。
さっさと終わらせて、じゃんけんに勝って先に酒場で晩飯を喰ってるヴェルヴィア達と合流したい。
「随分と疲れているみたいだけど……どうだい? そんなに疲れているなら、賢者である僕秘伝のマッサージを……」
「いらんわ! 妙にうにょうにょ指を動かすな! 視覚のセクハラだからなソレ⁉」
「そうかい? いつかきっと病みつきになってくれると思いうんだけどなぁ。それはそうと、リューン君。ようやく君に頼まれていたものが出来たよ」
ライアーはそう言いながら、机の引き出しの中から五つの指輪型の魔道具を取り出してテーブルに置いた。
「これって……」
「賢者・ライアー特製の《スクロール》だ。今までリューン君が使っている偽物のおもちゃと比べて、威力は通常魔法レベルに上昇。大気中の魔力を吸収して自動回復も可能だ。とは言っても、使用回数は精々一日5回が限度だから、使いどころをしっかりと見極めてほしい。保存してある魔法と注意事項は、この紙に書いてあるよ」
「マジか⁉ サンキュー、ライアー!」
いよっしゃあああああああ!
魔力0のせいで魔法が使えなかったり詐欺にあったりと、魔法に関してはロクなことがなかったが、ここにきてようやく俺も魔法を使える!
やっぱファンタジー系異世界ものといえば魔法使ってなんぼだもんな。
前々からどうにかならないかライアーには相談していたけど、冒険者が実用できるレベルの代物を探すのは難しいと聞いて諦めかけてたが、まさかライアーが直々に作ってくれるとは……。
普段は頼むから死んでくれという感想しかライアーには抱かないが、今日だけは感謝してもしきれない。
……まあ、これで俺の純潔を対価に要求してきやがったら、速攻であの指輪を搔っ攫ってあの窓から飛び降りよう。
と、俺が心の中で感謝の言葉と同時に退路の確保に意識を向けていると、当の本人は少し申し訳なさそうに眉を顰めつつ。
「すまないね。本当はリューン君の為にもう少し早く完成させたかったんだけど……。ここ最近、僕もエルマ君もリフォレスト関係で色々忙しくてね」
「あー……まあ、そうっぽいな……?」
その言葉に、俺は露骨に言葉を濁すしかなかった。
リフォレスト。
それは深い森に囲まれた街であり、エルフ族と獣人族が手を取り合い暮らす、色々あって俺が一時期滞在していた場所である。
その街の変化を俺が耳にしたのは、俺がアガレリアに戻ってからひと月ほどたった頃だった。
これまでの閉鎖方針から一転して、アガレリア限定ではあるが、貿易等を通じて人間との交流を持つ機会が増えたのである。
俺は毒の後遺症で死にかけていたから、恐らくはマゼンタとリーディア。
あの商人冒険者姉妹達が、奇跡の泉事件解決に尽力した報酬として、ヴォルフあたりにでも要求したのだろう。
おかげで人数こそ少ないものの、アガレリアではすでにエルフ族や獣人族の姿はあまり珍しくないものにまでなっていた。
それだけならファンタジー成果の街が、より一層ファンタジー色が強くなりましたで終わるのだが、どうやらそのしわ寄せは街の責任者であるエルマやライアーのところに来ているようだ。
なんかスマン……。
「はぁ……。まあ僕個人としては非常にいい傾向だ。エルフ族や獣人族が協力してくれれば、色々と選択肢が変わる可能性もあるしね。もっとも、問題なのは他の守護貴族達。『反英雄保有派』からすれば、少し面白くないだろうけれど」
「ああ、アレか……」
反英雄。
それはこの世界とは別の世界から召喚された、英雄級の強力な力を持つにもかかわらず、英雄ではない存在。
この世界の女神によって召喚されたのか、はたまた別の存在によって召喚されたのかは定かではないが、共通する目的は『女神の祝福返還のための大量虐殺』。
そんな物騒が服着て歩いてるような存在をこの世界に生きる住人達が許すはずもなく、反英雄出現当初は、その被害の大きさや討伐人数が連日紙面に大きく描かれていた。
だが、状況は思わぬ事態へと変わる。
「まさか各都市の守護貴族が、各々反英雄を保有するなんて言い出すとはね……。まあ、いくら反英雄と呼ばれていても、所詮は人間。抱き込む手段はいくらでもある、か。目的は戦力増強と権力拡大だろうけど、とても褒められた選択肢じゃないね」
「まあ、体内に火のついた爆弾を飲み込むようなもんだしな」
ただ紙面で報じられていた限りだと、今は守護貴族同士がお互いの保有している反英雄を使って自慢&牽制しあっている状態みたいだし、この街には反英雄並みに強いエルマが守護貴族として就任している。
すぐにアガレリアがどうにかなるなんてことにはならないだろう。
やがてライアーは、疲れたようにため息をつきながらポツリと、
「こんな時、アイツがいてくれれば、もう少しマシだったかもしれないな……」
「アイツ?」
「僕の初恋の人だよ。初めは彼に運命を感じていたんだけれど、少し厄介な状態になっていてね。……もしかして、聞きたいかい? 僕の濃厚嬉恥ずかしポロリ頻回な特務冒険者時代の思い出話を……」
「あ、一切興味ないです。お疲れっした~」
「おっと、つれないなぁ。明日残り二件の特務クエストを完了してもらえれば、以降はお休みだよ。……今は君に運命を感じているんだ。期待しているよ、リューン君」
「その超超高校級の希望さんみたいにねっとり言うのやねてね?」
寒気がするようなライアーのセリフから逃げるように、俺はそそくさと冒険者ギルドを後にした。
「……希望、か。案外その認識は間違っていないかもね」
ライアーが俺の去り際に小さく言ったその言葉は、扉が閉じる音に搔き消されて俺の耳には届かなかった。




