閑話「最弱不死とドラゴンのプライド」
「高原に出現したドラゴンの討伐依頼?」
冒険者の街・アガレリア。
その冒険者ギルドに張り出されていた一枚の討伐依頼の紙を見て、俺はもの珍しそうにそう呟いた。
ここアガレリアは多くの冒険者達の集う街として広く知られ、当然その冒険者ギルドともなれば、張り出されている依頼内容は魔物の討伐やアイテムの採取、果ては人探しや人生相談など、それ冒険者じゃなくてもいいだろと言いたくなるようなものまでとかなり範囲が広い。
スライムにすら余裕で負ける俺が受けられるものなど極々少数ではあるが、稼げる依頼はないかと毎日掲示板に目を光らせていた俺から見ても、それは初めて見るものだった。
ドラゴンか……。
ヴェルヴィアの本来の姿がドラゴンではあるのだが、野生のドラゴンもあんな感じなんだろうか?
だとしたら、こういうのはめちゃくちゃ凄腕のパーティーとかベテラン冒険者向けの依頼なんだろうな。
俺がそんなことを考えながら、興味本位に詳しく内容を見ようと依頼書を手に取ると。
「あら、ドラゴンの討伐受けるつもりなの? ……ふ~ん? リューンさんにしてはいい目利きじゃない。 今日張り出されたってことは、探すのにそんなに手間がかからないかもしれないし、報酬も悪くないわね。私が代わりに受注しとくから、急いで支度しちゃいましょ!」
「待て待て待て! そこのバーサーカー聖女‼」
横から依頼書を奪って受注しようとするメルティナを、俺は全力で引き留めた。
コイツは絶対に金額しか見てない!
「お前なあ、冷静になって考えてみろよ。相手はドラゴンだぞド・ラ・ゴ・ン!」
「なによ、大袈裟ね。ただのドラゴン一体でしょ? それくらいなら、私たちでも大丈夫よ。じゃあ、受付に行ってくるわね! すいませーん! このカースオブザドラゴンの依頼なんですけど……」
俺の言葉にメルティナが呆れたような顔でそう答えると、受付カウンターへと走って行った。
…………走って行ったせいで聞き取りにくかったが、最後にアイツなんって言った?
カースオブザドラゴンって言ってなかったか?
『カースオブザドラゴン』
それは、俺の世界の遊び王ってカードゲームに登場した、フィールドを焼いたり空飛んでる城を撃ち落としたり、融合したら大体上に乗られただけって言われまくってたあの黄色っぽいドラゴンの名前だ。
名前は若干違うけど、似たようなドラゴンがこの世界にも存在するってことだろうか?
……可能性は高いな。
この世界の魔物は、俺の世界のファンタジー小説や漫画なんかで見たことがある見た目や名前をしてることが多いからなぁ。
とはいえ、いくら俺の世界で初期に出た弱い部類のドラゴンとして扱われていたといっても、現実に相手をするとなれば話は別だ。
かといってメルティナを説得するにしても、あの今すぐ出発する気満々の様子じゃ無理だろう。
頼みの綱のフレステは常識人枠のフレステだが。
『あ、そうそう。今日は急でバイト入っちゃったんで、帰りはいつになるか分からないっすから、夕飯は先に食べちゃって下さいっす!』
とか朝練の時に言ってたもんなぁ……。
ナナシを頼ろうかとも一瞬考えたが。
『ナナシ。メルティナにドラゴンがどれほど恐ろしいか教えてやれ!』
『……了承』
『ナナシちゃん、ドラゴンのお肉って食べてみたくない?』
『ドラゴンの調理方法及びレシピを検索します』
とかなるに決まってる。
ってなると、俺が頼れそうなのは……。
「うむうむ、他の奴ではなくわっちを頼るとは……。いい選択じゃな。わっちに全て任せるがよい!」
ドラゴンが目撃されたとされる高原行きの馬車の車内。
酒瓶を片手にぐーすか寝ていたところを俺に捕獲され、訳も分からないままそこに放り込まれたヴェルヴィアに事情を説明すると、どこかいつもよりうれしそうな顔をしながら引き受けてくれた。
ヴェルヴィアなら防御力はメルティナ達以上だし、一撃限りのドラゴンブレスと、俺のゾンビアタック&【壊神の一撃】で撃退することもできるかもしれない。
……死ぬほどやりたくないけど。
一番良いのは、同じドラゴンってことでヴェルヴィアに説得してもらって、メルティナが到着する前に穏便にどこか遠いところに行ってもらうことなのだが……。
「それは無理じゃろうのう。さっきから必死に思い出してはおるんじゃが……。わっちはドラゴン系を作っておらん」
「は? そうなのか?」
「そりゃそうじゃろ。そりゃ、自分を見ながら作ればいいだけじゃから簡単かもしれんが……。ほれ、なんか自分の顔って長時間見てるとしんどくならんか?」
「あ~……」
そういえば学生の頃、美術の時間とかで自分の似顔絵を描くみたいな授業とかの時にそんな経験したな。
あれって女神でもそうなんだ。
「故に、そのカースオブザドラゴンとやらと意思の疎通は難しいじゃろうな。翼をもった魔物の数多の進化の果ての姿なのかどうかは知らんが。まあ、本物のドラゴンであるわっちには敵うはずも……」
と、ヴェルヴィアがそう言いかけたその時。
《GYOOOOOO——‼》
まるで金属を擦り合わせたかのような耳障りな咆哮が、馬車をギシギシと軋ませる。
「な、なんだこの鳴き声⁉ こんな鳴き声聞いたことも……」
「どうやら歓迎してくれておるようじゃのう。車主よ、この辺でよい。あとはわっちらが行く」
そう言って馬車を降りて高原を散策すること数分。
ソレは、まるで俺達が来るのを待っていたかのように切り立った断崖の先に居た。
黄金と見紛うような鱗、細く伸びた胴体に巨大な翼、今にも炎を吐きそうな巨大な口。
間違いなく、アレがカースオブザドラゴンだろう。
懐から取り出したヴェルヴィアのパンツを即座に剣に変え、戦闘態勢をとる。
すると、カースオブザドラゴンはその巨大な口を、さらに大きく開く。
まさか、ドラゴンブレスを吐くつもりか⁉
「ほう? 同じドラゴンとしての勘か? わっちと勝負する気とは……。よかろう。その勝負、受けて立ってやる。その目に本物のドラゴンブレスを目に焼き付けるがよい!」
と、俺がヴェルヴィアとカースオブザドラゴンのドラゴンブレス同士の衝突に身構えたその時だった!
《知っているか? ゴゴティーと呼ばれる飲み物は、イギリスが発祥なのだ》
…………。
………………?
あまりに理解が追い付かなさ過ぎて思考が止まってた。
状況を整理しよう。
いま喋ったのは、間違いなくあのカースオブザドラゴンだ。
人間の言葉を喋れることにも驚きだが、そのドラゴンが、おそらく俺の世界に存在したゴゴティーの雑学を俺達に聞かせていきた。
うん、意味が分からん。
どうやらそれはうちのヴェルも同じらしく、さっきからどうすればいいんじゃ? とでも言いたげにちょっとオロオロしてる。
そんな俺達をよそに……。
《豆撒きの際に年の数ほど豆を食べる風習があるが、あれは本来、正月に出てくる黒豆に対しての風習だった》
《公園には最低でも5本以上の樹木を植えなければ違法となる》
と、カースオブザドラゴンはお構いなしに意味が分からないこと雑学を語りかけてくる。
コイツはアレか?
立ち向かう冒険者に助言を送る的なポジションのドラゴンか何かなのか?
なんて俺が訳の分からない思考になりかけていたその時。
「あっ、いたいた。もう、先に足止めに行くなら最初からそう言いなさいよ!」
「メルティナ……」
「あーし達もいるっすよ♪ バイトが思ったよりも早く終わって帰ったら、速攻で駆り出されたっす」
遅れてやって来た不機嫌そうなメルティナ。
そしてその後ろには、フレステとナナシの姿もある。
「……驚嘆。これがデータで閲覧した時から気になっていた『カスオブザドラゴン』ですか。一体どんな味なのでしょうか」
「『カスオブザドラゴン』? え? 『カースオブザドラゴン』じゃなくて?」
「……肯定。アレは種族名称『カスオブザドラゴン』です。この種の他にドラゴンは存在しませんので、ナナシはリューン様が聞き間違えたと推測します」
「たまにフラッと現れては、カスみたいな嘘をつく、戦闘力がスライムと同等レベルの魔物。それがドラゴンなんっす。今日のは特に意味わからないカスみたいな嘘っすけど、もしかして特異種なんっすかね?」
「だったら特異クエストになってから来た方が儲かったわね。図体がデカい割には延々カスみたいな嘘を囁いてくるだけだから、超うざいだけの魔物だし。さっさと討伐しちゃいましょ」
一体どんな進化をすれば、あんな強そうなドラゴンがそんな哀れな生態になるんだよ。
とはいえ聞き間違いが発端ではあったが、ドラゴンの戦闘力がスライムと同程度扱いされているなら、特異種とはいえこいつらの心配をする必要はないだろう。
この世界のドラゴンが、その名の通りカスみたいな存在でよかっ……。
「……良くない。何一ついい訳がなかろう‼」
そう高らかに叫び、再び魔力を集中し瞳を紅に輝かせるヴェルヴィア。
その表情は、どこからどう見てもブチギレていた。
「ちょっ、ヴェルちゃん⁉ いらないいらない! 今回はその魔法絶対いらないくらい弱いから!」
「……退避。ヴェルヴィア様の魔力密度の臨界点を観測。ドラゴンのステーキとお刺身は、諦めるしかないという事実にナナシは落胆します」
「んなこと言ってる場合じゃないっしょ⁉ なんでキレてるか分からないっすけど、ヴェルっちから早く離れるっすよ!」
メルティナが補助魔法でも付与したのか、あっという間に範囲外に三人が避難する。
俺にそんなのが微塵も付与されていないのは、俺は死んでも死なないからここにいても大丈夫と判断されたんだろう。
あとであのエセ聖女は絶対泣かす。
と、その前に。
「ヴェル。お前、なんでキレてんだ?」
「……主よ。わっちは貴様の翼であり、牙であり、爪である。そんなわっちと同じドラゴンを冠する存在が、主にカスみたいな存在と認知されるのが許せん! 今一度その目に刻むがよい。こんな面汚しではない。本物のドラゴンであるわっちの威光を‼」
ヴェルヴィアがそう高々と叫ぶと共に、周囲が閃光に包まれる。
ドラゴンブレスを撃った後に毎回必ず壁尻になってるお前も、充分ドラゴンの面汚しポジションだぞ。
という俺の思考は、チリ一つ残らず消滅したカスオブザドラゴンと共に、ヴェルヴィアの放つ光の中に消えていったのであった。




