エピローグ
パァンッ!
と、俺の頬が叩かれた音がリフォレストの宿屋に盛大に響き渡ったのは、俺がベッドで目を覚ましてから少し経った時の事だった。
あまりにも突然の出来事に目を白黒させていると、俺をビンタした張本人。
フレステはその瞳に涙を潤ませながら口火を切った。
「……あーしの為に色々と悩んでくれたのはヴェルっちから聞いてるし、感謝もしてるっす。でも、エルマ様が一緒だったからって何でこんな危ない事するんっすか! せめてあーしも連れて行ってくださいよ! 守ってくれって約束させたなら、せめて傍で守らせて下さい! その結果が毒で三日間も寝込むって、馬鹿じゃないっすか……っ!」
そう言うと、フレステはその場で泣き崩れた。
落ち着いて話を聞いてみると、俺はあの戦いの後、体内に残った微量の毒に侵されながら、エルマ達によってリフォレストまで運ばれたらしい。
そこを偶然ヴェルヴィアの誤魔化しがバレてリフォレスト入りしていたフレステ達に見つけられ、すぐにメルティナの治療を受け、この宿で交代しながら看病されていたのだそうだ。
……なんというか、非常に申し訳ない。
「にしても、よくここまで来れたな。エルメラルドの森にいる魔物って、かなり手強いって聞いてたのに……」
その言葉に、フレステは気まずそうに視線を泳がせた。
え……? 何その反応。
困惑する俺に、フレステは、
「パイセン、ちょっと頭の体操しないっすか?」
と、妙な提案をしてきた。
「頭の体操?」
「はいっす。……このリフォレストは、普通の人は入る事が出来ないんっすけど、物資獲得の為に、条件さえ満たせば入国できるんっすよ」
それは知ってる。
「それでっすね。その条件の一つが、両種族に敵対心が無いことを示す事なんっすけど、人間に対して不信感を持ってる獣人族とエルフ族にそれを示すのって、結構難しいんっすよ。……彼らが信仰してる女神と縁があるなら別っすけど」
「……待って?」
俺の中で、嫌なパズルのピースが次々と完成していく。
エルメラルドの森の逸話から考えて、獣人族とエルフ族が信仰している女神はローレルだと思って間違いないだろう。
そしてフレステの聖盾はローレルが創造した神器。
そのフレステがこのリフォレストに入れたって事は、つまり……。
「もしかして……」
「はいっす。かつてリフォレストに物資提供してたのは、あーし達。シルディアナ家なんっす。だから来ようと思えば、念話一本で護衛付きで簡単にここまで来れるんっすよ……」
申し訳なさそうにそう告白したフレステの言葉に、俺は項垂れた。
じゃあ何か? 下手すると俺がここまで来るのに費やした苦労って、もしかして完全に無駄だった……?
「主よ! 目が覚めたんかや! ……って、何か元気なさそうじゃのう。まだ調子が悪いんかや?」
「……存命。リューン様のバイタルは正常値だとナナシは計測します」
「神は『馬鹿に効く回復魔法は無い』なんて仰ったけど、解毒魔法は効いたみたいで良かったわ。あ、感謝の証として寄付金をくれるならいつでも待ってるからね?」
落胆していた俺の部屋に、ヴェルヴィア達が揃ってぞろぞろと部屋に入って来た。
たった数日しか見ていないだけなのに酷く懐かしく感じる面々に、日常に戻ったのだと感じてどこかホッとする。
「ところでヴェルヴィア。その首から下げてる木札は何?」
「んむ、コレか……」
渋い顔をするヴェルヴィアの首には木製の板が下げられ、そこには『わっちはアホの子です』と直線的な字で書かれていた。
「主をエルメラルドの森に送る手引きをした罰なんじゃと。屈辱じゃ……」
「当然っすよ。ヴェルっちがパイセンに甘々なのは周知の事実っすけど、今回のはさすがにあーしも看過できないっすからね。反省してくださいっす」
「……報告。ナナシが製作しました」
「まあ、さすがに今回はね。……アンタの事だから、私達を危険な所に連れてく訳にはいかないとか思ったんでしょうけど、それでも相談くらいしてくれても良かったんじゃない? 私達、一緒に冒険する仲間なんだから。ちゃんと二人共反省しなさい」
メルティナがそう言って肩を落としながら笑う。
ああ、全くもってその通りだ。
まさかメルティナに説教されることになるだなんて思いもしなかったな。
「のうのう、主や。ちょっといいかや?」
反省する俺にヴェルヴィアがコッソリと耳打ちしてくる。
「どした?」
「いやの? 主が持っておったわっちのパンツを返してもらったはいいんじゃが、その……。何と言うか、ちょっと伸びておる気がするんじゃけど、主は何か知らんかや?」
俺がパンツを頭に被ったからです。
とは、いくらヴェルヴィアが相手でもさすがに言えないよな……。
「ん、ん~……。なんでだろうな。俺にも分からん」
「ふむ? まあ、すぐに元通りになるから別にいいんじゃが……。なんか他の女の匂い? 魔力? みたいなのを感じるんじゃよなぁ。しかもわっちが知ってそうな感じの……」
そりゃまあ、その匂いだか魔力の持ち主を、間違いなくお前は知ってるだろうな。
ヴェルヴィアの反応から察するに、どうやらローレルとはまだ会ったないみたいだ。
聖なる泉から解放されたのは間違いないだろうから、もしかしたら森を正常に戻すので忙しいのかもしれない。
まあ、あのかもかも女神については味方になってくれるって約束したし、全てを終えたらまた会える、かも。
と。
「よう、邪魔するぞ。……って、ようやく目が覚めたみたいだな、リューン」
「兄様! お体の方は大丈夫ですか!?」
そう言いながら部屋に入って来たのは、果物が大量に入ったバスケットを持ったヴォルフとエルマだった。
よく見るとヴォルフの服は前に見た冒険者服ではなく、少し高価そうな服に身を包んでいる。
「ヴォルフ王、それにエルマ様。この度は私の大切な仲間に協力して頂き、本当に感謝致します」
畏まって頭を下げるフレステの言葉に、ヴォルフが居心地悪そうに頭を掻く。
「気にすんな。オレ達もリューンのお陰で助けられた。……ところで、その王って呼ぶの止めてくれねーか、聖盾の騎士殿。まあ起きたなら丁度いい。お前さんとその仲間には、事の顛末を話そうと思ってな」
ヴォルフから語られた今回の顛末をまとめるとこうだった。
まず主犯であるベラドナ。
彼女はエルマ達が駆けつけた時には既にリーディア達に敗北した後だったらしく、今はリフォレストの牢獄で監視下に置かれているそうだ。
その牢はエルフ達によって作られた魔法が使えなくなる特殊な物らしく、べラドナが再び悪さを企むことは無いだろうとの事らしい。
次に聖なる泉。
その水はエルマ達によって全て回収され、フレステや結晶症のエルフ達。
そしてべラドナに操られていた方々の治療に全て使われ、聖なる泉があった場所にはもう何も残っていないのだとか。
まあ、残ってたら残ってたで新たな争いの火種になりそうだし、そっちの方が良いだろう。
エルマ達が駆けつけた時には、聖なる泉に面白結晶像は無かったそうだ。
俺よりも軽傷だったマゼンタとリーディアは、怪我が回復すると同時にリフォレストを出国したらしい。
どうやらヴォルフと同じように結晶症を治す為に国外に出た獣人族やエルフ族に今回の問題が解決したことを伝えるべく、彼女達の商業ルートを使ってその足取りを追っているのだとか。
あの凸凹トレジャーハンター姉妹なら、きっとすぐに獣人族達を見つけ出してくれるだろう。
さて、最後に俺と死闘を繰り広げた反英雄ダリアだが、べラドナに操られている間の事をほとんど覚えていなかったらしい。
ヴォルフ達から事の顛末を聞かされたダリアは、迷惑をかけた償いとして、今後もリフォレストに全面的に協力することを約束したのだとか。
「ところで兄様。ダリアさんが『漆黒の鎧を着た男に知り合いは居るか?』って頻繁に聞いてくるんですけど、もしかして、それって兄様の事です?」
「……さあ? べラドナの魔法で幻でも見たんじゃねーの?」
関わると面倒そうだから、俺は適当に誤魔化すことにした。
というか、何でその事だけは覚えてんだよ。
「とまあ、こんな所か。今回の件は、リフォレストに住む多くの者達としても、そしてオレ個人としても。お前さん達には感謝してもしきれない。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってこい。秘境の国の長じゃあるが、出来る事があるならなんでも協力してやる」
そう言うと、ヴォルフはニッと犬歯を覗かせて笑った。
まあ色々と酷い目に遭ったが、一件落着で何よりだ。
と、俺が胸を撫で下ろしたその時だった。
「しかしまあ、このまま寝ておるのが長引けば旅行の中断も止むを得んと思っておったが、その様子を見るに大丈夫そうじゃな!」
旅行……?
そう言えば、今回俺が聖なる泉を探すきっかけになったのは、海に旅行に行くことになったからだっけか。
今の今まですっかり忘れてたけど。
「まあ、毒も完全に浄化出来てるみたいだし、行っても大丈夫でしょうね。この可憐で清楚で可愛くて淑女でバーゲンにも強い聖女の水着を、リューンさんも見たいだろうし」
なんで俺がお前の水着を見たがってる前提なんだよ。……いや見たいけど。
「当然行くっすよね? 誰かさんがここまでして治してくれたんっすから、あーしも今年は、ちょっと大胆なの着るっすよ!」
「まさかフレステ……。この前お店で見てたすごい水着を着るつもり!?」
すごい水着!?
「あ、あれはちょっと冒険し過ぎっす! あんなもん紐と同じじゃないっすか!」
紐と同じ!?
「……報告。それについてリューン様にお知らせが」
「そうじゃ主よ! わっちアレやりたい! 『スイカ割る』という行事!」
「……変更。ヴェルヴィア様。それについて詳しくナナシに聞かせて下さい」
ナナシが何かを言いかけていたような気がするが、俺の頭の中は、既にフレステ達がどんな水着を着てくるのかで頭が一杯になっていた。
どうしよう。今からワクワクが止まらない!
異世界に来てから初めての夏が、ようやく始まろうとしていた。




