第19話「最弱不死と女神の涙(3)」
「結界に反応があったと思えば、やはり現れましたか。我が一族の宝である聖なる泉を狙う薄汚れた種族よ」
洞窟の最奥。
ヒカリゴケに照らされた広い空間に俺達が足を踏み入れると、妙齢のエルフ族の女――ベラドナの声が響き渡った。
その隣には瞳を閉じたまま仁王立ちしているダリアと、今頃はエルマ達によって酷い目に遭っているであろう操られたエルフ族達と同じように虚ろな瞳をしているマゼンタとリーディアの姿。
可能性として考えて無かった訳じゃないが、まさか二人まで俺達が来る前に操られてしまうとは……。
そして二人がいる場所の更に奥には、俺でも一目見ただけでもそれが神聖な力を帯びていると分かる、淡い輝きを放つ小さな泉があった。
間違いない。アレが俺達の探していた『聖なる泉』だ。
そして、その泉の中央には――。
「……なあ、ローレル。あの結晶がお前の本体?」
『そうだけど……あまり見ないで欲しい、かも』
見るなと言うには、あまりにもソレは存在感を放ち過ぎていた。
聖なる泉の中央に鎮座しているローレルの結晶像は、驚愕の表情を浮かべながら涙を流し続け、その姿はまるでドッキリを仕掛けられたリアクション芸人のように珍妙なポーズをとっている。
なんか、イメージと違う。
「せめてもうちょっとポーズはどうにかならなかったのかよ。こう、祈りを捧げてますみたいな感じとか」
『無茶言わないで欲しいかも! 突然お前をここに封印するとか言われれば、誰だってああなるかも! むしろ女神の私が何に祈るのか教えて欲しいかも!』
まあ、それもそうか。
そんな俺達をべラドナは不思議そうに眺めながら、
「どうでしょう? ここは一つ取引を致しませんか?」
そう言って微笑むと、懐から淡く光る水の入った小瓶を取り出した。
「貴方達がこの聖なる泉を求めているのは存じております。本来なら人間風情に渡すだなんて言語道断ですが、我々は野蛮な人間とは違って温和な種族。争いは好みません。これを土産に、どうぞお引き取りを」
守ってくれた獣人族や同族まで操って兵士にしてる奴のどこが温和な種族だよ。
「マゼンタとリーディア、それにダリアはどうなる」
「この三人に関しては、諦めて頂けると幸いです。この三人にはまだ利用価値がありますので。まあ、ここで無駄に命を散らしたいと仰るなら止めはしませんが……」
傍らの三人を一瞥しながらべラドナが笑うと同時に、ダリアが戦斧を、マゼンタが鞭を、リーディアが杖を取り出し、俺を威圧してきた。
……確かにあの三人を相手にすれば無事では済まないだろう。
もしエルマとヴォルフがここに到着したとしても、かなり分が悪い。
「迷う必要は無いでしょう? 本来ならこの聖なる泉の水は、今まで虐げられていた我々にエルメラルド・ローレル様が復讐の為に残した我らが秘宝。それを一部とは言え、無傷で得られるのですから」
おいおい……。勝手にローレルを封印しておいて復讐の為に残してくれたとか、べラドナの一族はどんな伝え方したんだよ。
『そんなわけないかも!』
べラドナの言葉に、背中に居たローレルが飛び降りて叫んだ。
『この封印されし三千年の時の中。私は何度も禁忌を破らねば良かったと思った! けれどもきっといつか、この泉の、私の力で傷が癒えたその時。また他種族とも手を取り合える日が来るかもと必死に耐えてきた! それなのに……』
これまでの苦悩を。
これまでの後悔を。
これまでの孤独を。
耐えてきた感情の全てを大粒の涙と共に流すかのように、ローレルが泣き叫ぶ。
だがその言葉は、誰にも届く事は無かった。
――俺以外には。
「……悪いけど、たったそれっぽっちの水で引き返して来ましたなんて言ったら、俺の仲間や上で滅茶苦茶やってる弟分に幻滅されそうなんでな。どうせなら結晶症になってるエルフ族を全員治せるだけ……いや。そこの面白ポーズしてる女神の結晶ごと聖なる泉を寄こしてもらわねえと、手は引けねえな」
『リューン……』
剣を取り出しそう言い放った俺に、べラドナは侮蔑の目を向けてきた。
「随分と愚かな人間ね。そんな生き方では、命がいくつあっても足りませんよ?」
「泣いてる女の涙を止める為に俺の命一つじゃ足りないってんだったら、足りるまで幾らでも死んでやるよ。……最弱不死を舐めんじゃねえっ!!」
「そう、ならお望み通り。……行きなさい、マゼンタ。リーディア。ダリア!」
べラドナの号令に、ダリアが戦斧を片手に俺に向かってゆっくりと歩を進めてくる。
しかし――。
「っ!? 何をしている! リーディア、マゼンタ!」
ダリアが命令通りに真っ直ぐ俺に向かってくるのに対し、マゼンタとリーディアだけはその場に立ち尽くしていた。
どうなってるんだ?
そう思っているのはどうやらべラドナも同じらしく、この状況に目を白黒させる中。
「フフ……。ごめんなさいね、べラドナ。私、他人を意のままにするのは好きなんだけれど、自分を意のままにされるのって嫌いなのよっ!!」
「お姉様。不意を突かれて人質になった汚名を晴らしたいからって、敵を前にして余裕ぶらないで下さい! 《ライトニングスラッシュ》ッ!」
マゼンタの鞭とリーディアの光の魔法が、べラドナに奔った。
「くっ! 《アースシールド》ッ!!」
二人の同時攻撃にべラドナが驚愕の表情を浮かべたが、二人の挟撃が届くよりも速く唱えた魔法によって生成された土壁に守られた。
まさか、操られてなかったのか?
「どういうこと。貴女達は私の幻惑魔法で操られていたはずじゃ……」
「随分と不勉強なんですね。ウチとマゼンタお姉様のギフトスキルは、共に精神系の能力。そのギフトスキルの持ち主は、同じ精神系の魔法やギフトスキルが効きにくいなんて常識ですよ? まあ、人間を見下している貴女は、知りもしなかったでしょうけどね」
リーディアの言葉にべラドナの表情が歪む。
「とは言っても、ダリアさんを相手に大立ち回りするわけにもいかないから、こうして操られたフリをして守護貴族君が来るまで機を窺ってたんだけれど……。フフ。あんな啖呵を聞かされちゃったら、動かない訳にはいかないわよね? リーディア」
「それは、まあ……。変態男!」
どこか恥ずかし気にリーディアはマゼンタから視線を逸らしながら、俺に向かって大声を出した。
「ダリアさんにかけられた幻惑魔法は一際強力なものです! どうやら生半可な方法では解除できないらしいですが……貴方なら、ダリアさんを助けられると信じています! こっちはウチ達に……。このトレジャーハンター姉妹に任せて下さい!」
リーディアのその言葉に、ダリアが口元を抑えながら小さく笑った。
「フフ……。いつもは名乗りをあげないのに、今日は珍しいわねリーディア。もしかして、ちょっとテンション上がってるのかしら?」
「お姉様! 余計な事言ってないで集中!」
顔を真っ赤にしながら叱ってくるリーディアに、はいはいとマゼンタがどこか嬉しそうに言いながら。
「……まあ、テンション上がてるのは私もなんだけどね。お宝探しをしていたら巨悪と対峙するなんて、まるで絵に描いたような刺激的なシュチュエーションね。ルーキー君。そう言う訳だから、そっちは任せたわよ。無事に帰れたら、私達がご褒美にイイコトしてあげちゃう♪」
「お姉様! 何こんな時にバカな事を言ってるんですか!?」
顔を更に赤らめたリーディアと俺に軽くウィンクしてきたマゼンタは、そう言うとベラドナと戦いながら俺達から遠ざかって行った。
恐らくベラドナが俺達に余計な妨害をしてこないようにさせる為だろう。
あの二人ならきっとべラドナ相手にも後れは取らないだろうし、任せても問題ない。
残る問題は――。
「……久しぶりじゃねーか、ドルジ。まさかこの世界でアタイを殺したアンタに会えるなんて、あの神様の奴も粋なことしてくれるよなあ。アァン?」
俺の目の前で仁王立ちする、操られた反英雄。ダリア・ノーツの相手だけだ。




