第18話「最弱不死と女神の涙(2)」
ズズンッ……。
と、どこからか響いてきた爆音が薄暗い洞窟に響き渡り、地下へと降りていた俺達を僅かな揺れが襲った。
恐らくエルマ達と操られた獣人族達との戦いが始まったのだろう。
エルフ族が魔法に精通していると聞いていたけど、まさかこんな所にまで影響を与えるほど強力な魔法を使うとは……。
エルマ、ヴォルフ。無事でいてくれ。
「急ぐぞローレル。この先に聖なる泉があるんだよな?」
『え、ええ。その通りかも。……とろこで、今の揺れって何……?』
「何って、操られたエルフ族の魔法だろ?」
『それはあり得ないかも。エルフ族の子は確かに魔法が得意だけど、戦闘用の魔法は苦手かも。だから戦闘に長けた獣人族が守っていたわけだし』
…………。
「……え? じゃあ、さっきのって何?」
『それが分からないか聞いてるかも。多分だけど、キミの仲間が原因かも?』
いやいや、そんなまさか。
と否定したかったが、普段のエルマならまだしも、何かの拍子で変なスイッチが入った状態のエルマなら、あり得ないとは言い切れない。
もしかしなくても、地上は今頃エルマによって地獄絵図になっているんじゃないだろうか……?
急ごう。
操られている獣人族やエルフ族の方々の為に!
「と、とにかくローレル。今のうちに確認しときたいんだけど、お前は戦いには参加できないって事でいいんだよな?」
『……その通りかも。封印から解放されるには魔法を展開しているべラドナをどうにかするしかないし、仮に私の封印を先に解いたとしても、私はヴェルヴィアのように戦いに秀でていない。だからまずは、べラドナ達をどうにかした方がいいかも』
ローレルが申し訳なさそうに視線を落とすが、こればかりは仕方がない。
「となると、厄介なのはべラドナの幻惑魔法だな。アレさえどうにかできれば、それに操られているダリアをこっちに引き込んで逆転出来るかもしれないんだが……。ローレル、あの魔法を解除する方法とか知らないか?」
俺の問いかけに、ローレルは首を振った。
『現代の魔法は魔物達と戦うために、女神ですら驚くような発展を遂げた。幻惑魔法もその一つ。当時の魔法ならまだしも、あの魔法の解除方法は分からないかも』
まあ、知ってれば最初に言うよな。
とは言え正面から戦ったところで勝ち目なんかある訳が無い。
こんな時。せめてこの場にヴェルヴィアが居れば、何か突破口が開けたかもしれないと無い物ねだりしてしまう。
好奇心旺盛なあいつは、自分にも使える魔法がないかとこの世界の魔法について調べまくったらしく、魔法に関する知識は俺のパーティーメンバーで誰よりも深かったからな。
もっとも、後に自分の魔力の特性のせいでほとんどの魔法が使えないと分かってヤケ酒していたけど。
……待てよ?
そう言えば俺がマゼンタ達と戦った時にそれっぽい事を言ってたな。
『精神異常系のギフトスキルや魔法全般に言える事じゃが、術者か使用されておる者の精神の乱れ、もしくは肉体への強い衝撃があれば解除されてしまう所かのう』
あの条件って、もしかして今回の幻惑魔法にも当て嵌まるんじゃないのか?
とは考えたものの、一番の問題であるダリアに『思春期の呼吸』は通用しない。
最悪俺が死んでも死なない所を見せればべラドナかダリアのどちらかの精神は乱れるかもしれないが、それで幻惑魔法が解除されるかどうかは賭けになる。
でも他に有効な方法も無いし、その方向で死ぬ以外の方法を考えるしかないか。
俺は不安に駆られる心を落ち着かせるようにヴェルヴィアのパンツを取り出し、それを強く握りしめた。
『……ちょっと信じられないかも』
そんな俺の姿を見て、ローレルはポツリとそう呟いた。
「信じられないって、何が? 俺のこの情けない姿が?」
『それもちょっとあるかも』
あるんだ。
『でも私が信じられないって言ったのは、あのヴェルヴィア=ノヴァ=エンドロールがキミに神器を与えている事かも』
「そうなのか? ……そう言えば、前に英雄達にも渡さなかったって言ってたっけ」
『ええ。ある女神は羽根。ある女神は牙。そして私は甲羅の盾。己がそれぞれの部位を使って創った神器を召喚した英雄達に神器を与える中、彼女だけは私達が神器を与えろと散々言っても頑なに拒んでいた……。心を許してもいない者に触れさせたくないの一点張りで。それがパンツだったのはかなり驚いたかもだけど、キミはヴェルヴィアにとって、それを与えるに値する。特別だと思える存在なのかも』
ローレルはそう言うと、まるでそれが我が事のように嬉しそうに微笑んだ。
フレステの盾はローレル製だったのか。
そんなヴェ〇タースオリジナル並に特別感を出されても、渡されるのはパンツだけどな。
『私も、何かキミの力になれればいいのだけれど……』
「……だったら、ちょっと俺の背中に乗ってくれないか?」
深く被ったフードの奥でしょんぼりとした顔をしていたローレルは、俺の提案に瞳をパチパチとさせた。
『背中? それは構わないけど。……そういう趣味、かも?』
残念ながら俺の好みはナイスバディーなお姉さん系であって、ローレルやヴェルヴィアみたいお子様には決して興味はない。
「違うっての。嫌だったら別に断ってくれてもいい」
『……いいえ。キミがそうして欲しいなら、それくらいは別にいいかも』
ローレルが不思議そうに首を傾げながらも、ゆっくりと俺の背中に乗る。
幽霊に近いと言うだけあって、背中には一切重さを感じない。
けれども背中に誰かの存在を感じられるからか、少しだけ、ほんの少しだけ、鉛のように重く感じていた足取りが軽くなった気がした。
「悪いな」
『お安い御用かも。それに、これはこれで……ハァハァ……新しい扉が開けそうかも……』
なんでこの女神はちょっと興奮しているんだろう。
俺は何故か息を荒げ始めたローレルと共に、更に地下へと続く道を進んだ。




