第14話「最弱不死とエルメラルドの森(3)」
翌朝。
予定通りべラドナとの取引を終えたマゼンタ達から伝えられたのは、べラドナが聖なる泉の所在について心当たりがあるという情報だった。
もっとも、べラドナの口から聖なる泉については語られたわけではない。
だがリーディアによると、聖なる泉の名前を聞いたべラドナが一瞬だけ、どこか廃墟のような場所をイメージしたらしい。
それをリーディアから聞いたヴォルフ曰く。
「廃墟、か……。もしかすると、ここよりも更に奥地にある旧リフォレスト跡地かもしれないな。あの場所はオレ達の先祖が最初に作った街だと聞いたことがあるし、行ってみる価値はある」
その一言に俺達はリフォレストを出て、旧リフォレスト跡地を目指して森の中を探索することになったのであった。
エルメラルドの森は奥に進めば進むほど、出現する魔物も強くなるらしいのだが――。
「はぁ!? ヴォルフって、王様だったのか!?」
「元だけどな。オレの許嫁が数年前に結晶症を患ったのを機に、べラドナの勧めでリフォレストの管理をあいつに任せて、冒険者の真似事をしながら治療法を探る旅をしてたんだ。治療法を探すには、リフォレストの長って肩書は邪魔にしかならないからな」
「……色々と苦労してんだな。にしてもべラドナの奴。聖なる泉の場所を知ってたってのに、何で隠してやがったんだ?」
「べラドナの一族はオレと同じ古い一族だ。もしかしたら、今回見つけたオレの先祖の手記のような何かでその存在と場所くらいは知っていたのかもしれないな。もっとも、本人がそれを信じていなかったのかもしれねーが」
ああ、確かにその可能性はあるな。
「まあ、オレもその気持ちは分かるがな。だが俺の許嫁を、リフォレストを助けられるかもしれないってんなら、どんな与太話だろうが確かめに行ってやるさ。地位や名誉を捨ててでもな」
……俺には獣人族のカッコよさとかそう言うのはまだ分からないが、少なくともヴォルフは、俺が出会った人物の中でもかなりのイケメンだと思った。
「愛されてるな、許嫁さん。どんな人なんだ?」
「結晶症が治ったら会わせてやるよ。昔からオレの世話を焼いてきた、幼馴染みたいな奴でな。美人で優しくて、おっとりしてて……そして巨乳だ」
「マジかよ!? 俺の好みドストライクじゃねーか!」
「なにっ? まさか、お前もオレと同じ性癖を持つ者なのか!? よし、この一件が終わったら酒でも酌み交わしながらゆっくりと互いの性癖でも語り合お……」
「三千年にも渡る獣人族と人間との確執を、そんなノリで解決しないでください」
俺に肩車され、それまで会話に入ってこなかったエルマが急に会話に割り込んでくる。
「そうは言ってもな、エルマ。同じ性癖を持つ者が顔を合わせれば、確執や人種、さらには国境すらも超えて仲良くなるなんてのは古事記にも書いてあるくらい当たり前なんだぞ? お前も成長すれば、いつか俺達の気持ちが分かる日が来るさ」
「分かりたくないです! と言うか兄様、そろそろ降ろしてください。これだとボクが戦闘に参加できないんですけど……」
「そう言うなよ。いつも無理矢理乗っかって来る奴がいないせいで、なんかこうしてないと落ち着かないんだよ。それにお前が戦わなくても……」
「だな。あっちは任せておいても大丈夫だろ」
そう言って俺達が前方に目を向けると……。
「お姉様、右側から蜂型の魔物の増援です!」
「フフ……。何匹来ても同じよ。さあ雄トカゲ達、私の為に戦いなさい!」
「アッハッハッハ! どうしたどうした魔物共、その程度の力でアタイに刃向おうってのかい? アァン?」
そこにはマゼンタ達が雄の巨大トカゲを指揮して蜂の魔物を殲滅しているその横で、身の丈はありそうな巨大な戦斧を振り回しながら他の魔物を蹂躙しているダリアの姿があった。
どう見てもエルマが参戦しなくてもどうにかなるだろう。
それにしても、あのトレジャーハンター姉妹の連係も見事なものだが、ダリアの戦闘力の高さは更に目を惹く。
エルマが卓越した剣技とギフトスキルの力で敵を倒す技巧タイプだとすれば、ダリアの戦い方は、まるでどこかの銭ゲバ聖女のように敵を圧倒的な力でねじ伏せるパワータイプと言えるだろう。
メルティナと違って、それをギフトスキル無しでやってのけているのだから、ダリアの強さはハッキリ言って異常と言ってもいい。
もし仮にエルマとダリアが正面からぶつかれば、どちらが勝つのか全く想像出来ないくらいだ。
「とても強い方だとは思っていましたが、想像以上ですね。数いる守護貴族でも、ダリアさんと肩を並べられる方はそういないと思います。彼女は何者なんですか?」
「オレも詳しくは知らないが、ある日フラッとリフォレストに現れたらしい。初めは全員警戒してたらしいが、あの腕っぷしとカリスマ性のお陰か、オレがリフォレストに戻った時にはすっかり溶け込んでたな。今じゃ姉御と呼び慕う奴までいるくらいだ」
確かにダリアからはこの人ならどんな問題も解決してくれそうと思わせる、まるで多くの人を従えた経験でもあるかのような雰囲気を感じる。
それにダリアは裏表があるようにも思えないし、そういう所がリフォレストの住人達に受け入れられたのかもしれないな。
「アァン? アタイ達に戦闘を任せっきりで自分達はイチャイチャしてるとは、いい度胸じゃねーか。一体何の話をしてたんだい?」
俺達がそんな会話をしていると、戦闘を終えたダリア達が俺達に近づいてきた。
「いや、ダリアって凄く強いなって話してたんだよ」
「フフ……。確かにそうね」
「ウチも周辺の魔物退治を一手に引き受けているのは知っていましたたけれど、てっきり獣人族の方々と協力してだと思ってました。まさか単独でここまで強いとは思わなかったです」
「な、なんだい急に褒めたりなんかして。そんなこと言ったって、アタイの機嫌は良くなったりしねーぞ、アァン?」
俺達からの賞賛の言葉に、機嫌は良くならないと言いつつも、ダリアは顔を赤くしながら照れ隠しとばかりに戦斧を振り回したり髪を弄ったりしている。
なんと言うか、単純な人だな。
だが次の瞬間。
「ま、まあ? どんな魔物が出てきたところでアタイの敵じゃないさ。何しろアタイは……何だったかな。そう、反英雄ってやつだからな! このアマゾネスの女王と恐れられたアタイに全部任せときな!」
ダリアが放った一言に、その場にいた全員が凍り付いた。
反英雄。
それは突如としてこの世界に現れた、異世界より呼び出されたとされる英雄ならざる英雄の名称。
その力は三千年前に活躍した英雄達に匹敵するとまで言われ、事実、俺達と対峙した反英雄の一人であるドクトールのギフトスキルも、イメージした物ならなんでも創造できるなんて超が付くほどの強力な能力の持ち主だった。
各地の守護貴族達と激しい戦いを繰り広げた後はその姿をくらまし、今もこの世界の住人達は、その存在に不安を抱いている。
つまり反英雄とは、この世界にとって最大の敵であり――。
「……アァン? 全員殺気立ってるみたいだけど、こりゃどういう事だい?」
自身をその反英雄だと暴露したダリアを俺達が臨戦態勢で取り囲むのは、当然の反応だった。
ダリアの強さは普通ではないとは思っていたが、その正体がよりにもよって反英雄だったとは……。
それはこの場にいる全員が同じ気持ちなのか、誰もが緊張した面持ちで武器を握りながらも、その表情は戸惑いの色を隠せていない。
対するダリアはと言えば、この事態がまだイマイチ理解できていないのか、武器を持つことすらせずに立ち尽くしている。
どうする……?
確かに反英雄は倒すべき敵であることに間違いない。
だが、相手はダリアだ。
俺達の話を真剣に聞いて大泣きして、こうして手伝ってくれているあのダリアを、反英雄だからという理由だけで殺せるのか?
…………いや、まずは確かめよう。
「ダリア。いくつか質問させてくれ。まず、お前がドクトールと同じ反英雄なのは間違いないのか?」
ドクトールの名を聞いた瞬間、ダリアの眉がピクっと上がった。
「ドクトール……? ああ、あの狂人か。一緒にされるってのはちょっと寒気がするけど、まあ間違いないさ。アタイと同じ、違う世界から来た者同士だしね」
「なら次だ。お前はこの世界の住人を殺したり、街を襲ったことはあるか?」
その言葉に、ダリアは少し考えこむと。
「……この世界に来たばかりの頃にアタイを襲ってきた盗賊みたいな奴らならぶっ殺したことはあるが……それ以外はない。アタイ達アマゾネスはどうも野蛮と思われているらしいが、アタイ達には必要な殺し以外はしないって掟があんのさ。例えここが違う世界だろうと、神を名乗る奴に唆されようと、それを破ることは絶対にない」
なるほど。もしその言葉が本当なら、ダリアはドクトール達と違って無害な反英雄なのかもしれない。
仮にダリアが他の反英雄達と同じなら、リフォレストはとっくに壊滅してるだろうし。
と、俺が考えていたその時。
「まあ、アタイの野望を邪魔するってんなら話は別だがね……」
ダリアはそう言うと、ニヤリと口を歪ませた。
おいおいおい、何その意味深な発言!
「……なら最後の質問だ。お前のその野望ってのは、なんだ?」
「気になるのかい? なら教えたげるよ。神とかいう胡散臭い奴の話に乗ってまで叶えたかったアタイの野望。それは……」
全員が固唾を飲んで見守る中。
やがてダリアは森中に響き渡るような声量で答えた。
「結婚だっ!!」
……………………………………は?
「え~っと、ごめん。なんて?」
「だから結婚って言ってんだろ、アァン? ……さっきも言ったが、アタイは元の世界じゃアマゾネスを率いる女王をやってたんだけど、ちょっとその時の戦いで名を上げ過ぎちまってね。そろそろ結婚とかしたいなって思った頃には、誰もがアタイに恐れ慄いて貰い手が誰も居なくなっちまってさ……。アンタに分かるかい? 結婚式で幸せそうな顔をする部下を何度も何度も見なくちゃならないアタイの気持ちが! だから転生って聞いて、他の世界ならアタイを殴れるくらい強い、運命の男に出会えるかなって……」
「「「…………」」」
恥ずかしげに赤面しながら指をつんつんしているダリアに、俺達はただ口をポカンと開けるしかなかった。
つまりアレか?
こいつは婚活感覚で異世界転生してたってこと?
……警戒した俺達が馬鹿だった。
「アァン? なんだい、全員ポカンとしやがって。と言うか、そろそろ暗くなる。野営の準備がてら、アタイにも分かるように誰か詳しく教えな!」
辺りが闇夜に包まれ、パチパチと音を立てながら燃え上がる焚き木を囲みながら。
「なるほどね……。アタイと同じ反英雄がそんな事を仕出かしやがったのか。そりゃ警戒するわけだ」
俺達から反英雄について聞き終えたダリアは、ポツリとそう呟いた。
「確かにあの変な奴がそんな事を言っていた気がするが、まさか実行する馬鹿がいるとは。……となると、黒髪のアンタには助けられちまったね」
そう言うと、ダリアは俺の頭をくしゃくしゃと撫でてきた。
俺が何かしたっけ?
「アンタとの問答がなければ、アタイは危険な存在としてアンタ達と戦う事になったかもしれないだろ? それは互いの主義主張の違いから起こる争いよりも、よっぽど虚しい戦いだ。そんなのは、もう二度と御免だからね……」
不思議そうにしていた俺にそう言いながら、ダリアはどこか遠い目をした。
突然この世界に転移してしまった俺と違って、ダリア達反英雄は転生。
つまりは一度死んでいる。
今のダリアの言葉は、もしかしたら彼女の死因と何か関係があるのかもしれない。
「それで? 狼のアンタはとしてはどうなんだい? 元リフォレストの長だったアンタにとって、反英雄のアタイはリフォレストにとって無視できない存在だろう。邪魔だってんなら、アタイはこの剣が終わればリフォレストを離れても……」
ダリアの言葉に、リフォレストの王族でもあるヴォルフは少し考え。
「……いや、そりゃ得策じゃねーな。オレとしては、ダリアにはこれからもリフォレストに居て欲しいと考えてる」
と答えた。
「よろしいんですか? もしダリアさんが反英雄だと露見すれば、リフォレストの立場が危うくなりますよ?」
「承知の上だ」
エルマの言葉にヴォルフはそう答えながら夜空を見上げた。
「今まではどうにかなったが、いずれ今回の一件のように、リフォレストだけで対処できない事象はどうしても出てくる。かつての心無い噂が消えた今、この森にも道を創らねばならない時が来たとオレは思ってる。だがリフォレストは小国。取り込もうとする奴が居ないとも限らない。その時に戦力として出せる爪は持っておきたい。……もちろん、本人の意思次第だがな」
ヴォルフがジッとダリアを見つめる。
「アタイとしては願ったり叶ったりだ。あの街はもうアタイの第二の故郷みたいなもんだからね。それを滅茶苦茶にするってんなら、アタイも容赦はしない」
そう言って二人は笑い合うと、互いに握手を交わした。
…………。
「フフ……。まさか反英雄と和解する日が来るなんてね。こんな話、きっと誰も信じないでしょうね、リーディア。……リーディア?」
「…………」
マゼンタの言葉に答えることなく、リーディアは無言で俺の傍に近寄ると。
「ド変態男。ウチは今まで、貴方が反英雄ドクトールを倒したと言う噂は何かの間違いだと思っていました。ですがその深い後悔を見るに、きっと本当なのでしょう」
そう小声で話しかけてきた。
「……何の話だよ」
「身に覚えが無いなら聞き流していいです。でも、これだけは忘れないで。貴方が剣を取ってくれたおかげで、私やお姉様を含めた多くの命が救われた。明日を見せてくれた貴方に、ウチは心からお礼を言います。ありがとう。そして、ごめんなさい……」
「……勝手に人の心覗いてんじゃねーよ。プライバシー侵害で訴えるぞ」
涙を誤魔化すように悪態をつきながら、俺はリーディアの頭を乱暴に撫でた。