第12話「最弱不死とエルメラルドの森(1)」
「風精よ。我が声に応え、敵を切り刻め! 【ウィンドスラッシュ】ッ!!」
『GAAAA―……!』
それから数日後。
鬱蒼とした木々に囲まれたエルメラルドの森に、エルマによって切り刻まれた巨大な蛇の魔物の絶叫が木霊した。
「……ふぅ、さすがはマナに満ちたエルメラルドの森。魔物も強力な種類ばかりですね。王都の守護騎士隊が入りたがらないのも頷けます。お怪我はありませんか、兄様?」
「ゼェ……ゼェ……。だっ、大丈夫だ……」
歩いているだけで息も絶え絶えになっている俺を、魔物を全て一秒にも満たない速さで片付けているにも関わらず汗一つかいていないエルマが気遣ってくる。
「ハァ……。悪いなエルマ。こんな場所に付き合わせちゃって」
「兄様のお力になれるのでしたら、これくらい何も問題ありませんよ。それにいくら兄様が死んでも死なないと言っても、一人でエルメラルドの森を探索するのは危険ですからね」
その言葉には頷くしかない。
なにしろこのエルメラルドの森。数分に一度は魔物に遭遇するという、エンカウント率を間違えてんじゃないのかと思う程の超危険地帯だったのである。
危険だとは聞いていたけど、まさかここまでとは……。
エルマが二つ返事で今回の旅に同行するのをOKしてくれなかったら、聖なる泉の探索どころじゃなかっただろう。
「にしても、頼んでおいてなんだけど、守護貴族としての仕事の方は大丈夫なのか?」
「ボクが留守の間はライアーさんに代わりをお願いしていますので、短期間であれば大丈夫です。それにフレステさんの傷は、元を正せばボクの姉様によるもの。謹慎中の姉に代わり、ボクがその責を負って協力するのは当然の事です」
それまでの年相応な顔つきから一転して、真剣な顔でエルマがそう告げる。
フレステは気にするなって言っていたが、それでもやっぱり気にしていたのだろう。
「……まあ、こっちは死んでも死なないだけが取り柄の最弱不死だからな。聖なる泉を探すには、お前の力が必要不可欠だ。頼りにしてるぞ、弟よ」
「っ! はっ、はい!! このシュバリエ・エルマ、必ずや兄様の敵を切り伏せる剣となってみせます!」
憧れの人物に頼りにされているという事実にテンションが上がったのか、エルマが次々と現れてくる魔物を上機嫌で倒しながら森の奥深くを進み続けて数時間。
俺達は連戦の疲れを癒すべく、探索していた際に見つけた少し開けた場所で休憩を取ることにした。
……まあ、連戦の疲れを癒すと言えば聞こえはいいが、実際は暑さと慣れない森の探索でバテてしまった俺を介抱する為にエルマに休まされているだけなんだが。
この世界に来てから多少は体力が付いたつもりだったのだが、情けない。
「魔物の事なら心配しなくても大丈夫ですよ。風精と地精に周囲を警戒させていますので、魔物が来てもすぐに対処できます。兄様は安心して回復に努めて下さい」
俺を無理やり膝枕させたエルマがそう言って微笑んでくれるが、年下の、しかも自分を慕ってくれている弟分に膝枕されてるということに申し訳なさを感じる。
更に申し訳ないことに、エルマが魔物を倒した際に手に入る経験値が近くに居る俺にも吸収されているのか、さっきからもの凄い勢いで俺のレベルが上がっているという事実がその気持ちに拍車をかけた。
気分は経験値のおこぼれを貰っているコ〇キングだ。
いや、進化しない俺とコイ〇ングなら、ギャ〇ドスに進化できるコ〇キングの方がまだマシかもしれない。
と、俺が自己嫌悪に浸っていたその時。
「……兄様。一つ提案なのですが、『リフォレスト』で情報収集するのはどうでしょうか?」
エルマが心配そうに俺を覗き込みながらそう提案してきた。
「リフォレスト?」
「はい。このエルメラルドの森の奥地にある、獣人族とエルフ族が営んでいる小さな国です。このまま闇雲にエルメラルドの森を探索しては、兄様のお体に障ります。情報もあまりに少ないですし、この森に熟知した彼らに協力を仰いだ方が賢明かと」
なるほど、獣人族とエルフ族は『リフォレスト』という所にいるのか。
たしかにエルマ言う通り、この森に住む彼らの協力があれば探すのは楽になるかもしれないが……。
「でも、獣人族とエルフ族は人間との交流を断ってるんだろ? 俺達が行ったところで、追い返されるだけなんじゃないのか?」
俺の疑問にエルマが頷く。
「兄様の仰る通り、確かにリフォレストは人間との交流を断っています。ですが如何にエルメラルドの森が自然豊かであれど、森では調達できないモノも存在します。そういった物資を調達する為に、限られた人物や条件を満たした者であればリフォレストに入国できると聞いたことがあります」
「つまり、俺達も条件を満たせばって事か……。その条件ってのは、どんな条件なのか分かるか?」
「一つはリフォレストに住む両種族に対して敵対心がない事を示すことができた人物です。有名な話だと、数年前。禁止されている奴隷商売のアジトを壊滅させたトレジャーハンターの方が、捕まっていたエルフ族を助けた事を評価され、無条件でリフォレストへの入国が出来ると聞いています。もっとも、それが誰なのかはボクも存じませんが」
トレジャーハンターか……。
つい最近俺にもトレジャーハンターの知り合いが出来てしまったのだが、あの二人ではないだろう。ちょっとポンコツっぽかったし。
ともかく、俺達がピンチになっているエルフ族か獣人族を偶然見つけるみたいなラノベ的ご都合展開でも発生しない限り、その条件を満たすのは難しそうだ。
「一つってことは、他にも条件があるのか?」
「はい。もう一つは、女性である事が条件と聞いたことがあります」
「女性? なんでまた?」
「現リフォレストの長であるベラドナというエルフ族の方が、どうやら女性優遇主義な方らしいので、検問も女性相手になら比較的甘いと聞いたことがあります。こっちは比較的解決しやすい条件ですが……」
エルマがそこまで言って言葉を濁す。
そりゃそうだ。俺達は男で、その条件を満たすのは不可能だ。
ワンチャン可愛い系の顔立ちをしているエルマなら何とかなるかもしれないが、間違いなく俺は無理だろう。
せめてこの見た目さえどうにか出来れば……いや、待てよ?
「エルマ、ちょっと後ろ向いててもらってもいいか?」
「え? は、はい」
困惑しながらも素直にエルマが後ろを向いたのを確認した俺は、懐からヴェルヴィアのパンツを取り出した。
俺のイメージ通りに形を変えるこのパンツなら、もしかしたら……。
そう思って俺がパンツを握り意識を集中してイメージすると、やがてパンツは眩いばかりの光を放ち、その形を遊園地のショーで見かけるような美少女着ぐるみに変化させた。
出来ればいいなくらいに思ってたけど、まさか本当に出来てしまうとは。
とは言え、コレなら見た目の問題はクリアできる!
俺はそれを急いで着込み、
「よし。エルマ、こっちを向いていいぞ」
「……? はい、分かりまし……た? えっ、うええええええええええええええええっ!?」
振り向いたエルマの顔が驚愕に染まった。
そりゃそうだ。振り向いたら憧れの兄様が美少女になってるのだから、これで驚かない方が無理だろう。
「フッフッフ……。安心しろエルマ。俺だよ俺。ちょっと変わった道具で姿を変えただけだ。どうだ? 自分で言うのもなんだが、結構いい線いってるんじゃないかな?」
「ええっと、確かに女性の見た目ですけど、言葉を選ばずに言えば……かなり不気味です。ナナシさんで無表情な方は慣れたと思っていましたが、今の兄様からは違う恐怖を感じます。凄く笑顔なのに目が笑ってないのが怖いです」
どうやら俺のイメージ力不足の問題なのか、エルマには不評だったようだ。
まあ、着ぐるみの美少女キャラって近くで見ると異様な威圧感みたいなものを感じるもんな。
とは言え、ここは着ぐるみなんて存在しない異世界。
エルマには不評だったが、もしかしたら獣人族達にはこの方法が通じるかもしれない。
「とりあえず、一回そのリフォレストってところに行ってみないか? もし駄目そうなら、その時は諦めるってことで」
「一応、不慣れながら認識阻害魔法をかけさせてもらいますけど……兄様。もしも獣人族の方々に殺されそうになったら、ボクがどんな手を使ってでも、必ず兄様を守って見せますからね」
……そんなに酷い?
「な、何者だお前達は!」
「止まれ! ここはリフォレスト。エルフ族と獣人族の聖域である。見た所いつも来る人間の行商人ではなさそうだが? と言うか、そこの黒髪のお前は本当に人間なのか!?」
堅牢な岩壁に囲まれた小さな都市・リフォレストの入り口にて。
その門番である犬の獣人と猫の獣人に、俺とエルマは阻まれていた。
どうやら事前にエルマから認識阻害魔法をかけてもらったおかげで、獣人族達は俺のことを一応人間として認識しているみたいだが、何故か通してはくれる様子は無い。
野生の勘というやつが働いているのだろうか。
でも獣人族の戸惑いを見るに彼らも判断に困っているっぽいし、ゴリ押ししてみるか。
「マジウケる~! あたし達その辺にいる一般冒険者ピーポーなんですけど~? クエストでエルメラルドの森に来てたんだど、道に迷ってもうマジチョベリバって感じ? 一日だけここで休ませてくれないとピエン超えてパオンなんですけど~?」
「あの、にい……姉様。今のって何って言ったんですか? 何処かの部族の言葉です?」
「これはギャルって部族の言葉だ。基本的に陽気な部族で陰キャにも友好的な話し方をする奴が多いが、人によっては陰キャと言う理由だけで見下してくる。でも仲良くなったとしても対応を一つでも間違えれば休み時間や放課後にディスり大会を開催したりする。お前も出会ったら気を付けろよ?」
「兄様とギャルの間に何があったんですか……」
色々あったんだよ、色々……。
「このエルメラルドの森にクエストで来ただと? 馬鹿も休み休み言え。我々はそんなクエストを出したなんて知らせを受けていない!」
「そ、その通りだ! そもそも我々からしてみれば、お前の方がよっぽど魔物だ!」
「んだとテメー。お前乙女に向かってその言い方は酷いんじゃないのか? そんなに疑うなら匂い嗅いでみろよ。獣人なら感じるだろう? この汗の香りの中に潜む、乙女特有の甘酸っぱいフェロモンを!」
「ちっ、近寄るな化物! 絶対にこいつ女じゃねえ! 嗅覚が童貞だ!」
と、武装した門番達が俺達への不信感を募らせ始めていたその時。
「おいおい。仮にも女が困ってるってのに、それを追い返そうとするなんて雄の風上にも置けない奴らだねえ。アァン?」
背後から突然かけられた声に目を向けると、そこには巨大な戦斧を持った一人の女性が立っていた。
illustration:おむ烈
輝くような銀色の髪にダークエルフを彷彿とさせる褐色の肌。
そして彼女から発せられる圧倒的なまでの強者としての風格は、彼女が普通の人間でないことを雄弁に物語っている。
「だ、ダリア・ノーツ様! いえ、これはその……」
「なんだい、アタイに口答えしようってのかい? いいから通してやんな。こんな危険な場所で迷って、ようやく辿り着いた女を入れないなんて、人間のすることじゃねえだろうが、アァン?」
「いえ、あの……。我々は獣人族でして、人間とは違……」
「難しいこと言うんじゃないよ! 何か問題があったら責任をもってアタイが殺す。それでいいだろうが、アァン?」
「わ、分かりました!」
気の小さい奴なら気絶しそうなダリアさんの凄みに怯えながら、門番達は急いでリフォレストへの扉を開けた。
その光景をポカンと眺めていた俺達にダリアさんが近づき、
「悪かったね。こいつらも色々あって気が立ってるんだ。……にしても、いい根性してんじゃないかアンタ。獣人族達に睨まれても顔色一つ変えないどころか、笑顔を保つとはね。気に入ったよ」
すんません。
着ぐるみだから表情がこれしかないんです。
「ここに滞在する間は安全だから、ゆっくりしていきな。変な真似してアタイに殺されないようにしなよ?」
そう言うと、ダリアさんは門の先へと消えて行った。
何者なんだ、あの人……。
「チッ。おい黒髪、運が良かったな。入りたいならさっさと入れ。銀髪の子も悪かったな。君だけなら問題なく通したんだが、そこの黒髪があまりにも怪し過ぎてな……」
「えっと、なんでボクだけなら通してくれたんですか?」
不思議そうにそう聞いたエルマの言葉がよっぽど意外だったのか、獣人達は首を傾げながら。
「そりゃあ、そこの黒髪に比べて君は匂いも外見も完璧に女の子だからに決まってるだろ? 我々と人間との間には過去に色々あったが、だからと言って君みたいな可憐な少女を保護しない訳がない」
「……えっ? あの、ボクは……」
「その通りだ。君のような可愛い少女を森に放り出すだなんて、『弱き者の牙となれ』と言う我々の獣人道に背く。それに、よく見れば君はガーターソックスを履いているじゃないか。我々獣人族に伝わる格言に『ガーターソックスを履く者に悪人無し』とい言葉もある。そうだよな、チャム」
「応ともペディグリー。この子が人間でなくエルフ族だったなら、我々は間違いなく求婚していただろうな」
獣人の門番達がそう言って笑い合う。
どうやらこの獣人族の方々は、割と難儀な性癖をお持ちのようだ。
「さあ、今日は疲れたろ。宿屋でゆっくり休みなさい。黒髪! お前もこの子に迷惑がかかるような怪しいことをするんじゃないぞ!」
「へいへい……」
最後まで不審者扱いされた俺と、特に何もしていないのに完全に女の子だと思われているエルマは、そんな言葉を背に受けながらリフォレストへの入国を許されたのであった。
「ハハハ……。何も疑われなかったです……。兄様。ボクってそんなに女の子っぽいですか? ボク、男っぽいですよね……?」
「お前って、ヴェルヴィアが言ってたみたいに実は女の子だったりしないよな?」
俺の疑問の言葉に怒ったのか、ぷくっと頬を膨らませ、目をウルウルさせならがら俺を見上げるエルマ。
そういうとこだと思うぞ、弟よ。