第10話「最弱不死と乙女の秘密(3)」
「うおおおおおお! そこをどけえええええ! 特売品はオレの物だああああああ!!」
「このバーゲンの日の為に必死になって覚えた私の新しい魔法を喰らえ! 《フリーズストーム》ッ!!」
「その程度の魔法で、ワタシの【俊足】のギフトスキルを捉えられるかしら? ……って、きゃあっ! 誰よここにトラップを仕掛けた馬鹿は!」
「うるせえバーカ!! 引っ掛かる方が悪いんだよ!」
「「うわぁ……」」
俺達が食品エリアに辿り着くと、そこはすでに特売品を求めて剣や魔法、果てはギフトスキルまで駆使する冒険者達によって激戦区と化していた。
この中に入るなら、まだ魔物の相手をしていた方がマシに思えてくる。
「今年は例年にも増して盛り上がってるわね。それじゃあフレステ。お願いできる?」
「あーしのギフトスキルはこういう為の力じゃないんっすけどね……。《この躰は鋼の盾。あらゆる脅威から全ての命を守る、堅牢なる命の盾である!》。 ギフトスキル! 【守護者の魂】ッ!」
軽くため息をつきながらフレステがそう唱えてギフトスキルを解放すると、やがてその背後に、あのドクトールの攻撃を防いだ両盾の騎士の幻影が姿を現した。
あの時は巨人かと思う程の大きさだったのだが、今回は人間と変わらない大きさな辺り、どうやらウルトラセ〇ンみたいな感じでその大きさは自在に変えられるようだ。
やがて騎士の幻影は光の粒子にその姿を変え、俺達の周りを守るように包み込んだ。
フレステのギフトスキル。【守護者の魂】には二つの能力がある。
一つはドクトール戦で俺達を救った時のように、自身よりも強大な敵からの攻撃を幻影により防ぐ能力。
これは自身の防御力を一時的に跳ね上げたものが騎士の盾に反映されるらしく、それを超えるダメージは自身にフィードバックされてしまうらしい。
そしてもう一つの能力が、今みたいに騎士の幻影を粒子化させ、一定時間だが特定の人物に対して自身の防御力を付与するという、いわゆる防御バフ能力だ。
この能力は連続使用ができなかったり、効果が一定時間というデメリットはあるものの、ダメージはフレステにフィードバックされないという利点がある。
どちらも一長一短あるが、その両方が誰かを護る能力と言う、なんともフレステらしいギフトスキルだ。
間違ってもバーゲンセールで使う能力じゃないけど。
「それじゃあパイセン、御武運を!」
「期待してるわよ、リューンさん。その死んでも死なない力と自慢のモブっぽさなら、誰にも狙われずに特売品を買えるって信じてるわ!」
「……参戦。ナナシの晩御飯は誰にも渡しません。疑似ギフトスキル展開。【機械仕掛けの操り人形】」
既にギフトスキルを発動し黒衣に身を包んだメルティナを先頭に、三人がそう言い残して人波の大海へと突き進んで行く。
フレステのギフトスキルの効果のお陰か、はたまた三人の戦闘能力のせいなのか分からないが、三人に触れた冒険者達が空へと吹き飛ばされていくその様は、まるでスターを取った配管工おじさんを連想させた。
吹き飛ばされた冒険者達には、御愁傷様としか言いようがない。
「ほれ主よ! ぼーっとしとらんでわっちらも行くぞ! 早く行かねば、わっちのアーティファクトが誰かの手に渡るかもしれんじゃろ!」
ヴェルヴィアに手を引かれながら人波に揉まれること数十分。
やがて魔道具を売っている区画まで辿り着いた俺達の目に飛び込んできたのは……。
「はい、順番は守って下さいね。あっ、そこの冒険者さん! ギフトスキルでズルしようとしても分かりますからね?」
つい数日前。正式にアガレリアの守護貴族として就任したエルマと守護騎士達によって行儀よく整列させられている冒険者達の姿だった。
「……ん? あっ、兄様にヴェルヴィアさん!」
俺達に気が付いたエルマが笑顔で手を振ってくる。
「エルマ、お前もサマーバーゲンに来てたのか」
「はい。アガレリアのバーゲンは毎年死傷者が出るほど過激だと聞いていたので、その警備に。アガレリアの冒険者の方々は行儀のいい方達が多くて、凄く助かっています!」
エルマがそう言って無邪気に笑うが、真相は微妙に違う。
冒険者達は全員、エルマが俺達に絡んできたあの冒険者達を次々に処刑していった事件を知ってから、下手な事をすれば次は自分がああなると恐れているだけだ。
ちなみに件の冒険者達は、掴まって牢屋で俺の素晴らしさについて何枚もの文章を書かされているらしい。
とは言え、どうなることかと思ったエルマの守護貴族就任だったが、アガレリアの住人達からは思いのほか好評だった。
ライアーの手助けや本人のカリスマも理由の一つだが、誰かが流した特異種を相手に勇敢に戦ったという話が、アガレリアの冒険者達の心を掴むきっかけになったのだとか。
と、俺達が会話していたその時だった。
「そこの男、止まりなさ……ぐあっ!」
制止する守護騎士を突き飛ばし、まるで猪のように並んでいる冒険者達の列に突進する男達が現れた。
「兄様、少々失礼します。……土精よ!!」
俺達に短くそう言い残し、男に近づいたエルマが短くそう唱えると、ゴロツキ冒険者達を拘束した時のように男達の足元が泥のように変化し、その侵攻を食い止める。
だが男達はそれをまるで意に介していないかのように、虚ろな目で店に向かって進み続けていた。明らかに正気じゃない。
「ふむ。何らかのギフトスキルの力が働いておるみたいじゃな。恐らくは……」
と、ヴェルヴィアが何かを察したその時。
「【色欲の従者】。瞳を見た異性を意のままに操ることが出来る、私のギフトスキルよ」
声のした方向を見ると、そこにはセクシーな服に身を包んだ妙齢の女性と、その隣に同じような服を着た金髪ツインテールの少女が立っていた。
「フフ……。私の可愛い下僕達の邪魔をするなんて、今度の守護貴族様は随分と働き者なのね。でも私達の邪魔をするなら、お仕置きが必要だと思わない? リーディア」
「ええ、そうですねお姉様。シルディアナ家のようにロクに働かないのも困りますが、私とお姉様の邪魔をするほど働き過ぎるのも困りものです」
どうやらあの異世界特有の痴女みたいな服に身を包んだ女がマゼンタ、そしてその隣に居る小柄なツインテール娘がリーディアという名前らしい。
……そう言えば、その名前はナナシが言ってたバーゲンセール四天王に居たな。
なるほど。通りでさっきから俺の厄介な奴センサーが反応してる訳だ。
この世界の美人は性格に難がなければならないルールでもあるのだろうか。
となると、あの虚ろな目をした男達はマゼンタの男を操るギフトスキルで傀儡にされているって事か。
なんて俺が考えていると。
「そんなに働くのが好きなら、私の為に働いてもらいましょう?」
マゼンタは妖艶に微笑みながらそう言うと、その視線を俺達に向けてきた。
「っ! エルマ! アイツの目を見るな!」
「フフ……。もう遅いわよ。さあ、二人共私の虜になりなさい!」
俺が忠告するよりも速く、俺とエルマはマゼンタの瞳が怪しく光るのを見てしまった。
……見てしまったのだが……。
「……あれ? なあエルマ。俺ってもう操られてるのか?」
「どうなんでしょう? 少なくともボクから見た限りは、いつの通りの兄様ですけど……」
俺もエルマも、特に何かが変わった様子は無い。
ゲームとかだとこういう精神異常系の効果って成功確率低い事が多いし、あのギフトスキルもその類なのか?
「安心するがよい、主は操られておらん。異世界人である主は、この世界の理から外れた存在。精神系のギフトスキルは効き難いんじゃ」
不思議に思っていた俺にヴェルヴィアが耳打ちしてくる。
どうやら最弱だと思っていた俺にもちょっとした特性みたいなのがあるらしく、おかげで操られずに済んだようだ。
「あれ? でもエルマも操られてるって感じじゃないな」
「ふむ、言われてみればそうじゃな。……小僧よ、もしや貴様は男と偽っていて、女湯とかで実は女じゃったことが露見するみたいなありがちな属性でも持っておらんかや?」
「確かに女性と間違われることはありますが、ボクはちゃんと男です! ……マゼンタさんのギフトスキルの発動条件は先程ご自分で仰っていましたので、ボクの周囲に陽炎を発生させることで視線を切らせて頂きました」
なるほど。
そりゃまあ発動条件さえ分かれば対処は出来るよな。
「フ、フフ……。中々やるみたいね。お姉さん本気になっちゃいそう」
「あの、お姉様。言いたくはありませんが、そのうっかりミスする癖をそろそろ直してください。今回のそれだって、『やっぱりこういうのは初めの印象で余裕を見せつけなくちゃね』と思っていたのが原因で……」
「フフ……。リーディア、このタイミングでマジの駄目出しはホントに止めて? そ、それに。まだ手はあるわ……。行きなさい、我が下僕達!」
どうやら中身がとても残念っぽいマゼンタがそう指示すると、マゼンタのギフトスキルによって操られた男達が方々(ほうぼう)から集い、他の客を押しのけながらまるで二人を守るかのように取り囲んだ。
「フフ……。どう? これで容易には手出しができないでしょう? 如何に最強と名高い守護貴族様も、操られているだけの善良な市民を傷つけられないものね?」
「さすがです、お姉様! 今考えたとは思えないような良策です!」
あ、今考えたんだコレ。
「うん。あのね、リーディア? 今考えたとかバラさないで?」
「……仰る通り、善良な市民を傷つける訳にはいきませんね。ですが、それならあなた達だけを拘束すればいいだけの話です。土精よっ!」
エルマが再び精霊に呼びかけに二人の足元が形を変え、まるで土の触手のようにその足を拘束しようと伸びる。
しかし――。
「……お姉様。アレを使います」
「ええ、よくってよ」
二人がそんな短い会話をしたと同時に、リーディアの瞳が怪しく輝いたその瞬間。
「……後ろです、お姉様」
「フフ……。分かったわ、リーディア」
「なっ!?」
眼を閉じたリーディアが短くマゼンタにそう伝えたかと思うと、二人はその場から飛び退き、拘束を躱した。
その動きはまるで、エルマの行動を予測していたかのように一切の淀みがない。
「【思考奪取】。相手の心を読むギフトスキルじゃな。恐らくは小僧の行動を先読みすることで、今のを回避したのじゃろう。厄介な能力じゃな」
「ですね。市民達によって守られているのに加えて、こちらの行動や思惑が筒抜けというのはかなり相手にしたくないです……。兄様、貴方ならどうしますか?」
多分エルマならどうにかできない訳ではないのだろうが、まるで何かを期待するかのような眼差しでエルマが俺を見上げてそう聞いてくる。
……いや、どうするもなにも普通に諦めてさっさと帰りたいんだけど。
「フフ……。あら、そこに居るのは誰かと思ったら、この街一番の変態と名高いルーキー君じゃない。存在感が薄すぎて気がつかなかったわ。もしかして、貴方もアーティファクトを狙って来たのかしら?」
「アーティファクトじゃと!? やはりあるのかや!?」
「お姉様、また自分で……」
「いいじゃない。どうせ店主は既に私の虜。私達が来るまでアーティファクトを確保しておくように命令しておいたんだから売られる心配も無いし。どうしても欲しいなら、私達と戦って勝つしかないわよ? 勝てるだなんて思えないけどね」
店主を既に魅了しているのであれば、その時点で店主からアーティファクトを奪えばいいのではと思ってしまうのだが、その辺は彼女達のルールにでも反するのだろうか。
「ほーう? ……ほーう?」
マゼンタの煽るような言葉に、ヴェルヴィアの瞳が徐々にドラゴンのものに変わっていく。
マズいな……。ヴェルヴィアの性格から考えて、このままではヴェルヴィアがドラゴンブレスを吐いても不思議ではないし、かと言ってアーティファクトを諦めるとも思えない。
一番楽なのはメルティナ達がこっちに来るのを待つ案だが、さすがに待ってはくれないだろう。
となると俺があの二人を相手するしかないのだが、まともに戦っても勝ち目がないのは明らかだ。
「ヴェルヴィア。あの二人のギフトスキルに、何か弱点みたいなものは無いのか?」
「ん? ふむ……。弱点と言えるかどうかは分からんが、一応ある。まず【思考奪取】は、思考を読める相手は視界内に居る一人か二人程度じゃということ。【色欲の従者】は、精神異常系のギフトスキルや魔法全般に言える事じゃが、術者か使用されておる者の精神の乱れ、もしくは肉体への強い衝撃があれば解除されてしまう所かのう」
さすがは元女神。
スラスラとギフトスキルの情報が出てきてくれるのは素直にありがたい。
そうと分かれば、手がない訳じゃないな。
「……ほう? 見るがよい小僧。この主の顔を」
「兄様の顔、ですか? えっと、悪戯を思いついた子供みたいな顔になっていますね……。正直に言うと、ちょっと不気味です」
「くっふふふふ。傍から見ればちょっと危ない顔じゃが、覚えておくがよい。わっちの主がこの顔をすると時はな、大概思いもよらぬ奇策を思いついた時じゃ」
自慢したいのか貶したいのかよく分からないヴェルヴィアの言葉を無視し、俺はマゼンタとリーディアに向き直ると、
「さっきから好き放題言ってくれたな、このハレンチ姉妹。いくらここがファンタジーな世界だって言っても、その服はちょっと恥ずかしくないのか?」
「ハ、ハレンチですって!? 訂正しなさい! お姉様はともかく、ウチの服はまだ大人しい方です!」
「フフ……。あら、私達に刃向って……え? リーディア、貴女私の服をハレンチって思ってたの?」
「い、いえその。これは言葉のあやと言うか……」
顔を真っ赤にして否定するリーディアに、懐から鞭を取り出して戦う気満々だったリーディアが詰め寄る。
なるほど。どうやらリーディアの方はこういった話題が苦手みたいだな。
それならさっき俺が思いついた手でどうにか出来そうだ。
「それに、お前達がアーティファクトを手に入れるのは不可能だ。何故ならお前等は、俺が指一本触れることなく無力化されるからな」
「……フフ。随分と大きく出たじゃない。一部の冒険者の間では、貴方が反英雄を倒したのに深く関わっているなんて噂されているみたいだけれど、それが嘘か本当か確かめられそうね。言っておくけど、私達は結構強いわよ?」
「ええ、お姉様の言う通りです。あのどこぞの聖女みたいに思考よりも先に手が出るタイプでもなければ、私達は負けません!」
ああ、そういうことか。
メルティナがどうしてリーディア達のような強敵を相手にして暴れられるのかと思ったら、あいつがバーサーカー過ぎてリーディアの能力が役に立たないからか。
「頑張ってください、兄様!」
「やってしまえ主! アーティファクトの為ならば、わっちも人前でパンツを脱ぐことも辞さん!」
「ありがとうヴェルヴィア。でもその発言は色々と誤解しか生まないから外で言うのは止めようね? それに、今回はそれを使わなくても多分勝てる」
街中でパンツを脱ごうとするヴェルヴィアを制止しながら、マゼンタとリーディアに対峙する。
対するマゼンタ達は、そんな俺を迎撃するかのように操っている男達を操って陣形を組んだ。
「フフ……。武器も取り出さないなんて、本当に指一本触れずに私達に勝つつもりなのかしら? ……リーディア」
「お任せください、お姉様。何を企んでいようと、私のギフトスキルで見破って見せます!」
マゼンタの言葉にリーディアが頷き、ギフトスキルの能力で俺の思考を読み取ろうと僅かに瞳を光らせる。
それを見た俺はヒュゥゥゥゥ……と息を鳴らし、意識を集中させた。
次の瞬間。
「……ひょ? ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?!!?」
突然、リーディアが絹を裂くような悲鳴を上げた。
「り、リーディア!? どうしたの!」
「……お姉様、ごめんなさい。リーディアは、リーディアは汚されてしまいました……」
相棒の豹変に、それまでの余裕ぶった態度から一変したマゼンタが慌ててリーディアに駆け寄るも、リーディアは謎の言葉を残してそのままその場で意識を失った。
「フッ……。ご自慢のギフトスキル戦法が仇になったな」
「貴方、一体リーディアに何を……」
睨みつけてくるマゼンタに、俺はラノベ主人公特有の余裕そうな笑みを浮かべながら。
「何もしてないさ。ただちょっと俺の妄想を見せただけだ。これぞ俺がさっき編み出した対【思考奪取】戦法。その名も『思春期の呼吸。壱ノ型。資源ゴミの日に捨てられていたエロ雑誌の内容が気になって眠れない中学一年の春』だ」
「主よ。貴様は今後わっちのネーミングセンスにとやかく言うの禁止じゃからな。と言うか、それってどう考えても主の性の目覚めじゃろ! まさかとは思うが、その本を持って帰っておらんじゃろな?」
illustration:おむ烈
「安心しろ。俺は長男だったからな。さすがに持って帰らなかった。でも次男だったら我慢できずに持って帰ってた」
「兄様。仮に次男であったとしても、ゴミを持って帰らないで下さい」
エルマが冷ややかなツッコミを入れてくるが、お前にもいずれ俺の気持ちが分かる日が来るさ。
にしても、俺としてはちょっとリーディアが動揺したり混乱してくれたりすればいいと思っていたのだが、まさか気絶するとは……。
そんなに過激な妄想はしてないはず、だと思いたい。
「くっ……。でも、私の下僕達にかかればっ!」
「おっと、それはどうかな? お前。リーディアの様子がおかしくなった時に“動揺 ”しただろ? お前のギフトスキルは、それでも効果が続くかな?」
俺が勝ち誇りながらそう言った直後。
「……ん? 俺は、なんでこんな所に居るんだ?」
「あれ、僕は確かペットに餌をあげてたら声をかけられて……あれ?」
正気を取り戻したのであろう男達が不思議そうな顔をしながら次々とその場を去り、後には愕然とした表情をしたマゼンタと気絶したリーディアだけが取り残された。
やがて勝機が無いと判断したのか、マゼンタは小さく息を吐くと、
「……フフ、完敗ね。反英雄を倒したって噂も、案外間違いじゃないのかもしれないわね。でも、次はこうはいかないわよ? 私達トレジャーハンター姉妹に目を付けられたこと、後悔させてあげるんだから♪」
軽くウィンクしながらそう言い残し、気絶しているリーディアを抱きかかえたままその場を去った。
トレジャーハンターだったのか、あの二人。
「す、凄いです兄様! まさか本当に指一本触れる事なく勝利してしまうなんて。……勝ち方は、まあ。その、アレでしたけど!」
「うむ。わっちも欲が見えん奴とは思っておったが、内にそんな欲望を持っておったとはな。このむっつりあるじ!」
……二人共、褒めてないよね? それ。
エルマからはある意味尊敬の眼差しを、ヴェルヴィアからは何故か妙に熱が籠った視線を受けながら買い物を終え、警備の仕事があるエルマと別れてからしばらくして。
「リューンさーんー! 成果はどうだったー?」
他の場所で買い物を終えたメルティナ達が合流してきた。
「成果も何も、こっちはマゼンタとリーディアを相手にして大変だったんだぞ? 今まで何してたんだよ」
「それが、あーし達も買い物を終えてすぐにこっちに来ようとしたんっすけど……。運悪くガルドさんに掴まっちゃったんっすよ。しかもなんか超怒ってて、『去年の雪辱を果たす。これが100%中の120%だ!』とか言って急に筋肉モリモリになったんっすよ! ヤバくないっすか!?」
「きっと去年私とコッココの卵を取り合いになった時にボコボコにしたのを根に持っていたんでしょうね」
「……報告。ですがナナシ達による連携攻撃により、ガルド様は戦闘不能。ナナシは無事にミッションを終えました。今日の夕飯が楽しみです」
こいつらはバーゲン会場ではなく暗黒武術会にでも参加していたのだろうか。
「それで? あの二人が来たって事は、そっちは成果ナシ?」
「侮るな小娘。主は見事その二人を撃退し、その成果もホレ! この通りじゃ!」
ヴェルヴィアがまるで買ってもらったばかりのおもちゃを自慢する子供のようにウキウキした様子で、先程手に入れたアーティファクトを取り出した。
「……えっ、なんっすか? 針金が何本も伸びてるっすけど、用途が分からない……」
「鉤爪、じゃないわよね。尖ってないし、手に装着するモノっぽくもないし」
「……検索。この世界に該当するアイテムが存在しないことから、ナナシはコレがアーティファクトではないかと推測します」
それぞれが困惑した反応になるのも当然だろう。
俺だって予備知識無しでコレを見せられれば、その奇妙なフォルムを見て、きっと同じように困惑した顔になっていただろうからな。
「これはメタルシャワーって名前の……まあ、健康器具みたいなもんだな」
「めたるしゃわー……。凄い強そうな名前っすけど、健康器具なんっすか? コレが?」
「俄かには信じられないわね……。どうやって使うの?」
「ナナシ、ちょっと頭貸してみろ」
「……了解」
ナナシは頷くと、自分の胴体からスポッと頭を引き抜いて俺に渡してきた。
物理的に頭を貸して欲しかったわけじゃないんだけど、まあいいか。
俺はヴェルヴィアからメタルシャワーを借りると、渡されたナナシの頭に装着してみた。
その瞬間。
ナナシの頭部がバイブレーション機能でも搭載しているかの如くブルブルと小刻みに震えた。
「……驚嘆。ナナシの頭部から快楽信号を感知。これは凄いです。ナナシの頭が持って行かれるかと思いました」
「そうじゃろそうじゃろ! わっちもさっき一度やってみたが、思わず変な声が出るくらい心地よいものじゃったからな!」
傍目には普段と変わらない無表情にしか見えないが、どうやら気に入ってくれたらしい。
「と、とりあえず、一応買い物は出来たみたいね。じゃあ、くじ引き券もちゃんと貰ったわよね?」
「ん? ああ、そう言えば渡されたな」
若干その光景に引いている様子のメルティナ達に、俺は二枚の紙を見せた。
店の店員から聞いた話によると、このくじ引き券はバーゲンで一定金額以上の買い物をした客に配られる物らしく、その景品はどれも豪華なモノばかりで、アガレリアのバーゲンが過激になる理由の一つとまで言われているそうだ。
「確か今年の特賞は『海岸貸し切り高級リゾート旅行券』だって店員の人が言ってたな。いいよなあ……。こう暑いと海にでも行って涼みたくなるし」
「私も何年もこのバーゲンに参加してるけど、特賞を当てた人なんて見たことないわよ? アレは絶対に裏で操作してるわね。そんな物より、私達が狙うのは三等の『空調魔法装置』一択に決まってるじゃない」
「ああ、それはガチで欲しいっすね。冬はまだ着込めば凌げるっすけど、夏だけはどうしようもないっすからね……」
メルティナの言葉にフレステがしみじみと頷いているが、だったら暑苦しい軽鎧なんて着なきゃいいのにと思うのは俺だけなのだろうか。
「お、いらっしゃいま……ん? 君は確か、特務冒険者のリューン君かい!?」
抽選会場に辿り着くと、受付の男達は俺達を見るなり目を丸くしながらそう声を上げた。
「えっと、そうですけど……。どうしたんですか?」
「あ、ああ。さっき四天王のマゼンタちゃんとリーディアちゃんを相手に君が勝ったって話をしていてね。そしたら丁度その本人が現れたから、少し驚いてしまったんだよ」
俺の言葉に男がしどろもどろになりながらそう弁明する。
……分かりやすいくらい怪しい。
だがメルティナは特に何も思わなかったのか、男の前にくじ引き券を見せつけ、
「失礼します。今年もくじ引きを引かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
と、ニッコリ笑いながら言った。
「ちくしょう……! ちくしょおおおーーーっ!!」
数分後。
そこにはセ〇第二形態のような雄叫びを上げているギャンブル好きの聖女メルティナの姿があった。
「あはは……。考えてみれば、あーしってあんまり運がいい方じゃないんっすよねえ……」
「う、う~む。わっちも運が良い方かと言われると、ちょっと考えてしまうのう」
「……同意。ナナシに至っては起動したその瞬間に不幸に見舞われました。ですがコレは保湿性に長けたティッシュです。ちょっと甘いのでナナシ的には満足です」
その隣では同じくクジを引いたフレステ達が、最下賞のトイレットペーパーを手に持ってガッカリとした様子で肩を落としている。
残るは俺だけなんだが、俺の不幸さはこいつらと同じかそれ以上だと断言できる。
特等賞どころか、三等を引き当てるなんて絶望的だろう。
そう諦めながら抽選のガラガラの取っ手を手に取った、その時だった。
「……ところで君。彼女達の水着姿は見たいかい?」
受付の男は、俺にだけ聞えるような小さな声でそう聞いてきた。
「え? そりゃ、見たくないと言えば嘘になりますけど……」
「だったら耳寄りな情報だ。もし他の景品が欲しいのならその取っ手を右回りに。彼女達の水着姿が見たいのなら、その取っ手を左回りに回すといい」
……なるほど、そういう仕掛けがされていたのか。
「あの、なんで俺にその仕掛けを教えてくれたんです?」
「え? ええっと……。実はこの抽選は何年もやってるんだけれど、最近は特賞なんて存在しないんじゃないかと疑われていてね。さすがにそろそろ特賞が出るんだって実績が欲しいのさ。それがたまたま君だっただけだよ。で、どうする?」
男の言葉に、俺は少しだけ悩んだ。
確かに『空調魔法装置』なるものは欲しいが、俺がそれを引き当てられる確率は皆無に近い。
だったら確実に当たる『高級リゾート旅行券』を手に入れた方が得に決まっている。
でもなあ……。なんか怪しいんだよなあ……。
と、悩みに悩むこと実に数秒間。
「おめでとうございます! 特賞! 特賞です!! アガレリアバーゲンセール初の特賞が出ましたー!!」
選ばれたのは、水着イベントでした。