第9話「最弱不死と乙女の秘密(2)」
「主よ、やっぱり戻ってあの大鎌だけ買って来んか? 扱う事こそ出来ぬと分かったが、それならせめて眺める用として欲しいんじゃが!」
「俺達にそんな無駄使いする余裕はないから諦めろ」
武具ショップを出てしばらくして。
未だに後ろ髪を引かれている様子のヴェルヴィアを窘めながら、俺は照り付ける夏の陽射しに目を細め、ダラダラと流れる汗を拭った。
まさか武器を使うにも鎧を着るにも魔力が必要とは……。
これからもこの貧弱装備で特務クエストをしなくちゃならない事実に、今更ながら気が滅入ってくる。
せめて鎧でも装備できればフレステのように盾役として活躍できたかもしれないが、魔力の無い俺が鎧を着たところで案山子になるのが関の山だ。
もしも俺が鎧を着られるようになるとすれば、それは魔力を必要とせず、それでいて高い防御力を誇る夢のような鎧を誰かが開発してくれた時くらい……。
「ん……?」
「んあ? なんじゃ主よ。わっちをジッと見おって。もしや、わっちの魅力にようやく気がつきおったのか?」
「それだけは無いから安心しろ」
「なんでじゃ!?」
と、ヴェルヴィアのアホな発言のせいで思いつきかけた何かが霧散したその時だった。
「居たーっ! どこほっつき歩いてるのかと思ったら、冒険者ギルドにいたのね!」
若干息を切らせたメルティナが、俺達を見るなり指差しながら声を荒げた。
その後ろには、いつもの軽鎧を着込んだフレステと、どこから買ってきたのか両手一杯のドーナツを頬張っているナナシの姿。
どうでもいいけど、フレステはこの陽射しの中で鎧を着て暑くないのだろうか?
「お前、仮にも聖女を名乗ってるんだから人を指で指すんじゃありません。どうした? 揃いも揃って」
メルティナは俺の言葉に答えず、俺の手をそっと握ると、
「お願い。何も言わず、私に力を貸して……。死んでも死なないリューンさんしか、もう頼れないの……」
真っ直ぐな瞳でそう言ってきた。
メルティナがここまで真剣に頼み込むなんて珍しい。
フレステがクエスト用の装備を着ていることもあるし、もしかしたら緊急事態なのかもしれない。
「分かった。俺はどうすればいい」
「もう時間も無いし、とりあえず私達に付いて来て。事情はそこで話すわ」
相当焦った様子でそう話すメルティナに頷くと、俺はヴェルヴィアを肩車して急いでその後を追った。
そして俺達が連れて来られたのは――。
「市場……?」
この街の中心地にほど近い、数多の露店が並んでいる市場だった。
てっきり厄介な魔物と戦うのだとばかり思っていた俺が拍子抜けしている横で、
「いよっし! まだサマーバーゲンは始まってないみたいね。間に合って良かった~」
隣に立つメルティナは、一仕事終えたとばかりに清々しい笑顔で汗を拭っていた。
「……さて、メルティナさん。なんでこのクソ暑い中、俺達を市場に連れて来たのか理由を聞かせて頂こうか。その内容によっては、俺は即座に帰る」
「まず私からも聞きたいんだけど、さすがのアンタでもアガレリアのサマーバーゲンの恐ろしさは聞いたことくらいあるでしょ?」
メルティナの質問に俺が無言で首を振ると、信じられないとばかりに目を見開かれた。
「嘘でしょ……? アガレリアのバーゲンはその破格とも言える値段設定のせいで、毎年死傷者が続出してるくらい過激なことで有名なのに……」
「バーゲンで死傷者!? おいおい、さすがにそれは盛り過ぎだろ?」
「いやいや、それがそうでもないんっすよ」
鎧を着込んでいるにも関わらず汗一つ流していないフレステが、苦笑しながら俺の言葉を訂正してくる。
「アガレリアのバーゲンって、基本的にお客さんの大半が普段から魔物なんかを相手にしてる血の気の多い冒険者じゃないっすか。そうなると安くなった品の取り合いに発展して、最終的にはバトルが勃発するんっす。あんな感じで……」
フレステが指さす方向を見て見ると、そこには円陣を組み、なにやら気合充分といった感じで団結を固める多くの冒険者パーティー達の姿。
これから高難易度クエストにでも挑むかのようなその気迫からは、このバーゲンがいかに安全でないかを雄弁に物語っていた。
俺としてはもう既に帰りたいのだが……。
「まあ、過激になるのも仕方ないんだけどね。このバーゲンの日を狙って来た他の土地の商人が、掘り出し物のアイテムを売ってたりするし。中にはアーティファクトなんかが売られていることもあるわね」
「なんじゃと!? アーティファクトが売られとるかもしれんのか!? なあ主、わっち武器が買えんかった代わりにそれが欲しい!」
アーティファクトという言葉に釣られたヴェルヴィアを放っておくと、何するか分からないんだよなあ。
と、俺達がそんな会話を繰り広げていたその時。
「……そろそろ時間ね。それじゃあ行動確認するわよ? まずバーゲン開始の鐘の音が鳴ると同時に、一番の激戦区である食品市場に直行。私とフレステが正面から挑んで他の客の攻撃を受け止めている間に、分身したナナシちゃんが可能な限り食品を強奪」
強奪するな、金払えよ。
考え方がもう野蛮人だよこの聖女。
「その後は各自散開して、各売り場のお買い得商品を可能な限り奪取。ナナシちゃんは引き続き分身して、各売り場の冒険者達を攪乱しながら私達と一緒に行動。リューンさんとヴェルちゃんは、アーティファクト目的なら魔道具関連の商品が売られている売り場に行くわよね? だったら、他の売り場は私達で何とかするから、そっちは任せたわ。それと、恐らく四天王の誰かが邪魔しに来るだろうけど、その時は私達が来るまでなんとか時間を稼いで」
メルティナが手慣れた様子でテキパキと全員に指示を飛ばす。
普段からこれくらい綿密に計画を立ててくれれば、俺の生存率はもっと上がるような気がするんだが……。
まあ、メルティナだし無理か。
「というかツッコんでもいいか? 四天王って何?」
「……説明。四天王とは、各季節のバーゲンセールの際に必ず出現する、アガレリアでも猛者と呼ばれて恐れられている方々の事を指します。【鋼の肉体】によって物理攻撃を無力化するボルド様。他者の思考を読み取って狙った商品を横取りする【思考奪取】のリーディア様。男性を短時間意のままに操ることができる【色欲の従者】のマゼンタ様がこれに該当しています」
魔物や魔族と戦うために授けたギフトスキルをバーゲンセールなんかで使われているだなんて知ったら、さすがの女神達も怒るんじゃないだろうか。
「……む? 四天王ということは、四人おるはずじゃろ? それじゃと一人足りぬのではないか?」
「そうなのよ。私も毎回バーゲンには来てるんだけど、その四天王最後の一人にだけは会ったことが無いのよねえ。誰に聞いても名前を教えてくれないし……」
メルティナとヴェルヴィアが揃って首を傾げる。
言われてみれば、確かにナナシは三人しか名前を挙げていない。
と、俺達がそんな疑問を抱いているたその時。
「そりゃ会ったことないはずっすよ。だってそれ、メルティーの事ですし」
「へ?」
フレステの言葉に、予想外とばかりにメルティナが硬直した。
「……肯定。【暴虐の聖女】メルティナ。今にも朽ち果てそうな教会に居を構え、その儚そうな見た目とは裏腹に目的の商品の為ならあらゆる敵を蹴散らすその姿から、名を名乗るのも恐れられ、一部では四天王最強と呼ばれているとナナシは記録しています」
ヴォル〇モートさんかな?
「ぼっ、暴虐!? なんで私にそんな物騒な二つ名がつけられてるのよ! リューンさん達も、なんで納得みたいな顔で頷いてるの!?」
「いや、むしろお前が聖女って呼ばれるより、そっちの方がしっくりくる」
「うむ。わっちはカッコいいと思うぞ? いっそ発酵の聖女という呼び名からそっちに変えた方が良いと思うくらいじゃな」
「発酵の聖女じゃなくて薄幸の聖女! 何そのパンみたいな聖女!? くっ、一体誰が最初に言い出したのかしら。見つけたらぶん殴ってやる……」
もうその言動からして薄幸の聖女には程遠い事に、彼女はいつ気付くのだろうか。
と言うか、アガレリアのバーゲンセールが危険な事で世界的に有名なのって、こいつが毎回バーゲン会場で暴れ回っているからじゃないだろうな?
と、俺が色々な事に納得したその時。
『それでは只今より、アガレリア夏の超サマーバーゲンを開始致します!』
バーゲン開始を告げる鐘の音が、市場全体に響き渡った。