第7話「最弱不死と最強の弟(7)」
冒険者の都が茜色に染まる頃。
特異ダンジョンワームを討伐し終えてダンジョンを抜け出した俺達は、特務クエストの報告をする為に冒険者ギルドを目指していた。
「はぁ、今回も死ぬかと思った……」
「実際死んでたっすよ。まったく、いつも死にたくないとか言ってる癖に、変な所で思い切りが良いのはパイセンのいい所でもあり悪い所っすよ。そもそもパイセンは……」
隣で説教を始めたフレステの言葉を右から左に聞き流す。
そんなフレステの隣では。
「おおぅ、めっちゃぶみょぶみょしておる……。わっちが言うのもなんじゃが、これは気色悪いのう」
「……微妙。あまり味は美味しくはないとナナシは訝しみます」
「ナナシちゃん、口に入りそうな物ならとりあえず食べてみようとするのは絶対に止めてね?」
ヴェルヴィア達が冒険者ギルドに提出する特異ダンジョンワームの一部で遊んでいた。
俺が飲み込まれてすぐ後。
動きが鈍った特異ダンジョンワームは、俺を殺されて激昂したエルマの圧倒的な力と、メルティナ達の連携によりあっさりと倒されたそうだ。
俺達だけではこう簡単にはいかなかっただろう。
そして今回のクエストの最大の功労者でもあるエルマは……。
「………………」
どこか沈んだ様子で、俺達の後をとぼとぼと付いて来ていた。
まあ、どう考えてもその原因は俺だろうな。
なにしろ憧れていた英雄のような存在だと思っていた俺が、ミミズもどきにあっさりと丸呑みにされた挙句にドロドロ状態の情けない姿で仲間に救出されている現場を目撃したのだ。
そのショックは計り知れないだろう。
「その、ごめんな。英雄だと思わせといてこんな情けない奴で……」
「い、いえ! そんなことはありません! 兄様はやはり、ボクの思っていた通りの人でした!」
俺の言葉に、エルマが驚いたように顔を上げた。
「いや、気を使わなくてもいいんだぞ?」
「……確かに、リューンさんは英雄と呼ぶには程遠い力の持ち主でした。ですがボクが大型の魔物への恐怖に駆られていたあの時。兄様が逃げるという選択ではなく囮になるという選択をしたのは、未熟なボクを奮い立たせる為ですよね?」
エルマがそう言いながら俺の顔を見つめてくる。
改めて口に出されると、なんか恥ずかしい。
「あの時剣を握らなければ、ボクはきっと、守護貴族としてやっていけなかったでしょう。そんなボクの為に命を賭けるその勇敢な姿は、まさしくボクの憧れた英雄の姿そのものです!」
「わかりみにあふれる。小僧、なかなかいい目を持っておるではないか」
隣に立っていたヴェルヴィアが腕を組みながらそう言ってウンウンと頷く。
お前は余計な茶々を入れるな。
「じゃあ、さっきはなんであんなに暗くなってたんだ?」
「……覚悟をしていた筈なのに、いざその時になったら動けなくなってしまっていた自分を恥じていました。どんな窮地にも勇敢に立ち向かう兄様とは大違いです。ボクは、もっと強くならねばと……」
今のままでも充分にエルマは強いと思うが、これ以上強くなってどうするんだろうか。
そんな疑問を抱いていると、やがてエルマは意を決したように、けれどもどこか気恥ずかしそうにもじもじとしながら。
「リューンさん。その、一つだけ我儘を聞いては頂けないでしょうか。ボクに無い強さを持つ貴方を、これからも……兄様と呼び慕わせては頂けないでしょうか……?」
消え入りそうな声でそう言って、エルマが縋るような目で俺を見上げてきた。
……俺はそんな大層な人間じゃないんだけど。
だがエルマのこんな目に勝てる生物は、おそらくこの世界に存在しないだろう。
「あー……、えっと。よろしくお願いします?」
「はい! これからよろしくお願いします。兄様!」
その言葉に、エルマがこの日一番の笑顔で俺に抱きついてくる。
俺の居た世界には、兄より優れた弟など存在しないという迷言があるが。
今日この日。
俺は兄より遥かに優れた弟が出来たのであった。
と、この話が和やかなまま終わりそうだったその時。
「よお、そこにいるのは変態と噂になってるらしい便利屋のガキじゃねーか。仲間が美人揃いと聞いてたが、想像以上だな」
突然かけられた声の方向を見ると、数人の冒険者と思われる見慣れない男達が、下卑た笑いを浮かべながら俺達に近づいて来ていた。
明らかに関わらない方が良い連中だと一目で分かる。
そう言えば、アガレリアに守護貴族や守護騎士が不在なせいで、最近はこういった面倒な輩が増えてきたってとあぷぐ屋の常連が言ってたな。
まさかそれに遭遇するとは……。
「なあ、そんなパッとしない奴より俺達とパーティー組まないか? 丁度俺達のパーティーに前衛役と回復役と盾役と盗賊役とロリ役がいなかったんだよ」
男の一人がそう言いながら、まるで品定めするかのような目でメルティナ達を見る。
逆にお前のパーティーには何役ならいるんだよと聞いてみたい。
とは言え、これはちょっとマズい。
男達のレベルがどれくらいかは知らないが、これ以上行為がエスカレートして暴力沙汰に発展する前に、さっさと逃げた方が良さそうだ。
もっとも、暴力沙汰になった時の被害は間違いなく男達が被ることになるだろうけど。
「すんません。俺達クエストの帰りでクタクタなんで、そういうのはまた今度に……」
「ああ? 今いい所なんだから邪魔してんじゃねーよ」
「雑魚が意味分かんねえこと言ってないで、どけやゴラァ!」
仲裁に入ろうとした俺の体が、男の一人に軽々と払いのけられる。
そのまま情けなく地面を転がるかと思ったが、けれどもいくら待ってもその衝撃は襲ってこなかった。
不思議に思って目を開くと、俺の体は、いつの間にか後ろに回り込んでいたエルマによって優しく抱きかかえられていた。
「エルマ。すまん、助かっ……た……?」
礼を言おうとエルマの顔を見上げる。
しかしそこあったのは、いつもの天使のような穏やかな顔ではなく。
「……いま、ボクの兄様を侮辱しましたね? ボクの、敬愛する兄様をッ!!」
代わりにソレーナが浮かべていたような、あの狂気にも似た、怒りに染まった瞳をしたエルマの顔があった。
それと同時に何処からともなく灼熱の炎が生じ、まるでエルマの怒りを現すかのように突風と共にエルマの周りを舞い踊る。
「な、なんだコイツ。逃げ……っ!?」
エルマの強さにようやく気がついた男達の一人が逃げようとする。
だがそれは、あまりにも遅すぎた。
「おい、どうなってんだよ! 足が、なんで俺達の足が地面に喰われてんだ!?」
動揺する男達の言葉通り、男達の足元の石畳はいつの間にか泥のように変化し、絶対に逃がすものかと言わんばかりに男達の足に絡みつき、その上に強固な氷が張り巡らされていた。
これが、本気を出したエルマの力……!?
「貴方達を暴行罪と侮辱罪で処刑します! 理由はもちろん、お分かりですね? 貴方達はボクが尊敬して止まない兄様に暴行し、その存在を侮辱したからです。覚悟の準備をしてくださいッ!! 今からボクの全てをかけて、貴方達を抹殺しますッ!! 覚悟と慰謝料の準備をしておいてください。貴方達は重罪人ですッ! 処刑も行います! 慰謝料も問答無用で払って頂きます。その罪の重さを知った女神様達が、貴方達を地獄に叩き落す楽しみにしておいて下さいッ!! いいですねッ!!」
illustration:おむ烈
「「「ひっ、ひいいいいいいい!!」」」
歴然とした力の差を感じ取った男達は無理やり自分達の足を地面から無理やり引き剥がすと、蜘蛛の子を散らすかのように一目散に逃げ出した。
「何処に逃げても無駄です。例え地の果てだろうと、一人残らず見つけてみせます!」
狂気的な笑顔で男達を追うエルマの姿に、俺達は口を揃えてこう言うしかなかった。
「「「「血の繋がりって、怖い……」」」