第6話「最弱不死と最強の弟(6)」
さて、こうして再びダンジョン探索に乗り出した俺達だったのが、その道のりは過酷なものだった。
「へぼっしょ!?」
まずヴェルヴィアが俺と全く同じトラップに見事に引っ掛かったのを皮切りに。
「ちょっとリューンさん! 早く引っ張ってくれないと、私の腕がもう限界なんだけど!?」
「急かすな! 俺だって必死に引っ張ってるけど、フレステが重いんだよ!」
「それって鎧っすよね!? あーしの体重が重いって言ってるんじゃないっすよね!?」
落とし穴に落ちて絶体絶命に陥っているフレステが体重を気にしたり。
「あるじ! ロボッ娘の頭がいつの間にか無いんじゃが!? ホラーなんじゃけど!」
「に、兄様! ナナシさんの足元に簡易的な転移魔方陣が出現しています! 恐らく、このトラップが作動したのかと……」
「だとしても、なんで頭だけ転移するんだよ!? せめて体ごと転移しろよ!」
ナナシの頭がどこかに転移してしまったり。
「いやああああああああああああああああ!! ヌルヌルしたのがまた私にいいいいいいいいいいいいいい!?」
「あの小娘。特異スライムといい今回といい、なんでヌルヌルしたのに好かれておるんじゃろな?」
「……不明。ナナシの解析でもその理由は分かりません」
「あー、でもメルティーって昔から触手系の魔物にはなんか好かれてたって言ってたっすね。本人はそっち系嫌いらしいっすけど」
「よし。じゃああっちはメルティナに任せて、俺達はこの部屋の出口を探すぞ」
「ねえ、私の時だけ反応薄くない?」
目的地かと思って入った部屋に閉じ込められ、中に居た謎の触手系魔物にメルティナが捕まったりと、俺達は2%しか稼働していないトラップにことごとく引っ掛かりまくっていた。
illustration:おむ烈
どうやら運が悪いのは、俺に限った話ではなかったらしい。
ナナシの解析能力でトラップを回避できないかと試してはみたのだが、ナナシ曰く、アルケミーダンジョンではナナシの能力が上手く作動せず、正確なトラップの種類や場所までは特定できないそうだ。
そんな困難にもめげずにダンジョンの奥深くへと進み続け、かなりの時間が経った頃。
やがて俺達の前に、明らかに人工物としか思えない巨大な扉が現れた。
降りてきた深さから考えて、恐らくここがアルケミーダンジョンの最深部だろう。
トラップや魔物に注意しながら扉を開けて中に入ると、中はよほど広い空間なのか、通常よりも広範囲を照らせるランタン型の魔道具を掲げても部屋の詳細が全く見えない。
「……発見。ナナシは扉の横にスイッチを発見しました。照明スイッチと思われます」
「よし、押してくれ」
背後からカチッという音が聞こえると同時に、久々に強い光を浴びた俺達の目が一瞬だけ眩む。
しばらくして視力が戻ると、俺達の目の前に巨大な部屋が現れた。
部屋の中には何に使うのか分からない薬品のような液体が入ったフラスコや大きなテーブル。
乱雑に置かれている本や床に散乱した羊皮紙。
そして――。
「主よ、あの壁に掛かっておる腕に書かれた腕にある模様が見えるかや? どうやら当たりみたいじゃな」
ヴェルヴィアが指差す先には、人間のものにしか見えない幾つもの腕や足といったパーツが壁に掛けられ、そのどれもにナナシの首元にあるものと同じバーコードのような模様が刻まれていた。
間違いない。ここがアルケミーの部屋だ。
「にしても、アルケミーってのはあんまり整理整頓するタイプじゃなかったみたいだな。この中からナナシに関する資料を見つけるのは、骨が折れそうだ」
「……否定。ナナシは何者かが侵入した形跡を発見。ラボは荒らされた可能性が高いです」
「こんな所にまで来れる人はそうそう居ないでしょうし。もしかしたら、魔物が荒らしたのかもしれませんね」
なるほど。確かにそれならあり得る。
「とりあえず、ナナシちゃんについて書かれている物があるかを探しましょ。さすがにここにはトラップも無いだろうし」
「じゃな。それにもしかしたら、アルケミーが持っておったアーティファクトが眠っておるかもしれん」
そう言ってヴェルヴィアとメルティナが足を一歩踏み出したその時。
「んお? ぬおああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「いえああああ!? なになになになに!?」
そんな悲鳴と共に、二人の体は前方に向かって信じられない速度で移動し始めた!
しばらくそのまま部屋の奥へと真っ直ぐ進んでいたヴェルヴィア達だったが、やがてその体が自らの意思とは関係ないといった感じに急速に方向転換する。
その先には硬そうな鉄板が張られている壁。
「……わっち、この先の展開が読めた気がする」
「私も」
何かを悟ったヴェルヴィアとメルティナの遺言と共に、二人の体は勢いよく壁に向かって射出され、仲良く壁尻になった。
ヴェルヴィアはもはや見慣れた光景感があるが、メルティナの壁尻は新鮮な光景だな。
二人の踏んだ場所をよく調べてみると、床に張り巡らされている薄いパネルには小さな矢印が刻まれていた。
……なるほど。つまりこれはあれか。
RPGゲームなんかでたまにある、踏んだ矢印の方向に強制的に移動させられるギミックみたいなものか。
よく見ると部屋の奥にはスイッチっぽいのがあるし、恐らくアレが解除スイッチだろう。
その事を残った全員に説明すると、
「なるほど……。兄様。このトラップを知る兄様なら、あの場所まで行って解除できそうですか?」
「いや、こういうのは上から見ればすぐに正解の床がどれか分かるんだけど、平面だとさすがに厳しいな……。ナナシ、お前は分かるか?」
「……解析。……エラー。ナナシの解析能力でもどれが正解のパネルなのかは分かりませんでした。先程ヴェルヴィア様達が踏んだ場所以外の床を踏んで試すしかないとナナシは判断します」
「でも、ハズレだったら『アレ』になるんっすよね? いや、ナナっちの為ならやるっすけど……」
フレステが壁尻になったままのヴェルヴィア達を横目で見ながらため息をつく。
まあ、俺だって壁尻にはなりたくないからその気持ちは分かる。
というか、こういうギミックがあるゲームを見る度に思うのだが、自分の部屋の中にまでトラップを仕掛けるとか私生活不便じゃないのだろうか?
「……始動。では一番手ナナシ。行きます」
ナナシが無表情のままそう言うと共に一歩踏み出し、その体が前進する。
そのまましばらく部屋の奥に向かって直進していたが、目的地に辿り着く直前。
メルティナ達同様にその体は急速に方向転換し、やがて部屋の外周をグルグルと回り始めた。
「……不覚。どうやら、ナナシの踏んだ、パネルはハズレ、だったみたいです……」
俺達の前を通過する度にコメントを残していくサブリミナルナナシ。夢に出そう。
「つ、次はあーしが行くっす! ……うぅ、壁尻は嫌だ壁尻は嫌だ壁尻は嫌だ……」
毅然とした言葉とは裏腹に、まるでスリ〇リンになるのを拒むポッ〇ーさんのような呟きを残してフレステがパネルを踏む。
そして他の三人と違ってフレステの体は部屋の中を縦横無尽に移動し、やがてその移動がピタッと止まったまま動かなくなった。
正解ではなかったようだが、どうやら安全地帯コースを引き当てたっぽいな。
「……? あ、あの~パイセン。止まっちゃったんっすけど? これってハズレってことっすか?」
「多分ハズレだろうな。不用意に他のパネルに触れるなよ? 基本的にこっちに戻って来るタイプが多いけど、もしかしたら壁尻コースもあり得るからな!」
「……とうとう、ボク達だけになってしまいましたね、兄様。もしもボクがハズレを引いて壁尻……? という状態異常になったとしても、助けてくれます……よね?」
「もちろんだ。って言うか、運の良さなら一度もトラップに引っかかってないお前が当たりを引く可能性が高いから、もし俺が壁尻になったら助けてくれ」
俺とエルマが互いに顔を見合わせながら頷き、パネルに足を乗せようとしたその時。
「ずえらっしゃあああああああああああ! なんてトラップ作ってくれとんじゃごらああああああああ!!」
「今日はならんと思っとったのに! 今日は壁尻にならんと思っとったのにいいいいいいい!!」
突如聞えてきた雄叫びのする方向に俺とエルマが目を向けると、そこにはいつの間にか壁尻状態から抜け出した魔神と狂人がタッグを組み、怒りの衝動のままに床に張られたパネルを引っぺがしている姿があった。
ああ、そうか……。
確かにゲームとかなら正解のパネルを踏む必要があるが、ここは現実。
邪魔なら壊すなり引っぺがすなりすれば良かったのか。
「うむ。一時はどうなるかと思ったが、わっちと小娘の華麗なる活躍によって難を逃れたな。さすがわっち。略してさすわちじゃな!」
「確かにお前らのおかげでトラップは解除できた。でもそのお前らが部屋にある物を滅茶苦茶に壊しまくったせいで、ナナシの資料を探すのが不可能になったけどな」
「……じゃ、じゃがホレ。おかげで移動する床板なんて珍しいアイテムが手に入ったぞ? わっちの勘が、これは主にとって必要なものになると囁いておる気が……」
「絶対嘘だろ」
あの後。
アルケミーの部屋に情報の漏洩を防ぐ魔法でも施されていたのかは知らないが、怒れる二人が強制移動パネルを引っぺがしている最中に部屋の各所が炎上。
スプリンクラーっぽい物によって火はしばらくして鎮火したものの、残っていた資料は全て読むことが出来ない程に破損してしまったのであった。
「ごめんね、ナナシちゃん。ちょっと意識が朦朧としてて我を忘れちゃったみたいで……」
「……享受。荒らされていたことから踏まえて、このラボにナナシに関する資料があったとしても、紛失している可能性は高いです。それにエルマ様のお話では、アルケミーダンジョンはこの他にも存在しているとの事ですので、ナナシは気にしていません」
少し離れたところでは、一緒に暴れていたメルティナがナナシに慰められている。
意識が朦朧とした状態でアレって、生粋のバーサーカーかよ。
「それにしても、もう結構な深度までダンジョンを潜ったというのに、依然として特異ダンジョンワームは出現しませんね」
「そうっすね……。体力的にも厳しいし、一度地上に戻った方が……」
と、フレステ達がそんな会話をしていたその時だった。
「……警告。地下から微弱な揺れと特異ダンジョンワームと思われる熱源を感知。一直線にこちらに向かっています」
ナナシの警告から数秒も経たない内に、俺達を立つこともままならないほどの揺れが襲った。
次の瞬間!
「来るぞ! 皆の者、備えるがよい!」
ヴェルヴィアの声と共に地面が隆起し、そこから巨大なミミズに似た生物が姿を現した。
見た目こそミミズに近いが、人間なんて丸呑みに出来そうなほど大きく開かれた口や巨大な体躯は、こいつがそんな可愛らしいものではないことを雄弁に物語っている。
こいつが今回の標的。
特異ダンジョンワームと思って間違いないだろう。
ミミズには目が無かったはずだが、出現した特異ダンジョンワームは真っ直ぐに俺達がいる方向に振り向くと、まるで獲物を見つけたとばかりに大きな口を開いて鋭い牙を俺達に見せつけてきた。
戦闘開始!
「正直、虫も殺せない聖女と名高い私としては触るのも嫌なんだけど……これも生活の為。ぶっ殺してあげるわ!」
既にナナシが警告した時点で準備していたのか、祈りを捧げギフトスキルを発動し終えたメルティナが黒衣を翻して特異ダンジョンワームへと殴り掛かる。
だが特異ダンジョンワームはメルティナが襲い掛かるのと同時に周囲に土を撒き散らしながら地中へと潜り、その姿を隠した。
「きゃっ! ……虫のクセに勘は良いみたいね。私に恐れをなして逃げたのかしら?」
撒き散らされた土をまともに浴びたメルティナが舌打ちしながらそう言って周囲を警戒していたその時。
突如壁だった場所から特異ダンジョンワームが飛び出し、メルティナに奇襲してきた。
「なっ!?」
「そうはいかないっすよ!」
メルティナを丸呑みにしようとした特異ダンジョンワームの攻撃を、駆けつけたフレステが大盾で逸らす。
だがあまりにも体格差があり過ぎたのか、やがて耐え切れなくなったフレステ達は特異ダンジョンワームの衝撃に吹き飛ばされた。
戦闘民族系聖女のメルティナは難なく着地できたものの、その衝撃をまともに受けて着地の際にバランスを崩しかけていたフレステの背中に、駆けつけた俺は思わず手を回した。
「大丈夫か、フレステ」
「だっ、大丈夫っす。大丈夫だから、あんまりあーしの背中は触らないで貰えると助かるっす……」
俺の言葉に、フレステはそう言いながらそそくさと俺から離れる。
……? いや、今はそれよりも特務クエストに集中しよう。
特異ダンジョンワームを見ると、再び土を撒き散らしながら地中へと潜っている。
恐らくはまた奇襲をかけてくるつもりなのだろう。
「ナナシ。お前の解析能力で、特異ダンジョンワームがどこから来るか予測できないか? 出てくる場所さえ分かれば対処もしやすいんだが」
「……困難。解析を進めていますが、現在ナナシはアルケミーダンジョンの影響により機能が大幅に制限されています。行動予測にはまだ時間がかかります」
そうだった。
ここがまだアルケミーダンジョンの中だということをすっかり失念していた。
「エルマ。お前のギフトスキルの能力か何かで何か打開する方法は……エルマ?」
「っ!」
俺の呼びかけに、エルマの肩がビクッと震える。
もしかして……。
「お前、もしかして大型の魔物を見るのは初めてなのか?」
「……お恥ずかしながら。ですがボクもアガレリアの守護貴族を任された身。大型の魔物や反英雄と戦う覚悟は、既に出来ています!」
その毅然とした言葉通り、エルマの蒼白な顔からは確かに戦意が失われていないように見える。
だがそれでも、剣を握るその手は恐怖からか僅かに震えていた。
考えてみれば、当然だ。
いくらラノベ主人公並みの剣の才能とチート級のギフトスキルを持っていると言っても、エルマはまだ休憩時間の度にボールを持って校庭に駆け出し、サッカーやドッチボールすることに命を賭けている小学生と大差ない歳の子供だ。
大の大人の俺でも逃げ出したくなるような大型の魔物を始めて目にして、恐怖を感じるなと言う方が無理だ。
だがこのまま逃げ出せば、エルマはきっとアガレリアの守護貴族としてやっていけない。
強大な敵を前にして逃げ出す守護貴族をまた受け入れるほど、アガレリアは甘くはないだろう。
幸いエルマには大型の魔物を相手に出来る実力はあることだし、ここは立ち直るのを待って特異ダンジョンワームを討伐させて自信を付けさせるべきだろうが……残念ながらその時間はない。
特異ダンジョンワームがこのダンジョン内の地中を移動しているということは、戦いが長引けばそれだけこのダンジョンを構成する地面が脆くなることを意味するからだ。
………………荒療治になるが、仕方ないか。
なにしろ俺は、期間限定とは言えエルマの兄様だしな。
「ヴェルヴィア。『アレ』は持って来てるか?」
「当然じゃ。わっちは主のギフトスキルじゃからな。ほれ、受け取るがよい」
こうなることは分かっていたとばかりに肩を落としながら、ヴェルヴィアが銀色の指輪――魔力を持たない俺でも魔法を使う事が出来る『スクロール』と呼ばれる魔法が刻まれた玩具の魔道具――を放って寄こす。
このスクロールに刻み込まれている魔法は『デコイ』と言う、主に前衛職が使う魔物の注意を引く魔法だ。
玩具であるスクロールの性質上、本来のデコイよりも効果はかなり低くなってしまうが、ターゲットを俺に向けさせる程度の効果は期待できるだろう。
俺はそれを自分の指に嵌めてスクロールを発動させ、エルマ達から距離をとると、
「……よし。全員、作戦Dでいくぞ。今から特異ダンジョンワームが俺を飲み込みに来るだろうから、その隙を狙って全員で一斉に攻撃。エルマ、ちょっとの間だが俺の代わりに指揮を頼む」
声を張り上げてそう言った。
「そっ、そんなことをすれば、兄様が!」
エルマが血相を変えて駆け寄ろうとする。
だが俺は、そんなエルマを片手で制した。
地面から響く何かが蠢くような音に顔が引きつってないか心配だが、俺はそれを悟られまいと可愛い弟分に笑ってみせた。
「俺の事は心配するな。……言ってなかったけど。お前の兄様は、最弱不死なだからな」
俺が言い終わったその瞬間。
大きな口を開きながら足元から現れた特異ダンジョンワームに飲み込まれたのを最後に、俺の意識は闇へと飲まれた。